1 魔道具連絡会議
すでに投降したと思って投降出来てなかった分です……orz
「ふんふんふんふーん♪」
俺の目の前には六つの転写水晶板がある。上段に三つ、下段に三つ。黒檀の机の上に置かれたそれは、今はまだ透明な水晶のままだ。
「ふんふふーん♪ ふんふん♪」
セラド大陸、アークトゥルス地方、グランシャリオ家。
ここ数日、通信具越しに元聖王国偵察隊の隊長に謝罪されたり実家の母様に海軍の増強をお願いしたり仮縫いに力を入れるノーラン達に追い回されたり元魔王&死神とお茶したりカルロッタの王と密談したりした後、俺はある準備のために実家に戻った。
出来ればそのまま直轄地にいる愛するルカの元に向かいたかったが、するべき仕事を後回しにするわけにもいかない。心の中で血の涙を流しながら、実家に戻った俺がまず最初に行ったのは本家東棟の一室を改造することだった。
改造とはいっても、元あった調度品を取り払って大きな黒檀の机を設置し、そこにこの転写水晶板を設置しただけなのだが。
「ふふふんふーん♪ ふん♪ ふーん♪」
今回設置した転写水晶板は、ロルカンの支部に設置してある小型特殊ゴーレム経由の監視装置とは一線を画する。何故なら、こっちは映像だけでなく音も届けてくれるから!
これを開発したのは俺ではなく、本土グランシャリオ家にいた母様だ。俺がラザネイト大陸で色々やってる間に、これから必要になってくるだろうと作っておいてくれたのだ。
流石母様! 愛してるよ!!
「ふフんふーん♪ ふんふん♪」
そして俺が今やっているのは、転写水晶板の魔力接続作業と、こちらの映像を映すための装置の点検。どちらも魔法陣が上手いこと動いているので、きちんと作動してくれることだろう。
ちなみに、開発者である母様は別の場所に設置しに行っている。サリの本拠地だったクレピュスキュールにも同じものを設置するためだ。
今回は七か所に設置する予定のため、それぞれの場所に協力者が赴いている。全員の転写水晶板と繋がれば成功だ。
さぁ! 今まさにそのチェックをかねた試験運転を――!
「ふ……ん?」
あれ? いつの間にか左上と上段中央の転写水晶板の色が変わってる。
動いてない時は透明のはずなんだけど、なんでどっちも黒いんだろうか? ――あと、どう見ても左上の黒がヤバイ感じに禍々しい黒です。何故。
『レディオン……お前なぁ……』
上段中央の画面からロベルトの声が!
え。いつの間に起動してたの? 魔法陣の調子を見てたらオンしちゃったの? これまさか誤作動じゃないよな?
ロベルトがいるのは、カルロッタの王宮だ。今回の転写水晶板設置と試運転のために動いてくれたのである。
本当は王都にいるノアに頼む予定だったのだが、ノアは諸事情で手が空いて無かった。そのため、ちょうど俺の傍にいて手の空いていたロベルトが代わりに行ってくれることになったのだ。カルロッタの王宮内に行くのは「勇者様!」って騒がれるから嫌だって言ってたのだが、俺のためには頑張ってくれるらしい。むふー。
流石勇者。愛してるぞ!
『魔力通したとたん、鼻歌が聞こえてきた王宮の皆様の心情を察してくれ』
「…………」
ちょお前待ぁああああッ!!
どこから!? いつから!? というか試験運転開始までにまだ時間あるでしょ!? なんで動かしてるの!?
「ままままままだ試運転の時間じゃにゃ・ないだろ!?」
『動揺しすぎだろ魔王……というか、時間前に用意するのは当たり前だろ?』
勇者が正しすぎて俺がツライ……!!
『正妃さんなんて笑い堪えすぎて後ろで呼吸困難になってんだぞ』
それ俺のせいなの!?
『あと、左上の画面がなんか黒い泥が蠢いてるみたいで禍々しいんだが、これ何よ?』
それは俺も気になってたよ!
『……坊ちゃんが坊ちゃんすぎて私が辛いです……』
『ポムさんかよ!?』
ポムぅうううううう!!
お前絶対笑い堪えすぎて痙攣してるだろ!? なんで画面が黒い泥みたいに禍々しいんだよ!? ――あとなんでそんな画面なのに、笑い堪えてる姿が俺の脳裏に鮮明に浮かぶの?
『ちょっと目を離すともう愉快なことになってますよね、坊ちゃん』
『もう、というか、いつも、って感じだけどな……』
酷い!
「俺がいつも愉快みたいな発言はやめるんだ!」
『――さ。とりあえず姿と声がちゃんと届いてるのは確認出来たな』
『そうですね』
無視なの!?
『どうせ坊ちゃん、ルカさんの所に行きたいのを我慢して魔道具設置しはじめたら次第に楽しくなってついルンルン気分で鼻歌でちゃったんでしょ? 魔道具制作大好きですし』
「ポムが俺を把握しすぎていて辛いんだが……!?」
『当然ですよ。坊ちゃんが生まれてからどれだけ一緒にいたと思ってるんですか』
約一年だろ。
『貴方の魔生の七割以上ですよっ』
『すげーちっちゃい頃から一緒なんだなあんたら』
「…………」
迂闊につっこめなくて心が辛い……!
ポム、お前絶対分かっててわざと言ってるだろこれ! ドヤ顔の奥でニヤニヤしてるお前の姿が目に浮かぶよ!!
『そういやポムさん、今どこらへんにいるんだっけ?』
『今も聖王国の迷いの森ですよ? 別の所に動く予定は今のところありませんから』
『ん? 聖王都に災禍撒き散らすんじゃねーの?』
頭抱えてたらなんかロベルトが不穏なこと言いだした。
基本、赤ん坊を助けるのがポム達の仕事なのだが。
『「私」は直接やりませんよ?』
災禍は否定してくれないの??
『直接私が力を振るうのは色々と障りがありますから。すでに蒔いた禍が伝播してますので、私は広がりすぎないように調整する程度です。ですので、この私の器が王都に行く必要ありません。――あ、王様達に「赤ん坊の受け取り、ありがとうございます」とお伝えください』
『……種と発芽が絶対なんか違う意味の言葉の置き換えに聞こえる、っつーか、このじゃなきゃ他にどの体があるんだよ、つーか本体じゃなきゃナニが王都に行ってるんだよってゆーか色々問い詰めたいけどまぁいいや……。伝言は今一緒に聞いてるから大丈夫だ。「オッケー」だって』
カルロッタの誰が返事したのか知らないが、だいぶ軽いやり取りになってきたな。
あと、ロベルトがなんかもうポムに関して投げやりになりつつある。
『――つーか、ポムさんの所、なんで画面こんななんだよ?』
そこはスルー出来なかったもよう。
『私、そういうのに映らない質なんです』
『心霊現象かよ』
ちょっと前の話だが、ロルカンで商売してた時にはちゃんと映ってた気がするんだがな……
「言っておくがロベルトの姿も映ってないぞ」
あと、俺の間抜けな姿もそっちに映ってないかお伝えください。
『マジか!? 一応、座ってる椅子の真正面に……って、悪い、このキューブ、映す方面のを下に向けてた』
「どおりで画面が黒いと思ったよ……」
『向きが分かりにくいぞコレ。今は一面だけ光ってるから分かるけどよ』
「改良の必要があるな。ところでポムの所はキューブを泥の中にでも沈めてるのか?」
『いいえ? 普通にこっち向けてますよ?』
『……なんでそれで画面一面が蠢く黒い泥になるんだよ……?』
本当それな……
『アレですよ、ほら、アレ。認識阻害魔法とかそのへんの適当なアレみたいな?』
『分からん』
「成程、ポムだものな」
『なんでレディオンは通じてるんだよ!?』
いやだって、ポムだしな……
『あ。坊ちゃんのぶーたれた顔はちゃんとこっちに映ってますよ』
『無表情なんだがびっみょーに涙目になってるのがお前だよな……』
俺の方は筒抜けすぎじゃないか!?
『てゆーか、ポムさんの姿が映らない原因究明してないと、これ使うたびに画像が無意味にならねーか?』
「原因究明しようとしても無駄だと思うんだがな。黒い泥画面になってたらポムがいる、ぐらいの認識でいたほうがいい気がするんだが――ポム、他の誰かに画面前変われるか?」
『ちょっと待っててくださいね』
あ。なんか黒い泥が動――おい、動きが絶妙に不気味だぞ!?
『画面覆ってた黒い泥がグジュグジュ動いて離れてる……』
ロベルト、言葉に出して実況するのはやめようか! 夢に見そうだから!
認識阻害なんとかが働いているにしても、せめて人型にならないだろうか? 影人間とか黒人間みたいな感じで。……いや、それも不気味だが……
――あ。別の魔族が来た。というか、後ろの光景もちゃんと映りはじめたな。森の中か。
……なんでポムが近くにいると一面泥画面なんだろうか……
『レディオン様! それに……そちらの方は?』
『あ。初めまして、ロベルトといいます』
『申し訳ない! 初めまして。私はウェザー・アルコルと申します』
ウェザー、こんな顔してたのか。ノアの家族で元聖王都偵察隊の隊長さんだな。
クリムゾン隊の名に相応しく真っ赤な髪をしている。このての髪色見てると、どうしても我が妻を思い出してしまうな。――まぁ、俺は基本、赤ければ髪だろうが花だろうが褌だろうがその色を見る度に妻を思い出してしまうのだが。
む。……そういえば、妻の実家ってどこだっけかな……。今生一の問題として、『妻の実家知らない問題』があるんだよな、俺。一番最初に紹介された時、一回だけ聞いたような気もするんだが――当時の俺はそれどころじゃなかったから欠片も覚えてなかったりする。
妻は俺より年下で、ルカの妻よりちょっとだけ年上だった。正確な年齢を覚えてないのであやふやだが、我が妻の生まれはたぶん今年か来年ぐらいだと思うんだよな。遅くとも再来年までには生まれるはずだ。
父様とサリに頼み込んで、その年に生まれた赤ん坊全員と顔合わせして見つけるつもりでいたが、もっといいやり方を見つけたほうがいいかもしれない。
もし、うっかり網羅し損ねて出会えなかったら……やだ、考えただけで涙が。
『凄い魔道具ですな。レディオン様のご尊顔を間近に拝せるとは、望外の喜びでございます! ……なにやら目が潤んでおいでですが、大丈夫ですかな?』
ああっしまった顔映ってるんだった! 涙さんは引っ込んでください!
「すまない。目にゴミが入ったんだ」
『そうでしたか。世のゴミを全て燃やし尽くせねばなりませんな。ところで、私が呼ばれたのは現状報告のためでしょうか?』
やだ画面チェックのためにチョイ呼びしたとか言いにくい。
『仕事中すみません。なんかポムさんが画面前に立つと魔道具が不具合起こすみたいで、別の人が画面前に立った時にちゃんと作動するかどうか確認してたんです』
ロベルトがさらっと説明してくれた! ありがとう、ありがとう。俺はこういう時にうまく言葉を話せないから本当に助かる……愛してるぞ!!
『成程。確認は大事ですからな。何か火急のご用命などはありますか?』
「あー……」
えーと……
「そ、そうだ、そちらで何か不足しているものや、困っていることはないか?」
『ありません。ポムが新しい連結無限袋をくれたので、物資は充実しておりますし、追加の人員も送ってくださるということで人手のほうも大丈夫そうです。……此度の事、我々の勝手な判断でレディオン様達には多大なご迷惑を……』
やばい! ウェザーの罪悪感が復活しちゃった!
謝罪は通信具越しで五日前ぐらいに受けたからもういいよ! 気にしないで! 俺なんて始終一人で勝手にやらかしてるから人の事どうこう言えないし!!
『ウェザーさん。皆さんのお気持ちはレディオン様達も理解していますから、そのへんで』
『はっ! 正式な謝罪は移送任務が完了して帰還した後にさせていただきます!』
ウェザー真面目だなっていうかなんかウェザーの背後から黒い泥が襲い掛かってるみたいな画面になってて地味に怖いんだが!?
そうこうしてる間に一礼してウェザーが画面から離れて行った。そしてまた画面がウジュラウジュラ蠢く黒い泥。
『大丈夫そうですね?』
……大丈夫って言っていいのか……うん……
『ポムさんが加わるだけでなんでこんなに画面がホラーになるんだか……』
「まぁ、ポムだからかな……」
『その一言で済ましていいのか? コレ』
「と、言われてもな……そもそも、精霊王にすら認識されないレベルなんだぞ? ポムは。認識を阻害させるようななんかそのへんのよく分からん謎の仕組みが爆誕してても不思議じゃないだろ?」
『わりと地味に傷つくんですけど?』
『ポムさん傷つくことってあるのか!?』
『ちょいちょい失礼ですよね勇者さん!? 夜毎あなたの夢に竜魔女史さんを転移させましょうか!?』
『やめてくれ! 本当にやりそうだから怖ぇよ!?』
「夢じゃなく現実の部屋に放り込んだ方がよくないか?」
『ヤメロ!』
『そういえば、精神世界からの「界渡り」はちょくちょく文献に見ますけど、物質界での転移魔法って確立されてましたっけ?』
「転移装置みたいに魔法陣を使うタイプと、特殊な異能以外ではまだだな」
確立されてたら、前世の俺が使いまくって戦ってたはずだぞ。
……あれ。そう考えたら開発したほうがいいんだろうか……?
『坊ちゃん、魔法陣を用いない転移魔法の構築、頑張ってください』
「……そうだな」
『さらっと非常識な会話するのやめようか? どう考えても位階がクソ高い魔法だろそれ?』
「……距離と転移させる数でだいぶ変わってくるだろうが……まぁ、単体で国単位の距離を移動すると仮定してざっと六位か七位ぐらいじゃないか?」
『普通に伝説レベルの魔法じゃねーか!』
「時空魔法に精通してたらやれると思うんだがな。あと、異能でそういうのが出来る突然変異とかいるらしいぞ? 俺は会ったことないけど」
『…………』
やだ。ポムの画面から何か意味深な気配が。
なんなの? なんで黒い泥なのに思念が伝わってきちゃうの? 恋なの? 愛なの? 変態なの?
『……坊ちゃん……』
――ん? 別の画面が点灯した。
『これでよろしいでしょうか?』
ジルベルト!!
なんか後ろ振り向いてるから顔見れないけど久しぶりでだいぶちょっとかなり嬉しい。最近、今までの疲れからかずっと寝込んでたからな! 元気になってなによりだ! 後頭部にあった円形の悲しい不毛地帯も違和感なく綺麗に消えたようで本当によかった!!
『先に転写水晶板を接続したほうがいいかもしれません』
『これですか?』
『はい。魔力を与えて――』
ジルベルトのいるアヴァンツァーレ家で接続のチェックをしているのはノーランだ。相変わらず仕事の出来る老執事姿が実に渋い。
でも俺の仮縫い用捕獲に本気出すのはやめてほしい。マジで。マジで。
『映りました。――レディオン様!』
「ジルベルト!」
ああー! ジルベルトだ! ジルベルトだ!
顔色は大丈夫そうだな! 目元に隈もない! 肌艶もよさそうだ! 唇がガサガサってわけでもないし、目が充血しているわけでもない! 頬もこけてないし髪艶もいい! 大丈夫そうだ!!
『レディオンの目がキラッキラしてやがる……』
『坊ちゃん、領主さんが大好きですからねぇ』
俺とジルベルトがきゃっきゃうふふしてたらロベルトと黒い泥がなんか生暖かい気配出してきた。
仕方ないだろ!? ジルベルトは俺にとって一番最初の人間の友達なんだぞ!? もう俺の身内ってことに俺の中では決定してるんだ! うちの子にちょっかいかけてきたらドットハゲになる呪いをかけるんだからね!?
あと、ロベルト! 次の身内予定者はお前だから覚悟しろよ!?
『賑やかですね』
おっと。いつの間にか中央下段の転写水晶板がロルカン支部の壁を映していた。聞こえてきた声は、俺の直属の部下になっているベッカー家当主のものだ。
……というか、なんで画面そっち向きなの?
『レイノルドさん、映す側が壁の方を向いてますよ』
『む。失礼した。……というか、ポム殿か? 画面が凄いことになっているのだが……』
……やっぱり皆それが気になるよな……
『私はそういう仕様なので気にしないでください』
気にするわ。
『それにしても、ロルカン側拠点にレイノルドさんがいるということは、カルロッタ王国の国境壁は完了したということですか?』
『はい。つい今朝方のことですが、完了しました』
あれ? 黒い泥が『私それ知りませんでしたよ』的な気配出してる。
「言ってなかったか?」
『聞いてませんよ?』
あ、そうか。完了報告がきたのつい数時間前だし、直接かかわっているカルロッタ王宮はともかく、聖王国側にはレイノルドの報告渡ってなかったんだった。
「すまん。なんかポムには話が通じてる気でいた」
『流石にお傍にいない間の情報は私も知ることは出来ませんからね。まぁ、無事に終わって何よりです』
なんかお前だと何もかも把握してそうな気がしたんだが、そこまで万能じゃなかったか。
『常に覗き見してていいなら把握できますよ?』
「やめて!?」
見られてるストレスで俺のか弱い毛根が駆逐されてしまう!! ただでさえか弱いのに! か弱いのに!!
『こちらで合っていますでしょうか?』
なんか迷うようにぐるぐるしてた画面が大きく動いてレイノルドの姿が映った。
相変わらず髪を綺麗に剃り落してる状態なんだが、お前はずっとその頭でいるの? もう詫びはいいよ? それとも俺の涼しすぎる頭部に配慮してくれてるの?
『合ってますよ、レイノルドさん』
『ポム殿の画面は方向があっていない気がするのだが……』
『嫌ですねぇ。ちゃんと映る画面と真正面から向かい合ってますよ?』
『そ、そうか……』
あ。レイノルドの目が逸らされた。追求するのやめたっぽい。
「顔を見るのは六日ぶりだな、レイノルド」
俺の言葉に、レイノルドは精悍な顔をほころばせた。
『ご尊顔を拝する喜びを与えていただき、恐悦至極に存じます。レディオン様におかれましては、ご壮健でなによりです』
相変わらず謎の忠誠心なんだが、俺、そこまで忠誠を向けられるようなことしたっけな……?
「お前も元気そうで何よりだ。これからもよろしく頼む」
『はっ!』
俺とレイノルドがやりとりしてる間に、ロベルトとポムが『なんかすっげー崇拝してそうな魔族が増えた』『しっ! あの人超ガチ勢です』『マジかよ!?』とかひそひそ言ってる。丸聞こえだぞ。
「レイノルド。国境壁だが、周囲の反応はどうだった? 今のところ大きな騒ぎにはなってなさそうか?」
『そのあたりはまだ不明ですね。騒ぎになりそうな国境街付近を最後にしておりましたから、周辺が騒がしくなるのは今日以降でしょう。一応、部下を何人か壁近くの街や村落に忍ばせていますので、定期的に状況の連絡がくるようになっています』
ポムやジルベルト側は落ち着いたものだが、なんかカルロッタ王宮側がさっきからザワザワしてる。なんでだろうか? そっちにはちゃんと報告いってたはずなんだけどな。
「なんでカルロッタ側が騒めいてるんだ? 朝一で報告はしてあったと思うんだが……」
『報告聞いてても改めてどよめくだろ普通。やることが桁違いなんだよ。魔族の魔法ってやっぱとんでもないよな……』
ジルベルトは全く動じてないんだけどな……?
それに――
「お前だってやろうと思えばやれるだろ? 勇者なんだし。魔法の素養は相当高いはずだぞ」
人間の突然変異だからな、勇者は。――まぁ、人為的というか、神為的に作られてるっぽいけど。
『まぁ、壁を作ることを決定してから、まだ一週間ぐらいしか経ってませんからね。皆さんが驚かれるのも仕方ありませんよ』
ポムが苦笑含みの声で言う。
画面が相変わらず禍々しいけど、実はうちの連中の中で一番人族に配慮出来る人材かもしれない。画面禍々しいけど。
「ロベルトは俺がロルカンの壁を作った瞬間を見てるだろ?」
『あのな? 一週間で国一つぐるり囲む壁が出来ることがまず常識外れだからな?』
「そうか?」
戦時中で乱戦状態ならともかく、平和な今、何の障害もない場所にせっせと壁建てるぐらい簡単だと思うんだがな。
――と思ったのはどうやら俺だけではないらしい。
『一週間もあれば可能では? 壁を作ることが決定してから、人里離れた所は先に人海戦術で造っていましたから。人の目に触れる所だけ今朝方に一気に仕上げましたが、それまでに作り上げていたものがありますので、そうたいしたことではないかと。移動の手間がなければ一日で終わる仕事です』
レイノルドが本日の朝ご飯の紹介みたいにさくっと言い切った。
そしてロベルトは顔を手で覆った。
『魔族には人族の常識が通用しない……!!』
「そりゃ魔族なんだから、人族とはちょっと違うぞ?」
『お前の「ちょっと」と俺の「ちょっと」もきっと天と地ほどの違いがあるぞ!?』
そうかなぁ……?
「いやでも、今回、上級魔族が五千人ぐらい動員されたからな? こんなに人数いたら短期間で壁も出来るってものだろう?」
『レディオンがなんかさらっと爆弾投下してきやがる……!』
なんでだよ。
あ。動員されてた魔族の数とか伝えてなかったんだった!
ちなみに母様の命令でその他に二千名ほど王都とアヴァンツァーレ領で色々やってました。言わないけど。
『上級魔族一人で国壊滅の危機だってのが人間側の認識だからな?』
そっちか!
『その上級魔族が五千人とか控えめに言って頭おかしいからな!? 今、カルロッタ王宮の皆様の表情が凄いことになってるぞ!』
両方だった。
「ごめんごめん」
『軽い!!』
『というか、坊ちゃん、カルロッタの皆さんに魔王に就任したことも話してないんじゃありませんか?』
「そうだったか?」
『人類側に爆弾連投するのやめようか!? いつもの会話のノリでえらい重大事垂れ流してるからな!?』
「ロベルトはもう知ってるだろ?」
『俺はもう知ってるけどよ! 一緒に聞いてる人間側の気持ちに配慮してくれねーかな!? ていうか、魔王を職業みたいに言うのやめような!?』
「ごめんごめん」
『だから軽ぃわ!!』
と言われてもな……
『まぁ、普通は魔王になったのって、軽々しく言うようなことじゃありませんからね』
『軽く話題に出したのポムさんだけどな!?』
『ちゃんと報告しておいたほうがいいと思ったんですけどね? 必要な情報でしょう?』
『それはそうだけどな! 普通はもっとこう、もっとこう――なんか、あるだろ!?』
『勇者さんは魔族側にどんな雰囲気を期待してるんですかね?』
『どうせ幻だよ知ってる!!』
『夢からは早めに醒めた方がいいですよ』
ああ、ロベルトが頭抱えちゃってる。
前から不思議だったけど、お前はどうしてそう俺達魔族や魔王に摩訶不思議な幻想を抱いちゃってるの? 好きなの? 愛なの? いつでも魔族になっていいのよ?
「ロベルト。現実を知る為にもさくっと魔族にならないか?」
『隙あらば魔族にしようとするのやめよーか!? つーか、魔王になったんだから、お前の側にも色々あるんじゃないのか? 生態が全く変わらねーけど』
「魔王になったら何か変化するような生態してるの魔族? たんに『一番強い魔族の尊称』を自分で名乗れるようになっただけだからな? ……まぁ、サリが魔族社会のために色々やってたことがあるから、それを引き継ぐ準備は実家の方で進めてるけど」
『戴冠式とかは無ぇの?』
「無いぞ? 魔王になるのに必要なのは『当代魔王と一騎打ちで勝つこと』だけだからな。勝ったら自動的に新しい魔王になるから、人間が王位につく時みたいな儀式とかそういうのは無いな」
『魔王になった証とかは? 宝冠とか玉座とか王城とか』
「無いぞ?」
サリが自身の本拠地としてた場所は王都と呼ばれてるし、サリが住んでた城は王城と呼ばれてるけどな。別に新しく城作り直したりする気はないから、そのあたりは今のままでいいんじゃないかなー、とか思ってる。
ちなみにサリも王冠とか被ってません。今は七百年分の重い念がこもってそうなお手製死神マントを羽織ってるけど、あれはサリ専用だしな。
『え。それ、どうやってお前が魔王になったって周知するんだよ?』
「特別に周知することってないぞ? 大昔には示威行為で演説したり儀式っぽいナニカをした魔王がいたらしいが――ものすごく大不評だったと伝え聞く」
『切ない』
そもそもが、着飾って式典するより泥だらけで殴り合ってるのが大好きな民族だからな。格付けも肉体言語か魔法合戦で行うのが常識の魔族が、人族みたいな式典をしようとしても盛大にコケる未来しか見えない。それぐらいなら武闘会や変異種狩り大会を開いた方が支持されるだろう。
『歴史を見ていて思いましたが、基本的に「俺が魔王だぜウェーイ」ってやりたがるヒト以外はなんにもしませんよね、魔族の王様って』
『ポムさん! なんかもう色々台無しなんだが!?』
『わかりやすく解説したのに!?』
「う、うぇーい、って何?」
『ほら! 魔王本人にも困惑されてるだろ!?』
『まぁ、うちの坊ちゃんはせいぜいむふー顔する程度ですからね……』
『ああ……うん……』
なんで生暖かい視線送られるの俺?
『じゃあ、今も魔族のほとんどが、お前が新しい魔王になったってことを知らないのか?』
「ああ。――まぁ、もうすぐ月初めの『行事』があるから、そこから周知されていくだろうな」
『うん? ちゃんと魔王の行事ってあるんじゃねーか』
「周知のための行事じゃないからな、それ」
なにか特別な行事だと思ったらしいロベルトに、魔族組がそろって首を傾げた。
「ちなみにロベルトも一回参加したことあるぞ?」
『参加した覚えねぇぞ!?』
『変則的な行事だったのでピンとこないのでは? ロベルトさん、アレです。所謂「一歳のお誕生日おめでとう式」』
『アレかよ!?』
「むしろそれ以外に魔王がしなきゃならない行事って無いと思うんだが……」
『普通、魔王になるって、もっとこう、壮大なもの想像するだろ!? お披露目式とかそういうの!』
「お披露目式は一歳を迎えた時にやるのが普通だからな、魔族」
『それ以外に格式ある儀式とか無ぇのかよ!?』
「う……うぅーん……?」
『そこまで悩むほど!?』
敢えて言うなら結婚式だろうか……前世の俺はまともな結婚式やってないけど……
「まぁ、人族みたいな支配体系じゃないからな、魔族。サリの時代は例外的に人族の王制に近い形があったけど、魔族の歴史からすればけっこう異例だったから。十二大家の連中は一応役職就いてるけど、魔王側からはほぼほぼ放任だからな。それぞれの当主も自分を鍛えたり自分の領地を自由統治したりしてるし、魔族は基本的にいつでも下克上歓迎な種族だから隙あらば魔王の座を狙っていくスタイルだし」
『魔族、なんでそう戦闘脳なんだよ……』
多分、魔族の脳みそは筋肉と反射神経で出来てます。俺を含めて全員な!
『普通の魔族と魔王の違いって、一目でわかるナニカ無ぇの?』
「目で見て分かるかどうかは不明だが、『違い』があるとすれば力の強さぐらいかな……上級魔族と他の魔族の差も『力の差』でしかないし。魔族の階級はどこまでいっても力が強いか弱いかだからな」
『聞きしに勝る脳筋ぶり……』
そうだろうそうだろう。
『てことは、人族に伝わる「魔王の証」とか「秘宝」とか「伝説の武器、防具」とかはガセネタかぁ……』
「そもそも、特殊効果のある武器防具とかほとんど存在してないぞ?」
なにしろ自身の持つ肉体と技術と魔力だけを誇るせいで、人族みたいに武器防具の類が充実してなかったのが魔族だからな。継承するような凄い武器とか防具とかがあるはずがない。
「――ああ、そういえば、『受け継ぐもの』というか、魔王になった時に受け継ぐ魔族の情報がぎっちり詰まった宝珠はある。ただ、人族で言うところの戸籍禄とか冒険者ギルドのギルドカードの情報集約版みたいなものでな……歴代の魔王の中には、前魔王の城に放置して一切触らなかったっていう魔王もいるぐらい、力とか権力とかからほど遠い代物だから、多分、お前が想像する『歴代魔王の』――あー……『秘宝』? とか、そういうのとは違うな」
情報は力だから、サリは最大限有効活用してたし、俺も大事にするつもりだけど。
あ。でも、宝珠も『使う』と統括者の名前が新しい魔王のものになるから、アレ見て俺の魔王就任に気づく連中もいるかもしれないな。
……わざわざアレの統括者名をチェックしてる人がいるのかどうか不明だけど……
『魔王って、もっとこう、他の魔族に命令下して色々出来る王様だと思ってた』
「そこは人族の王と魔王の違いだろうな。ある程度の指示は出来るが、従うかどうかはそれぞれの魔族次第だし。場合によってはそっぽ向かれることもある」
『いいのかそれ……』
よくなかったら後日拳で話し合いだな。
「そもそも、魔王が魔族に号令を下すことってよっぽどのことがないかぎり無いからな」
例えば人魔大戦とか人魔大戦とか人魔大戦とか勃発しなければな……!
『魔族社会がどうなってるのかさっぱり分からないんだけどよ……?』
「俺もどう説明すればいいのかちょっと分からないな……」
元人間の王族でなおかつ前魔王であるサリなら説明できるかもしれないけど、今まだ接続してないのか画面透明なままだしな。
『大昔の魔族社会はともかく、ここ最近の魔族社会であればある程度説明できそうですけどね』
おお! 流石ポム!
黒い泥にしか見えない画面からは想像もつかないこの有能さよ……!
思わず魔族組は目をキラッキラさせたが、何故かロベルトはすごい胡乱な目になった。
『ちなみにポムさんや。その「ここ最近」って何年前ぐらいから始まる?』
『七百年ぐらいですね』
『ダヨナー』
ああうん……寿命の長さが違うから、目安になる長さもね……?
『どう考えてもきっかけは前魔王さんだろ……』
『まぁ、そうですね。今の魔族社会を人族風に説明すると――そうですね……十二の公国の上に尋常でなく強い魔族がいて、その魔族の呼び名が「魔王」っていうのが魔族社会ですかね』
『十二の公国に相当するのが、十二大家ってやつか?』
『そうですね。人族的に言えば「魔王に臣従するが独立性の高い諸侯」が十二大家です』
『そうなのか?』
やだ。俺に振らないで。
「まぁ、多分? だいたいそんな感じかな?」
ちなみに人族の国の身分制度とか、ふわっとしか分からないのが俺です。
いやだって細かいよ人族の身分制度……! 地域によって微妙に違うし……!!
『その状態で、新しい魔王が生まれた時には何も儀式が無ぇのか……』
『まぁ、魔王って、ある意味名誉職とか象徴みたいなものですからね。一番近いのって、野生の獣の群れとボスじゃないですかね?』
『ポムさん……それ、レディオン達の前で言う……?』
「あながち間違ってないな」
『間違ってないのかよ……!?』
俺が頷くのに、ロベルトが顔を手で覆ってしまった。
ロベルトはいったいどんな夢を俺達魔族に抱いてるのだろうか……
「あ。群れのボスで思い出した。儀式というか、アレがあったな。――新しい魔王に変わってしばらくの間、新しい魔王に不満をもつ奴が戦いを挑んでくる」
『それ儀式か!?』
「ある意味儀式じゃないか? 認められるための通過儀礼的な」
『もしかしなくても、魔王になることより魔王になってからのほうが大変なんじゃねぇか? それ』
「そうか? 在位中の魔王を撃破することがそもそも難関だと思うんだが。あと、挑んで来る連中にすぐに負けるようなのが『最強』を名乗るなんて烏滸がましいだろう?」
『……魔族、つくづく戦闘脳だな……』
「『魔王』の名は軽いものではないということだ」
『魔王になったのは軽いノリで告げられたけどな』
ごめんて。
「まぁ、そんなわけで、しばらく周囲が騒がしいかもしれない」
『突然のバトルロワイアルとかやめろよ!? 巻き込まれたら死ぬぞ!? 俺等が!』
「大丈夫だ。非戦闘員を巻き込む一騎打ちは非難の対象だからな。よほどの馬鹿以外はそんな真似はしない」
勇者を非戦闘員に含めるのかどうかは微妙だが……
『……今なにか嫌なフラグがたった気がする……!!』
何の旗だよ。
とか思ってたら別の場所から思わぬ一言が。
『心配無用です。まず、私達に勝たなければレディオン様に戦いを挑む権利を得られませんから』
待って。レイノルドの言っていることの意味が分からない!
『まぁ、坊ちゃんに辿り着ける人ってまずいないでしょうね』
ポムまで謎の認識でいるんだけどどういうことなの!?
「ちょっと待て。俺が初耳なんだがなんだそれは?」
『なんで本人が初耳なんだよ!?』
『坊ちゃんが寝てる時に皆で話し合って決めましたから』
「俺の問題なのに!?」
俺に内緒で話進めるのやめような!?
『だって坊ちゃん、まだ赤……んー……幼いですから。これ以上煩わしい問題増やしてただでさえ少ない睡眠時間を削られるのは問題ですからね』
そんな理由で魔王への挑戦を阻まれる他魔族達が可哀想なんだが!?
「いつそんなこと決めたんだ!?」
『坊ちゃんが魔王になった後、爆睡してた時です』
なんかあの時に色々大変なことを決められてる気配がする!!
『ちなみに発案は元魔王さんです』
「サリなにやってんの!?」
『なお、最低でもレイノルドさん、奥様、旦那様、元魔王さんを倒さないとたどり着けないそうです』
誰もたどり着かない気配しかしない!!
『それ、最終的に死神さんとかポムさんが立ちはだかったりしねーか?』
『この手の問題には係われませんよ?』
『そうなのか?』
『ええ。「掟」に抵触どころかガッツリ触れちゃいますからね』
『色々面倒なんだな』
『直接関与した場合、同族にバレると面倒なことになりますからね。他の同族が世界に介入する口実を与えるようなものですし、まぁロクなことにはならないでしょう。死神さんの場合、同族どころか同属内での争いすら発生しかねませんし。……とはいえ心配ですので、坊ちゃんには今度お守り作って送りますね』
「ありがとう!」
プレゼントはいつでもウェルカムだとも!
でもフリルとレースとリボンの装飾はやめてほしい。本当に。
『相変わらず過保護だよな……まぁ、レディオンの周辺が安全ならそれでいいんだけどよ』
『勇者さんも過保護ですよね。そういえば、魔王になったことに対して何か思ったりは?』
『いや、俺、最初会った時からレディオンが当代の魔王だと思ってたし。今更だよな』
「!」
やだ。ロベルトの厚い信頼に今俺の心がトゥンクトゥンクしちゃう。
『あと、レディオンだし』
なんで付け足したの?
ねぇ、なんで付け足したの??
『……さて。あとはヴェステン村の旦那様と、王都にいる元魔王さんに繋がれば接続試験は完了ですね』
「……そうだな」
話題を変えてきたポムの声がちょっと震えている。貴様……
『んーと、レディオンがいるのがグランシャリオ家の屋敷だよな? サリさんがいるクレピュ……なんとかって?』
「サリの本拠地だな。お前達の認識で言うと……近いのは『王都』かな?」
『王都があるなら、魔王になったお前もそこに引っ越すんじゃねぇの?』
「引っ越す気は無いぞ? 今はあくまで前魔王の都ってだけの場所だからな」
前世でも引っ越さなかったしな。
当時はサリから引き継いだものだけ手にして、後は各地を転々としながらひたすら戦い抜いて……気づいたらうちの領都もサリのいた王都も焼け野原で……やだ、涙が……
『親父さんがいるヴェステン村って、前にサリさん達と一緒に話してた時に話に出てた場所だよな? 俺も行く予定になってるやつ』
「そうだ」
『連絡画面一つ費やすぐらい重要な場所なのか……』
「大地の精霊王ですら把握できない『土の中の空間』とやらをこれから調べる予定だからな。俺も本腰を入れて取り組むつもりだし、リベリオの立太子の儀式まではそこが俺の仮拠点になる」
以前、異常な化け物が出た場所だしな。
本当は、父様の死因である海人族と対抗するため、海軍の強化をしようと思っていたのだが――なんかこう、あそこをこれ以上放置するのはヤバイと俺の勘が告げているのだ。
なにがヤバイって、そもそも大地の精霊王が調べようとして調べられない、ってのがまず一番ヤバイと思う。マグマ溜まりになってるとか、水没してるとか、そういうのなら火や水の精霊王が反応しそうなのにそれも無いし。
『そんな大変な所になんで俺を連れて行こうと思ったよ?』
うん?
「言っただろう? お前が一緒だと楽しそうだからな」
『遠足かよ!? まぁ、出来る事は何でも手伝うけどよ』
何でも!? じゃあ――
『俺の結婚事情以外で』
先手打たれた。まぁいい。大丈夫だ。まだ焦ることはない。今回の探索にはクレアさんにも当然声をかけてあるのだ。ロベルトの貞操観念的に現地で一発は無理だろうが、仲を深めることは出来るかもしれない。完全無音結界つきのテントの準備も万全だ。栄養剤は百ダースぐらいで大丈夫だろうか……
『勇者はまだシンクレアとの結婚に足踏みしているのか』
あ。サリがいつの間にか接続してた。
『元魔王さん! なんか決定事項みたいに言うのやめよう!? 俺まだ告白もしてねぇんだから!』
それ、すでに告白じゃないかな……
『その呼び名、定着するのか……? サリでいい』
『いや呼び捨てはちょっと俺死にたくないから……』
『別にオズはそれぐらいで目くじら立てないが……まぁ、好きに呼ぶといい。接続はきちんと出来たようだな』
『画面に映ってるの天井だけどな?』
……本当に方向が分かるように改良しよう。そうしよう。
『ああ、光ってる面が映す方向なのか。全部同じ面だと分かりづらいな』
画面がぐるっと動いてサリが映った。
あ。ロベルトの背後からなんかどよめきが。
今日のサリは以前の草抜き作業姿じゃなくいつもの魔族伝統服姿なんだが、なんでだ?
『あれが先の魔王……』
『なんと美しい……』
『やはり魔王レベルになるとあれほどの美貌に……』
ひっそり聞こえてきたどよめきが賛美で画面奥のオズワルドが満足顔になってる。本当にサリが大好きだよな、オズワルド。もうさっさと籍入れればいいのに。
そして接続に赴いてるはずの母様の姿が見えない。だが、きっとこの二人の姿を眺められる位置でにこにこしていることだろう。……母様の目元が波たっているかどうかは考えてはいけない。うん。
ロベルトの背後にいるのは、声的に、国王、リベリオ、マリちゃんのようだ。神官長はいないのかな? 正妃もいるらしいんだが、どよめかなかったんだな。
あと、当代の魔王は俺になったんだが、俺の顔面については言及してはいけない。絶対だ。絶対だからな!?
『服がちょっと和風っぽいのぅ』
む? 正妃の声が聞こえたが、ワフウって何だろうか。
『む。最後になったか』
父様!
『レディオンちゃん! ちゃんと映ってるよ!』
父様の姿は映ってないよ!?
『旦那様。たぶんそれ、映す側が反対です』
開け放たれた大きな窓越しに長閑な村の風景が見えてました。あと、天魔羊。
『む。こっちか』
『くっそデカイ羊いなかったか今!?』
『アロガンの方も問題無く繋がったようだな』
『アロガン殿。先日は連結無限袋を経由してのワイン樽をありがとうございます』
発言は、父様、ロベルト、サリ、レイノルドだ。
ジルベルトは控えめに微笑んだ状態で待機してるし、ポムに至っては黒い泥だし。
『わぁ、一気にわちゃわちゃしてきましたね』
一番画面がわちゃわちゃしてるのお前だよ!
『はいはい、各々語りたいこともあるでしょうが、ひとまずは落ち着いて。以降、個人的な話は通信具のほうでお願いします。まずは転写水晶板での同時遠隔会議が無事に始まりましたこと、お慶び申し上げます。魔道具を作成してくださった奥様と調整を担当してくださった坊ちゃんはお疲れさまでした。また、接続の為に現地で調整をしてくれた皆様にもお礼を申し上げます。では、坊ちゃん、始めましょう』
「え゛っ」
あ、あれ。俺的には次からの会議用に接続チェックして終わるつもりだったんだが、すでにこれが第一回会議みたいなノリで話振られた。
ヤバイ。どうしよう。俺、開始の挨拶とか考えて無いんだけど、えーと、えーと……
「まずは忙しい中、こうして時間をとってくれたことに礼を言う」
あとは、えぇと……
「今回の試みは、本来であれば一堂に会することが難しい遠距離の人同士で、長旅をせずとも綿密な会議を行えるようにという思いから始まった。会話だけなら他の通信用魔道具もあるが、人数が多くなってくると通信用魔道具では誰が何を話しているのかわからない状態になるからな」
聞き耳をたててくれている一同が軽く頷く。
実際、無距離黒真珠を持つ人が少しずつ増えてきた結果、割り込み会話とかでけっこう話が混乱する事態が出てきたんだよな。
今後は必要な情報のやり取りをすぐに行いたい場合は無距離黒真珠、後でチェックしてほしい内容は連結無限袋経由のお手紙、首脳陣による定期的な会議は今回の転写水晶板会議で行うようにしていく予定だ。
……転写水晶板の配置先が増えたら、また同じことにならないか不安だが……
「今回の配置先は七ケ所。セラド大陸に三か所、ラザネイト大陸に四か所だ。セラド大陸側は、俺がこれから長期間腰を据える予定でいるヴェステン村、前魔王であるサリの居城があるクレピュスキュール、そして今俺がいるグランシャリオ家。ラザネイト大陸は、ジルベルトのいるアヴァンツァーレ家、ロルカンにあるグランシャリオ家支部、カルロッタの王達がいる王都、対聖王国の仮拠点である迷いの森だ」
迷いの森の仮拠点、ポムから聞いた話では、いざという時に痕跡を残さず消えるため、拠点らしい拠点を作らず野ざらしの状態らしいのだが……体、大丈夫だろうか?
「まずはこの七ケ所で、定期的に会議や報告会を行いたい。無論、危急のものは会議を待たずに連絡してほしいが」
『質問、いいか?』
間の呼吸を見計らって、そっとロベルトが挙手した。
「いいぞ」
『会議に出る代表は決めておく形か? 何らかの事情があって別の人が代わりに出る時は、委任された書状を最初に見せて証明すれば代役可能とか』
「ああ。基本的にグランシャリオ家とヴェステン村は、俺か父様か母様、サリも時々出るかもしれない。あと、俺達が何かにかかりきりになっている時はうちの家令であるノーランだな。今、ジルベルトの後ろの方に映っている魔族だ。ロルカン支部はレイノルドに一任している。アヴァンツァーレ家はジルベルトかモナで、カルロッタの王都が王族の誰か。――迷いの森はポムかウェザーあたりか?」
『ちょっと待ってろ……。……おっし。王様達、了解だって』
『迷いの森側も了解です。基本、私が出る形になると思いますが』
……左上が常に黒い泥画面になるのか……
あ。父様がポムの画面に気づいたのかギョッとした顔になってる。今まで気づかなかったのか……
『――つーか、なぁ、今、俺が代わりに話してるけどよ、もう王様達に代わった方がよくねぇか?』
「そうだな。国王に代わって、ロベルト、お前は最速でこっちに帰ってきてくれ」
あえて言わないが、『来てくれ』じゃなく『帰ってきてくれ』というのが重要だ!
『了解』
よし!
「魔族になる準備も万全だ!」
『隙あらば魔族にしようとするなっつってんだろ!?』
ちっ……了解って言ってくれなかったか……!
「あ、マリちゃんも魔族にする準備は整えたから、いつでも来て大丈夫だぞ」
ロベルトが退いたカルロッタ王宮画面の奥から「なんの話だ!?」とかいうマリウス王子の声が聞こえた。
うちの竜魔にペロられたマリちゃんは責任もって魔族にするとも。ルーシーのお婿さんに来てもらうとも。なお、「おむこさん」と呼んで人柱と書いてはいけない。竜魔社会のお約束だ!
『一つお尋ねしたいが、かまいませんでしょうか?』
お、カルロッタの王だ。目の下クマクマだな……
「いいぞ」
『ロルカンのグランシャリオ家の支部とあわせて、アヴァンツァーレ領には二ヵ所ある形になるのですが、支部の方は常に今画面前におられる方が対応されるということですかな?』
「ああ。しばらくはそこにいるレイノルド・ベッカーがラザネイト大陸における魔族の総指揮をとる形になるからな。何か困ったことがあったら相談してくれ。――レイノルド。俺の直属部隊として、カルロッタの平穏のために尽くせ」
『畏まりました!』
レイノルドが頭部だけでなく目もキラッキラさせて敬礼してくれた。その忠誠心の高さがやはり謎なんだが……
『手始めにカルロッタ王国内の全ての変異種を血祭りにあげてみせましょう!』
「手加減して!?」
上級魔族の軍隊が本気出したらカルロッタ王国内の冒険者が干上がるだろ!?
『レイノルドさん、ロルカンの冒険者組合支部長と相談して、国内にいる「人族の手に負えない変異種」を駆逐してください。常に、必ず、人族からの情報を大事にしてくださいね?』
『了解した!』
ありがとう、ポム。ありがとう、ポム。俺を含む脳筋族の軌道修正はお前が一番うまいよ……!
『カルロッタの王族さん達は、手に負えない変異種――魔物の情報があれば、マリちゃん越しにルーシー経由で知らせてくれるか、王都にいるノアさんに知らせてくれれば対応しますよ。――レイノルドさんが』
『了解した。――ところで、魔族の方々のマリウスの呼称は「マリちゃん」で統一されているのだろうか……?』
『頼むからやめていただきたい!』
『親しみがあってよいのではないかの?』
『母上も認知しないでいただきたい……!』
カルロッタ側から必死なマリちゃんの声と他の人達の生暖かい気配が。
いや、だってもう顔見る度にルーシーの「マリちゃん」呼びが再生されちゃうんだからしょうがないよな。
「ゴホンッ。まぁ、それはともかく。今日のところは互いの顔合わせと、この会議を行うための作業の確認だ。今はまだ接続や調整のためにうちの人員がカルロッタの王宮にいるが、毎回会議の度に同席するわけにもいくまい。ただでさえ我々魔族と縁の深い状態だ。話し合いの場まで魔族がついていてはカルロッタの貴族達の邪推を招くことになるだろう。どうしようもない部分は多々あるだろうが、避けられる部分があるなら避けておきたい」
『確かに。宰相や軍団長などの限られた人員になりますが、こちらの部屋に同席出来るのは同じカルロッタの民のみ、という形はとっておいたほうがよさそうですな』
「その会議用の部屋、王の私室の一つを使ってるんだったか?」
『はい。用のない者が近づける様な場所は避けたかったものですから』
『今度、そこを守る甲冑型のゴーレムを送っておく。何もなければ動かないから、部屋の隅にでも設置しておいてくれ。――それと、これは全員へなんだが、オンオフのやり方や魔力の補充方法等は今のうちに練習しておいてくれ。――ポム、そっち側はウェザーにもやり方は教えているな?」
『完璧です』
『レディオン様、私達の側も大丈夫です』
「む。ジルベルトの所は常にうちの連中がいるからあまり無理しなくてもいいぞ?」
アヴァンツァーレ領はもう半分ぐらい魔族領になりつつある。某魔族軍が一気にやって来たせいでもあるんだが、それをまるっと受け入れてしまった住民の肝の太さが半端ない。今もあちこちでうちの家人達が善行を積もうと努力しているのだが、努力する前から結果があるというか、何かするたびにやり遂げる前から好感度が凄いという謎の現象が起きている。
……アヴァンツァーレの領民、誰かに洗脳されたんじゃないだろうな……?
あと、アヴァンツァーレ家の魔族占有率がヤバイ。ジルベルトはただでさえ体調を崩しがちだったんだから、もっとしっかり療養してほしい――という意味を込めてうちの家人がみっちり詰めているのだ。人数エグイほどにな!
『内政もかなり助けていただいていますから、私で出来ることはやります』
「無理をしないのなら、それでいいが……。ノーラン、後継への引継ぎはよろしく頼む」
『畏まりました』
アヴァンツァーレ家の画面の端でノーランが微笑を浮かべて一礼してる。渋い。
「さて、この機会にこのメンバーで話しておきたいことはあるか?」
俺の声に、カルロッタ王の後ろからズイッと豊満な胸が画面に映りこんだ。
『正式な報告は後になるが、共有しておきたい情報がある。かまわんかの?』
「正妃か。いいぞ」
豊かな胸に押しのけられかけてるカルロッタ王がちょっと幸せそうな顔してる。もしかしなくても本当は正妃のこと好きだろお前。
『カルロッタ側の方針だ』
『!? 待て正妃……!』
何故かカルロッタ王が慌てているが、正妃はかまわずに以下の内容を簡潔に告げた。
今回の事件を機に、カルロッタは次期王をリベリオとして貴族内部にも勢力を構築する。
反乱の主犯である神殿関係者はほぼ全員死んでいるため、彼等はそのままさらし首の刑となった。
第二妃は聖王国と通じていた文書が見つかったので極刑が決まった。執行日が決まり次第、見届け人を配して毒杯を渡すことになる。
第三王子は聖王国とは直接通じていなかったため、諸々の罪を踏まえて城の塔に生涯幽閉することが決まった。
カルロッタ国内の教会は、聖王国に縁のある者を締め出す。
教会の教えを旧約聖書の内容に戻し、主神として水神を祀る。
『その水神を主神としてお迎えするにあたり、地下水路を改築せねばならん。出来ればリベリオが王太子となる時までに済ませたい。力を貸してくれんかの?』
「いいぞ」
『……坊ちゃん……』
『……オマエ……』
別に断る理由が無かったので頷いたら、黒い泥と正妃から呆れたような声が。
『……妾から言うようなことではないと思うが、オマエはもう少し外交というものを考えたほうが良いのではないかの?』
『全くですよ。せめて商売してください』
「いや、カルロッタにこれ以上借金背負わせても、な? あと、水路に関連するとある元貴族の人達のこともあるし。彼等が先祖と同じように技術を有しているなら、協力を依頼しながらカルロッタ側に復帰させれないか、という思惑もあるから」
『坊ちゃん……それでも普通は即答せずに考える時間をもつものですよ……そもそも、商人のつもりでしょう?』
ポムは呆れ声だが、これに関しては俺はもう確信していることがあるんだ。
「それだがな、ポム。俺はこれまで金を貯めるために必死になっていたんだが、今になってどうしようもない事実に気づいたんだ」
『何です?』
「俺自身のことなんだがな」
『はい』
「商才が無いんだ」
『はい』
ちょっとはフォローしてくれてよいのよ!?
「即答で肯定しなくてもいいんだぞ!?」
『いや坊ちゃん、私そういう嘘つけませんから。それに、駄目な自分を認めるのは大事ですよ?』
なんかもうそこだけ無駄に極上な声で『偉いですね(はぁと)』と褒められた。全く褒められてる気がしないけどな!
「もっと早く指摘してくれればよかったのに……!」
『指摘して何らかの能力が向上するのなら指摘したんですが、これについてはちょっと……こればっかりはちょっと……その、坊ちゃんにはちょっと……』
すごく言葉を選ばれてる感……!
そこまで俺の商売能力はアレだったの!? 生後わりとすぐに一生懸命「お金稼いで世界征服する!」って目指してたのに!?
『ゴホンッ……まぁ、その、坊ちゃん自身に商才を生やすより、商売そのものを周りの人員でフォローするほうが確実かつ手早かったので、私としてはそちらのほうが有用だと考え、そっちに力を入れさせてもらいました。ほら、時間は有限ですからね? そもそもの話、坊ちゃん自身が「商人」である必要はありませんし。だからそちら方面の才能が著しく欠如していても気にする必要はありません。今までもそうでしたし、これからもそうですから』
ポムの正直な言葉が俺に刺さる……!
「俺、商売しないほうが良かったの……?」
『いえ、商売はして正解です。グランシャリオ家には坊ちゃんの意向に沿って商売を手広く行える下部組織がありましたから。今のような形で展開したことで、セラド大陸にも、そしてカルロッタ王国にもかなり良い結果を齎しているでしょう? 貴方が方針を決めたことで、経済が回り、人の働き場所が増え、食糧事情が改善し、負傷時の回復手段が増え、衛生面が強化され、働き手の意識向上にも繋がり、満足度という名の国民幸福度も上昇し、国力が強化され、あまりにも身近にあった死が少し遠のきました。これはあなたの理想に近い形になるでしょう?』
「……うん」
『だから、貴方が本来苦手であるはずの商売に手を出したのは間違いではないんです。これからも、準備および実行は今までの通りグランシャリオ家に任せておけば大丈夫でしょう。坊ちゃんがしなければならないのは、方針の決定、現状の把握、そして結果の責任を負うことです』
「……はい」
『ただ、まぁ、方針を決定したり何かしらの可否を選択するのは坊ちゃんの権利であり義務でもあるのですが、一応、大きな取引に関しては他の者の意見を聞くことも大事だと知っておいてください。今回は正妃さんが国の威信やら柵やらをとっぱらって色々全部ぶっちゃけてきてくれてますし、坊ちゃんの選択は間違ってないので良いのですが――これからは他の国や組織とのやり取りも増えてくるでしょうから。そういうときに今のままでは、悪辣な手に引っかかる可能性もあります』
「はい」
『貴方は先天的に直観に優れ本質を見抜きますからそうそう道を間違わないと思いますが、未来というのは何が起こるか分かりません。気をつけておいてください。貴方自身を守るためにも』
やんわりと言うポムの言葉に、俺は言葉を噛みしめるように頷いた。
先天的な直観――俺にとっての直感力と見抜きの能力は、固有才能の【神眼】と呼ばれるものだ。何故俺が自分自身の持つこの能力名を把握しているか、というと、実は前世の経験則からきている。――こういうことが出来るから、こういう能力をもっているのだろう、と。
【神眼】は直感系の能力だ。
見たり触れたりするものの内容が、なんとなくこういうものだと見抜ける。
何故そう見抜けたのか、の「何故」が全く分からないままに、ただ「見抜く」という結果をもたらす能力だ。
咄嗟の判断をくだす時の材料にはなるだろう。
だが、この感覚は「もの」の本質を見抜くことにだけ特化していて――その「もの」の周辺状況や事情などが知れるわけではない。
相対した人間を「善人」だと直感したとしても、常にその人間が自分にとっての善き人であるとは限らない。その人間がなんらかの事情で自分に牙を剥くことだってある。生きている限り、それぞれの人のもつ事情は常に変化するからだ。だが、この能力は絶えず変化する未来を常に予知するものではない。ただその場その時の直感でしかない。
だからこそ、前世の俺は何人もの人族に騙された。精霊王にも騙されてルカ達を喪った。
自身の直感を過信して、取り返しのつかない過ちを犯したのだ。
――だからこそ、ポムは先回りしてこんなふうに忠告してくれているのだろう。
例え俺の前世を知らないとしても、このままの俺であったなら訪れてしまうであろう「予測できる未来」を危惧して。
『……ヒョロ長男よ、オマエ、このやり取りをここでやって良かったのかの? 妾達が上手く利用するかもしれんであろ?』
『貴方達はしませんよ。それに、先に手札をさらけ出してきたのは貴方です。なら、こちらもさらけ出すのが筋でしょう』
『その判断を下すべきはオマエでなくそこのミニ魔王ではないか?』
『私と坊ちゃんは以心伝心ですからね!』
むしろ通じていた事例があったっけ!?
『弱い部分を見せて庇護欲をくすぐれる場面なら、むしろ見せていくスタンスをとるべきでしょう』
『それをぶっちゃけるあたり、オマエは策士ではないの』
『私、そもそもただの養育者ですから』
うわ。画面に映ってる全員が「うっそつけぇ」って顔してる。ジルベルトまで。――ジルベルトまで!?
『まぁ……オマエの言わんとすることも分かるがな。……仕方あるまい……そういえば、奴隷落ちした連中の働き場所について、先だって王に提案があったの』
「!」
こっそり行った王との密談がバレてる!?
俺は慌てて王を見た。――王は顔を両手で覆っている!
『下請け工場のことですか?』
『それはアレであろ? 奴隷落ちした連中に素材の加工をさせるという件。ノア、とか言ったかの? そちらからきちんと正式に依頼があった件だの。糸紡ぎ、魔物の解体、皮なめし、製材に関してはグランシャリオ家が施設を建ててそこに奴隷落ちした連中のうち罪の軽い連中を入れて行うことになっておるな。妾の言う「王への提案」というのは公式的な文書や人員を介さず通信具でやり取りしていたようで――ヒョロ長男よ、聞いておらぬのか?』
『私、しばらく聖王国への調整とかで関わってませんからね』
『目を離すと危険であろ。何をしでかすか分からんぞ』
俺の扱いがなんか酷い!
というか、これヤバイやつだ。俺が怒られるヤバイやつだ。正妃よ、なぜ今ここでその話を出すのだ! というか王よ! 速攻で正妃にバレてるってどういうことなの!?
『坊ちゃんも魔王になりましたし。いつまでも私が関わりすぎるというのも弊害がありますから』
『独り立ちには早いと思うがのぅ。――まぁ、それはよい。で、王への提案なのだが、罪の重い連中をそちらの大陸にある施設で働かせようか、という内容であるらしいの』
『ほぅ』
ああっ! 黒い泥から「なにやってんですか坊ちゃん」の気配が!
「い、いや、ほら、聖王国に通じてた連中の手下で、直接関わってないけど罪がクソ重い連中ってカルロッタにとっては厄ネタだろ? ヘタにそちらの大陸に留め置いて逃げられたら困るし、こっちの大陸に隔離してしまえば逃げようがないし、聖王国も手出しできないだろうから……」
『それを口実に聖王国がセラド大陸に侵攻したらどうするんです?』
「…………」
しまった! そうだった……!
『坊ちゃん……頭悪くないけどあほですよね……』
「はい!」
今思うと本当にどうかしてました。だからもうこれ以上その話を掘りこかさないで……!
『まぁ、うちの王が相談したのがまず駄目だったのだがの』
『ぅうっ……すまぬ……』
『まぁ、うっかりおかしな話になってしまうことはありますからね。……とはいえ、いくら坊ちゃんがちょっと目を離すと愉快になってるしばしば怪奇現象を拗らせたような思考回路になるあほの子といっても、そんな口約束をするはずがないんですが……』
なんかずごいディスられてるけどもうそれでいいからそれ以上の追求はよして!! お願い!!
『まぁ、うちの王も同じく、なのだが……どうもな、深夜テンションでやらかしたようでの』
いやぁあああああっ!!
「…………」
『……ほぅ……』
待って体感気温がすっごい下がった!
なんか一瞬で今までサワサワ遠くの声とか拾ってた画面がシンッて静まり返ってる!
鳥肌やばい! 怖くて泥画面見えない!!
『坊ちゃん?』
やめてことさら優しい声で呼ばないで……!!
『ちゃんと寝てくださいって、私、言いました、よね?』
なんか喉の奥がキュッって鳴った!
『わかった、と、貴方は言いました、よね?』
「……ぴゃぃ……」
『このことについて、なにか、私に言うことは?』
「……も……もうしません……」
『…………』
「……よ、夜はちゃんと、寝ます……」
『…………』
口から心臓が飛び出そうなのを堪えてぷるぷるしてたら泥画面から「はぁ……」とものすごいため息が聞こえてきた。
『――初犯ということで、今回は許しましょう』
許された……!
顔を上げてポムを見る。――黒い泥だけど。
ちなみに視界に入る他の画面はほぼ全員画面から目を逸らしていた。……父様まで……!
『次、深夜に起きているような不健康な真似をしたら――大人版の姿で花嫁衣裳を着て王国内を練り歩いていただきます』
「本ぁあ!?」
『健康的な生活を送れば課されることのない罰です。――私はやるといったら必ずやりますからね?』
いかん! 恥辱を煮詰めて極められる……!!
『さ。この件はここまでとしておきましょう。――そちらにもご迷惑をおかけしましたね、正妃さん』
『あー……いや、まぁ、うちの王もうちの王であるからの。こっちは後でちょっとシメておこう。話は白紙じゃ。件の話について、その場の話のみで契約も書状のやりとりも無いからの』
全身冷汗まみれでぶるぶるしている俺の前、黒い画面と巨乳の画面が淡々と話し合っている。
他の画面は、全員一様に悟りを開いたかのような無表情で視線だけ画面中央に戻していた。あ。ジルベルトと目があった。にこっと微笑まれた。――笑ってない目で。
ちゃんと寝るからもう許して……!
『それが良いでしょう。王国での重罪人は、普通であれば鉱山奴隷ですか?』
『まぁ、そのあたりだの。王城の地下牢に入れておいても食費と人件費の無駄であるしの。鉱山はほとんど閉鎖空間だから、荒野の開拓奴隷にするのと違って見張りの数も少なくてすむ』
『重労働をさせるのであれば、開拓にまわすのも良いと思いましたが……見張りと警戒範囲の大きさが問題ですか』
『奴隷落ちになる人数が人数であるからの。それに、逃げられては困る。だからまぁ、極刑にはならないが死ぬまで労働刑にせねばならん奴は鉱山送りが妥当であろ』
『そちらの鉱山って、あまりパッとしなかった気がしますが』
『国の資源が筒抜けしとるの』
『坊ちゃんがいる、ってことでグランシャリオ家の家人が調査しまくりましたからね。坊ちゃんに――いえ、王都にいるノアに交渉して資料の購入を検討するとよいですよ』
交渉先から締め出された!?
『借金が増える一方だのぅ』
『工場のノルマに加えておくといいですよ』
『そうするとしよう。ああ、ヒョロ長男よ、そこに課すノルマに水路関連の費用も加算してくれるかの?』
『やっておきます。……話が早くて助かりますよ』
『オマエも大変だの』
正妃とポムがため息ついてる。
く、口にして言ってくれていいのよ!?
――と思っていたら今度はカルロッタ王がプルプルしながら細いため息をついた。
『正妃よ……水神様をお迎えすることもそうだが、まだ会議で案が通っていない内容をこのような場で口にしなくとも……』
『あのな、王よ。通常であれば王の言う通りであろうが、コレに関しては常識の外であろ。王国としては会議で貴族達の賛成を経て行うのが常道であるが、そもそも今回の騒動のような非常時は王の独断で処罰したほうがよい。貴族共の権力争いにこれ以上かき回されれば待っておるのは破滅であるからの。故に王の「予定」は全て実行されるべきものであり、貴族共に反論などさせぬ。だが、連中が唯々諾々と従うとは思えん。そして、連中は金と権力と暴力には弱い。となれば、連中が押し黙るだけのものが必要だ。今そこに映っておるのは誰ぞ?』
『……魔王様』
様!?
『そう。うってつけの金と権力と暴力の化身であろ? そもそも、カルロッタは弱小国家ぞ。聖王国に目をつけられていることもある。ミニ魔王にはこちらが出来る事出来ない事、やりたいことやりたくないこと、それら全部を言って指示を仰いだほうが得策であろ。――というか、それ以外に生き残る道は無いぞ』
正妃に言われ、王がさらにぷるぷるしてる。すごく親近感があります。
『せっかく相手が底抜けのお人よしなうえ、魔王などという伝説の存在にまでなったのだ。めいっぱい頼るべきであろ』
『頼られ料金請求しますけどね?』
『そこは友達価格で頼むの』
『う~ん。要相談ですね』
なにか二人から「ふふふ」という底知れない笑い声が聞こえる。呪ったり呪われたりの関係のくせに、お前達いつの間にそんなに仲良くなったの?
『ああ、それと、一つ妾からミニ魔王に頼みがあるのだが』
「う、うん?」
胸のアップが下にズレて美女の顔が水晶に映った。美人体型は保持されているようで何よりだ。
正妃は真面目な顔でこう言った。
『カルロッタからの親善大使として、妾の身柄をそちらの大陸で預かってくれんかの?』