3 ユリア・エネトリス・アナトレイシア・ディ・カルロス
家族の病状が落ち着いてきましたので、再開します。
カルロッタ王国、王城、青藍の間。
王のプライベートルームでもあるその部屋に招かれた俺は、手土産や正妃に貸す人員の紹介やらをした後、一人の少女を紹介された。
「この度はお力添えいただき、ありがとうございます!」
そう言って丁寧に頭を下げてきたのは、正妃の実の娘である第三王女のユリアだ。
顔立ちも体つきも痩せたバージョンの正妃に良く似ている。元気のいい娘さんで、目をキラッキラさせてこちらを見ていた。髪色と目の色は王に似たようだ。
肝が据わっているのは母親似らしく、顔面兵器な俺を見ても硬直したりしなかった。初見で硬直されなかったのってすごい久しぶりだ。この時点で俺の好感度はマックスである。
目があまり良くないらしく、丸い眼鏡をかけているのだが、ややきつめの顔がそれで優しい感じになっている。聞けば、本好きが祟って目を悪くしたのだそうだ。……暗がりで読むとかしてたのかな?
今日俺がここにいるのは、正妃がうちの大陸に来るのに必要だろう品々を渡すためだった。
正妃に引き合わせた人員は、父様経由で雇ったノーラン推薦の妖魔族で、擬態能力と戦闘能力に長けた人達だった。こっそり【全眼】で見たらノーランが太鼓判を押すに値する能力値で、いざとなったら正妃の護衛もしてくれそうだ。
その他諸々の道具類は説明書つきで渡してある。頭の良い正妃のことだ、有効活用してくれることだろう。
ユリアのいう「お力添え」は、先の騒動のことだけでなく、これらのことも含んでいるのだろうな。
「王や正妃にはこちらも世話になっている。改めて礼を言われるほどでは無い」
「今代の魔王様はとても懐の深いお方だと聞いておりましたが……噂通りのお方ですねー」
ちょっと困ったように微笑まれた。視線が正妃そっくり。
「俺としては正妃がうちの大陸に着た後のカルロッタが心配だが」
わりと本気で周囲一同が心配している問題に、当事者の一人であるユリアは苦笑を深めた。
「母様ほどの手腕はありませんが、私も頑張りますよ! そもそも嫌われ役を一手に引き受けていた母様が大変すぎたんです。父様はしょんぼりしてますが、自業自得なので仕方ありませんね!」
国王、娘にバッサリ切られてるぞ。
「王も王で頑張ってるようなんだが……」
「足りません。そもそも約束を破ったのは父様ですから」
「約束?」
「母様が嫁入り時に交わした約束があるんです」
そういや、三つほど約束がどうとか一つしか守れてないとか言ってたな。
てゆかそれ、俺に言っちゃっていいの?
「正妃にする、希望の予算に口を挟まない、浮気しない。この三つのうち、正妃にすることしか守れてません。母様が正妃になった次の日に側室二人ですよ? 母様がキレても仕方ないと思いませんか?」
アカン。
「しかも世継ぎ問題で揉めるの分かってるくせに、母様が妊娠したのを確認してから側室に手をつけるならともかく、真っ先に妊娠したの第三妃ですからね」
う……うわぁ……
「そんなこんなで、うちの実家は父様の評価最悪です。自業自得ですけどね!」
俺は友達である国王の味方だが、これはちょっと擁護できない。
俺も妻を娶る時は気を付けよう。
もちろん妻が正妻だとも。むしろ妻しかいらないとも。
けれどハーレムは要相談です! 俺と一緒に妻の凛々しさを語ってくれる人なら誰でもウェルカムだ!
しかし――
「そんなこと俺にぶっちゃけていいのか?」
「母様から『家族同然だからなんでも話して良い』って言われてますから!」
正妃から謎の信頼が。
え。いつの間にそんなに信頼してくれるようになったの。最初の頃からは想像もつかない間柄だぞ!
「あと、内緒にしててもどうせバレるから秘密は作るな、とも言われてます」
ああうん。色々調べ上げてるのそっちに告げてたよね。
それにしても、考えたら王から愚痴聞かされたりと、わりと早い目からこの国の恥ずかしい場面見てるな俺。ここの王族が色々ぶっちゃけてくれるから、とも言えるが。
人族の王族ってこういうもんなの? それとも、カルロッタが特殊なの?
「他に吹聴する気は無いが、他の人がいる時には赤裸々に話さなくてもいいからな?」
「心得てます! 今はレディオン様だけですからね! この機会に聞きたいことは全部聞いてくださって大丈夫ですよ!」
そう、今、この部屋にいるのは俺とユリアだけなのである。
いつもだったらポムとかポムとかポムとかいたんだが、今は聖王国で不在。護衛がわりについて来てたロベルトは正妃に「話がある」って真剣な顔で言って二人してどっかに行っちゃったし。
ちなみに王やリベリオ達はクーデター騒ぎの後始末に今も奔走していて不在だった。王の私的な部屋を借りるのにいいのかそれ、と思わんでもないのだが、なんかもう俺はカルロッタではあらゆる場所がフリーパスになってるみたいで衛兵にも近衛兵にも呼び止められなかった。透明魔法使ってないのにやりたい放題だ。いいのかカルロッタ。俺が厨房に入り浸ってしまうぞ。
あ。厨房で思い出した。
「そういえば、正妃はお菓子に目がないようだが、昔からそうだったのか?」
カルロッタのことを調べ上げた部下の報告書を見てると、カルロッタのお菓子ってうちの国と同じぐらいレベル高いんだよな。ここ二十年ぐらいで急速に発展してるし、正妃の実家が関わってるみたいだから、たぶん正妃が関わってるんじゃないかと思うのだが。
「お爺様達のお話を聞くに、子供の頃からお菓子作りが好きだったみたいです。小さい頃から本を読み漁ったり冒険者から情報を仕入れたりして、色んな場所の作物の種を集めて育ててたそうです。畑を荒らす魔物を退治したりしてたので、領民には慕われてるんですよ、母様」
最初の素材集めからやってたのか。凄いな。
「勇者が母様の助力を請うた時も、世界中旅してその地のお菓子レシピを集められるのなら、で受けたそうです」
筋金入りだな。
「ただまぁ、その勇者がスケベなロクデナシだったらしく、実家は猛反対したそうです。で、当時一緒にいた魔法使いが、自分が必ず守るから、って約束してくれたので許可したのですって」
魔法使いの信頼が厚いな。
「ちなみにその魔法使いが、今の父様です」
国王何やってるの。
当時は国王じゃなく王子だったんだろうけど、なんで勇者パーティーの一員になってるんだろうか。先代の勇者パーティーが気になりすぎる……
それにしても、今代の勇者は誠実生真面目ヘタレなのに、先代はスケベロクデナシなのか……
「さっきまで一緒にいた人が今の勇者様なんですよね?」
「うん? ああ、ロベルトは今代の勇者だな」
「あの勇者さんだったら文句なしにオッケー出たでしょうね。見るからに誠実そうだし」
よかったなロベルト! お前の評価が高くて俺も鼻が高いよ!
「あと、色恋にヘタレそうだし」
見抜かれてるぞロベルト!!
「ま、まぁ、色魔よりはいいんじゃないか?」
魔族一の色魔であるクレアさんとの相性が気になるところだが。
「確かにそうですね。一時、この子は勇者の子だ、っていう人達が大勢うちの国に言って来てて大変だったそうですし」
「カルロッタに言って来てもどうしようも無いと思うんだが……」
「旅仲間だったから優遇されると思ったんじゃないでしょうか? まぁ、母様が『知らんわそんなこと』でバッサリ切ったそうですけど」
流石、正妃。強い。
「勇者の子供だからといって必ずしも優秀とは限らないようでしたし。私も子供の頃に年の近い『勇者の子』を紹介されましたけど、スケベなクソヤロウなだけでしたよ」
年齢が近いからってあわよくば王女のお相手になろうとした馬鹿がいたのか……
そしてクソだったのか……
「まぁ、勇者の能力は子孫に引き継がれないからな」
「やっぱり! そうなんですね。スケベなのは受け継いでましたけど、能力的にはさっぱりでした! 私ですら勝てるぐらいでしたから!」
戦ったのか王女。この実行力、絶対正妃似だろ。
「今でも『勇者の子』云々で擦り寄って来る連中はいるのか?」
ある意味聖王国が旗頭にしそうな立ち位置だから、まだいるならこちらでも対処しないといけないが。
「今はいませんね。一部の勇者の子がうちの国で問題起こしたことがあって、それ以降は王都から締め出したので」
何やったの前勇者の子供……
「当時の神殿は勇者の子を擁護したりしなかったのか? 聖王国の手先の連中なら喜びそうなネタなんだが」
まぁ、今の神官長もスケベだが芯の通った人間っぽかったから、勇者の血を引いてるだけで何かしらの恩恵を受けようって連中は排除しそうだが。
「たぶん、内々で動いてる一派はいたと思うんですが……当時の神官長がすごく立派な人で、他の神官からのとりなしを一切受け付けずに処罰したんです。困らされていた民や一部の貴族達は神官長を崇める勢いでしたよ。……その神官長も、難癖付けられて追放されちゃいましたけど」
「確か、今の神官長が敬愛してたっていう……?」
「はい。今の神官長はその人の弟子だったので、当時は荒れて大変だったそうですよ。でもその前神官長もご壮健でいらっしゃるようでよかったです」
「そうなのか。よかったな」
「……守ってくださったの、レディオン様だと聞いてますけど?」
え。俺?
そういえば、現神官長からも似たようなこと言われた気がする。
そんな人に心当たり無いんだけどな?
「今どこにいる人なんだ?」
「ロルカンですよ。知らなかったんですか?」
ロルカンにいたの!?
「あそこの神官だったのか……てことは、蟻退治した後で交代したっていう、後任の神官かな。最初にいた神官、第二妃の陣営だったらしいし」
「アヴァンツァーレ家はサリュースに嫌われてましたから、問題起こすために前任の神官も第二妃の手先が送り込まれてたんでしょうね」
第二妃、暗躍しまくりだろ。
「なんでサリュースはアヴァンツァーレ家を嫌ってたんだ?」
「領地にある大山脈の開拓に反対されてたからですよ」
「開拓って、あの岩だけの山脈を?」
「岩だらけですけど、いくつか鉱物が採れる場所があるんです。で、サリュースは――というか、サリュースを唆した第二妃陣営はそれに目をつけたんですけど、アヴァンツァーレ家は昔から大山脈に手出しされるのを嫌ってるんです。せっかくの天然要塞を下手にいじられたくなかったんじゃないかと思います。あと、領民にしわ寄せがいくのを防ぎたかったんだろうなー、と」
「公共事業なら予算は国持ちだと思うんだが?」
領地にお金が落ちるなら、一考の余地あると思う。
「あのサリュース率いる第二妃陣営が命じるんですよ? 雀の涙ぐらいの補助金でアヴァンツァーレ家に投げ捨てるに決まってます」
ああ、それは絶対阻止したがるわ。
「前領主さんは真面目が服着てるみたいな人でしたからね。幼いサリュースが無理やり『いうこと聞け!』と騒ぐのをあの手この手でスルーしてました。国政に関わる会議でも、実直で堅実な政策を支持して第二妃の陣営からは煙たがられてましたね」
そのへんの理由もあってアヴァンツァーレ領が狙われたのだろうか……
まぁ、一番の理由はうちの大陸に近い大型港があるからだろうけど。
「アヴァンツァーレ領で不幸があって、今の領主さんになった時は小躍りしてたそうですよ。最低ですよね」
「最低だな! ジルベルトなんて半死半生で必死に領地経営してたんだぞ」
「現領主さんへの国の対応が塩だったのも第二妃陣営の仕業ですよ。宰相や将軍はアヴァンツァーレ家にもっと手厚い補助を出したかったんですけど、他の領主に対して不公平だとかなんとか言って足引っ張ってました」
ポムの言ってた人族社会の柵ってそのへんのことなのかもしれない。
「宰相達は隣国と接してるから出来るだけ補助出したかったのに、今は不戦協定結んでるからどーとか言って年々国からの援助金を少なくしてましたし、今回第二妃陣営が潰れたことで今まで出来なかったことが沢山出来るようになると思います。今はもう不要かもしれませんが、アヴァンツァーレ家に出される補助金も昔通りになると思いますよ」
「それはよかった!」
確かに今は俺という金袋があるけど、アヴァンツァーレ領はこれから先出来るだけ俺達魔族の手が入らなくても運営できるようにしないといけないからな。今の状態が続くと、魔族の傀儡だと思われるだろうし。
「そういえば、そのアヴァンツァーレ家の親族の一部が王家に呼び出されたそうだが?」
部下の報告書にあった内容を思い出しながら問うた俺に、ユリアはニヤリと笑った。やだ、正妃そっくり。
「不当にアヴァンツァーレ本家の資産を奪ってた連中を、バッサリ処罰するために父が呼んだんですよ。現領主にちゃんと受け継がれるよう、王命で指示があるはずです」
「それはなによりだ!」
「アゴスティ家当主が頑張ってくれましたからね。あの人、自分が横領した内容だけじゃなく、親族が横領した内容も細かくリスト作ってたんですよ。それを提出してくれたおかげで色々調べるのが楽でした」
アゴスティ家当主! よくやった!
俺の共感を誘う頭部になってたし、これからの次第によっては俺の友になる可能性も出てきたな!
「アヴァンツァーレ領に対してはこれから良くなると思いますので、レディオン様も安心なさってくださいね」
「ああ。王家が後ろについてくれると嬉しい」
「その件で私が直接アヴァンツァーレ領に赴く形になります。お母様からも親密になるようにと言われてますし、前評判も高いですから、今からお会いするのが楽しみです!」
ユリアが頬を薔薇色に染めながら嬉しそうに言う。
ジルベルトへの好感が凄くて俺も嬉しいよ!
「是非、よくしてやってくれ。ジルベルトはとてもいい子だからな!」
「はい!」
よしよし。これでもうアヴァンツァーレ領を心配しなくても大丈夫そうだ。
無論、これからも内密に俺達がフォローするけれども!
そうだ。アヴァンツァーレ領といえば――
「アヴァンツァーレ領にいる前神官長の処遇はどうなる?」
現神官長が崇拝してる人みたいだし、王都に帰還するんだろうか?
「引き続きロルカンにいるみたいです。現神官長からそれはもう再三のラブコールがいったみたいですけど、ここが自分のいる場所だ、って言って断られたそうですよ」
現神官長、フラれたのか。後で慰めに行こう。
「そのあたりの事情は私よりリゼの方が詳しいでしょう」
「リゼ?」
どこかで聞いた名前のような……?
「リオ兄様の恋人で、聖女候補筆頭のリーゼロッテです。コルニオラ卿のご息女でもあります」
ああ! あの勝気そうな女神官か!
「前神官の情報もリゼに教えてもらったんです。神殿の情報はなかなか調べるの難しいので」
「やっぱり神殿内部の話になると、王族といえど詳しくは調べられんか」
「治外法権ですからねー。前の神官長の時はもうちょっと色々教えてもらえたんですが、追放されちゃったあたりから秘密主義な所が増えました。今の神官長も頑張ってくれてるんですが、どうしても背後に聖王国がいる連中相手だと言うこと聞いてもらえなかったりしてたみたいですし」
「今回、その連中がのきなみ消えた形だが、神殿の方の混乱は、今どうなんだ?」
「まだちょっと混乱はありますけど、残ってる神官達がせっせと膿を出してお掃除してますよ。溜め込まれてた無駄な金銀財宝も没収して国庫に放り込ませてもらいましたし、この機会に華美な装飾はとっぱらって、質素で清廉潔白な神殿に生まれ変わらせるみたいです」
「ちなみにその金銀財宝の行き先は?」
「今の混乱を乗り越える為の資金に使った以外は、とある商会さんへのお支払いに充てるみたいですよ?」
うちの商会ですね。分かります。
「出来れば金銭より製糸工場やなめし皮職人を増やして納品してくれるほうが嬉しいんだが」
「それ、結局はうちの国のためになってません? レディオン様って、変わってますよね」
「うちの商会のためにもなってるから、いいんじゃないか? どちらにとっても利になるならさらに良い」
「変わってますねぇ」
そんなに変わってるだろうか? あまり連呼されるとココロがチクチクするんだが。
「まぁ、おかげでうちの国は助かってますけど。レディオン様、他の国にもそんな対応じゃ駄目ですよ?」
「む。分かっている」
「分かってても色々やっちゃいそうで心配ですね……」
初めて会った娘さんにも心配される俺。
なんか脳裏でポムの幻影が『そうでしょうそうでしょう』って訳知り顔で頷いてやがる。次に会ったら尻叩こう。
「そ、それより、正妃に妖魔を数人引き合わせたんだが、擬態能力持ちを複数必要な理由を知っているか?」
「……それ知らないで貸すのって、大丈夫なんですか?」
大丈夫じゃないかもしれません。
でもなぁ、俺、あの会議の話し合い、高速で置いてきぼりされてたんだよな。ポム達は色々察してたみたいだし、ポムの提案に従って人数決めたりしたけど、細かい内容は何故か俺には教えてくれなかったし。
「うちは細かいことは部下がやっているからな」
「まぁ、『魔王様』が他国の諸事を細かく把握するっていうのも、なんかイメージ違いますよね」
そうだろうそうだろう。
ちなみに引き合わせた正妃は、試しに正妃本人に化けてもらったのを見て『流石は魔族だの! これほど瓜二つに化けてくれるのなら色々やりたい放題だ!』とか言って大喜びしていた。
……正妃、偽物使ってナニするつもりなの……?
ちなみに明後日には王都を煌びやかな馬車で出発し、ロルカンへと向かうとのこと。
いつ旅支度したのだろうか。早くない? なんかすごく早くない??
王達が今奔走してるのも、正妃の電光石火の行動のせいだと思う。あのモニター会議から一週間も経ってないからな。それでもう明後日には正妃が王都を出発って、どう考えても早すぎると思う。
魔族的にはそのスピード、嫌いじゃない。
けど、人族の国は色々と式典とかパレードとか準備期間と金ばかりくう行事がいっぱいあるんじゃなかったっけ? ロベルトも仰天してたぐらいだし、やっぱり正妃が型破りなんだろうな。
「必須なのは、母様の替え玉を担当してくれる人と、第三妃の替え玉を担当してくれる人と、第三妃の侍女に化ける人を二人、でしたね。交代要員を含めて六人が望ましい、って母様言ってました。そしたら六人来てビックリですよ。魔王様の部下、すごく優秀な方なんですね」
そうだろう! そうだろう!
うちのポムは優秀なんだよ。気配なくて居ても気づいてもらえないぐらい存在感ないけど!
ユリア王女、いい子だな!!
「でも今日来てくれて本当によかったです。第三妃を母様の部屋に留めるのもけっこう限界だったので」
「その第三妃というのはリオの母親だろう?」
普通に考えれば、リベリオにとっては一番の味方じゃないだろうか? なんか排除しようとする気配がプンプンするんだが。
「まぁ、産みの母ではありますね」
ユリア王女は苦い顔だ。
……第三妃、ほんとにどういう人なの……?
「世の中には色んな親子がいるということです。うちはなんだかんだで親子関係いいですけど、第二妃のところなんてサリュース王子だけに構いきっていて他は放置ですし」
さっきから気になってたんだが、サリュースのことは兄様とは呼ばないんだな。リベリオのことは兄様って呼んでたのに。
「第三妃は王女は可愛がりますけど、王子は可愛がってるところ見たことありません。というか、あそこの王女、第三妃に似てて嫌いなんですよね。絶対後々に問題起こすって解ってるのに、処罰することも出来ないし謹慎もさせれないし」
「リオも弟王子も可愛いのに?」
「そうでしょう!? 二人とも綺麗だし可愛いですよね! でも第三妃は嫌いなんです。だって、王子だと王位継承争いに巻き込まれるじゃないですか。第三妃、自分だけが可愛い小心者で……あああ、レディオン様に聞かせるようなことじゃないですね! やめましょう! 気分悪くなるだけですから!」
「お、おう」
すごい嫌ってるな。まぁ、会議の時の正妃やリベリオの反応とか見ても、だいぶ駄目な親っぽいのは薄々感じてたけど。
「あの妃のことは母様に任せてください。問題はもう二度と起こらないよう処理するはずですから」
やだ。意味深。
だがあまり深くはつっこめない。たぶんこれは、ポムが珍しく俺にお願いしてきた『我儘』に関わることだろうから。
「いろんな親子の形がある、ということか」
「そうです。毒親もいるってことです。――あ! レディオン様のところはどんな親子関係なんですか?」
ユリア王女があからさまに話題を変えてきた。
乗っておくべきだろうな。
「うちの親は俺に甘いぞ」
前世では生死がかかった場面以外では察することの出来なかった愛情だがな!
しかも今世では母様と父様がラブラブだ。いつか弟か妹が出来るに違いないと期待している。
「こんなに可愛い息子さんならそりゃあ甘くなるでしょうねー」
「な――」
な、な、なんだと!?
俺が『可愛い息子』だと!?
ユリア王女、お世辞にしても言いすぎじゃないか!? さては俺を惚れさす気か!?
くっ……カルロッタの王族が強敵すぎる……!
俺には愛する妻がいるから惚れられないぞ!? もう大好きになってるけど!
「ま、魔族はもともと家族を大事にする一族だからな。子のためなら死をも厭わないのがうちの一族だ」
「それ、一つ間違ったら弱点になりますから、あまり言わない方がいいと思います……」
「む。そうか」
そういや、前世でも子を人質にされて殺された親が沢山いたな。その逆のパターンもあったし。
考えたら、うちの一族弱点多いんだよな。何故かロベルト達には無敵っぽい印象もたれてるけど。
「まぁ、魔族ってちっちゃい頃からすごい強そうですけど」
ちなみに俺もまだ『ちっちゃい子』の範囲です。
「種族的に頑丈で攻撃力も高いのは確かだな。個人個人で強さは違うが、年齢差よりも個体差のほうが顕著だし」
赤ん坊は弱いが、俺みたいな例外もいるしな。あと、たぶんルカもかなり強い方だろう。俺お手製の魔王の書で拙いながらに魔法を使いだしてるみたいだし。
そういえば、この前のクロエからの手紙では、ワイバーンを仕留めたみたいなこと書いてあったな。まだ二歳にもならないのに。流石は俺の最愛の腹心。やはり俺の右腕になれるのはルカしかいないな!
「盛り上がっているようだな! だがユリア、あまり内情を聞き出しすぎるな! 情報収集はほどほどにせよ」
「あ、母様!」
あ、ロベルトと正妃が帰って来た。なんの内緒話をしてきたのかしらないが、二人とも満足そうだ。
「お帰り、ロベルト」
「おう。悪いな、護衛としてついてきたのに、席外して」
「楽しく談笑してたからかまわん。何か正妃に訊ねたいことがあったんだろ?」
「まぁ、訊ねたいというか、ちょっと知識の擦り合わせを、な」
「?」
何の知識だろうか?
「まさか勇者が同郷とはの」
「タイヤキ出て来た時点でほぼ確定だったけど、まさかなぁ……」
「??」
正妃はカルロッタ王国の出身じゃ無かったか? ロベルトの実家は、前聞いた話だとここから遠く離れた異国のはずなんだが。
あと『たいやき』って何だろう?
「ま、いつか話すよ。お前が俺に内緒にしてること話してくれる時ぐらいにでも」
「それだと一生話せないんだが……」
「なんで頭押さえながら言うんだよ? それより、これからどうする? お前の用事は先にすんだ、ってことで正妃さん借りてたけどよ」
「そうだな……王達は忙しそうだから会うのはやめておいたほうがいいだろうし……ああ、そういえば、ポムから城の地下水路にいる水神に会っておいてくれ、って言われてたんだった」
「……神族を後回しにしてたのかよお前……」
いやだって、ポムがわりとぞんざいに扱ってたし。俺も敵対しない神族なら気にしないし。
「カルロッタの主神になる予定の神族だし、会ってやらないこともない」
「上から目線の発言なのに、むふー顔のせいで微笑ましいな」
「え。むふー顔なんですか? 無表情に見えるんですけど……」
「慣れてくると王女様にも分かるようになりますよ」
「あの、その、勇者様に敬語つかわれると居心地悪いので普通に接してください……」
「敬語使わないと俺の方が居心地悪くなるんだけど……」
ロクデナシではない勇者には敬意を払ってるっぽいなユリア王女。
「水神様に会ってもらえるなら有難いな。妾はやることがある故同行できんから、何かあった時の為にこれを渡しておこう。行動の自由を保障する手形みたいなものだと思え」
正妃が首飾りを外して俺に渡してくれた。ペンダントトップは王国の紋章が描かれている金貨みたいなやつだ。
「もらっていいのか?」
「後で返してくれるとありがたいの。妾の身分証明書みたいなものだからの」
「そんな大事なもの、俺に渡していいのか?」
「お前は悪用せんであろ。無くされたら困るから、後で返しに来い」
「母様、素直に神族に会うのが心配って言えばいいのに……」
「いらんことは言わんでよい!」
「はーい」
正妃、俺の心配してたのか。本当にカルロッタの王族は俺に優しいな!
「じゃあ、借りていく。そんなに時間はかからんだろうから、すぐに戻しに来る」
「水神様によろしくな」
なんて軽いやり取りで地下水路に行ったら思ってもみなかった事態が待ち受けていた。
《ごめんなさいごめんなさい殺さないでぇえええええ!!》
……なんで俺、初対面の神族に平謝りされてるの……?