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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
122/196

70 共に手を携えて






 アヴァンツァーレ領、港街(ロルカン)、アヴァンツァーレ家。

 その一室でチクチク裁縫しながら、俺は起動させた無距離黒真珠(オクン・ジスタンス)で聖王国へ向かったポムと会話をしていた。

 本当なら今頃はカルロッタの王都にいる予定だったのだが、ポムから「待った」がかかったので未だにアヴァンツァーレ家にいる。とはいえまだ一夜明けた程度の時間しか経っていないのだが。

 なお、ポムはすでに聖王国に到達しているらしい。

 ……お前の足には魔法でもかかってるの?


「――つまり、犠牲になる予定の赤ん坊を保護して、カルロッタに転移させるつもりなのか」

『ええ。あの問題を放置するのは危険ですから。元魔王さん達も、赤ん坊が助かる手段が他にあるのなら、再度の侵攻を考えずに保護に力を注いでくれるかと』

「なるほど」


 話題は、サリ達が激怒して聖王国に殴り込みに行きかけた理由――聖王国で行われている『赤ん坊の命を啜る』化け物への対応についてだ。

 サリ達は軍を率いて討伐するつもりだったようだが、俺としては戦争に突入するような事態は避けたい。なにより、聖都には無辜の民もいるのだ。彼等が巻き込まれるような戦いは出来る限り回避しないといけないだろう。――ロルカンは皆殺し前提で攻め込まれてたらしいけどな!

 そんな俺の願い通り、現地にいたうちの偵察隊はさっさと動いてくれていたらしい。

 そしてポムは彼等に力を貸す為に動いたようだ。

 なお、どんな手段で短時間に長距離を動いたのかと問うたら「秘密です」と言われた。

 お前はなんでそう秘密が好きなの??


『攫――保護した赤ん坊の第一陣は今ここにいるんですけどね。今回の件に関わった聖王国にいた家人達も。お世話係の人以外は体力温存のために仮眠してもらってますけど』

「人手は足りるか?」

『う~ん……広域を網羅しようとすると、足りないと言えば足りないんですけど……人数がいればいいというわけでもありませんから。隠密特化の人で交代しながら誘拐しますよ』


 誘拐。

 ……いやまぁ、やってることは誘拐なんだけど。


「お前がやりやすいようにしてくれてかまわない。ただ、転移させるなら俺が一度そちらに行かないといけないな」

『いえ、来ないでください』


 拒否!?


『別の方法で転移させますから。転移陣作成は坊ちゃんの十八番ですけど、代用品が無いわけじゃありませんからね。――とはいっても、利用できるのは一個だけですし、一方通行ですけど』

「それなら他の地区でもその方法とやらを使って転移陣を――いや、利用できるのは一個だけなのか。一つしか作れないんだな?」

『はい。特殊なモノを使いますので、現状、一個しか作れません。水場のある所なら移設可能ですけど』

「安全性は?」


 聖王国の大神殿にある転移陣とかだったら、普通に異空間に放り出されて終わりそうだが。


『聖王国の大神殿にあるモノは使えませんよ。あれはかつてこの世界に降り立った魔女が作ったモノですから。使用するのに魔力がアホみたいにいりますし、魔女の血統でないと目的地への転移は不可能ですからね』


 なんか謎の知識を披露された!


「なんでそんなの分かるんだ?」

『私、調べ物は得意なんです』


 知ってるよ!


「じゃ、じゃあ、その魔法陣を人間が利用してるのって拙いんじゃないか? なんか流刑とかで罪人をそこからどこかに送ってるって聞いたことあるんだが」

『ああ、聖王国で聖職者の処罰として有名ですね。異界流しです』


 異界に行っちゃうの!?


『魔女の血統でない限り、まともな転移は不可能ですからね。無理やり次元が異なるどこかの空間に一方通行で放り出すのがせいぜいです。聖王国では聖職者の罪人は死刑ではなくこの流刑を適用しています。まぁ、普通は鉱山奴隷とかにまわしてますので、罪人の中でも一握りの特別な相手に適用される処刑法ですね。「慈悲によって神の身元に送る」とかなんとか言ってやらかしてますよ』

「よくそんなの使う気になったもんだな……」

『全くですよ。ただでさえ真なる魔女の関連のモノって禁忌なのに……まぁ、そのやらかしのおかげで私がだいぶ好き勝手出来る土壌が出来上がってるんですけどね』

「お前が好き勝手したら周りが絶望に叩き落されるだろ」

『大丈夫ですよ。一日一人に限定してますから』


 何が大丈夫なのか分からない……!


「よく分からんが、ほどほどにな?」

『ええ。泥船に乗った気分でいてください』


 沈む!!


「は、話を元に戻すが、お前が予定している転移方法、安全性は大丈夫なんだな?」

『水の精霊女王さんの力を借りればかなり安全に送れますよ。そちらにいる古い神族とも協力すればさらに安全度は上がりますね』

「そうか。――いや待て、神族だと?」

『あ~……そういえばまだ訪ねてきてませんでしたね。なにやってるんだか……』


 ものすごい呆れ声でぼやかれた。


「城に現れた二柱とは別口なんだよな!?」

『別口ですね。――ああ、もう、あっちから接触してくるまで放置する予定でしたが、これ以上は待てませんね。坊ちゃん。カルロッタの王様に話して、王都の地下水路に行ってください。そこに水神がいますから』


 水神!?

 というか、なんでお前はそんなことも知ってるの!?


『私、探し物は得意なんです』


 むしろ不得意なものが分からない!


『あの水神、ほとんど封印されているような感じですから、坊ちゃんが気づかなくてもおかしくはないんですけどね。あの地下水路、わざと死に水になるようになっていたでしょう? 幾つかの呪いと組み合わせて水神の力を弱めてるっぽいです。封印を解いて、呪いを解除し、きちんと水が循環するように作り直せば、水神の力も少しずつ回復するでしょう』


 お前はなんでそういう大事なことを後から言ってくるの!?


『え。だって別にいなくても困りはしない相手ですから』


 遠距離で心読んでくるのはやめて!?

 お前の読心術はどんだけ距離離れててもやれちゃう異能なの!?


『まぁ、それはともかく。水を媒介にして転移する門を開きますから、王都の地下に封じられてる水神さんに協力してもらったほうが安全なのは確かです。こっちから声をかけて盛大に恩を売ってカルロッタに豊富な水をもらうといいですよ』

「色々言いたいことはあるが……まぁ、いい。アヴァンツァーレ領もそうだが、カルロッタは水源があまりないからな。封印とやらを解いてやるかわりに力を借りるのはいい案だが……」

『坊ちゃんが神族絶対殺スマンにならないんでしたら、協力を得ることは可能かと』


 内緒にしてた原因、俺か!


『一応、水神には坊ちゃんにお願いしに行けとは伝えておいたんですけどねぇ……まぁ、未だに踏ん切りがつかない状態でうだうだしているんですから、恩を高くふっかけられても仕方がないでしょう。というわけで、全力でやっちゃってください』

「やっちゃってと言う前に、お前はもうちょっと俺に色々秘密を話そうな!?」

『……坊ちゃん。私にしている隠し事を一度全部話してみましょうか? ん?』

「ゴメンナサイ」


 盛大にブーメランが返ってきた!!

 駄目だぞポム! 俺の頭髪がヤバイとか生え際が大変とか未来予想図に不安がつきまとうとかを察してはいけない!

 本体の赤ん坊姿は相変わらず頭皮が透けて見えるレベルでしょぼしょぼだしな……!!


『……まぁ、いいですけど。神族は王朝など人の世の理に大きく関わることは出来ませんけど、借りを返す、という形で転移への協力と綺麗な水を提供するぐらいなら掟にも抵触しないでしょう。カルロッタはなんだかんだで聖王国と敵対する形になりますから、いっそ水神をカルロッタの主神として祀る形にしたらいいんじゃないですかね? 国民も安堵するでしょうし、弱体化した水神も少しは回復するでしょうし、坊ちゃんには損が無いしで良いこと尽くしですよ』

「それならもっと早く話をしてくれたらよかったんじゃないか……?」

『この世界に生きているのですから水神が自ら動くべきでしょう? 運命を切り開くことが出来るのは、自ら行動した人だけですよ』


 厳しいな!?


『坊ちゃん側に利がある状況になりましたから、今回は坊ちゃん側から動かれるとよろしいかと。いらなければ放置していても大丈夫ですよ。別に水神の助力が無くてもどうとでも出来ますから』


 お前はなんでそんなに神族に冷淡なの……?


『「私」にとってはどうでもいい相手ですから。――ところで坊ちゃん。ちゃんと服の仮縫いはしましたか?』


 さらっと流された挙句に爆弾投下された。

 お前……お前ぇ……っ!!


「仮縫いまでするわけないだろ!? 採寸だけして逃げたよ……!」


 ちなみに只今アヴァンツァーレ家の一室に絶賛立て籠り中である。

 このドアは開けんぞ!? 絶対だからな!?


『……どこかに移動しようとしたらピンポイントで待ち構えられて捕らえられる未来しか見えないんですが』

「その元凶はお前だよな!?」

『え。奥様ですよ?』

「母様とタッグ組んでるのはお前だろ!?」

『残念。旦那様です』


 うちの両親ェえええッ!!


『私も坊ちゃんはもう少し新しい服を作るべきだと思ってますから、協力は全力でしますけどね』

「お前が全力出したら絶望しか見えないだろ!? なんでお前も俺の服を作らせようとするんだよ……!!」


 しかもアレな服をな……!!


『坊ちゃん。魔王になったんですから服ぐらい仕立てましょうよ。なんでずっと旦那様の御下がりばかり着てるんですか。魔王の着衣が父親のお古ばかりってどうかと思いますよ』

「赤ん坊の時はちゃんと母様お手製の服を着ているだろ!?」

『ベビー服が一張羅とかちょっとどうかと……』


 赤ん坊なんだからそれでいいだろ!?

 ちなみにパンツは総レースではない。断じて無い。フリルとアップリケは阻止できなかったがな!


「そもそも俺が着飾っても無残になるだけだろ!? それなら他の物作ってもらったほうがいいに決まっている!」

『……坊ちゃんの認識が無残なのはもう私にもどうしようもないんですね……』

「追撃やめて!?」

『大丈夫ですよ、坊ちゃん。私も皆も坊ちゃんのこと好きですよ』

「ありがとう!!」


 誤魔化されてはあげないんだからね!?


『音の声と心の声が逆ですよ。――まぁ、採寸さえしてしまえば後はそれにあわせて色々作るだけですから、良しとしましょうか』

「総レースの服だけどな!」

『うわ』


 ちょ!?


「『うわ』って何!? そこに全部込めるの!? というか、知っててやってたんじゃないのか!?」

『いや、流石にデザイン画までは見てませんよ。え。本気で総レースなんですか? 嘘でしょう?』


 声震えてるぞ!?


「笑い噛み殺しながら言うのやめて!? 母様渾身の総レース服だよ! どう考えても悲惨な未来が約束されてるだろ!?」

『これはひどい』


 お前の感想も酷いよ!!


『面白――でなく、大変そうですから、ちょっとこっちの仕事早めに切り上げて眺めに――じゃなくて、見守りに戻りますね』

「本音漏れてるぞ!?」

『保護した赤ん坊の移送にちょっと時間かかりそうですから、早くとも一ヵ月以上は戻れなさそうですけど』

「む……」


 一ヵ月以上もポムがいないのか。

 そうか。

 ……いないのか……


『…………』

「…………」

『…………』

「…………」

『……なるべく早く戻りますよ』


 うむ!!


「そうだ。聖王国で美味いものがあれば料理を覚えてきてくれ!」

『観光ですか。――ああ、それなら一人先にグランシャリオ家に送りますので、その者にこちらで作った料理も持たせますね。蜂蜜パンとか塩バターパンとか坊ちゃんが好きそうなレシピがありましたから』


 すでに情報収集して作成されていた。流石はポム。俺の胃袋を掴んでいるな!!

 むふー。


「楽しみにしている」

『はい。崩した(・・・)連中の頭の中にあったレシピをいくつか収集してますので、楽しみにしていてください』

「?」


 何か変な単語が混じっていた気がするが、気のせいだろう。


「そういえば、今回お前から聖王国側に行くって父様に言ったみたいだけど、本当か?」

『ええ。見返された(・・・・・)ので経路(パス)が通ったんですよ。それで動けるようになりまして』

「?」

『その関連で、しばらく聖王国は神殿内部で怪異が発生します。そのどさくさに紛れて赤ん坊を保護し、カルロッタの王都に送りますので、そちらの受け入れ態勢をお願いします。――まぁ、水の精霊女王さんがしばらくは面倒見てくれると思いますけど、ずっとというわけにはいきませんからね』


 ポムの説明に、俺は頷いた。


「精霊の国で保護されると、物質界(こちらの世界)では生き辛くなるからな」

『長時間居続けると肉体の変異が高まりますからね。半精神体みたいになっちゃったら大変です。下手をすると肉の殻を被り続けるために同族の血肉を貪るような化け物になったりしますからね』

「すぐに準備をはじめよう。――ところで、気になっていたんだが、なんだって聖王国は赤ん坊の命を啜るような化け物を飼ってるんだ?」

『それが教会のトップにいる人間だからでしょうね。教皇とか呼ばれる生き物ですよ、アレ』


 聖王国のトップ、どうなってるの!?


「それ許されるのか!? あきらかに邪悪だろ!?」

『下っ端はそんな事情知りませんからねぇ。上層部の一部だけは知っている感じです。まぁ、普通に禁忌ですね』

魔族(俺達)よりよっぽどヤバイじゃないか。もう聖王国内で争えばいいよ……!」

『気づいた善良な聖職者も溶かさ――いえ、犠牲になってるので内部抗争は起きなさそうですね』


 なんかヤバイ単語聞こえた!! 人間を溶かして啜るの!?


「聞くだけで心が削られそうな話なんだが……」

『坊ちゃんは関わらなくてもいいですよ。どのみち赤ん坊を全員助ければ干上がるようなミイラですし』

「早く助けてやってくれ……!」

『探索、発見、誘――保護、移送、転移、と段階を踏まないといけないのでちょっと時間かかりますし、聖都は娼婦の館もけっこうありますし、貧しい村落から引き取っている赤ん坊もいるでしょうから、くまなく全員というのは難しいですが、なんとかしてみましょう』

「……そう羅列するとすごい大変そうだな。やっぱり人員、増やさないか?」

『そうですね……聖都まで連れてこられちゃった赤ん坊は今いる私達で対応するとして、周辺の村落の赤ん坊は先にグランシャリオ家で買い取りしましょうか。奴隷商人に売られる前にうちで赤ん坊を得ていれば、その分聖都に連れてこられる子も少なくなるでしょうし』

「……赤ん坊を売る家があるのか」

『人族の社会ではわりと普通にあることですよ。子供を産んでも育てられない場合、奴隷商人に子を売るパターンが多いです。そのお金でギリギリ冬を越せるという場所がけっこうありますからね。子供は貴重な労働力ですけど、働けるようになる前に餓死するような状況の時は子供を売るのが一般的になっています。子のために親が身を売るケースもありますけどね』

「……人族の貧困はそこまで酷いのか」

『魔族は元魔王さんが頑張ってくれたから餓死者が出なくなりましたけど、昔の魔族だって餓死する者は多かったんですよ。とはいえ、魔族は子を売るようなことは無かったわけですけど』

「子供は大事に育てるのが普通だからな」

『かわりに親が餓死してましたけどね、魔族。――自らの力を上昇させることにばっかり目がいっていて備蓄しないのが多かったせいで』


 脳筋族……!


『だからこそ、農業を推進させた元魔王さんは偉大なんですよ。当時は畑を耕すなんて白い目で見られたり知らん顔をされたりしたでしょうに。飢えないように事前に整えておくことの重要性を元魔王さんはよく知っていたのでしょうね』

「サリが頑張ってくれていたから、今の俺の代ではずいぶんと食生活が豊かになっているんだろうな」

『十二大家はもともと軍を維持するために備蓄する傾向がありましたけど、色んな食べ物を得られるようになったのは元魔王さんの功績ですね。腕自慢の連中を組織して大森林の植物型変異種を討伐して食糧にしたりもしていましたし、そこで種を採取して畑で作ったりと色々頑張ってくれてますから』

「……本当にサリには足を向けて寝れないな」

『その元魔王さん、昨日は寝っぱなしだったみたいですけど、坊ちゃん決闘でちょっと全力出しすぎたんじゃないですか?』

「サリが爆睡してたのはそれまでの不眠と俺の『睡眠の朋』おうしちゃんが仕事しちゃったせいだぞ」

『なんで「おうしちゃん」が元魔王さんの所に行ってるんですか……』

「うっかり出したらオズワルドがサリの背中に設置したんだ……」

『それ、坊ちゃんが元凶じゃないですか。とはいえ、元魔王さん不眠症だったんですか……安眠効果のある「おうしちゃん」が手元に戻って来なくなる未来が見えますね』

「大丈夫だ。サリ用の安眠枕は今制作中だ」


 立て籠もり中の今、チクチク縫ってるのがそれだ!


『またうしさんマクラですか?』

「いや、普通の枕だ。……流石にサリの寝室に「おうしちゃん」はどうかと思ってな……」

『ああ、愉快な絵面になりますもんね』


 俺の寝室にあるのは愉快な絵面じゃないの?


「そういえば、寝ていた俺のすぐ近くに羊型のクッションがあったんだが」

『「おうしちゃん」が見当たらなかったので私が設置してみました』


 犯人、お前か!

 俺が羊苦手なの知ってるだろ!?


『そろそろ苦手な動物も克服しましょうよ。天魔羊もこれから頭数増やさないといけないんですから』

「むぅ……分かってはいるが、そう簡単に苦手意識は消えないだろ。お前にだってあるんじゃないか?」

『そうですねぇ……どうせ死ぬのになんで必死に生きてるんでしょう、って考えると生き物全般が苦手ですね』


 なんかすごい暗黒面を吐露された……!!


「お、お前、それは、それは、生きているんだから一生懸命生きるもんだろう……?」

『それが私にはよく分からないんですよ。どんなに頑張ったところで死を回避できるわけじゃ無いでしょう? いずれ失ってしまうと分かっているのに、どうして……』


 ふと声が感情を失った気配がした。

 近くにいないのに思わず手が伸びる。


「その『何故』に答えは無いぞ、ポム。生きているから、生きるんだ。生き続けたいから、生きるんだ。死が恐ろしいのは、生きている『今』、失いたくないと思うものがあるからだろう? 生まれて、出会って、生きることでその状態を維持し続けることに幸せを感じるから生き続けるんだ。大切なものがあるからこそがんばって長生きしたいと思うんだよ」

『…………』


 距離がありすぎて届かない手が床に落ちる。


「だって、そうだろう? 生きている『今』が辛いなら、生き続けたいと思うことはない。今が幸せだから――あるいは、未来に希望をもっているから、生き続けようと足掻くんだ」


 例えばかつて絶望の末に世界を呪った俺が自分の生を放棄したように。

 例えば生まれなおした今、希望を胸に生きる為に足掻こうとしているように。

 思い一つで生も死も意味を変えるのだ。

 終わりが幸せなのか、続くことが幸せなのか。

 それは生きている者全てが各々で選び取る未来の形だろう。


『……では、必ず独り残される場合は?』


 ん?


『失いたくないと思うものが、必ず自分の前から消えてしまうと分かっている状態で、限られた生命を生きているもの達を眺め続けるのは幸せですか?』


 それは――


『その生を永遠に延ばすことも出来ず、ただ眺めている間にも時間が刻一刻と無くなっていくのを感じ続けるのは幸せですか? 生きているのだから、命ある者は必ず死ぬでしょう? その死が近づいてくるのをどうして見て見ないふり出来るんですか? どんなに肉体の寿命を延ばしても――』


 それは、ポムという存在の――


『絶対に死はやってくる。それを知っているのに、どうして一生懸命生きようと出来るんですか?』


 魂の根底にある絶望(思い)だ。

 普通の魔族とは隔絶した力を持つ、魔王になった俺にすら底が見えない男が抱えている闇だ。

 ポムの声には感情が無い。

 いつもの飄々とした感じが無い。

 たぶん、これが、ポムの本来の声だ。

 壮絶なまでに美しい声音の――空虚で悲しい声だ。


「……なぁ、ポム。お前、以前俺に言ったよな? 『一生懸命生きようとしているあなたが好きですよ』って」


 俺の背をとんとん叩いて、そう言ってくれた時のことを俺は鮮明に覚えている。

 ――嬉しかったから。


「『一生懸命だからこそ、苦しむこともあるでしょうし、悲しむこともあるでしょうし、投げ出したくなることもあるでしょう』って」

『……よく覚えてますね』

「覚えているとも。忘れるはずが無いだろう。どれだけ――どれだけ、あの時の言葉に助けられたと思っているんだ」

『…………』


 俺の影の上に落ちた手を見る。

 本体である赤ん坊の俺の手は小さい。伸ばした所で届くはずが無い。

 けれど、触れている影の向こう側に温もりを感じた。


「『焦らずに生きなさい』って言ってくれただろう? そのお前が、なんで焦ってるんだ?」

『……「焦る」?』


 この温もりを俺は知っている。

 気配も匂いも無いけれど、そこにあるものを知っている。


「焦ってるんだろう? 死んでほしくない誰かがいて、どうしてもその人は自分より早く死んじゃうから、いなくならないでほしいって思って焦ってるんだろう?」

『…………』


 影の向こう側にある者を知っている。


「ポム。時は必ず進む。絶対に止まったりしない。それはどうしようもないことだ。だけど、だからといって生きることを止めるわけにはいかないだろう? 生きることをやめることは、全てを失うことと同じだ。それを恐れているのに止めることは出来ないだろう? お前が大切に思う者だってそうだ。生まれて、生きて、生きているからこそ共に在れるから、生き続けたい、生き続けて欲しいと思うんだろう?」

『…………』


 影に掌をあてて、俺は言葉に思いを乗せた。


「お前が生き続けて欲しいと思う相手も、お前に生き続けて欲しいと思っているだろう。――なぁ、ポム。いつだって、生きている世界は残酷だ。安らぎなんて束の間でしかない。生きる時間の長さはそれぞれで違っていて、いつだって残される側に悲しみを刻んでいく」

『…………』

「けれど、だからって出会わなければ良かったとは思わないだろう? 大切だと、失いたくないと、そう思えるものに出会えたことは奇跡なんだ。生きているだけなら、何も思わなくても肉体の欲求のままに生き続けるだけでいいだろう。だけど、生きたいと思うことや、生きてほしいと思うことは、奇跡的な確率で得ることが出来たものなんだ。かけがえのないものなんだ」

『…………』

「焦って見失ってはいけないものなんだ。――なぁ、ポム。例えば俺達魔族と人間は、寿命の長さが大きく違う。ジルベルトやロベルト、リベリオ達だって俺よりずっと早く死んでしまう。俺達は置いていかれてしまう」

『…………』

「どれだけ長生きしてくれと願ってもこればかりはどうしようもない。それでも、俺はジルベルト達と出会わなければ良かったとは思わない。出会えてよかったと思う。いつか必ず失うと分かっていても――」

『…………』

「愛しているんだ。懸命に生きるあの人達を。どれだけ生きる長さが違っていても、俺達は思い一つで生き続けることが出来る。共に手を携えて。一緒に」


 ふと掌が影に沈んだ。

 一回り以上大きな温もりに、俺の小さな手が包まれる。


「近づく死に焦らなくていい。ただ、出来る限り共に在ればいい。生きるっていうのは、そういうことだろう?」

『…………』


 ふと、ため息のような嘆息が聞こえた気がした。

 空虚な何かが和らぐ。

 影に沈んだ掌はいつの間にか元の位置に戻っていた。


『……希望論ですね』

「生きるってことは、希望をもつってことだろ」

『……あなたには負けますね』


 声に苦笑が混じって、いつもの気配が戻って来る。


「いつもは俺が負けてるんだから、たまには勝ってもいいだろう?」

『いつだって私が負けている気がしますよ? あなたはいつだって、私の予想を超えてきますから』


 そんなに予想外のことばかりしたつもりは無いんだがな……


『……何故「私」があなたに力を貸したのか、ずっと不思議でしたが――なんとなく、どうしてなのか分かった気がします』

「?」

『いつか――』

「? いつか?」

『いつか、あなたがどうしようもないほど絶望した時、一度だけ「私」を呼んでください。どこに在っても……どこにもいなくとも(・・・・・・・・・)……その一度だけは必ず力を貸しましょう』

「いつも力を貸してもらってると思うんだが?」

『「特別な一度きりのお願い」ですよ。所謂、一生のお願いというやつですね』

「総レース服」

『それはちょっと対応外ですね~』


 どうしようもないほど絶望した時って今さっき言ったよな!?


『その程度の絶望なんてこれから先頻繁にありますよ』

「嫌な予言やめてくれ!」

『すみません。私、真実しか言葉にできないもので……』


 絶望が深まった……!!


『あなたがかけてくださった言葉の分、私もあなたの未来に希望があるよう種を蒔いておきましょう。今でない時、此処でない場所で、いつかきっとあなたが必要とするだろうものを』

「絶望的な未来が待ってるみたいな予言やめてほしいんだがな……」

『仕方ありません。だって、坊ちゃんはこの世界が残酷だってもう知っているでしょう?』


 ……知っているな。


『だから、その時のために種を蒔いておきますよ。例えその時私が傍にいなくても、必ずあなたの力になれるように。――だから坊ちゃん。あなたはあなたの思うままにいきなさい。どんな未来を選ぼうと、あなたの未来(さき)に、必ず希望はありますから』










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[一言] 涙出た。 レディオンとポムの絆に泣かされた〜。 レディオンは総レースに泣かされるのかもだけどw やっぱりこの2人の会話大好き!
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