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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
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59 何の為の争いか 後編



 神官長の部屋は、思った以上に質素だった。

 落ち着いた色の大きな絨毯に、同じ色合いのカウチとテーブル。壁にあるのは宗教画で、その額縁だけは金だ。

 だが、それ以外に金目のものが存在しない。枝つき燭台はどう見ても真鍮だし、大きな暖炉の上にあるのは額に入った小さな人物画だ。他に調度品は、といえば、微妙に意識から外れる位置に大きくてのっぽな古時計が一つ。木製だ。十二時の文字が猫とか可愛いな。

 部屋の大きさは、人間の屋敷からすればそこそこといったところだろう。奥へと続く扉は二つ。

 部屋の中に人の姿は無いが、扉向こうの部屋には気配があった。一人だ。


「……何者だ」


 その部屋から声が聞こえて、俺達は思わず顔を見合わせた。

 俺の隠密魔法をかいくぐって察知したのであれば、声の主は相当な実力者だ。自己の能力でなく、部屋に侵入者察知の仕掛けがあるのであれば、人間の施したものにしては優れた付与魔法と言える。

 どちらにせよ、無言で侵入してきた者に対し、平然と声をかけれるのだからなかなかの胆力だ。

 リベリオが意を決した顔で視線で扉向こうの部屋を示し、俺の頷きを待ってから声を発した。


「神官長様。リベリオです」


 次の瞬間、リベリオにかかっていた隠密系魔法が全て解ける。声をあげる、という行為が解除のトリガーになるからだ。

 この段階で、もし外の護衛を呼ばれれば俺達の立場は悪くなるだろう。神官長が敵にならないことを祈るばかりだが……


「来たか。馬鹿たれが」


 うん?


「この事態になって、ようやくか。貴様の肝が据わっ取らんせいで、どれだけの回り道をしたと思っておる。おかげで下が騒がしくてかなわん」

「え? ……え?」

「なんじゃ。この期に及んでまだ(・・)か……!」


 突然の叱責に、リベリオが困惑している。思わずこちらを振り返られたが、俺もどう答えていいのか分からない。


<ああ……そういうことですか>

<? ポム?>

<坊ちゃん、すぐに分かりますよ。後継者争い(・・・・・)は、最初から答え(・・)が決まっていたようです>


 ふむ。


「――となれば、別件か。どうせ件の商会の関連だろう。こンの悪童めが。だいたい、聖女候補とよろしくやっているかと思ったら、今度は大商会の長だと? 節操のないところは王そっくりだわい!」


 おお?


「ちょ……神官長様!? 人聞きの悪いことは言わないでいただきたい!」

「なぁにが人聞きが悪いだ、この悪たれが! 幼少の頃より貴様がどれだけ儂や先代様に迷惑をかけてきたと思っとる。まったく。女官達の湯あみを覗ける絶好のポイントで、何度鉢合わせたことか! 次の湯浴みは明日だ馬鹿者! 一日早い!」

「神官長ッ!?」


 ……リベリオよ……


「ち、違いますから! 私は覗きに行っていたのではなくて……!」


 真っ赤になって慌てているが、心配せずとも誤解などしないとも。確信しているとも。あれだけ抜け道に慣れていれば納得だとも。

 まったく! リベリオは仕方がないな!

 男の子だもんな!

 後学の為に覗きポイントは後で案内してもらおうではないか。社会見学は明日だとも。


<……つーか、神官長、覗きポイントに行ってる時点で同類だよな……>

<殿方として非常に正常な行動ですわね>


 やだ……俺の中で神官長が敵からマブダチにカテゴリチェンジしそう。

 そしてげんなり顔のロベルトと理解顔のシンクレアの対比が素晴らしい。……そこ、普通、逆じゃないの?


<流石、ロベルトさんですねぇ。神官長が普通じゃない>

<それホントに俺のせいかよ!?>


 勇者補正はこれだからいかんな!


「それで、お前は『何』を連れて来たのだ?」

「何、と言うのはおやめいただきたい! 私の命の恩人です」


 その一言で察したのか、部屋向こうの気配が固くなったのが分かった。

 どうやら複数が部屋に侵入したことは分かっても、相手までは感知出来ていなかったようだ。


「お会いしていただけますか?」

「…………」


 神官長は答えない。

 この反応を見るに、俺達が魔族だという噂も知っているのだろう。警戒するのは当然だ。

 チラッとロベルトが俺を見る。


<あー……レディオン。ここは軽く自己紹介でもしておくか?>

<……そうだな。知らない相手だと余計に警戒するだろう>


 俺は一歩踏み出した。

 ここは一発、敵の警戒を解くような――いやまて、警戒を解く自己紹介ってどんなの?


<ロベルト……敵を蹂躙しない自己紹介って、どんなのだ?>

<むしろ敵を蹂躙する自己紹介が分からんわ!>


 仕方ないだろ!? 敵に対しては常に宣戦布告(大魔法)殲滅(自己紹介)だったんだから!

 考えろ、俺! 前世は駄目だが、今生なら友好を結んだ相手がいるぞ! そう、ジルベルト達と会った時みたいにすればいいはずだ! でもあれは相手が仮想敵でない時だったからな……となれば、あれか。見合いみたいなものか。よし。大丈夫だ! 妻用に密かに練習していたのがある! 好きな食べ物と趣味は必須だな!

 食べ物はなんでも好きだぞ! あと御菓子は別腹です! 好きな女の子は俺の妻で、妻はこの先の未来で生まれる予定だ! そして趣味は御菓子作りと裁縫と魔道具作成と畑仕事と……


<坊ちゃん。違う意味で手遅れな(・・・・)誤解を与えますから色々控えてください>


 何故。


「……仕方あるまい。こっちに連れて来るがいい」


 ポムと脳内会議していると、扉向こうから嘆息混じりの声が聞こえてきた。

 俺達は顔を見合わせつつ移動する。先頭はもちろん、リベリオだ。


「失礼いたします。……――!?」


 重厚な造りの扉を開け、中に入ったリベリオの背中が硬直した。

 うん?


「なんで縛られてるんですか!?」


 なんだって!?

 思わず部屋へ飛び込んだ。

 カルロッタ王国第一神殿神官長は、確かに縛られていた。

 しかも天井から釣り下げられている。

 ――ドヤ顔で。


「よく来たな、馬鹿王子よ」


 ロベルトぉおおおおお!!





 小柄な体。茶褐色の頭。ムッシュな口ひげ。ぐるぐる巻きの荒縄。

 色々と相まってどう見ても巨大ミノムシ。

 この国の聖職者、どうなってるの!?


「ロベルト! どうしてくれる!? どうしてくれるんだ!? お前が変なこと言ったから、見ろ! 神官長が束縛プレイでキリッ顔してる変態じゃないか!!」

「俺のせいじゃねぇだろコレ!?」

「突然押しかけて来て失礼だな」


 思わずロベルトをガックンガックン揺さぶる俺に、ミノムシ長が冷たい眼差し。

 その恰好でどう礼儀を尽くせと!?


「これが国で一番エライ聖職者……!!」

「言うな! 俺が哀しくなるから言うな!」

「だがな、ロベルトよ!」

「一応、俺の第三の母国なんだから言うな!」

「第一と第二の母国どこだよ!?」

「まぁまぁ、お二人ともそのへんで……というか、衝動で魔法解いちゃってるじゃないですか」


 ポムに頭撫でられてロベルトを放す。気づけば隠密のままなのがシンクレアしかいない罠。そしてあまりの事態に、俺の反聖職者衝動が欠片も発生しない。


「賑やかな連れだな。王子よ」

「……その恰好で出迎えられたら、普通は動揺しますけどね!」


 涙目で見やる俺の前、リベリオが必死に縄を解こうと奮闘していた。……やだ。反動でぷらんぷらんしてる。そして結び方が男結びだ。……解く気が感じられない結び方だな。

 ポムさん、ちょっと千切ってあげなさい!


「はいはい。ついでに神官長さん、ボコられたっぽい負傷してるので治しておきますね」

「ボコ……?」


 ――ハッ! もしかして、クーデターの前に神官長を邪魔に思った一派が束縛しておいたのか!?


「そのわりには王子さんがげんなり顔で切羽詰まって無いんですよねぇ……」


 ああ、うん。ナチュラルにココロ読まれたけど、俺もそれが疑問でな?

 そしてポムが神官長に近寄る。……あれ? なんで全然反応されないのだろうか。


「……して、王子よ。儂に何用だ」


 ぷらんぷらん。


「ちょっと、神官長様に、お願いが……ちょ、動かないでくれますか!? 結び目が固すぎて解きにくい……!」


 ぷらんぷらん。


「のんびりしておってよいのか。外が賑やかになってそれなりに時が経っている気がするが?」


 ぷらんぷらん。


「そう思うなら、何故こんな時にこんな格好になっているんですか!」

「フン。文句は貴様の女である聖女候補に言うがよいわ」

「やっぱり犯人、リゼですか……!!」


 神官長はぷらんぷらんしながらリベリオを眺めている。……なんでそんな恰好で平気なの……?

 しかも犯人はリベリオの彼女らしい。ずいぶんアグレッシブな彼女だな。


「――そちらと話をしたほうが早いようだな。随分と無作法な客だが……要件を聞こうか」


 解こうとするリベリオのせいで、縛られたまま空中で斜めに傾いでいる――そんな恰好で話しかけられる俺は、いったいどういう顔をすればいいのだろうか。

 あと、どう見ても傍に来ているポムに気付いてないっぽいのだが、気のせいか……?


「……こんな状況で失礼する。はじめまして、だな。人の子を教え導く者よ。俺の名はレディオン。すでに色々と聞き及んでいるだろうが、こちらに人の子を害する意思は無い、と伝えておこう」


 ほんとにこんな状況だけど挨拶は大事だろう。きちんとフードも取り払ったぞ。

 神官長はポカンとした顔をしていた。


「こいつぁたまげた」


 それ以上は言うな。


「……なんとまぁ……これほどの顔は、見たことがないわ」


 やめろ。空中斜め停止な姿で俺の心を的確に抉ってくれるな。

 そして頼むから縄解きに参加してるポムに気づいてやってくれ。


「神官長よ。……面白い姿だが、そちらは現状を把握しているだろうか?」

「聖女候補に最近の彼氏とのやりとりをしつこく聞いてボコられた上に捕縛されて釣られた現状か? それとも、とある大商会が魔族なせいで政敵を蹴落とさんと馬鹿どもが馬鹿騒ぎしている現状か?」


 やだ。最初の『現状』のほうが気になる。


「ああ……馬鹿騒ぎの方だ。このままでは国を疲弊させることになる。リオをここに連れて来たのも、それを防ぐためだ」

「……魔族が国の心配をするか」

「無辜の民を守るのに、種族など関係なかろう。国が疲弊すれば争いが起こる。真っ先に犠牲になるのは力の無い民だ」


 神官長はしげしげと俺を見て、口髭を持ち上げた。


「それが嫌だと申すか」

「好む方が稀だろう。そもそも、これは何の為の争いだ? 第三王子は己が権力を得んが為の行動だろう。では、神殿の一部が動いているのは何故だ? それを抑える為に別の神殿の一部が動いている理由は? はっきり言って、俺にはお前達の争いあっている理由が分からない」

「……本当に分からんか?」


 薄く笑って神官長が顎をしゃくった。

 ブチブチィッと縄を千切ったポムがその体を床に設置する。


「この王子の近くにいたということは、いくらか情報は得ていよう。王位継承者による争い――馬鹿馬鹿しい限りだが、色々と聞いていよう? 愚かな三番目の王子と第二神殿の大神官は懇意にしている。この国には第一から第三までの神殿があるが、それぞれが祀っている神は違う。神殿とて一枚岩ではないのだから、それなりに意思や主義主張の違いはあろう。神の威を借る分、権力争いは悍ましく醜いものになろうな。それぐらい、音に聞こえたる大商会の主であれば分かりそうなものだが?」

「そんなことは百も承知だ」


 嘯く神官長に、俺は顔を顰めた。


「俺が分からないと言っているのは、この国を窮地に立たせてまで『誰が』『何を』したいのか、だ。権力を望むだけならばそちらの言で納得しよう。だが、あまりにも度が過ぎている(・・・・・・・)。本当に目的は、第三王子を旗頭として立て、この国の中枢に深く食い込み、国内での教会の力を増させるためか? 言ってはなんだが、こんな辺境の(・・・・・・)小国で(・・・)?」

「…………」

「国を一つ教会の傀儡に仕立てるにしても、この国は聖王国から離れすぎている。二百年も前からこの国の大神官の位を欲しいままにしている愚物がいるらしいな? 王都の地下に水路の建前で道を作り、携わった者を皆殺しにまでして。それもこれも全てこの国を手に入れる為か? 何の為に(・・・・)?」

「…………」

「……レディオン?」


 黙ったままの神官長の横で、リベリオが戸惑ったように俺を見る。

 リベリオはこれを王位継承争いと見ている。リベリオの立場からすれば当然だろう。実際に動いているのが自分の弟で、動きにも齟齬が無いからそう見えるのは仕方がない。実際、それは間違いではないだろう。

 だからこそ(・・・・・)気づかない(・・・・・)


「リオ。視野を広げて見てみるがいい。今という時を生み出すには、様々な要因が必要となる。それは全て過去からくるもの(・・・・・・・・)だ」


 この大陸に降り立って以降、俺は情報を収集し続けた。

 アヴァンツァーレ家のこと。

 タッデオ地方のこと。

 魔物のこと。

 隣国のこと。

 リベリオと会い、商人達と会い、王都に向かい、さらに情報の種類は広がった。

 王家と貴族のこと。

 王家と商人のこと。

 王都に住む人々のこと。

 地位も名誉も奪われ、隠れ住む人々のこと。

 王都の過去と神殿の過去。

 全てが点だ。

 だが、それらは最後に集まり、一つの線を生み出す。


「俺は国の成り立ちや国と教会の内情にまでは理解が及んでいない。だから俺が知る起点は二百年ほど前だ」

「それって、あの謀殺された地下水路設計者達の話か?」

「そうだ」


 ロベルトも気になってたみたいだな。


「王家が地下に隠し通路を作るのは分かる。教会の上の連中が逃げる為の通路をこっそり用意するのもな。だが、わざわざ水路の形にして大規模に整えたのは何故だ? 王家ならまだしも、教会がそれに関与し、秘密を知る者を全て亡き者にしようとしたのは? しかもその後に大神官の地位が私物化されたりと、ずいぶんな横暴を許しているな? 細かな理由は王国内部にも色々とあろうが、俺がひっかかるのは『二百年』という時の長さだ」


 うちの建築エキスパートですら、水路図を見て『水路という体裁をとった迷路』と断言した。通路でも抜け道でもなくまず口に出たのが『迷路』だ。リベリオが案内してくれた初代国王の秘密の通路の如く。


「リオよ。お前の知りうる知識を持ち出して考えてくれ。本当に、お前の弟と組んで騒動を起こしているのは、大神官とやらで、その私利私欲の為か? 二百年以上もかけての壮大な?」

「それは……」

「ありえんだろう。いくらなんでも。我々ならともかく、人の子の時はあまりにも短い。代を経れば目的など揺らぐのが常だ。例えどれほど家訓や手下で『実行者』を見張っていても、必ず一人や二人、反抗の意思をもつ者が出るはずだ。それが無く、今も昔もこの国を手に入れようと無心に動いているのだとすれば、それは『大神官』などという一人の人間の思惑では無い。血筋でもない。国家規模の(・・・・・)大きな意思(・・・・・)だ」


 俺の声に、リベリオが真っ青になった。

 リベリオも気づいたのだろう。自分達の争いがそれだけの範囲に収まらないものであることに。

 即座に動いた視線の先を俺も見やる。


「違うか? 聖王国縁の第一神殿の神官長よ」


 神官長は無言で俺を見返し、ややあって唇の端をひん曲げた。


「フン……そこまで考えて、よくもまぁ儂の所に来たな?」

「リオが『信じるに足る』と信じた。前神官長とやらの尊い教えを受け継いでいるのが、他の誰でもない貴殿だと考えてな」

「…………」

「神ではなく、教会という存在でもなく、ただ貴殿と前神官長を信じたのだ。その信心に、神官長はどう応える?」

「……ふん」


 神官長は鼻を鳴らし、ややあって、もう一度フンと鼻を鳴らした。


「なかなかどうして……リベリオよ、面白い客人(・・)を連れて来たものだな」

「……神官長様……」

「儂を信じるかどうかはともかく、あの方(・・・)の存り方と、その教えを頼って来られては下手なことは出来んな」

「神官長様、それでは……!」

「まぁ、待て。お前はせっかちでいかん。……ふむ。今日は随分と風が騒がしかったが、外の騒ぎも落ち着いてきておるな」


 神官長は軽く虚空を見上げ、すぐに視線を俺に戻した。


異国の王(・・・・)よ、儂に何かの助力を期待しに来たのであろうが、ならば先にそちらに問うとしよう。貸す貸さない以前に、儂は貴殿を知らなすぎるからな。その後で、そちらが気にしておった『神殿が何の為に争っているのか』を答えよう。儂で分かる範囲の答えでしかないがな」

「十分だ」


 俺の頷きを確認してから、神官長は太い声で問うた。


「そちらにとって、此度のことは異なる大陸の、異なる種族の、関わりなき争いでしか無いはずだ。その中で、そちらは何のために戦うつもりだ?」


 誰の為に、では無く。

 ――『何』の為に。

 成程。この神官長は、ずいぶんと厳しい。

 だが、だからこそ、答えは一つだ。


「俺自身の運命の為に」

「……運命(・・)か」


 神官長は小さく呟く。

 一つ、二つ。何かを納得するように頷いて。


「ならば、仕方あるまい。貴殿にはその(・・・・・・)権利がある(・・・・・)

「……神官長様……?」


 まだ顔の青いリベリオが俺と神官長を見比べて声を出す。

 神官長はそんなリベリオに僅かに温かみのある目で見て、すぐに元の眼差しに戻した。


「心配せんでも、儂は連中の企みから外れた者よ。向こうはそれでやっきになって儂も(・・)引きずり下ろしたいようだがな。もっとも、これから語るは教会の恥だ。下手に広まればそれこそ一発で『聖戦』が発動されようほどのな。それを肝に銘じて聞くがいい。……異種族の王よ、二百年、いや、それ以上の年月をかけて連中が何を目的に動いているか、だったな?」

「ああ」

「簡単なことよ。教会の教えにもあるだろう? 全ての悪を滅ぼし、人の楽園を築く。ああ、馬鹿にしているのでも誤魔化しているのでもない。本当に、馬鹿馬鹿しいほど本当に、それが理由よ(・・・・・・)。だがやり方が気に食わん。なぁ、魔族の王(・・・・)よ、本当に気づかんか? この国が教会に食指を伸ばされる理由が。そちらの大陸から、実際にこちらに渡って来ていながら分からんか?」


 神官長の目に、奇妙な光が揺れた。

 怒りとも、苛立ちとも、悔しさとも、悲しさともつかない感情の光だ。


「最果ての地。海を隔てた向こう側に、神敵の大陸がある。大きな港を持ち、大規模な行軍があっても、戦地と化しても、失うものの少ない地方がある。分からんか? いや、もう分かっておるな?」


 神官長の声に、俺は拳を握りしめた。

 分かった。

 分かりすぎるほどに、分かった。

 だからこそ、後ろのシンクレアから恐ろしい殺気が満ち、ポムの気配が奇妙に揺らぐ。


「大神官の後ろにいるのは聖王国だ。目的はただ一つ。この国の中枢を支配し、神敵のいる土地――魔大陸へ侵略戦争を仕掛ける為の、足掛かりとすることだ」

「馬鹿な……! そんなことのために、この国に手を出して来たと……!? 聖王国は我々を何だと思っている!?」


 たまらずリベリオが叫んだ。

 衝撃は、飲み(・・)込まれようとしている(・・・・・・・・・・)王子(リベリオ)のほうが激しかったろう。

 俺が衝撃を受け止めれたのは、たんに元から理解していたからだ。少なくとも、十年より先の未来で必ず侵略戦争が行われると。


「聖王国にとっては、カルロッタなどただの『信徒もいて神殿も建ってる小国』でしかあるまいよ。なんの躊躇もあるまい」

「他人の国を! 併呑――いや、植民地化しようとすることに!? それが聖職者のやることですか!?」

「やることなのだろうのぅ。実際にやっておる内容を見ればよく分かろう。大儀の前には小など軽く切り捨てる。連中はそういう輩だ」

「しかし……!」

「だからこそ、抗っておるのだ。うちの連中も」


 言われて、リベリオは一瞬息を止めた。狼狽え、激昂していた自分を恥じるように俯く。

 リベリオは若い。自分と、自分の大事にしてきたもの達が、聖王国という大きなものに蹂躙されそうなことに気づいて、取り乱してしまったとしても仕方がないだろう。


「神官長よ」

「……なんだね?」

「そこのリオは、この国を守る為に戦おうと決意している。俺は、俺の未来と運命を守る為に、リオに力を貸して世界の流れに抗うつもりだ。――神官長は、そしてこの神殿と、第三神殿の一部の者達は、何のために争っている?」


 事を起こした第二神殿と、第三神殿の一部。

 第三神殿では、それを阻む為の戦いが勃発したと聞く。

 そしてこの第一神殿も、動かない、という選択で抗っている。

 俺の眼差しに、神官長はニヤリと笑った。


「冷静だな。賢明だ。儂等もまた、抗っているとも。儂はあのお方より、この国を頼むと言われた。国民のことだけを考えるなら、貧しい小国のままよりも、聖王国の手が入るほうが良いことなのかもしれん。どちらが正解なのかは分からん。――国は王のものではなく、民のものだからだ」


 リベリオがなにかを言いかけ、口を噤み、押し黙った。

 リベリオも常に民のことを考えている。だからこそ、違う、とは言えなかったのだろう。


「だがな、あの方は決して、聖王国の侵略戦争の足掛かりとなるような国を、儂によろしくと頼んだわけではなかろう。魔族だからと、他国に(・・・)侵略をしに行くのを良しとも思ったりはせんだろう」

「…………」

「故に、ロモロが来た折に第一神殿の全ての神官に通達してあった。何があっても決して動くな、と」

「……ロモロが……ロモロは、何故、神官長様の所に?」

「神器と聖遺物を取りに来ておってな」

「何故、渡したのです!? 何に使うか、分からなかったわけでは無いでしょう!?」

「アレはもともと神騎士達(・・・・)のものだ。儂に拒否権はもともと無い。無断で持って行けるようになっておるのに、一応、声をかけに来ただけのことだ。アレも律儀な男だからな。……もっとも、その後で聖女候補に気づかれて問い質しに来られた挙句、さっきまであの有様になってしまったが」


 リベリオが途端に微妙な顔になった。


「その様子では、ロモロは神器を持っておぬしらの前に立ったようだな」

「【光は我と共に在りルミエール・エア・ゼクモァ】を使われましたよ」

「……成程。アレは、この国に見切りをつけたか。随分と悩んでおったようだが、心身に刻まれた呪いには勝てなかったようだな」


 ふと、ロモロの声を思い出した。


 ――この国を続けさせる為には第一王子が必要だったザマス。抵抗には第二王子が必要だったザマス。

 ――この国は破棄されるザマス。奇跡が魔族の手によるものならば、なおのこと滅亡は免れないざます。


 ロモロは知っていたのだ。

 この国がやがて聖王国の手に落ちるだろうことも。

 それに抗おうとしていたのだろうか。

 ――諦めたのは、その抗いに魔族が(・・・)手を貸したからか。


「儂は動く気はあまり無い。動かねばならん者が動こうとしないのに、儂が動いても意味が無いからな」

「! 神官長様!」

「王子には後で話がある。だが……先にそちらに伝えておかねばなるまい。確定ではなく、儂の経験と勘による予想だが、よいかな?」

「……神殿の動きを教えてもらえるのなら、ありがたく聞こう」

「そうか。では――ロルカンに戻り、あの地を守れ」

「?」


 俺達は思わず顔を見合わせた。

 ロルカンを襲った災厄は、この前打ち払ったはずだ。

 アヴァンツァーレを蝕んでいた借金も消え、フランツ・アゴスティの証言で負の連鎖も切ることが出来るだろうところまできている。

 王家には資料を提出し、フランツの身柄も流石にそろそろ王都に入っていると思うのだが……


「過去では無い。今だ(・・)。もともと、この国と、あの街は聖王都に狙われているんだぞ? 『災い』が退けられたとして、諦めると思うか? なにより、あの街はそちらと随分と関わりが深い」


 声に、またロモロの声を思い出した。

 ――奇跡が魔族の手によるものならば、なおのこと(・・・・・)……


「ロモロが言ってたのは、こういうことかよ!?」


 気づいたロベルトが叫ぶ。

 つまり、


「ロルカンは攻撃されるだろう。局地的な『聖戦』だ」

「ポム!」


 俺は咄嗟にポムを呼んだ。

 ポムは無限袋から何かを取り出す。

 水晶の板のようなもの――転写水晶板(モニター)だ。次いで耳の『無距離黒真珠オクン・ジスタンス・ペルノラ』に触れ、起動させる。


「ロルカン側! 連絡を!」


 俺も慌てて同じく起動させた。

 大勢の声が聞こえる。唸りのような、叫びのような。


「遠隔の光景を転写します。これ、壊れてしまいますけど、構いませんね!?」

「構わん!」


 俺の了を得てポムが転写水晶板(モニター)に魔力を通した。一瞬で黒色化した板が、次の瞬間には別の光景を映し出す。

 俺達は飛びつくようにしてその光景に見入った。

 誰かが息を呑む音がする。

 そこにあったのは、無残に焼けこげ、吹き飛び、砕け散った田畑と、水路。

 俺達が耕したあの広大な田園の成れの果てだった。





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