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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
131/196

5 胸の中に残る思い


 ●




 地上に戻って王城を歩いていると、後宮の入口あたりでリベリオが待ち構えていた。

 久しぶり!


「俺の知識でよかったら、いいぞ」

「ありがたい……ちょっと行き詰ってるんだ」


 そう言って軽く手をあげるリベリオは、目の下がクマクマだった。

 とりあえず久しぶりに会ったので片手ハイタッチをパチンとな。


「だいぶ堪えてるようだな?」


 俺が苦笑して言うと、リベリオは肩を落として頷いた。


「駆けつけてくれた諸侯への対応でちょっとね……」


 なんかもう、哀愁漂うほど疲れてるっぽい。

 そういやリベリオ、クーデターの時に招集かけたんだっけ。どれぐらいの人数集まったんだろ?


「ありがたいことに招集かけた全員が来てくれてるみたいだよ。まだ着いて無い領地の者もいるけど、向かってきてるのは確かなようだ」


 おお。カルロッタ王国の一大事に素直に駆けつけてくれるなんて、いい家臣をもってるじゃないか。

 俺自身は転移装置で移動してるから、駆けつけてきた諸侯も諸侯の軍も見てないけど。

 領主軍の皆さんはどこに収容されてるのだろう?


「軍の人達は王都に入りきらなかったから王都の外で野営してもらっている。とりあえず今着いている領主達と会議の末、君の大陸との国交と正妃の親善大使の件は認めてもらえた。思っていたよりはスムーズにすんだよ。聖王国が不倶戴天の敵になってるから、他にやりようがないという現実のせいもあるけど」


 一先ず安心だ、とため息をつくリベリオに、俺は何と言っていいか分からない表情になった。


「苦労をかけるな」

「大丈夫。苦労というほどのものじゃないよ。近日中に行わないといけないパレードのほうが諸侯にとっては頭が痛いみたいだけど」


 ああ……


「正妃、言うこときかないんだろ」

「こうと決めたら一直線に進む方だからね。パレードの人員も、警備員も、ささっと自分の派閥で作りあげちゃってるし、下手すると今日中にでも行きそうな様子だから……」


 正妃、準備よすぎだろう。

 

「裏でいろいろやってた貴族や奉公人のリストもマリアベラ様からもらって、処罰の準備も進めたし、罪の軽い者達を入れる製糸工場は君の所の執事が作ってくれたし……あとは何があったかな……」


 なんかもう疲れ果てて頭が回っていないっぽい。


「無理せず休めよ? この一週間、ほとんど寝ずに奔走してないか?」

「ここが頑張りどころだからね。政治が苦手なマリウスも頑張ってくれてるし、王太子になる予定の私が頑張らないと、後で色々言われるから」


 王族って大変だな。

 魔王するより大変なんじゃないか?


「そういえば、ポーツァル領の領主代理が君達に会いたいって言ってたよ。父上の一存で待ったをかけてるけど」


 うん? どこかで聞いた名前だな……?

 あ!


「ロルカンに領主が来てたあの家か!」

「え。ロルカンにいたの!? 領主が!?」

「ああ。ロルカンで俺達が一堂に会したことがあっただろう? あの日に見かけたんだ。商人二人を連れてたな」


 そのうちの一人は妖魔の擬態だったけど……


「一応、ロルカンにいるうちの家人にその後の行方を捜してもらっている。ちょっと気になることがあったからな」


 妖魔が混じってることとか妖魔が混じってることとか妖魔が混じってることとかな!


「君達の側でも探してくれてるのは有難い! 仮の領主になったユルゲン殿が行方不明になってるみたいなんだ。定期的に行っていた伝書鳩も冒険者組合経由の連絡もなくなってて、そのせいで領主代理のクヌートがかなり焦ってて……魔族だという君達を疑ってるみたいなんだ」

「そういえば、前に宰相と王が五男がどうとか言ってた気がする」

「うん。その五男がクヌートなんだ。で、魔族である君達に訊きたいことがある、と」


 どう考えても冤罪です。

 でもロルカンで見た時の妖魔族が気になりすぎる。どうしよう。今頃捕食されてたりしないだろうか、ユルゲンとかいう人。


「まぁ、問われても現時点ではその人物の行方は知らないんだけどな」

「そうだと思ってこちらも君達の所に突撃するのはやめてもらってるんだ。ただ、ポーツァル家は声の大きい領主家だから、あまり騒がれると痛くもない腹が痛くなるからね……ちょっと難儀してる」


 発言力のある貴族と衝突するのは避けたいようだ。


「あの会合の後、ジルベルトにこっそり『どこかの領主が会いに来てたのか?』って問うたんだが、ジルベルトは知らない様子だった。領主として動いてるにしては同行人が商人二人っていうのがおかしいし、そのあたりをクヌートとやらに探り入れてほしいな。あと、ユルゲンとやらの顔を描いたものが欲しい。顔も知らないのに情報知ってたらおかしいだろ?」

「そうだね。なんでロルカンに来てるのが領主だって分かったんだい?」

「ちょっと特殊な能力を持っていてな。名前とか職業とか見抜けてしまうんだ」

「【分析(アナリーズ)】の魔法みたいなものかな?」

「そんな感じだな」


 あれも相手や物の情報を自分の知識と照らし合わせて把握する魔法だからな。

 

「その能力で、少し手伝ってもらってもいいだろうか?」

「うん? 見抜いてほしい何かがあるのか?」

「神殿から押収した宝物類なんだけど、城の鑑識官では正体を見抜けない品がいくつもあるんだ。何らかの力が宿ってるみたいなんだけど、神物の系統なのか、呪われている品なのか、それともエンチャントを施されただけの品なのかが分からなくて……たぶん、位階が高い何かだとは思うんだけど」

「ははぁ、正体が分からないと保管方法も決められなくて困ってるんだな?」

「そうなんだ。下手に何かと干渉して変な効果がでる品とかあっても困るし、適当に宝物庫に放り込むわけにもいかないし……君の知識に似たような品がないか、訊ねようと思ってたんだ。見抜ける異能をもっているなら尚の事見てほしい。正直なところ、君達で使える品があったら持って行ってもらいたい」

「せっかくの宝物なのに?」

「僕らの政策に宝物は必要無いからね。簡単に売却できそうなやつなら、売り払って国庫の足しにしようとは思ってるけど」

「なら、出来れば簡単な魔道具のほうがありがたいわけだ」

「そう。まぁ、前にあった城の結界装置ぐらいは欲しいけど、あの中にあるようには見えなかったな」

「俺が張っていいなら結界張るけど?」

「魔王様の結界なんて恐れ多すぎるよ……」

「いいじゃないか、リオは俺の友達なんだから。帰るまでに城全体を覆う結界を張っておくよ。――とりあえず、その見抜いてほしい品を見に行こうか」


 何故か頭を抱えていたが、リベリオは気を取り直して俺達を後宮の一室に招いてくれた。正妃の部屋の一つで、神殿から押収したものの扱いに困った宝物を一時的に保管している場所だそうだ。


「正妃の部屋に?」

「ああ。マリアベラ様は正妃だからいくつも部屋をもっていてね、この部屋はもともとマリアベラ様の宝物庫なんだ。――といっても、マリアベラ様はあまり宝飾類をため込まない方でね、貰い物の服飾類を適当に置いてるだけの場所だったらしい。で、空間が余ってるから好きに使え、って。置いてあるマリアベラ様の宝飾類も好きに使っていいと言われてる」

「正妃、宝石よりお菓子のほうが喜びそうだもんな」

「ほんとにね。あの方のおかげで僕らのおやつがすごく美味しくなったんだ。そちらの国に行ってしまったら、もう新しいお菓子は食べられないんだよね……」


 すごいしょんぼり言われた。前から思ってたけど、リベリオ、もしかしなくても正妃のことすごく好きだろ。外見似てないけど、お前と父親はほんとにそっくりだな?


「正妃のことだ、新しく開発したお菓子のレシピはくれるんじゃないか? お菓子で国を豊かにする夢があるみたいだし」

「うん。実はそれをすごく期待してる。マリアベラ様が昔から探してた『あずき』とやらは君の大陸にあるんだろう? どんなスィーツになるのか、今からとても楽しみなんだ」


 やだ。リベリオが子供っぽいキラキラ顔になってる。

 可愛いじゃないか!


「正妃にもそう伝えておくよ。――で、問題の品は?」

「この一帯のがそうなんだ」


 そう言って示されたのは、部屋の左側の台にズラリと並んだ宝飾類のコーナーだった。

 ……キラッキラだなおい……


「神殿から押収したはずなのに、貴族の宝物庫にいるような気分になるな」

「よくぞここまで集めたな、と思ったよ。ここにあるのはあくまで『何か力が宿ってるけどよくわからないもの』ばかりで、それ以外の普通の宝飾類や軽いエンチャントがかかってるものや聖遺物とわかるものに関しては別の所に保管している。それもけっこうな数でね……」


 神殿、長年何やってたの……


「一番謎なのはアレなんだ」


 リベリオが指さしたのは女性のコンパクトミラーのような品だった。確かに、他の物にくらべて圧倒的に存在感が強い。たぶんこれ、神器の類だろ。

 軽く【全眼】で見たらやっぱり神器だった。


「『神器ヴァールハイト』、全ての偽りを破り真実の姿を現させる、だそうだ」

「神器!?」

「ああ。たぶん、開いて鏡の部分を覗き込んだら化けの皮であっても剥がれる類の道具だろうな。……正妃に引き合わせた妖魔族の擬態能力も、これを使われたら破られるかもしれない」

「『光輝(ルミエル・クラルテ)』以外にも神器ってあったんだ……」

「聖王国が持ち込んでた品かもしれないな。――他のも見抜いていこうか」


 そう言ってサクサクその場の宝飾類を『視て』いく。

 強いエンチャントがかかってるだけの品もあれば、聖遺物もあった。何故かこっそり呪いの品まであったのは笑ったが、さすがに神器はヴァールハイトだけだった。

 というか、対象を栄養過剰状態にして肥満させる、なんて呪い、なんのためにあるんだろうか? しかも使われた形跡があって、使用回数が一回減ってた。誰に使ったのこんなの。


「助かったよ……これでそれぞれの宝物庫に入れられる」

「宝物庫にもいろんな種類があるのか?

「誰かに持ち出されると危険な品は宝物庫の中でも一番厳重な所にしないといけないからね。単純なエンチャント品は普通の宝物庫でいいだろうけど」


 なるほど、警備の度合いが違ってくるわけだ。


「レディオンが持って行きたい品ってある? なんでも持ってっていいよ」


 太っ腹だな、リベリオ。

 とはいえ、この手の類は俺、自分で作っちゃえるからなぁ……


「うーん……これといって欲しいものは無いんだが。これは今使おうかな」

「宝珠?」

「ああ。魔法増幅効果のある宝珠だ。結界張るって言っただろ? これを核にする。あとで玉座の間とかに飾っておくといい」


 言って、さっさと術式を宝珠に込め始める。入れる魔力はどれぐらいにしよう? 割れたらこまるからちょっとずつ入れて……ちょ、限界くるの早すぎ! 割れちゃう割れちゃう!


「……すごい光ってるね」

「う、うむ。許容量ぎりぎりまで魔力こめたからな」


 魔法一発うつ量よりも少ない魔力しか入れてないけど。


「これの結界、たぶん平和な時代なら千年ぐらいはもつと思う。攻城兵器とかで攻撃されると魔力の減りが早まるから、その時は補充を依頼しに来てくれ」

「せ、千年……」

「魔族だと長生きだから単位がな……」

「そうだったね。すごく気安くやりとりしてるから、君が魔王になったことを忘れかけてたよ」

「ふふん。敬ってくれてもいいんだぞ!」

「心から敬愛申し上げます、魔王様」


 綺麗な一礼をされた。照れる!


「うむ。いつでも頼ってくるがよい。――他に何か用事はあるか?」

「知恵を借りたかったのはこれらの仕分けだから、急を要する用事は無いね。平時であればお茶でも誘いたいところだけど、その余裕が無いのか辛いな」

「ゆっくり出来る様になったらお茶しよう」

「うん。楽しみにしてる」


 子供らしい笑顔を浮かべるリベリオとグータッチして、正妃の下へ。

 貸してくれていた金メダルのネックレスを返して水神について少し話し、俺は神殿へと向かった。目指す先は神官長のいる部屋だ。


「申し訳ありません、レディオン様。神官長は今、不在でして……」


 残念。神官長は不在だった。

 まぁ前神官長を呼び戻すのに失敗した神官長を慰めるだけだったから、無理に会う必要は無いかな。

 てことでちょっと神殿内部を様子見させてもらったら帰ろう。


「…………」


 ……何故か行く先々で礼拝されるんだけど……


「レディオン、お前、神官さん達の仕事の邪魔になってないか?」

「……だよな」


 いちいち気づいた全員が平伏したりするのである。これはいけない。


「フランツ・アゴスティに会って、帰るか……」


 ちなみにものすごい久しぶりに会ったフランツ・アゴスティは、だいぶ抜け毛が収まった頭をしていた。

 うちの塗り薬が効いたようで何よりだ!


「ご、ご尊顔を拝する喜びを与えていただき、感謝いたします」


 めっちゃ平伏されてる。


「そこまでへりくだる必要は無い。お前はジルベルトのために働いてくれた。ジルベルトもお前のことを悪し様に言わなかった。微妙なところだが、お前は数少ないジルベルトの味方になってくれた人物でもある。これからはあの子に従い、支えてやってくれ」

「畏まりましたっ!」

「借金は全額返済できたのか?」


 俺の声に、アゴスティは平伏したままコクコク頷いた。器用。


「完済しております!」

「そうか。今度から金が入り用になったら我が商会に声をかけるといい。ジルベルトの役に立つ事柄であればいくらでも貸そう」

「ありがたき幸せにございますっ」


 なんかもう言葉遣いもあやしくなってる。これ以上傍にいないほうがいいっぽいな。


「ではな」

「あっ……あのっ」


 踵を返そうとしたら呼び止められた。おやん?


「その、一つ、お耳に入れたいことがっ」

「うん? なんだ?」

「パトリツィア家とコンスタンティナ家のことなのですが」


 ああ、フランツを嵌めた奴が会場にいたサロンの貴族家か。


「サロンで私に商人の話をしたのはパトリツィア家なのですが、そもそもうちが借金を抱えることになった、借金の誘いをしたのはコンスタンティナ家なのです。殿下にもお話いたしましたが、レディオン様やジルベルトの耳にも入れておいた方がいいかと思いまして」

「俺達に関わって来る可能性があるのか?」


 死の黒波関連のことはトップシークレットになっている。国王達がする処罰も、まずはクーデター関連が先になって、死の黒波に関する犯人捜しや背景探しは後回しだ。だから、フランツも俺にわざわざ告げてきたのだろう。


「どちらも大きな家です。アヴァンツァーレ領とも接しています。ジルベルトは係わることが多いでしょう。どうか、あの子を守ってやってください」

「言われずとも守ってやるとも。お前は処罰を受けた後はジルベルトの元に帰って来る予定か?」

「……罪人の私などが傍にいては、ジルベルトのためにはならんでしょう」


 力なく笑う姿が、少しだけジルベルトに似ていた。俺はため息をつく。


「俺はな、実を言うとまだお前を許せないと思ってる。狭量でな。だが、ジルベルトはお前が何をして、何をしなかったのかをちゃんと知っている。まともな者がいないジルベルトの親族のなかにあって、唯一ジルベルトのことを考えてあげられる人であろうことも、まぁ、今までの証言ややってきたことからわかる。別荘を横取りした手腕は、他の親族より巧みであったと聞いた。軍を使う手腕もな。その悪知恵を生かしてジルベルトを支えてやってくれ。あの子はお前と比べれば悪知恵に長けているといいがたい。真面目すぎる身では陥れられることもあるだろう。そういう時に必要なのはあくどさをもった人間だ。例えば、お前のような」

「…………」

「兄のかわりに領地運営をしたかったのだろう? 俺としては、その兄が存命なうちに、正直に言って運営に携われば良かったのに、と思う。苦手な部分を補ってやるのも副官の役割だ。お前は時期を間違え、手段を間違えた。だが、今からでも遅くはない。亡き兄には出来なかったことをしてやれ」


 顔をあげてこちらを見たフランツの目から涙が零れた。顔がくしゃくしゃになる。


「お前、本当は兄のことが好きだったんだろう?」


 ぼろぼろ涙をこぼす男が小さく頷く。領主になった兄に嫉妬してはいたが、だからといって好きな気持ちが全部消えるわけではない。いろんな感情を取り払って、好きだった、という事実が残るのなら、きっと兄の子であるジルベルトにも優しくできるだろう。


「悪の誘いはいつだってそこら中にある。お前は一度落ちた。だから危うい場面がくれば察知しやすいだろう。あの子の事を頼む。あの子には、人間の頼りになる人物が必要だ」


 俺達魔族で支え続けるのは、ジルベルトのためにはならないから。


「肝に命じさせていただきます」


 フランツは深く平伏する。

 声は、力強かった。






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