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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
133/196

6 アヴァンツァーレ領にて


 ●





 ロルカンに戻ると、ジルベルトが屋敷に迎え入れてくれた。


「ジルベルト! もう体は大丈夫なのか?」


 ロルカンでの戦闘後、ずっと臥せっていたジルベルトに俺は心配増し増しだ。


「まだ時々深く眠ってしまいますが、体調はいいんですよ」


 ジルベルトは困ったように苦笑している。

 ジルベルトは一見して健康体だ。ただ気を抜くとすぐに眠ってしまうだけで、病や呪いの類でもない。ただただ、すごく寝やすくなっているのだ。

 そんな症状を俺は知らない。


「栄養剤や水薬(ポーション)も沢山いただいてますし、もう大丈夫ですよ」


 栄養剤という名のエリクサーですね。分かります。

 これ飲んでても気を抜けば寝ちゃうなんて、どう考えてもおかしいんだが、原因が分からないのが困る。なにしろ【全眼】で見ても普通の健康体なのだ。

 やはり一度医療のエキスパートに診てもらう必要があるな!


「今度連れて来るから、一度うちの主治医に診てもらってくれ」

「そこまでする必要はありませんよ。きっと、身の丈にあわない大魔法をつかった後遺症か何かでしょう。ただ寝てしまうだけだから、お薬も不要ですよ」

「その『寝てしまう』のが問題なんじゃないか。何かあってからでは遅い。頼むから診てもらってくれ」

「レディオン様がそこまでおっしゃるなら……分かりました」


 苦笑含みだが頷いてくれた。絶対だぞ!?

 そんなジルベルトの後ろには家令のモナがいる。モナも心配そうな表情だ。


「それはそうと、レディオン様、ロルカンにお越しになったのは何か理由がおありでしょうか?」

「ジルベルトの様子を見にきたのが一番の理由だな。うちの家人達は迷惑をかけてないか?」

「非常に助けていただいてます。街壁の外に製糸工場やなめし皮工場、木材場を新設してくださいましたし、それらを内側に囲むための壁も作っていただきました。おそらく、この街はカルロッタ随一の城壁都市だと思いますよ」

「そうか。お前のためになっているのなら重畳だ」


 ロルカンに集まって来ていた人々も新たな工場の働き手になったらしいし、ラザネイト大陸からセラド大陸に輸出する布やなめし皮も沢山出来るようになるだろう。うちの領の救貧院も素材を得て張り切るに違いない。


「なんというか、本当に俺が手取り足取りしなくても経済は回ってるな」


 自分が率先してやらなければならなかった時はもう過ぎたということだろう。

 もう部下に任せておけばいいのだということは、ここ数日見て回って理解した。俺は独りで動きすぎていたのだ。ポムが再三「任せておけばいい」と言うはずである。


「最初にレディオン様が動いてくださったから、皆様が手を尽くされるようになったのです。レディオン様、ありがとうございます。貴方のおかげで、我が領は救われました」

「いいよ、改まって言わなくても。俺はジルベルトが好きだからやりたくてやったんだ。ジルベルトは俺にとって親友で、我が子みたいに愛しい存在なんだから」


 言うと、ジルベルトは軽く目を瞠ってから、それは綺麗な笑みを浮かべてくれた。


「私もレディオン様を父母のように愛しています。何か困ったことがありましたら、いつでも頼ってください。貴方の為に出来る事があるなら、それは私にとって喜びですから」


 嬉しいこと言われた!

 ジルベルト、愛してるぞ!


「しばらくロルカンにおられるのですか?」

「いや、用事が終わったら本土に戻る予定だ。手を付けないといけない事柄があってな」

「レディオン様も相変わらずお忙しくていらっしゃいますね」


 ジルベルトが困ったように微笑む。

 俺としてはお前が忙しそうなことのほうが心配だよ。


「ロルカンで困ったことはないか?」

「宿や仕事が無い人々は製糸工場のおかげで行き渡りましたし、危急の用というのはありません。捕らえた神騎士見習いと神殿騎士は時機をみて王国軍が更迭する予定のようですし、とても大人しいので助かってます」

「そういえば騎士達を捕らえたらしいな。見習いとはいえ神騎士を捕らえるなんて、ジルベルトは凄いな」

「私の手柄というより、街の壁で自滅したのを捕らえれただけなのでレディオン様の手柄かと。あと、実際に捕まえてくれたラウラ殿の手腕が良かったのだと思います」

「そうか。ラウラ殿にも礼を言わないといけないな」

「ラウラ殿は領地内の見回りに出立されましたので、またお会いできる時に場を整えさせていただきます」

「よろしく頼む」


 周りが男ばかりな俺にとって、女騎士さんは貴重なレディ要素なのだ。ぜひ挨拶したいところである。


「そういえば、ロルカンに前神官長がいると聞いたんだが?」

「リヒト様のことですね」


 俺の声にジルベルトは頷く。


「リヒト様なら教会にいらっしゃいます。お会いになりますか?」

「いや、用があるというわけではないんだ。ただ、そんな偉い人がいるということを今まで知らずにいたからな。ちょっと気になっただけだ。――現神官長がものすごく崇拝しているみたいなんだが、ジルベルトから見ても立派な人物なのか?」

「はい。とても立派なお方です」


 ほぅほぅ。うちの子であるジルベルトも敬愛してそうだな。


「落ち着いたらお会いしてみたいな」

「是非お会いしてください」


 ジルベルトが嬉しそう。ニコニコな愛し子の姿に俺もニッコニコだ。


「そうだ。フランツと会ってきたんだが、ずいぶんと人が変わっていたぞ。今のあいつならお前の補佐官によさそうなんだが、ジルベルトはあいつのことどう思う?」

「叔父上のことですか?」

「そうだ」

「少し複雑な思いはありますが、領地の運営を助けていただけるなら呼び寄せたいと思います。陛下から恩赦の話もあると聞いていますし」

「うん。リベリオの立太子を祝して恩赦が出る予定だ。お前には無い狡賢さももってるみたいだし、領地運営に昔から意欲的だったこともあるし、いい副官になるだろう」

「……もしあの方が父上の補佐をしていたら、きっと今こんな状態にはなってなかったでしょうね」

「俺もそう思う。だが、過ぎてしまったことは言っても仕方のないことだ。フランツも兄を愛していた記憶を思い出しているようだから、うんとこきつかってやるといい。罪を償うつもりでいるみたいだったし、遮二無二働いていたほうが悪いことを考える暇がなくていいだろう。たぶん、金勘定はお前より巧みだと思うぞ」

「はは……私も金銭管理は苦手ですね。税収のチェックをしないといけないのですが、金額が大きすぎてたまに眩暈がします」


 それ、うちが色々やらかしたせいもあるよね? ごめんごめん。


「親族に不当に奪われた領地や街も取り戻したんだろ? そっちの管理も大変そうだな」

「はい。殿下から早馬で書類が送られてきました。国境街も取り戻しましたし、いずれ代官を向かわせないといけません。今はレディオン様の家人の方が対応してくれているので、なんとかなってますが」

「いずれは全員人族の人員に変えないといけないな。国境壁の監視もうちの連中がやってるし」

「その国境街で思い出しました」


 はたと何かに気づいた顔のジルベルトが俺をじっと見る。


「どうやら、東に本拠地をもつ著名な傭兵団がアヴァンツァーレ領に来ているみたいなんです」

「傭兵団? 戦争屋か?」

「広義においてはそうなりますね。東国では彼等傭兵団を雇って戦争をするのが普通のようですし。ただ、戦争の無いアヴァンツァーレ領に来た理由が不明なんですが」

「戦争の匂いでもかぎつけてきたんだろうか?」


 無事に制圧できたとはいえ、聖王国の尖兵と一触即発だったのだから、戦争の匂いを嗅ぎつけてきたのならとんでもなく鼻の利く連中だ。


「なかなか優秀な人材のようだな。アヴァンツァーレ領で雇うか?」

「金銭に余裕が出ましたし、人柄の良さそうな人達でしたら雇うのもいいですね。戦える人員というのはまだまだ不足していますし」

「領主軍に組み込めそうか?」

「要求額によりますね。傭兵は腕利きだと一日金貨一枚を稼ぐと聞きます。残念ながら軍の予算では賄いきれません。戦時だけ雇うのならそれでもいいですが、傭兵は仕事がなければ盗賊になる可能性が高いですから」

「一日金貨一枚はきついな」

「新しく領民になった人で戦える人は軍や衛兵として雇っていってますし、しばらくすれば人手不足も解消されるでしょうから、傭兵団に拘る必要もなさそうですしね」

「そういえば門番が冒険者で無くなってたな」

「はい。大山脈からおいでになった方達の中から腕利きを衛兵に雇うことが出来たんです。レディオン様のおかげですね」


 大山脈というと……


「もしかして、山賊みたいな頭がいる集団か?」

「はい。ラクーン族と一緒にうちの領に帰化しました」


 おお! あの連中、アヴァンツァーレ領の領民になったのか!


「それは重畳だ。なかなか義に厚い連中だったから、いい部下になるだろう」

「頭領さんは護衛官に、マーサさんはうちの料理番になりました。他の方達も製糸工場や革細工工場で雇ってもらっているようです。おかげでロルカンの税収は今も右肩上がりですよ」

「そしてジルベルトが数えないといけない数字がさらに増えるわけか」

「そうなります……」


 そこだけショボン顔になるのに、俺は思わず笑ってしまった。


「街や領地が富むのはいいことだから、しょうがないよな」

「はい。仕方ないことです。……そういえば、レイノルド様から領内の町村の防衛力強化のために壁を設置してはどうだろうかと言われたのですが」


 レイノルド、何やってるの。


「あれはレディオン様からの指示なのでしょうか?」

「いや? たぶん、人族の町村を守る壁が無いのを見て危機感を覚えたんじゃないかな。魔族の町村だと常に結界に覆われてるんだが、人族の町村はそうじゃないだろ?」

「ち、町村に結界が張られているんですか」

「ああ。どんなに小さな町村でも結界はあるな。あるのが当たり前だから気にしたことなかったが、この街に来たとき結界一つ無いのを見て驚いた記憶がある」


 まぁ、それ以前に、街のあまりの臭さに驚いたんだけど。


「せめて変異種(ヴァリアント)や害獣が入ってこないように壁でもたてれば、と思う気持ちはよくわかるな」

「そ、そうなのですか……やはり、魔族の方と人族では常識に違いがあるのですね」

「種族が違うからな。あって当たり前のもの、の感覚が違うのはしょうがない。金銭を請求しに来てるのでなければ、好きにやらせておくといい。レイノルド、脳筋だから仕事がないと落ち着かないんだよ」


 謎の忠誠心もってるしな。


「はい。……というか、もう、それなりの町で壁を作られてます……」


 すでにやりまくってた件。


「あいつは『待て』ができんのだろうか……」

「とても助かっていますから、どうか叱らないでやってください」


 ジルベルトの対応が大人すぎて恥ずかしい。レイノルド! お前、人族の子にフォローされてるぞ!


「レイノルドは今、屋敷に?」

「はい。外に出たくてうずうずしてるみたいですが、この近隣の責任者ということで屋敷におられます」


 ちょっと笑い含みに言われて、散歩に行きたくてたまらないワンコのようにうずうずしているレイノルドを想像してしまった。笑うわ。


「じゃあ、会ってこよう」

「そうしてあげてください。レディオン様にもお会いしたいでしょうから」


 客室の一つにいると教わって、仕事に向かうジルベルトと別れて足を進める。

 ちなみに本日、ロベルトは傍にいない。ロルカンについてすぐにシンクレアに拉致られたからだ。どっかにしけこむといいよ!


「レイノルド、いるか?」

「レディオン様っ!?」


 あ。ノック忘れた。まぁいいや。

 扉をパーンッと開けて中に乗り込むと、なにやら地図を囲んで数人が円座組んでた。その中の一人、一際頭部の照りの激しい男が弾かれたように振り返る。

 そして流れる様な動きで跪拝された。おおう。


「ご尊顔を拝する喜びを与えていただき、光栄に存じます」


 ……ほんとにこの忠誠心が謎すぎるんだが……


「楽にしてくれ。何かの作戦相談中だったのか?」

「はい。魔素の濃くなるであろう地区に討伐隊を派遣する相談をしておりました」


 ほぉん?


「右の簡易地図が冒険者組合から預かったモンスターの分布図で、左の地図が我々が把握している変異種(ヴァリアント)の分布図です。右の地図で丸がついている地区が、人族には倒すのが難しい変異種(ヴァリアント)の巣がある場所ですので、そこを潰していこうと思います」


 よしよし。人族の冒険者組合と連携がとれているようだ。


「手に入れた素材は冒険者組合に卸すので構いませんか?」

「ああ。無限袋の素材以外は卸してやるといい。組合にも金を落してやらないといけないしな」

「畏まりました。――ところでレディオン様。こちらにおいでになったということは、何か新たな仕事でも?」


 あ、いや、たんにちょっと顔を見にきただけです。どう答えよう。


「お前達が頑張ってくれていると聞いてな。褒めにきたんだ。よくやった!」

「「「「「有り難き幸せに存じます!」」」」」


 ほんとにこの忠誠心が謎すぎるよ……


「そういえば、レディオン様、グランシャリオ家の家人に人族の行方を追わせていたと聞き及んでいますが、ポーツァル家の者、でよろしかったでしょうか?」


 お?


「ああ。ユルゲンとかいう領主の一行だな」

「知己になった人族で、彼等がロルカンに寄っていた時に話をした者がいました。酒を奢って情報を仕入れたのですが、なんでも『呪いを解く品を探している』とのことでした。どうも父親かなにかがひどい呪いに苦しめられているのだそうです。あと、その領地に妖魔王とやらの封印場所があるそうです」

「妖魔王?」


 あれ。なんか背中に冷汗が。


「はい。魔王を名乗るなど烏滸がましい所業ですが、人族が勝手にそう呼んでいる『何か』の封印場所があるのでしょう。領地が違うので調べに行っていませんでしたが、気になるようでしたら探索隊を出させていただきます」

「……そうだな。少し、調べてくれるか?」

「畏まりましたっ!」


 キラッキラな眼差しが熱い!


「お前は行っちゃいけないぞ!?」

「ぐ……分かっております。ここで指揮しています」


 行きたそうな顔で我慢しているのがちょっと可笑しい。部屋にいる他の魔族達がくすくす笑ってるぞ。


「しばらくこの地区にいたと思うが、レイノルドが気づいたこととかあるか?」

「この地のことで、というと……平地が多いわりに変異種(ヴァリアント)が多いことが気になるでしょうか。魔素が溜まりやすい場所なのかもしれません」

「それは俺も気になっていた。今もやはり多いのか?」

「はい。我々はアロガン殿と手分けして、セラド大陸の魔素溜まりである変異種(ヴァリアント)の巣を数多く討伐していたのですが、その近辺と同じような空気をこの領地に感じます。もしこの領地以外の国土も同じような状態なのでしたら、この国は少し危険かと」

「国全体が魔素のたまりやすい『場』になっている可能性、か」

「はい。アヴァンツァーレ領の危険地区を掃討し終えたら、領地外の様子も見に行こうと思います」

「頼んだ。異変は先に察知しておきたいしな」

「はっ」


 恭しく一礼して、レイノルドは何かを思い出した顔になった。


「そういえば、本土の変異種(ヴァリアント)討伐隊が新たに結成されたのはご存知ですか?」


 え。初耳なんだけど、どゆこと?


「たぶん報告書があがっていると思うのですが、我々の後任として動く討伐隊が結成されたそうです」

「まぁ、ベッカー家の部隊、こっちに来てるもんな」


 うちの部隊も来てたけど。


「はい。アロガン様の商会が雇った傭兵のような部隊で、アークトゥルス地方以外の場所の変異種(ヴァリアント)の巣を掃討する予定であるとか。レディオン様が魔王になられたので、この機会に大々的な討伐戦をする予定だと聞いています」

「ちなみに誰の発案?」

「アロガン様です」


 父様……ヴェステン村の異変も調べないといけないのに、なにやること増やしてるの。まぁ、大陸が安全になるほうがいいから、やっちゃいけないとは思わないけどさ。


「本土でやる仕事がまた増えた」

「指揮はアロガン様がされると思いますが?」

「父様もヴェステン村に行かなきゃいけないから、代理をたてないと駄目だと思う」

「ああ……」


 納得した顔をされてしまった。


「レイノルド、こっちで物資が足りないとか要望とかはあるか?」

「今のところありません。この街だと魚が沢山食べれるのが嬉しいですね」


 肉に飽きてたもんね、お前達。


「そうか。ヴェステン村の探査が終わったらまたこっちに寄る。また会おう」

「はっ」


 一同に礼をされながら、俺は部屋を出る。

 さて、シンクレアに押し倒されてるだろうロベルトを拾って本土に行こうかな。







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