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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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2 “わがまま”

感想、メッセージ、誤字報告(訂正)ありがとうございます! 至らない身ですが、頑張って書き続けます。







「親善大使、って……」

『坊ちゃん。親善大使というのは、文化交流の増進を図るために任ぜられる役職です』

「説明ありがとう。――で、だ。正妃が魔族の国に派遣されることに対して、カルロッタの国は――」

『正妃!? どういうこと!?』

『母上! 突然なにを仰っているのですか!』


 ――ああ、うん。やっぱり問題あるよな。

 というか、なんで自国内で意思決定してない状態でお願いしてきてるんだろうか……?


『正妃さん、坊ちゃんに似てきましたね』

「俺に似てきてるの!?」

『坊ちゃん、今までに似たようなことは何度もやってきたでしょう? ちゃんと話し合って決定してない事柄を公的な場所で口にするとどうなるのか、一歩引いて見るとよく分かりますよね?』


 やめてすごく俺に刺さる……!


「わ、分かったから、思いきり含み込めて言わなくてもいいんだぞ?」

『……わかっても繰り返しそうだから困るんですけどね……』


 そんなにしみじみ言わなくてもいいのよ!?


『まぁ、それはさておき。――正妃さん』


 ポムが呼びかけた途端、大騒ぎしていたカルロッタの王宮側が一瞬で静かになった。


『「膿」を出すので、自身の保護と隔離を願い出ている、ということでよろしいですか?』


 膿?

 あと、保護と隔離ってどういうこと?


『話が早いの。そういうことだ。――正直、周りがうるさくてかなわんしの』

『まだ一週間程度で、もうですか……思った以上に動きが早いですね。――ですが、あなたが其れ(・・)をすれば、最悪、カルロッタでの貴方の立場は相当悪くなりますよ?』

「?」


 なんの話なの?


『オマエは意外と人に優しいの。だがまぁ、そのあたりは覚悟のうえだの。そもそも、妾が居ることで回避できるモノより、妾が持ち去る(・・・・)ことで回避できるモノの方が遥かに大きい。なら、其れ(・・)をするのが王族の務めであろ』

『貴方という優秀な裏方が居なくなるのは問題だと思いますが?』

『残念ながら、妾も一族を人質にとられるような状況が発生すれば、この国に牙を剥かざるをえなくなる。なら、妾という爆弾ごと色々と取り除いておくほうがまだマシだの』


 え。どういうことなの。


「せ――」

『この国に留まって守りを頼むのではなく、あくまで「去る」のですか?』

『妾の関係者は多い。それも自身の身を守れぬ者が、な。妾がこの国にいる以上、妾の一族だけでなく家臣とその家族を含む周辺一帯が危険になるであろ。その全てを守るとして、どれだけの人員と時間が浪費されると思う? それを頼むのであれば、別のことをしてもらったほうがまだ国のためになる。妾が今までやってきたことのツケもあるからの。今まで裏側で繋がっておった馬鹿共の数も多い。妾が魔族の国に赴くのと同時にそれらを可能な限り排除すれば、現在行き詰っておる国政も少しは軌道に乗るであろうよ。今の状態ではちょっとまずいからの。良い機会だ。次の世代に代わる前に、膿は出しておく』

『それで人手が減ったうえに手放される王様達も困ると思いますけど?』

『そこは呑んでもらわねば困るの。そもそも、妾は今までも国政そのものにはたいして関わっておらん。馬鹿共を調整したり情報を集めて暴露したりはしたが、政そのものはカルロッタの貴族と国王達がやっておったことだ。これからの国政はリベリオ達が担うであろ。妾が居て口出ししてみろ、ろくなことを考えぬ馬鹿が出るだけだの』

「正妃――」

『今まさに混乱してる現場がさらに混乱するだけでは?』

『物事には時機というものがある。妾にとっては、今が最も望ましいものだの』


 やだ会話に入れない!

 カルロッタ側の画面でも王が顔面蒼白になってアワアワしてるし、ポムと正妃は通じてるっぽいけど俺は高速で置いてきぼりにされてるし。

 サリとジルベルトは考え込んでるけど、あの二人は正妃達の会話についていけてるんだろうか?

 ――ちなみに父とレイノルドは涼しい顔をしてるが、あれは絶対に事態を把握してない顔だ。間違いない。


『――今のこの国は、病魔によってあちこち膿だらけになった病人だの。膿んだ部分を取り除かねば健康な部分すらさらに病むであろう。摘出には痛みが伴うであろうが、やらねば腐って死ぬだけだの。そしてそれは早ければ早いほど良く、取り除ける膿は多ければ多いほど良い』

『急いで大きく取り除いた結果、残った部分が持ちこたえられずに衰弱死する可能性もありますが?』

『大丈夫であろ。オマエ達がいる』

『…………』

『オマエ達がいなければ、妾とてこの国を離れることでしか出来ん荒業をやろうとは思わなんだ。だが、信じ、病身を託すに足るオマエ達がいてくれるなら、妾としてはこの国を生かすためにも成したい。――妾というのはある種の劇薬のようなものだの。薬にもなるが、毒にもなる。だが、毒になる部分が増えればそれはもう害でしかあるまい。第二妃は処刑に、第三王子は幽閉と決まった。第二妃の一族は粛清される。同腹の第四王子と第二王女も王位継承権を剥奪される。その状態で、聖女の地位にいる(・・・・・・・・)、しかも「正妃」の妾がこの国に強い影響力を及ぼせば、次の王権に陰が差す。リベリオの世代には、まだ他にも王子や王女がおる。思慮深い者もおれば短慮な者もおるの。だが、王の資質を持つのはリベリオぐらいなものだの。同腹であろうがそうでなかろうが他は全部駄目だ』


 カルロッタ側の画面でマリちゃんがウンウン頷いてる。

 お前は自分がディスられててもいいの? そんなにお兄ちゃんが好きなの?

 あと正妃、自分の子にも容赦ないな。


『妾の権勢はすなわち妾の子の権勢になる。マリウスは軍に投げるから良いとしても、ユリアを新たな旗頭として担がれてはかなわん。一応、妾が手ほどきしておったし、妾の部下をユリアに引き継ぐ予定でいるが、今のままではちと注目度が高くていかんの。あの娘も表舞台は苦手だ。いらん輩に目をつけられぬよう、価値を下げておく必要がある。出来れば信頼できて野心の無い貴族の元にさっさと嫁がせたい。まぁ、今は婚約の形でも良いがな』


 ん? なんか正妃がチラッとどこかの画面を見たような動きがあったな。誰だろう? ちなみに父様は駄目だぞ。今世の父様には俺の弟妹を作ってもらう予定でいるのだ。そう、俺の同母弟妹をな!!


『同時にリベリオの陣営もリベリオ本人を主体にせねばならん。この際、親世代は全員隠居しようではないか』


 その場合、カルロッタ王も王位を譲って隠居することになるんだろうか……

 とはいえ、リベリオが次の王になることが正式に決まるのだから、それぞれの派閥に動きがでるのは当たり前だろう。

 クーデターを収めるのにかなり貢献したから、今までリベリオを軽く見ていた連中も見方が変わったんじゃないだろうか? 母親の地位が一番低いとはいっても貴族だし。

 そういえば、リベリオの母方の一族ってどんな感じなんだろう? 今まで話にも出てこなかった気がするんだけど、権力はあまり持ってない一族なのかな?

 リベリオの支持基盤は商人達だったと思うけど、爵位持ちはいるのだろうか?

 あと、ユリアって誰だろう?

 話から察するに、正妃の娘っぽいけど。


<第三王女ですよ。マリちゃんの同腹の妹で、正妃の二人目の子供です>


 ポムから秘密のメッセージ魔法が届いた……!

 というか、解説して! 俺に解説して! お願い!!


<正妃さんが話してる内容が全てですよ?>


 分からないから教えて……!


『あー……坊ちゃんのために説明しますと、正妃さんがカルロッタから魔族の国に「親善大使として」移住したい理由は主に三つです。一つ、貴族社会の柵のせいで正妃さんという存在がカルロッタの害になりそうになっていること。これは、第一王子さんの陣営に対抗する陣営として、今回の騒動で影響力を下げることなく逆に上げてしまっている正妃さんの陣営が導火線に火のついた爆弾状態になっていることと関係があります』


 ふ、ふむふむ?

 第二妃陣営が潰れて、正妃の陣営は無事。第三妃の陣営はリベリオが王太子になるから、実質的に「勝ち」。

 ――この状態だと正妃陣営対第三妃陣営が発生するってことだろうか……?

 掌返しするんじゃなくて、正妃の陣営に走る元第二妃の陣営もいるだろう、ってことかな?


「正妃がリベリオ推しに変わればいいんじゃないか?」

『残念ながら表向き今までやってきたことがやってきたことですから、第二王子派(自分の子供)から第一王子派に切り替わるのはかなり難しいです。後宮の中にさえ周りに悪だくみしそうな連中の手飼いが潜んでますし、言動を常に注目されていますからね。今持っている派閥の事情もあります。裏切られた! と恨んでくる貴族が大勢出たらこれからの政治にも支障をきたしますし。かといってそういった人達を全員牢屋に入れたら、それこそ国が回らなくなります。――魔族社会と違って、人族社会は柵が凄いんですよ』


 人族社会、大変だな……


<魔族だったら一回ガチで殴りあえば解決するんですけどね>


 それな。


『元第二王妃派と正妃派閥の残党は誰がどう纏めるつもりだ?』


 おっと元覇王もとい元魔王のサリから質問が。


『そのあたりは幾つか手を打っておる。残る連中の動きは大きくわけて三つであろ。あの手この手を使って残っている王子や王女に纏わりつくか、息を(ひそ)めて今という時をやり過ごそうとするか、再起を図ってまた懲りずに聖王国と繋ぎをとろうとするか――いずれにも該当しないという者はおるまい。妾にすり寄っておった連中は大半がマリウスとユリアに行くであろう。マリウスに行けば軍団長が調整するし、ユリアに行けばユリアが暗躍するの。第二妃の派閥は主だった連中のほとんどが極刑に処される故、今回の件に全く関わっていないご隠居殿か、あるいは弱小故にいずれかの大樹に寄らねば生き残れなかった貴族ぐらいだの』


 答える正妃は少しだけ目を細めて言う。


『あれらは人数も少なければ影響力も少ない。おそらくだが、領地持ちは自領の近くを治める大領主にすり寄って生き永らえることを選ぶのがほとんどであろうよ。第二妃の生家たる公爵家は公爵位の剥奪となる。とはいえ、残るのは隠居していた先々代の公爵夫人だけだ。別荘として持っていた屋敷に蟄居を命じられた故、今は移動している最中であろう。元々の公爵家の家屋敷はまだ取り調べの最中だな。面白い仕組みの隠し通路とかあるらしいから、他にも色んな悪事の証拠が挙がってくるかもしれんな』


 もしかして、先々代の公爵夫人以外の公爵家の人間って、全員極刑なんだろうか……


『今のところ、伯爵家に婿入りしていた前公爵の弟は関与していなかったらしいから、そちらでも血は残るだろうが――直系を望む声というのは存外多いからの。分かりやすい餌としても、王子王女は生かしておいたほうが良いと判断された。王位継承権を剥奪された第四王子か第二王女のいずれかの下につく者がいるとは思えんが、再度の反乱を起こさせるために近づく輩はおるやもしれん。まぁ、あの二人は神殿預かりのうえ、見張りがつくからさほど心配はあるまい。あちらは神官長がいるからの』

『あえて神殿預かりとは、(むご)いことをするものだ、と言うべきか、連座で縊らぬことを甘いと言うべきか』

『一族郎党皆殺しにしようと、直系の血を残そうと、どのみち禍根は残るものだの。なら、せめて人の死が少ないほうがよかろう。血が残るのならば、と復讐を諦める者も一定数おるからの。――最も、騒動があったために一新された神殿での預かりだ。周囲の目も態度も厳しいものになるであろうから、あの二人自身の恨みは深くなろうな』

『それらを捌ききる力があるのならそうするがよい。だが、下手に生かしたが故に再度の反乱が起きようものなら、反逆者が王城を駆けあがるより、オレの魔法がそちらの国を吹き飛ばすほうが早いと知れ』

『肝に銘じておこう。――もっとも、そちらのミニ魔王は別の意見のようだがの?』


 おじいちゃんカルロッタに酷いことしないで!!


『レディオンは優しすぎるからな。代わりに厳しくする者が一人はおらねばなるまい』

『……大変そうだの……』


 なんで正妃はサリ達に同情の目を向けるの? 俺が諭される場面なのこれ??


『直接関わる気はないが、資料として反逆罪で処罰される者の情報を知りたいが……』


 サリの目線が斜め上を見た。ポムかな?


『元魔王さんにも資料を渡しておきますね』


 やっぱり目線の先はポムだったらしい。……微妙に視点に困ってそうな顔だったからな。うん。


『なんで我が国の資料であるのにオマエが資料用意するのだヒョロ長男』

『……正妃さん、今、そちらの王宮で王様達が国政回すための資料作成や、情報収集してるのグランシャリオ家ですよ……』

『ああ、うむ、そうだったの……』


 正妃の目がそっと泳いだ。別画面のジルベルトの目も泳いだ。ああ、うん、両方ともうちの家が裏も表も仕事しまくってるよね。うん。


『国家機密だと思うのだがの』

『今更ですよ』

『まぁ、今更だの。運命共同体ということでよろしく頼もう』

『だ、そうですよ、坊ちゃん』

「そこで俺に振るの!?」

『国家運営には携われませんから、私』


 そういやお前、領地の経営に関しても微妙に話題を避ける傾向にあったよな。情報収集や結果報告はやってくれるし、商売や農地経営ぐらいならガンガン手伝ってくれたけど。

 ……ポムに任せていたら何でも卒なく運営しちゃえそうな気もするんだが――何故かな、絶対に運営をさせてはいけない気がするのは。


『――さ。気を取り直して、理由の説明に戻りますね。二つ目の理由は、あくまでも「正妃が親善大使として」セラド大陸に行くことで他国からの干渉を最小限に収めることが出来そうなこと、です』

「なんで?」

『今回の親善大使というのは――あくまでカルロッタ王が承諾すればの話ですが――カルロッタの国が直接正妃を派遣することになりますので、正妃は「国の代表」という形になります。そのため、正妃の肩書は「外交使節団の長」となるでしょう。つまり、外交官です』

「う、うん?」

『カルロッタの国と、魔族の国の外交になるわけです。国同士の外交に、他国が口を挟める道理は無いでしょう?』

「そう……なのか? それこそ聖王国が反応しそうなんだが?」

『まぁ、言いがかりはつけてくるであろうよ』


 俺の疑問に、正妃が苦笑しながら答える。


『だが、罪人をそちらに送る場合と違い、妾はあくまでもカルロッタと魔族の国、この二つ国の架け橋として赴く大使だ。――表向きはな。そのことに対して他国が口を挟むのはそれこそお門違いというものであろ。何か言ってきたところで「うちの国の外交に口出しするな!」で突っぱねれる』

『罪人を移送した場合は、生贄とか人身売買とか奴隷とかを疑われる可能性が高いですからね』


 正妃とポムの二人で説明されて、俺はきゅっと唇を引き結んだ。

 言わんとすることは分かるんだけど、それ、頭おかしい国(聖王国)に通じるかなぁ……?


「俺は聖王国は絶対に何かしてくると思うんだが……」


 すると正妃はニヤッと笑った。……ポムは黒い泥だから同じ表情なのかどうか分からないけど、雰囲気そっくり。


『何かして来たら、それはそれでこちらが聖王国を糾弾する口実になるの』

『誰がちょっかいかけてくるか、楽しみではありますよね。とりあえず周辺国はグランシャリオ家の人達がこっそり見張ってるみたいですけど』


 なんで楽しそうなのこの二人……?


『そもそも、そちらの国とカルロッタは国交を結ぶ予定の間柄だ。どちらにせよ、魔族の国とのやり取りを云々言う輩からは糾弾がくる。国交を決めた時から織り込み済みだの』

「そ、そうか?」


 そのわりにカルロッタ王の顔色が酷いことになってるけどな……?


『聖王国に関しては元から敵だからの。連中が国家としておかしな主張をしてきたならそれをネタに周りの国に「あいつを放っておいたらみんなこっそり攻め入られるぞ!」と根回ししてくれるわ』

『正妃さんの部下、もうすでに他国に吹聴しに行ってるんです?』

『うむ。まぁ、王や神官長手飼いの暗部ほど広範囲には動いていないがな』

『前もちょっと思いましたけど、やること決めたら驚くほど動きが早いですね、カルロッタ王国』

『小国だからの。生き残るためにはなんでもするし、動きが遅いと他の国に食われかねないから決断も実行も早いのだ。――内部の腐敗に弱いのは他国と変わらんがな』


 まぁ、裏切者はどこにでもいるからな。うん。


『表からは何かされてます?』

『王が聖王国にも正式な使者を送っておる。道中で噂をばら撒くように指示されておるから、今頃あちこちで噂を広めておるだろ。だが、一番広範囲に話を拡散させているのはリベリオの派閥だの』

『あ~……商人の情報ルートですね』

『早さも範囲も桁違いであるからの。王都に入り込んでおった他国の連中も、それぞれ情報を持ち帰っておるだろう。聖王国の醜聞とか、他国にとっても美味しい情報だろうからの。擦り寄る材料にするのか、警戒するのかはまだ分からんが。――あとは冒険者組合かの』

『組合間の連絡網ですか』

『国が乱れれば魔物が増える。連中にとっても無視できん情報であろうよ。――まぁ、魔族がいることについて、情報を受け取った者がどう動くのかは未知数だが』


 やだ。魔族への討伐隊とか組織されたらどうしよう。

 俺が泣くぞ。待ったなしだぞ。

 流石に一週間かそこらしか経ってない今はまだ静かなもんだけど。


『ともあれ、聖王国については何を言って来ようとまともに取り合う必要はない。そも、先に神騎士を夜陰に紛れて国境侵犯させた挙句、街を襲ったのはあやつらぞ。しかもだ、カルロッタと聖王国では間に幾つもの国がある。我が国が密かに国境侵犯されたように、周辺国もこっそり侵入されていた可能性が高い。まだ情報が行き渡っておらんから静かだが、しばらくしてみろ、あちこちの国から抗議が殺到するであろうよ』

『これに関してはカルロッタ側に加害者側(聖王国側)の生き証人がいますからね。神騎士を撃破しただけでなく、生き残った神殿騎士達を捕獲したアヴァンツァーレ領主のお手柄ですよ』

『全くぞ。うちの娘でよかったら嫁にやりたいぐらいだの』


 正妃とポムが楽しそうに話しているが、ちょっと待て。

 ジルベルトの嫁になるのなら、まず俺を倒していかなければ許さんぞ!?


「せ――」

『要はですね、坊ちゃん、文句をつけてくる相手の言い分より、カルロッタの言い分の方が正しい、と周囲が思うような状況を作ることが大事なんですよ』


 俺が口を挟む前にポムがそんな風に言ってくる。むぅ。気勢を削がれてしまった。仕方ない。ちゃんと話を続けよう。


「それが聖王国に通じるのか?」

『坊ちゃん。話を通じさせる相手が違います。聖王国が(・・・・)納得する必要は無いんですよ。周辺国家が(・・・・・)ある程度納得(・・)する理由や条件が整ってさえすればいいんです』

「う、うん?」

『逆のバージョンで考えてみましょう。人族の国の戦争の口実について、です。主張が微妙だろうが少々おかしかろうが、ある程度「それなら……」と周囲に思わせる内容があれば、人族は自分こそ正義であると喧伝して他国に戦争を吹っかけます。よくある宣戦理由は「ずっと昔その土地はうちの土地だったんだ」とか「耐えがたい侮辱をされた」とかですね』

「それ、いくらでも言いたい放題で吹っかけれるんじゃないか?」


 あ。カルロッタ王とサリが大きく頷いてる。

 ……人族、戦争理由がおかしすぎだろ……


『ちなみに魔族でいうと「やられたからやりかえす!」で戦争起こす感じです』


 やだ。魔族うちの戦争理由も十分おかしかった。


『まぁ、頭のオカシイ人達でなければ、戦争なんて非生産的で負の遺産しか残さないモノをしようとは思わないんですけどね。ですが、実際のところ、領土とかお金とか食糧とか奴隷とか名誉とかを手に入れるために戦争をする人族の国も多いですし、殺される前に殺せ、と思って戦争をする国もありますし、相手が憎たらしいからで戦争をする国も多いです。しかも勝ったり負けたりで領土の境界線が都度変わるせいで、戦争する理由がいつでもあるみたいな状況になってるんですよね、今』

『七百年前、かの魔導王が大陸を統一した時のままであれば、まだ表向きは平和だったのだろうが……わりとすぐ瓦解したからの、あの統一帝国』


 正妃の言葉に、サリがちょっと困り顔してる。

 サリは統一した後追放されちゃった身だからな。その後を引き継いで維持するべき連中が駄目だったってだけで、サリのせいではないよ。


『まぁ、色々あってせっかく大陸が一つになって国家間の戦争が無くなったというのに、また分裂した結果、どこの国もあちこちに言いがかりつけて戦争出来る土台が出来上がってしまったのが、ラザネイト大陸の現状ですからね。ただ、戦争というのは先程も言いましたが金食い虫なうえに生産性のない行いなんです。そのため、切羽詰まった事情がない限り戦争をせず、自国を富ませる道を模索することを選ぶ国もそれなりにあります』

「そうなのか?」

『ええ。カルロッタ王国とアルナルド王国も、魔物の被害を受けて互いに不干渉という形で戦争を止めたでしょう? そんな風に戦争をやめる国、戦争をしたがらない国も一定数います。特に傭兵ではなく民兵で戦う風習の国は、戦争をすると農耕民が駆り出されて食糧不足が発生するという、負の連鎖を引き起こしますから戦争には慎重です。そういった国は自分が戦いに巻き込まれることも嫌いますから、戦いを吹っかけようとする勢力からは遠ざかろうとしますし、出来るだけ戦争を避けるように立ち回ろうとするのがほとんどです。―― 一部の馬鹿以外は』


 やだ。最後が不穏。


『カルロッタが味方につけるべきなのは、そういう戦争嫌いの国ですね。逆に警戒するべき相手は、戦争をしたがる国です。少し離れていますが、東方にはそういった戦争を繰り返す小国家群がありますから、そこの動きはこれから注意して見ておく必要があるでしょう。東の小国家群は聖王国とも近いですから、連中が団結しないよう小細工しておくといいですよ。――まぁ、今の聖王国にそれをする余裕があるかどうかは不明ですけど』


 ポムよ、お前はいったい聖王国で何をしているの……?


『それはともかく。結局のところ、他国が戦争の大義名分にしにくい内容であれば良いのです。正妃さんがただセラド大陸に移住するだけだと「魔大陸に拉致されたカルロッタ王妃を救うため!」とかやらかす者も出るでしょうけど、大使としてセラド大陸に来るのであれば、きちんと使節団をもてなす形で受け入れれば、対外的には問題無いのです。――というか、そもそも魔族の国と国交する時点で他国に大きな波紋を広げるでしょうから、大使の派遣は誤差の範囲です』

<ちなみに国交宣言した場合としなかった場合では宣言したほうが周辺国へのストッパーになれます。どちらにしても魔族の国と関わっている国、ということでカルロッタは周辺国から非難されたり手出しされたり逆に不気味だからと手出しされにくくなったりしますから>


 こっそり内緒で飛ばされて来たメッセージ魔法の内容がとても不穏な件。


『色々と調整や内緒話や暗躍が必要な案件もありますけどね』


 肉声での付け足しも微妙に不穏だった。


「それで、最後の一つというのは?」

『最後の一つは、正妃さん自身が知っているカルロッタの腐った部分を可能な限り排除するための情報源として自分を挙げることで王様達が最大限動ける手筈を整えるついでに、難ありの人間を自分に同行させる形にすることでカルロッタから消そうと考えていること。またその結果として、正妃さんを恨む人が増え、身辺が危うくなる可能性が高い、ということですね』

『とことん把握されすぎていて気色悪いの!?』

『そこは褒めませんか!? 代わりに解説してるんですから!』


 いや、分かるぞ、正妃。把握されすぎてると怖いよな。


「ポムはもうちょっと普通の把握具合を学んだほうがいいと思うぞ?」

『坊ちゃんにだけは「普通」を追求されたくありませんよ!?』


 どういう意味なの!?


『ゴホンッ。まぁ、このヒョロ長男の言ったとおりだ。……言ったとおりすぎて妾が言うべき台詞が無くなったの。まぁ、なんだ。今まで付き合ってきた後ろ暗い連中も、妾がこの国にいれば縋りついてくるであろ? というか、もう色々手紙がきていて(わずら)わしくてかなわん。だが縋りつく相手が他国に渡れば連中ではどうすることも出来まい。生家を脅そうにも妾がいなくては効果もほとんど無いであろうからの』

「正妃、脅されてるの!?」

『うん? ああ、今のところはまだ脅しをうっすら匂わせる程度だの。「誰某(だれそれ)を登用しないと貴女にとって拙いことになるのでは?」とか「なになにをしなければご実家が危ういのではありませんか?」とかな。伯爵家ともなると家臣とその家族も含めると影響の出る人間が相当な数になる。さすがの妾もその全てを網羅は出来んし守るなど無理な話ぞ。それなら本格的に脅される前にゴッソリ敵を取り除いてトンズラしたほうが話が早い』

「いや、それ、お前やお前の周りを脅そうとするような連中を俺達が捕まえたらいいんじゃないか?」

『それはつまり、「魔族」が「カルロッタ王国の貴族」を捕縛するということであろ? オマエ達を攻撃する材料にされるだけだの』

「ぐ……」


 それを言われたら、俺達は何も出来ないんだが……


『ならば、正妃よ。我が国の軍で問題の者を捕縛すれば――』

『無論、大部分は王国軍に捕縛してもらう。――だがな、妾が国にれば同じようなことを考える輩は後から後から湧いてでてくるからの。一度連中の頭の中にある構図を真っ白にする必要と、可能な限り腐った部分を削ぎ落していく必要がある。時間が経てばマリウスやユリアに手を伸ばしてくるであろうが、そこに至るまでにはどんなに短くとも数ヵ月、あるいは一年、こちらの思惑がうまくいけば数年はかかるであろ。今はその「時間」が必要だ。――分かっているであろ? 王よ。この国とリベリオに必要なのは時間だ。その時間を作れるのも、膿を出すための手筈を整えれるのも、やるだけやって他国にトンズラ出来るのも、妾だけぞ』

『~~~っ』


 ああ、カルロッタ王が頭抱えてる。


「なぁ、正妃。俺はカルロッタの王宮内部に詳しくないのだが、その俺から見ても正妃は相当な辣腕家に見える。その正妃が王宮から出てしまったら、残った皆が困るのではないか?」


 ポムも匂わせてたけど、相当ヤバイことになると思うんだが。


『随分と過大評価してくれるの? 褒めてくれるのは嬉しいが、妾なぞ所詮ちょっと目端がきくだけの小者にすぎん。こう見えても王も宰相もそれなりにやる。情報収集や裏工作はリベリオのもつ伝手が増える分やりやすくなるであろ。――ああ、リベリオ。うちのユリアに妾の手飼いの連中を引き継ぐゆえ、うまく治世に生かすがよい』

『……マリアベラ様……』


 画面の中のリベリオが言葉に詰まったような表情をしている。見聞きしていた間柄を思えば、不思議な表情(かお)だ。羨望のような、思慕のような、本来敵陣営同士だったはずの間柄とは見えないほどの。


『それと、王よ。王の名前で後宮に留め置いていた第三妃だが、今、妾の部屋に拘束しておる。上手いこと理由をつけて妾と一緒に親善大使に入ったように加えておいてくれ。名前だけでもかまわんが』

『!』


 正妃の言葉に、リベリオが目を瞠り、カルロッタ王が苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 というか、第三妃ってリベリオの実母じゃなかったっけ?


『……正妃よ』

『言わんでよい。――リベリオ。オマエもだ。アレは妾が連れていく』

『マリアベラ様……』

『何も言うな。妾は聞かん。オマエの従者も危ういが、さすがにあの小僧を連れていくのは無理があるからの。そちらはオマエが頑張って手綱をとれ。――まぁ、あの従者もオマエがきちんとした地位につけば満足して普通になるやもしれんが、お前の陣営の中で最も付け入りやすい部分のままである可能性も高い。その場合は馬鹿者を釣る餌にするなりなんなりで生かせ。お前の妹に関しても同様だ。アレは「第三王子よりはまだマシ」という程度には染まって(・・・・)おる娘だ。お前の地位が向上することで増長する可能性は高い。上手く利用出来ないのなら手足を奪うなりどこかに閉じ込めるなりするがいい。情にほだされるなよ。王位を継ぐということは、いざという時は国の為に大事なものを切り捨てる覚悟をするということだ。何かを成し遂げるために何かを失わなければならないのなら、後悔は後でよい、ただ迷わず行い、弱さを周りに見せるな』

『……畏まりました』


 痛みを堪える顔でリベリオが一礼する。

 正妃はそれを見て初めて表情を緩めた。


『言うても詮無き事と思うて言わなんだが、正直、妾は第三妃が羨ましかった』

『…………』

『オマエが我が子であればどれほどよかっただろうかと、ずいぶんと悔しい思いをしたものだ。うちのは脳筋だったからの』


 あ、マリちゃんがすごい微妙な顔してる。

 そしてリベリオは泣きそうだ。


『私は……マリアベラ様が母であればと思っておりました』

『……そうか』

『貴方は、絶対に、我が子を守る方(・・・・・・・)だと……知っておりましたから』

『…………』

『私は、マリウス達が羨ましかった……他の王子や王女達が羨ましかったのです……』

『兄上……』

『…………』 


 画面の中、気づかわし気にリベリオの肩に手をおくマリウスごと、二人纏めて正妃が抱きしめるのが見えた。

 事情がよくわからず神妙に見守っていた俺だが、なんだか気持ちが伝わって来ちゃってちょっと目頭が熱い。やだ。鼻水も出ちゃう。

 ただし、カルロッタ側の事情が全く分からない。どうしよう。問うに問えない雰囲気なんだけど、これ、後で誰かに聞いてもいい話なのかな。

 正妃もリベリオも、実はお互いに親子になりたがってたってことなの?

 互いに敵対してたのはポーズだったってことなの?

 そういや、正妃はリベリオのことすごく評価してたよな。

 だいぶやらかしてる困った人、という感じで接してたけど、リベリオも正妃のことというか、正妃個人に対してはあんまり悪し様には言ってなかったし。

 ――というか、言外に「あの母でなければ」と言われるリベリオの実母はいったいどういう人なの? 子供守らない系のお母さんなの? 俺は未だに一度も見たこともなければ聞いたことも無い気がするんだけど。そして親子の絆は何よりも強いと思うのだけど。

 これはもううちの知恵袋さんの出番だな。


<ポム先生教えて!>

<……坊ちゃん>


 なんかめっちゃ呆れた気配の<声>が返ってきたけど、回答よろしくお願いします!

 俺は分からないことは素直に聞く子だからな!


<もしかして私に尋ねたらなんでも答えが返ってくると誤解してません? 私も調べてない事柄は分かりませんし、言いたくても口に出来ない内容というのもありますからね?>


 やだ。最後の手段が消えちゃった……!

 お前に答えをもらえなかったら、もうリベリオ達に直接聞くしかないんだが……


<あ~……第一王子さんに聞くのはやめてあげてください。けっこうキツイと思いますので>


 それお前絶対把握してるだろ!?


<しばらく待てば正妃さんから報告がありますよ。ヒントは幼い四歳の弟王子をタッデオ地方への旅に同行させることを薦めた人です。第一王子に提案した宰相は、いったいそれを誰から言われたら(・・・・・・・・)第一王子さんに伝えるなんてことするでしょうか?>


 そういや死の黒波の騒動の後、ポムからそれはもう細かすぎる詳細を――普通知り得ないだろうリベリオや商人達の内心含む事情等を――変態的に詳しくお話されたっけ。

 というか――


<え。それ、異常なの?>

<色んな条件が合わさって微妙なラインになってますが、普通、王位継承権をもつ幼い子供を王宮の外に出すのには慎重になるはずですよ。第一王子さん達も幼い頃に市井の商人に勉強の名目でお接待小旅行初めてますけど、それだって六歳になってからですからね。四歳だとちょうど反抗期というか、四歳の壁にあたる時期です。色んな意味でかなり危なっかしいと思いますよ>


 四歳の壁、ってなんだろうか……

 四歳で長期旅行とか、魔族だと別におかしくないからスルーしちゃったけど、人族にとってはおかしい内容だったのか。

 前世の俺はどうだったかな。四歳頃だと、魔法の実戦がしたくて護衛つれて変異種狩りとかしてた気が……


<坊ちゃんと他の生物を一緒にしてはいけませからね?>


 特別感よりも疎外感が酷い!!


<あと坊ちゃん、グランシャリオ家の情報収集部隊が集めて来た資料、全部に目を通してないでしょ?>


 む。確かにその通りだ。ドタバタしていて全部は目を通してなかった。

 え。その中に答えがあるの? というか、ポムからは直に教えてくれないの?


<私、これからの国の歴史や存亡に関わる内容については言動に制限があるんです>


 初耳!!


<似たようなことは前に言ったはずですけどね?>


 俺が聞き逃してただけだったらしい。どうしよう。俺はもうちょっと色々と細かいことを考えないといけないかもしれない。

 ……正直、すでに俺の許容量を超えていてアップアップしてるんだが……


<坊ちゃんはあらゆる事柄に対して同時に考えられるほど器用じゃありませんからね。全知全能なんて無理な話なんですから、任せられる部分は他の人に任せてください。第三妃に関しては正妃に任せておけばいいと思いますよ。出来るだけ便宜を図ってあげれば主な対策は彼女がするでしょう。坊ちゃんはその環境を整えてあげてください>

<うぅ……>


 他人に任せたり頼ったりするのは俺の課題だものな。頑張るしかないだろう。

 けど――


<ポム>

<はい?>

<……早ぐ帰っでぎで……>

<……善処します>


 お願い……!


『……案ずるなよ、カルロッタの者達よ』


 あ。雰囲気を察して静かだったところに父様の声が。


『そちらの女性はグランシャリオ家が責任をもって歓待しよう……グス……』


 父様もらい泣きしてる!?

 あとなんかもう発言が決定事項みたいになってるんだけど、カルロッタ王の意見はどうなった!?


『すまぬ……儂のせいで……グス……』


 王よ! お前まで泣いてたら話が進まないぞ!? というか、このまま進んじゃっていいの!?


『坊ちゃん、どうします?』

「いや、どうします、って言われてもな……」


 こっちも涙目になるからこのまま進めないで!?


『坊ちゃんが正妃さんに便宜を図ってあげるなら、正妃さんは後宮にいた時と――同じとはいきませんが、そこそこ程度の力をこれからも発揮できるでしょう。最低でも長距離用の通信具と連結無限袋の支給が必須になりますけど』


 む? さっき言ってた環境の話か。


「それぐらいならすぐに用意できるな」

『あと、正妃さんが暗躍出来るように専用の部屋を用意しないといけませんね』

「それも用意できるな」

『あと、変身用の道具も欲しいですね』

「あるぞ」

『あと、口裏合わせの為の人員と身代わりを務めることの出来る人員と人族にうまく化けることの出来る人員が欲しいところですかね』

『追加項目が多いの』

「たぶんそれも準備できる」

『……できるのか……』


 何故か正妃が呆れ顔になってるが、グランシャリオ家の伝手を使えば問題なく整えられる。

 妖魔族とか、変化の達人がいるからな。

 ……そういえば、アヴァンツァーレ領で見た俺の知らない妖魔族含む一行、今頃何してるんだろうか……


『あと、グランシャリオ家の諜報部隊が集めた情報も正妃さんにさしあげればより一層力を振るえるでしょう。――人族と魔族の認識の違いによるズレは発生するでしょうけど』


 そこはわりと致命的なズレが発生しそうで怖いんだが。

 と、いうか――


「……もしかして、正妃、うちに来てもわりと色々出来るのか?」

『それはもう環境をどれだけ整えてさしあげれるか次第ですよ。もともと外部との接触が限定される後宮内にいてあの影響力ですからね。まぁ、実家や部下を動かす手腕は遠隔地になるせいでかなり落ちるでしょうけど、そこは後を引き継ぐ娘さんに頑張ってもらうしかないでしょう。あとはもう、カルロッタと坊ちゃんの覚悟次第ですよ。どの道を選んだとしても茨道なのは確かですけど』

「お前が言うと半端なくトゲトゲしい道に思えるからもっと優しい言葉で言って!?」

『どの道を選んだとしてもチクチクしたりスパッと切れたりズキズキしたり鼻が曲がりそうなズブフォッとした臭いに襲われたりするのは確かですけど』

「表現!!」


 言い直しても酷いっていうかわざわざ擬音に変える必要あったのそれ!?


『ついでに付け加えておきますと、坊ちゃんの場合、いざとなったら転移装置という裏技がありますからね』

「…………」

『専用の装置作ったら一瞬で行き来可能ですよね』


 サラッと言われたけど、確かに出来るけど――出来るけどな……!?


「防衛面で危険だろう!?」


 グランシャリオ家(うち)にとっても、カルロッタ王宮(むこう)にとっても!


『あの変態防衛結界と変態迎撃魔法陣を組み込まれた変態転移装置が、ですか?』


 変態!?


『無断で使用するとか普通に自殺行為でしょう。私だって登録されてなければ使いたくありませんよあんな怖いの』


 評価酷くない!?


『……主従は似るのですね……』

『レイノルドさん何か言いましたか?』

『いや何も!?』


 レイノルドがポソッと零して即座にポムに威嚇されてる。

 つまり、ポムの魔法だって変態だってことだよな!? 俺じゃなくポムの魔法が! ポムの!!


『……坊ちゃん。言っておきますが色んな意味で「明らかにオカシイ」のは坊ちゃんの魔法の方ですからね?』

『いや、五十歩百歩だろう』

『旦那様!?』

「父様!?」


 思わずといった風に呟かれたけど、それ、言外に俺の魔法も変態って言ってないか!?


『私からすればどちらの魔法も変た……ゴホンッ……人智を超えたレベルの魔法だと思っているからな』

『言い直せばいいって話ではありませんからね? 旦那様』

「俺はまだ父様に習えてない魔法が山ほどあるのに?」

『坊ちゃん。魔法の数じゃなく内容が変態なんですからね?』

「お前は自分の姿を鏡に映して見るといいよ!?」

『すみません、今の私は多分映らないと思います』

「もうそのレベルなの!?」


 前から存在感皆無で姿スルーしやすいと思ったらいつの間に鏡に映らないレベルにまで……!?

 だんだん、というか、ますます怪奇現象みたいになってないか? お前はどこに向かっているの? お願いだから消えないでね?


『…………』

『まぁ、魔法のことはともかく、カルロッタの正妃の嘆願については、カルロッタの王とレディオンで話し合うといい。細かな事情や調整内容はすでに明らかになっている。最終的に決定するのは現在の王であるお前達だ』


 脱線しかけているのを危惧してか、サリがさくっと話を元に戻した。

 カルロッタ側の画面で、正妃がしょんぼり顔の王を見下ろしている。……やだ。目が冷たい。


『正妃よ……』

『王よ。オマエが果たしてない妾との約束を忘れたか?』

『それは……』

『オマエは妾に結婚を申し込む時、なんと言った? 妾はそれに応えた時、なにをオマエに約束させた? オマエが守ったのはそのうちの一つにすぎん。残り二つは果たされないままぞ』

『分かっておる……! だが、それでもな、正妃』

『問答無用だの! 同じ死線を彷徨ったこともある戦友として我慢しておったがそろそろ限界だ! マリウスもユリアも大きくなった。妾は妾の務めを十分果たしたと自己評価する! 後はオマエの仕事だの!』


 ツーン、と音がしそうな冷たさでそっぽ向く正妃に、しおしおとしょぼん顔の王が肩を落とす。

 リベリオはそんな二人に苦笑しているが、両方実親であるマリちゃんは唖然とした顔になっていた。

 

『……まぁ、戦友としてオマエがどうしようもない状況になったら、手助けの一つや二つしてやらんでもない』

『正妃……!』

『だが、妾は絶対にセラド大陸に行くぞ。小豆を育てるぞ。砂糖の量産で作っておいた妾のヘソクリでな!』

『……母上……』


 マリちゃんが残念な人を見る眼差しになった。

 途中までちょっとカッコよかったのにうちの国に小豆作りに来る発言で台無しだ。

 というか、なんで小豆なの? 好きなの? 愛なの? 魔族になってもいいのよ?


『ならばカルロッタの王妃よ。小豆栽培に適した土地を進呈しよう』


 なんか芋の大元締めさんが共感しちゃった。


『グランシャリオ家からは家屋敷と世話人を用意しよう』

『では、ベッカー家からは護衛を派遣いたします』


 なんかもう確定事項としてとんとん拍子に話すすんじゃってるけど、カルロッタ側はもうそれでいいの?

 王はしょぼん顔で打ちひしがれてるけど反対してこないし……

 あ。正妃が画面越しに俺を見た気配。


「じゃあ、俺はさっきポムが言ってた環境を整えるのに全力出そう」

『アヴァンツァーレ領でなにか出来ることはありますか?』


 ジルベルトも申し出てくれた。流石我が愛し子。お前を魔族にする準備も密かに整ってるぞ!


『アヴァンツァーレ家当主には盛大な出港式を頼もうかの』

「よし。任せろ」

『オマエが応えるのか。……まぁ、どちらも似たようなものか』


 その通りだとも。ジルベルトが苦笑しているが、俺とジルベルトは一心同体だからな!


『是非とも盛大な式をお願いしようか。他国が口を挟みにくくなるよう、工作員を用意して華々しくやるのが望ましいの。ついでにその出港の映像をどこかに保存してあちこちで流すと良いのだが、そんな魔道具は――』

「あるぞ」

『あるのか……まぁ、今使っておるこの『テレビ』みたいな魔道具を考えたらあっても不思議ではないのか……』


 うん。カルロッタ王と話し合う以前の問題でもう確定事項になってるな。

 王は諦めて正妃不在の王宮管理とかを頑張るしか無いだろう。正妃の手ほどきを受けた娘さんも手伝ってくれるっぽいから頑張ってね!

 そして正妃の言っている「てれび」って何だろう?


『ああ、そうだ。魔王よ。妾はまた聞きだが、確かオマエは死の黒波の首謀者の首を所望しておったな?』


 うん?


『――。いや、レディオン、お前だ。オレではない』


 つい反射的にサリを見たらサリが苦笑した。

 そうだった。俺だった。ミニがついてなかったからサリかと思った。

 えぇと……死の黒波の首謀者、というと、あの発言か。


「――ロルカンを滅ぼそうとした者の首を貰う、と言ったことか」

『そうだ。今もその生首(・・)、いるか?』


 ううん?


「首謀者は聖王国だろう?」

『――そちらがそう納得してくれるのならそれでかまわんが。手引きしておった馬鹿がこの国にもおったからな。主となる者の首を所望しておるのではないかの?』


 ああ、復讐蟻の巣から卵移動させたりそれを指示したりした現地人の話かな。


「カルロッタでは、それらに関わった者はどう処罰する予定だ?」

『災害級魔物に手を出した連中は、情報を吸い出したうえで公開処刑だな。本来貴族であれば斬首刑なのだが、これに関しては反逆罪と同じく貴賤を問わず絞首刑となるだろう。――ごく一部以外は』

「……第二妃が毒杯を渡されるのと似たような感じか」

『……そうだ』

「それだけ高位の首謀者なら、ほとんどあの騒動の時に死んでいないか?」


 こっそり逃げようとした大神官も死んでしまったように、首謀者のなかでもトップ陣にいる連中はたいていルーシーの咆哮で死んでるからな。


『……死んでおらんのもおる。あの当時、強力無比な結界に守られておった者が』

「…………」


 カルロッタの画面に映る面々は、状況を分かってないらしいマリちゃん以外全員がひどく強張った顔をしていた。たぶん、王宮側が把握している「首謀者」とやらは、相当な位にいる人物なのだろう。

 あの時、俺は、王族であろうと首をもらうと、そう告げていた。

 例え王族の誰かであっても殺すと明言していたのだ。

 大事な街を襲われた腹立たしさもあったし、領地全てが被害を受けるであろう大災害を引き起こす者を野放しに出来ないという思いもあった。絶対懲らしめてやる、と心に誓ったのだ。

 だが、だからといって、どうしても生首が見たいというわけではない。

 それに――


「カルロッタが、我が国の盟友として相応の対応をその首謀者にするというのなら、無理に俺にそいつの『首』を寄越す必要はない」

『……そうか。すまんの。恩に着る』


 正妃に頭下げられた。え。本当に首謀者誰なの。


<……坊ちゃんでは(・・・・・・)想像もつかない犯人ですよ>


 そっと忠告のように秘密の声で言われたが、本気で誰だか分からない。そこまでして第一王子(リベリオ)と第六王子を殺そうとするのって誰なんだ? ポムは俺の疑問を解消してくれてもいいんだぞ? なんでそう謎めいた言い方だけして終わるの?

 というか、頷いてたら生首持参するつもりだったのか、正妃。いくら一部の人族を殲滅したがってる俺といえど、生首のお土産は遠慮したい。

 出来ればチーズケーキでお願いします! 王宮でちょろまかしたとき、美味しかったから!


<坊ちゃん。口に出さないように>


 はーい。


『オマエからは、直々に「必ず通してもらう」と言われていた望みのようだかの。果たせぬかわりに、何か希望があれば聞こう』


 何の希望だろうか。チーズケーキ。


<違いますよ>


 分かってた。あと、自然に心を読んで<声>を寄越してくるの本当にやめて。

 多分、この希望というのは、死刑の方法とか、情報開示とか、そういうのを含む諸々についてなんだろうけど……


<……坊ちゃん>


 どう答えようかと迷っていると、ポムから少しいつもと違う色合いの<声>が届いた。


<なんだ?>

<これは私の我儘ですが……>


 我儘?――我儘!? え!?

 ポムの!? ポムの!!??


<出来れば、坊ちゃんには、この件にだけは関わらないでほしいです>


 なんで!?


<いつか知る日はくるでしょう。貴方は愚かではありませんから。理解は出来なくとも、納得も出来なくても、そういうことがあるのだと――そのまま受け止めようとするでしょう。ですが、出来る事なら、私は知らないでほしいと思いますし、気づかないでほしいと思います>


 それは、


<知れば、貴方は絶対に傷つくでしょうから>


 ポムは――


<……この世には、知らない方がいいこともありますから>


 傷つかないで、と。そう言っているのだ。

 かつてロモロを異様に敵視していた時と同じように、俺が傷つく「現実」を前に、知らないままでいてくれと口にしているのだ。

 ポムは優しい。

 いつだって、俺にとっては父母同様に優しい存在だ。

 きっと、「それでも俺は知らなければ」と言えば、ポムは答えを遮ったりしないだろう。自分で口に出来なくても、正妃から語られるのを防いだりしないだろう。魔族の王である俺は、敵首謀者の一人を知らないままにしないほうがいいだろう。


 ――けれど。


 他ならない、ポムがそう言うのなら。

 優しいお前が願うのなら。


「――正妃。俺は、その者のことに関しては、全て、カルロッタ王国に任せる」


 例え間違いだとしても、俺はそれに応えよう。

 この判断の結果として何かが起きたとして、それを全て下して「問題無い」と言い切れるよう、他を準備万端整えて。


「俺の希望は聞かなくていい。問わなくていい。俺からは要求しない。お前達に任せる」

『……ありがとう』

『……すみません』


 深く頭を下げる正妃が感謝を口にし、同じく頭を下げたリベリオは謝罪を口にした。

 俺はただそれを受け入れる。


 頭を下げた二人の声は――泣いているかのようだった。












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