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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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7 自覚




 ロルカンの転移装置に乗って、愛しの我が家にたっだいまー!


「お帰りなさいませ、レディオン様。ロベルト様とシンクレア様もいらっしゃいませ」


 先に実家に帰っていたノーランが出迎えてくれる。

 今は衣装の仮縫いが終わっているので捕らえられる心配もない。平和って素晴らしいな!

 隣のロベルトが、腰を抱くシンクレアから離れようと無駄な努力をしてるけど、それ以外はとても平和な様子です。

 ロベルトはもういいかげん色々覚悟決めたらいいと思うよ!


「母様と父様は?」

「旦那様は、新たに結成された討伐隊の責任者を決めに外の丘に出向いておられます」


 外の丘、というのは、うちの街の外にある小高い丘のことだ。よく軍の練習場がわりに使われている場所である。


「奥様はレディオン様の衣装の飾りつけをしているかと」


 おっと藪蛇になる前に話題変えなきゃ!


「危急の用とかはあるか?」

「今のところはございません。アロガン様達がラザネイト大陸に向かって以降、ヴェステン村の調査も一時的に中止状態になっていますし」


 あの騒動で色々と滞っちゃった気配が。


「まぁ、これから本格的に調査する予定だし、それはよいよ。ロルカンも平和になってたし、聖王国の人攫い部隊はポムがいるから盤石だろうし……俺がやらなきゃならないことって、もしかしてほとんど無い?」

「奥様が知れば新しい服の為に身柄を確保したがるでしょうね」


 おお、いかん! 今すぐ忙しくならねば!!


「今日はルカに会いに行くから忙しいぞ? 暇なんてないからな?」

「畏まりました。ロルカンといえば、カルロッタの王都から向かって来ている部下のことはお聞きになりましたか?」

「部下?」


 どの部下だろう?

 というか、どんな任務を受けた部下だろう?

 なんか色んな事に首つっこんで動いてもらっているから、ひとくくりに部下と言われても誰かわからない。

 ……詳しく説明されても、個人名とか覚えて無いから分からないけど。


「確か、カーマイン殿とザマス殿と聞いております」


 すみません。分かりません。

 でも、カーマイン、の名前はとても懐かしい。

 特殊機動隊カーマインは、我が妻が指揮していた連戦連勝の最強部隊だ。

 偵察から討伐まで行う精鋭揃いの部隊で、最後の任務は聖王国への攪乱作戦だったはず。


「…………」


 駄目だ。思い出して胸が痛い。

 妻はあの作戦中に死んだのだ。

 俺が加勢に駆けつけた時には腹を裂かれて死の間際だった。

 俺はどうして、彼女が出立するのを止めなかったのだろうか。力なき民が逃げる時間を稼ぐためとはいえ、敵の本拠地である聖王国の王都がどんなに危険な場所か分かっていたはずなのに。


「レディオン様?」

「レディオン?」


 ノーランとロベルトが心配げな声をかけてくる。

 俺は慌てて表情を取り繕った。


「……すまない。名前と人物の照らし合わせがうまく出来ないんだ」


 上手く取り繕えたかどうかは不明だが、ノーランはそのことについて言及しなかった。


「命令を受けて奔走している者が多いですからね。個人の名前を知らないこともあろうかと」


 それなんだよな。

 直接俺が指示するのって執事ぐらいまでで、その下について働いている連中と接してないことが多いんだよな。たまに顔を覗かせにいって挨拶ぐらいはしてるんだが。


「何か報告があるかもしれないから、ノーランのほうで聴いていてくれるか? 必要なものがあるようだったら、便宜を図ってやってくれ」

「畏まりました」

「あと、うちの海軍ってどうなってる?」

「海軍ですか。以前にレディオン様が危惧しておいでだったので、旦那様と奥様が港町に声をかけて海兵を集めていました。ベッカー家と竜魔にも声をかけてありましたので、かなり精強な部隊になりつつあります」


 おお、それは何よりだ!


「次は海の変異種(ヴァリアント)を討伐するおつもりなのですか?」


 まぁ、普通に考えればそう思われるよな。

 俺が想定しているのは海人族だけど、今はまだ連中、大人しいはずだから……


「陸の方はだいぶ落ち着いてきたが、海はまだだろう? 漁だけでなく、ロルカン行きの船とかで海に出る機会が増えるだろうし、海での戦いを想定して増強したほうがいいと思ったんだ」


 海人族がいらんちょっかい出してきたら、すぐに戦えるようにな!


「なるほど。なら、海戦用の武器も作っておかねばなりませんね」

「ああ。個人の武器もそうだが、船に装着させる武器の類も開発したい。そのあたりは俺より港街にいる連中の方がよく分かるんじゃないかな。我が領の港街にも兵士はいるんだろう?」

「はい。主に大型の変異種(ヴァリアント)が出た時に出撃する部隊ですが、常駐しております」

「彼等の話を聞いて大量生産しておいてくれ。いずれ必要になる時がくるから」

「畏まりました」


 これで後はノーランに任せておけばいいだろう。

 出来れば早いうちに海人族を全滅させておきたいが、まだ何もしてきてないのに戦争をふっかけるわけにもいかないし……誰か海人族が不穏な情報でも持ち込んでくれないかな。


「そうだ。念のため、港街の連中に海に異変が無いかどうか調べるよう伝えてもらえるか?」

「畏まりました。そのようにいたします」

「うん。頼んだ」

「はっ!」


 今はこれぐらいしか打てる手はない。

 俺もまだ一歳ちょっとだし、連中が動き出すまでに八年以上の間がある。むしろ連中が手出しできないぐらい強くなれば、未然に戦争を防げるかもしれないな。頑張ろう。


「そういえば、サリとオズワルドはクレプスキュールにいるのか?」

「はい。サリ様が魔王として行っていた業務の引継ぎもありますので」


 それ、魔王()が不在でもいいの?


「俺が聞かないといけないんじゃないか?」

「いいえ。魔王になられたからといって、前任者の仕事を引き継がないといけない法はありませんから。ただ、レディオン様のためにもなるだろうから、ということで、うちの家人達が引き継ぐ予定です。サリ様からも『レディオンに負わせることではない』とお言葉をいただいています」


 まぁ、サリは魔王にしては珍しいタイプだったからなぁ……


「俺自身が必要なことはあるか?」

「一歳の子を祝福するのはレディオン様でないといけないかと」


 ああうん。それぐらいしかないよな。うん。


「じゃあ、時間のある時に無限袋を量産するから、必要な個所に配布してくれるか?」

「はい。出来ましたら中身を共有化させたものを作っていただけましたら助かります」

「わりと需要あったんだな、連結版」

「輸送に便利ですので、なんだかんだで重要視されてますね」

「そういや、ロルカンの上空まで押し寄せた部隊、無限袋で兵站のかわりをしてたって?」

「はい。変異種(ヴァリアント)討伐時に同じように利用していたので、軍事行動で必要な物資の兵站は無限袋を利用するのがメインになっています。人員ばかりはどうにもなりませんから、後方部隊が無くなったわけではありませんが」

「それでも移動速度は格段に違ってくるよな。……そうか。変異種(ヴァリアント)討伐時からそういう風にしてたのか」

「アロガン様は、このために無限袋を作成したのか、と感嘆しておりましたよ」


 すみません。思いもよりませんでした。


「父様の戦闘脳と、俺の戦闘脳の間にはだいぶ開きがあるようだな……」

「レディオン様は戦闘より商売の方が好きそうですね」

「稽古とかは好きだけど、戦争はあまりしたいと思わないかな。挑んでこられたら応戦するけど」

「そうですな」


 苦笑含みに頷かれた。

 わかってる。俺の考え方は魔族の中では異端だよ。

 ベッカー家との戦いのときだって、出来れば争いたくないなって思ってたぐらいだから。

 ――あ。


「そうだ。魔王になったから、恩赦ってだせるんじゃないかな?」

「クロエ達のことですか」


 ノーランの声に俺は大きく頷く。


「クロエ達を元に戻す――のは難しいかもしれないけど、罪を軽くすることは出来るよな?」

「可能ですね」


 元に戻す、のところで困った顔をされたので、言い直すと頷いてもらえた。

 よしよし。バンバン恩赦出しちゃうぞ!


「そうと決まれば早速出す準備をしよう。他に軽犯罪で捕まってる連中はいるか?」

「酒場で酔っ払って殴り合いの喧嘩をした結果、店と近隣の家七棟を全壊させた馬鹿が何名かいますね」

「……全壊かよ……」


 脳筋族ェ……

 隣で聴いてたロベルトがげんなり顔になってる。


「牢屋にはいってる?」

「はい。また喧嘩になるといけないので離して入れてます」

「罰金は減らせないが、牢から出してやることはできるな。もうしません、って誓約してもらわないと駄目だけど。――それ以外には?」

「ロルカン行きの船に無理やり乗ろうとして捕縛された妖魔がいますね。理由を聞いても黙っているので不法侵入者として牢に入れてあります」

「妖魔族なにやってんの……というか、もしかしてこの前カルロッタに連れてった連中の知り合いか?」

「いえ、それとは別口のようです。妖魔の里に聞き込みに行った者の報告によると、どうも大昔にラザネイト大陸に行った妖魔の親族のようです。もしかしたら探しに行こうとしていたのかもしれませんね」


 ……なんだろう……その「大昔にラザネイト大陸に行った妖魔」に心当たりあるような気が。


「ロルカンで妖魔を見たことがあったから、その関連筋かもしれないな。そのことを牢の中の不法侵入者に話して、確認をとってくれ」

「畏まりました」


 当然の話ではあるが、俺がカルロッタに行っている間にこっちでも色々あったんだな。


「それと、これは提案なのですが……レディオン様が行っておられました国内外の商売ですが、これからはエンゾ・メラク、テオ・ミザール、マティス・ドゥーベの三人をトップに据えて展開させてはいかがでしょうか?」


 俺が「誰だっけ?」という顔をしていると、ややあってノーランが付け足した。


「グランシャリオ家の執事で、エンゾ・メラクは農地の管理と税収を担当しております。テオ・ミザールは財政担当です。マティス・ドゥーベは出稼ぎ部隊の国内組を率いる人物です」


 なるほど!


「うん。その三人に全権を渡そう」

「では、任命書の作成をお願いいたします。あの三人でしたら適宜部下を使って商売を展開してくれることでしょう」

「失礼。質問いいか?」


 ロベルトが軽く手をあげて話に入ってくる。


「こっちの大陸には、レディオンが率いてる商会って無いのか?」

「まだ無いぞ」

「え゛っ」


 いやだって、俺まだ一歳ちょいだからな?


「俺が勝手に色々商売しだしたのを皆が手伝ってくれて今の形になったんだ。いずれ専門の人を雇って商会として独立させるとしても、まだその状況になってないな。なにせ商売しはじめてから一年ぐらいしか経ってないから」

「そ、そんな最近の話だったのか……」

「ラザネイト大陸に行ったのも最近だったろ?」

「そうだけどさ……普通、本土に商会持ってて、その商会が進出してきたんだろう、って思うだろ?」


 そういえばそうだな。


「まぁ、いずれ商会にはするよ。今回任せる執事にしても、もともとの業務があるはずだから」

「レディオン様の仕事を引き継ぐのは栄誉ですので、切り離されたら泣くかもしれませんよ」


 執事、涙腺弱いの?


「ま、まぁ、おいおいやっていこう。うん。――ということで、急用がないならルカの所に行ってくる!」

「はい。夕食はこちらでとられますか?」

「うん。ロベルト達の分もよろしく。あと、ロベルトはうちでゆっくりくつろいでくれ」

「うん? ついて行かなくてもいいのか?」

「うちの領地でそうそう危険なことって無いよ。ロベルトはちゃんとシンクレアと話し合うべきだと思うし」


 後ろでそっと控えていたシンクレアが嬉しそうにしてる。


「お時間を頂けるのでしたら、ぜひ!」

「ぐっ……レディオン、あのな、そのな?」

「いい加減腹をくくれ。嫌なら嫌って言えばいいだろ」

「嫌じゃないから困ってるんだろ!?」

「ロベルト様……!」


 あ。シンクレアのスイッチが入っちゃった。どうしよう。放置しよう。


「ノーラン。後は頼む」


 俺が頼むと、ノーランはいつもの渋い笑みを浮かべ、丁寧に一礼してくれた。


「畏まりました」








 そんなこんなでやって来ました、アークトゥルス地方、俺の直轄地。薔薇園と小麦畑が主なそこに馬を走らせて行くと、知らせていたわけでもないのに館から小さな影が飛び出して来た。


「レディオン様!」


 ルカだ! ああ、ルカだ!

 数ヵ月ぶりのルカだ! ああ! やっぱり可愛いな!


「ルカ!」


 俺は馬を降りると即座に魔法をきって一歳児の姿に戻り、ダッシュでルカの元に向かう。

 ああ、ルカが大きくなってる。そうだよな。あれから随分経ったものな。大きくなって当然だよな

 そう、大きく……大きく……?


「…………」


 俺は走る足が緩まるのを感じた。

 ルカの足もちょっと鈍ってる。


「…………」


 あれ。

 おかしいな。

 ルカがかなり大きくなっている。

 視線の位置がだいぶ違う。

 というか、これは、もしかして、ルカが大きくなっている以上に、もしかして……


「…………」


 冷汗をかきながら目前まで来たルカを見る。ハグの恰好で。

 ルカも元から大きな目をさらに大きくしながら俺を見る。ハグの恰好で。

 そして言った。

 致命的な一言を。


「……レディオン様、縮みましたか?」


 ああー! やっぱり気のせいじゃ無かった! 身長差の理由が分かった!

 考えないようにしてたけど、俺、全然成長してない!

 ルカは一歳児としては大きく成長したほうだろう。だが、それ以前に俺の体が一歳児の大きさになっていない!

 足腰はしっかりしてるのに、身長が全然変化してない! 育ってない!!


「こらっルカ! な、なんて失礼なことを言うのっ」


 後ろから追いかけて来たクロエが慌ててルカを叱るが、叱らないでやってほしい。だってこれ、どう考えても俺の問題だ。

 そういえばポムが言っていた。ちゃんと寝る時間を増やしてくださいと。あいつはわかっていたんだ。わかっていたから忠告してきてたんだ。俺がそれを無視してただけで!


「レディオン様……」


 困り顔のルカを見ながら俺はようやく自覚した。

 ―― 一歳になるその前から、俺の成長が止まってしまっていたことに。








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