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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
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58 何の為の争いか 前編

皆様も、風邪にはどうか、お気をつけて……






 隠し通路の最終地点は、古井戸の底だった。

 呆れるほど空が遠い。

 人間がこれを這い上がるとなったら大変だろうが、ゴツゴツとした石の組み合わせの為、手足をかける場所には事欠かない。かなり古い時代のものなのは、苔のみならずシダや雑草が生えていることからもよく分かる。隠し通路なのだから当然だろう。

 ……それにしては、誰か行き来してるのか一列だけ他より綺麗な場所があるのだが……

 見上げていると、隣に立ったロベルト呆れたようなため息をついた。


<これを登れ、っつーわけか>

<飛んだほうが早いが……やはり、かなり広域に探知の魔法がかけられているな>

<用意周到なこって。んじゃ、登りますかね?>

<あ、二人とも、一応、人の気配には気を付けて。建物同士の狭間にある古井戸だから、そうそう見つからないとは思うけど>

<了解>


 リベリオの<声>に、ロベルトは軽く屈伸をする。

 俺達が通って来たのは、王宮と神殿を繋ぐ地下通路だ。

 王家秘蔵の隠し通路だけあって、入口は『暖炉の中、右壁のレンガを決まった手順で押す』という手順が必要だった。通路は恐ろしく深く、長かったが、精巧な魔術回路に加え、古い魔法で補強されているらしくかなり頑強な作りになっている。作った当時は良い魔法使いがいたのだろう。城と魔術回路が同じだったから、おそらく同じ術者だな。

 俺は通り抜けて来た通路を振り返る。

 思い出すのはつい十数分前の記憶だ。

 井戸の上からは死角で見えないだろうその通路は、今もぽっかりと黒い闇を横たわらせていた。





 第一神殿に向かおう、と言って案内されたのは、何の変哲もない城の小部屋だった。


「え。ここが!?」


 隠し通路のある場所!? という言葉を言外に匂わせたロベルトに、リベリオは頷く。

 ロベルトがビックリするのも当然な、むき出しの石壁と石畳のごく普通の部屋だった。しかも誰でも通れる廊下から入る、小さな書庫のような部屋である。大きなめの暖炉とソファセットだけはあるが、王族が利用する部屋にしては質素すぎるだろう。王城でなく戦線にある砦の一室だとすれば納得なのだが。

 ただ、一つだけ納得出来る内容があるとすれば――


「……俺が今まで案内してもらったどの部屋よりも古い造りだな」


 その年数を経た気配だろうか。かつて通された部屋、正妃のいた後宮、それらよりもこの部屋はずっと古い。そう、それこそ王国の黎明期に建てられたと分かるほどに。


「そう。初代国王の時代のもので、最も古い隠し通路の一つなんだ。初代からの遺産の一つでね」


 隠し通路があるという暖炉の中、右のレンガを押しながらリベリオはそんな風に語った。


「廊下側は増築時に他の壁と同じように塗り直した(・・・・・)から、外からだと何の変哲もない部屋に見えるだろう。ここは『何かあった時に即使うための通路』なんだ。あとは、追手がかかった状態で敵を罠にかけながら神殿に向かう為、とかね」


 王を逃がす為だけの安全を重視した通路は、普通に後宮や王の私室にあるらしい。城の中でもより『外』に近い側にある『路』には、様々な罠が仕掛けられているとか。

 ちなみに案内された部屋は俺も知っているものだった。室内には初めて入ったが、扉の取っ手に見覚えがある。

 やぁ、猫さん。久しぶり?


「カルロッタは猫と何か関わりがあったりするのか?」


 俺の声に、リベリオはちょっと意味深に笑った。


「古い逸話があるぐらいかな? 残虐な悪魔に追われた初代国王が、猫に助けられて死地を逃れた、という」


 なるほどな。

 ……しかし、話を聞くに、人間の城って隠し通路が多いな。

 前世を思い出しても、魔族の建物の中の隠し通路なんて、二つか三つあれば多い方だった気がする。俺も今から未来に向けて、隠し通路を量産しておいたほうがいいだろうか? 屋敷を迷宮化するレベルで。

 ――ダンジョンハウス。

 ……うむ。ちょっと本気で考えておこう。やっぱり名前は魔王城かな。


「けどよ、いくらなんでもこんな場所に隠し通路のある部屋が存在する、っつーのは不用心なんじゃねぇかな……。他国の人間がいくらでも通る通路から直だし。こういうのはもっと城の奥の、重要な場所にあるもんだと思ったんだけどな」

「当時の城は今の城よりももっと小さかった。その頃のだと言えば、理解してもらえるかな?」

「あ~……なるほど」


 ロベルトが苦笑する。


「増築前は、ここも執務室とかそういう大事な部屋だったりするんすか?」

「そう」


 ――初代国王の執務室。

 二人の会話を聞きながら、俺は部屋をぐるりと見渡した。どこもかしこも武骨な造りで、華美な所が全くない。間取りは小さく、窓は無く、廊下から直接入れる不用心な部屋、というあたりで王族に相応しくない気がするが――おそらく、それは俺達魔族や、『近代の人族の考え方』なのだろう。寿命が短い人族だと、百年違うだけで建物の作り方がガラッと変わる。昔は実用一点張りだったのかもしれないな。


「暖炉も当時に造られたものだ。隠し通路の仕掛けごとね」

「……俺が知ってる暖炉より周囲の石が分厚いな……レディオンの所にあるやつみたいな感じか?」


 うちの暖炉は鉄より硬い魔岩石製だぞ。

 ちなみに名前はカッコイイが、その真実は亜竜種であるストーンドラゴンのウンチである。……ロベルトは知らずにべたべた触ってたけどな……


「見える箇所の石が大きいのは、錯覚を利用して通路を隠すためだろうね。……ええと、こっちのレンガが先か……。そうそう、通路の中はいくつもの通路に分かれている。迷路のようになっているから、案内通りの道だけを進んでくれ」

「脱出路なのに迷路……」

「追手を撒きつつ全滅させる為に造られた道だからね」


 ここが仕掛けになっている、という右側のレンガを不思議な手順で押し終わった途端、なんと逆側の壁が下に沈んだ。その向こうは真っ黒な闇だ。


「右側のレンガが外れる、とかじゃないのか……」

「何気に凝ったギミックだな」

「押す順番でそれぞれのギミックが作動し、連動することで最終的に入口が現れるんですか……これ、魔族の城やお手製迷宮でも利用できるんじゃないですかね?」

「お手製迷宮ってナニ」


 ポムの楽しそうな声にロベルトが胡乱な声をあげているが、それは今度時間のある時にでも紹介しよう。ロベルトにも是非、シンクレアと竜の巣(お手製迷宮)を作って欲しいしな!


「構造上、この付近は煤けてるから足元に気を付けて。かなり長い階段を下りた先はもう迷路だ。間違った道を通ると罠が発動するから、絶対に私が通っている道だけを通ってくれ」

「待った。先頭を王子さんが行く、ってことですか?」


 ロベルトが微妙な表情になったが、リベリオは肩を竦めてみせた。

 城の通路の時もそうだったが、こういう時のリベリオは思い切りが良い。


「陛下以外には私しか知らない道だからね。案内できるのは私しかいない。……ああ、大丈夫だよ。ここの通路は全て王家の血に反応する。こんな風に」


 リベリオが暗闇の中に手を入れると、その周囲の壁がふわっと明るくなった。


「この中でなら、私はどこに誰がいるのかすぐに分かるんだ。古い古い血の契約らしいよ」

「……まぁ、それなら、不意打ちをくらいにくいから、まだ安心、かな……」


 まだ心配そうなロベルトの声を背に、俺達は中に突入した。

 ちなみに出入り口はリベリオが中に入って二十秒後ぐらいに勝手に閉じた。なかなか凝った仕掛けである。

 その隠し通路に至るまでの間に、俺達は神殿に突入する為の準備を整えている。

 前世の記憶を紐解き、俺が前準備として選んだのは次の魔法だ。

 姿を見えなくする魔法【不可視(アヴィジビリティ)】。

 気配を一切感じさせなくする魔法【気配遮断(ブカード・アリジョン)】。

 動作で生じる物音等がほとんどなくなる魔法【隠密(スィクァイ)】。

 声を出さなくても会話できる魔法【伝言会議(メッセージ・リンク)】。

 あとは各種防御魔法と状態異常抵抗魔法をいくつか。

 ついでに自動反撃(オートカウンター)系も付与しておこうとしたのだが、それは止められた。自動迎撃って素敵じゃない? しかし止められたので、相手をコインハゲにする呪いだけにしておいた。額領域拡張呪詛も付けちゃうぞ! 前世の俺と同じ悲しみを味わうがよい!

 合言葉は『これで聖王国大神殿でも超安心! 究極隠密セット』だ。

 ……まぁ、前世では当時の勇者に待ち伏せされたいわくつきのセットだがな。

 重ね掛け時、現勇者(ロベルト)には呆れ顔をされたが、前世で突入した聖王国大神殿は極悪な罠が待ち受ける凶悪神殿だったのだ。聖王国と関わりがあるのなら、この程度の備えはいるというものだろう。うむ。

 ……ポムよ。俺を見て生暖かく微笑むのはやめたまへ。



 ※ ※



 そんなこんなで通路を進むこと十数分。辿り着いたのがこの古井戸の底というわけである。


<では、行きましょうか>

<ひ!?>


 そのまま普通に登ろうとしていたリベリオを、ポムがひょいと持ち上げて肩に担いだ。俺達だと駆け上がれるが、普通の人間であるリベリオには無理だろうからな。

 リベリオが思わずビクッとしたのは、ロモロとの戦闘を見たせいだろう。何の躊躇もなく人の頭部を潰す姿を見れば、普通は怯えたり恐れたりするものだ。ロベルトですら、無自覚にか少しばかり距離をとっているからな。

 もっとも、ポムは誰にどう思われても気にして無さそうだが……

 えい。


<……坊ちゃん>

<どうした>


 ポムの背によいしょとよじ登った俺に、ポムが神妙そうな<声>を出す。

 おっと、腕の位置が微妙だな。もうちょい首根っこにかきついておくか。それにしてもこいつ、身長高いな。十歳の体だと足がつかない。ぷらーん。……この感覚、面白いな!


<……まぁ、いいですけど>

<そうか>


 ふくふくした顔で便乗した俺の真横では、リベリオが呆気にとられた顔をこちらに向けている。その体勢、腰捻って辛くないの?


<改めて、行きましょうか>

<うむ!>


 頷くと一気に景色が変わった。ほぼ一瞬で枯れ井戸を駆け上がったのだ。リベリオがビックリした顔になっている。俺も地味にビックリだよ。

 ポム。お前、ほんとに能力は高いよな……


<ああ、本当に建物と建物の狭間ですね。……うまい具合に枯れ井戸の付近しかスペースが無い>

<あ……ああ。右の建物が宝物庫で、左の建物が第一神殿だ。ここから少し行った所に隠し出入り口がある>

<王子さん、よく知ってますね?>


 リベリオはちょっと視線を彷徨わせてから、恥ずかしそうに言った。


<まぁ、子供の頃から、ちょっと。……あと、すまない。降ろしてもらってもいいだろうか?>

<はいはい>


 地面に丁寧に降ろされると、リベリオはポムを見上げ、僅かに逡巡しながらも軽く頭を下げた。


<ありがとう>

<どういたしまして>


 むふふ。リベリオも良い子だな。


<そして坊ちゃんはいつまで私の後ろにいるんですかね?>


 おや。微笑ましく見えたらお鉢がこっちに。仕方ない。降りるか。

 運んでくれても、構わないのよ?


<万が一見つかったり看破されたりした時――そうですね、ロモロあたりに見られて、坊ちゃんが恥ずかしい思いをしていいのでしたらそれでもいいですけど?>


 ……ちぇ。

 しぶしぶ降りた俺はリベリオの後ろに並ぶ。隠し通路の時と同様、一列隊列で順番はリベリオ、俺、ポム、ロベルト、シンクレアだ。

 ちなみにリベリオが先頭なのは案内のためで、シンクレアが最後尾なのは彼女がそれを切望したためである。

 ロベルトは『最後尾を守る為か』と綺麗な誤解をしていたが、そうじゃない。ロベルトを見るあの目つきは肉食魔竜だ。

 ロベルト! お前の尻が狙われてるぞ!!

 夢が壊れるといけないから、秘密だがな!

 目の前に聳える大きな建物の隠し出入り口からこっそり侵入。食糧庫らしきそこを色々ちょろまかしながら進み、扉を開けると立派な大理石の通路に出た。ポッケがちょっと膨らんでしまったが、気にしてはいけない。

 しかし、大理石の通路か……城より金かかってないか? この神殿……

 しかも薄暗くて通路が狭いということは、一般公開されてない部類の通路だろう。神官用通路とか従業員通路とかその類の。

 前世でも思ったが、どうして一国の王城と同等、あるいはそれ以上に神殿が豪華なのだろうか? 神殿に金を回すぐらいなら、貧しい者に分け与えればよいものを。


<レディオン? 何か不穏な空気だけど、どうした……?>

<……いや、ちょっと思うことが……>


 嘆息をつき、気を取り直してリベリオを追いかけた瞬間、凄まじい悪寒がした。


「!?」


 うわ! なにか背筋にゾワッときた!!

 なんなの!? 風邪なの!? シバリングなの!?

 ロルカンで蟻と戦ってた時も寒気がしたが、あの時とは違う感じの怖気(おぞけ)だぞ?


<おい、どうしたよレディオン……あと、そっちのポムさんもどうしたよ?>


 ポムの後ろにいるロベルトの<声>に、俺は二の腕を擦りながら振り返った。……やだ。鳥肌たってる。

 そして俺の真後ろにいるポムは、顔を両手で覆ってしまっていた。

 ……なんなの?


<……魔王サマェ……>


 いきなりどうした。


<……サリがどうかしたのか?>

<いえ。なんでもありません>


 言えよ。

 明らかに何かあったろ。

 お前の「なんでもない」ほど信用できない言葉はないよ!


<いやまぁ、ちょーっと想定外の暴走が……>


 やだ。聞きたくない類の単語が出ちゃってる。

 なんなの? 魔王様(おじいちゃん)がハッスルしちゃうの?

 一応は年寄りなんだから、大人しくしようよおじいちゃん!

 ……そして何故お前は遠方の異変を察知出来ちゃうの?


<あれですね。想像以上に坊っちゃんが皆に愛されてるってことですね>


 やだ。照れる。


<……なぁ。お前ら……王子さんが困ってるから身内の会話すんのやめねぇか?>

<ああ! すみません王子さん! あんまり気にしないでくださいね!?>

<え。あ。う、うん>


 リベリオから(絶対詳しくツッコまないぞ)とか(深く考えたりしないぞ)とかいう気合が伝わってきてちょっと辛い。

 ごめんね? 魔王って単語ばっちり聞いちゃったよね?

 ただの魔族ってだけならともかく、魔王とかになると流石にちょっと気構えるよね?

 そして俺は次期魔王です!

 頭撫でてくれてもかまわないのよ!?


<それにしても、人間の神殿はキラキラしていますわね>


 ――やだ。光物に目がない竜女様があちこちキョロキョロしていらっしゃる。駄目だぞ。その大壷、戻してらっしゃい!


<キラキラしてる、っつーのは同感なんだが……そっちの大陸ではこんな風じゃないのか?>

<うむ。神殿、と呼ばれるものはあるが、青空の下の遺跡だったり、洞窟内の小さな祭壇だったり、ちょっとした東屋だったりするのが普通かな。必要あって魔石を配置するとかならあるが、こんな風に人気(ひとけ)の無い所にまで贅を凝らすことは無いな……>


 この第一神殿も必要以上にキラッキラしてるしな。

 ……む? 俺にとって(にっく)き神様印の金の燭台を見つけた。なんなの? 誘ってるの?

 ――俺の右手が疼いちゃうだろ?


<見えた。あそこの通路の先だ>


 俺がこっそりと燭台に必殺の一撃を叩き込むより早く、リベリオが目的地を告げた。……命拾いしたな! 燭台よ!


<もう少ししたら神官長の部屋だ。ここからは魔法を頼りに大きな通路を行く。……神官長に話しかけるのは、私に任せてもらってもいいだろうか?>

<ああ>


 提案してきたリベリオに、俺は表情を繕って素早く頷いた。

 俺のとある一部の『カミサマ』に対する怨嗟を知られるわけにはいかんのだ。ついでに言うと、聖職者にも恨みは深い。神殿騎士なんて滅殺対象だ! おお! 例外は無いとも!

 ……『聖女』は心身ともに予想外すぎて殺意すら萎んだけど……

 ……『神騎士』も内実ともに常識外すぎてむしろ俺のココロがダメージ受けたけど……

 ……なんだろう……カルロッタ王国、俺の常識を覆す人間、多いな……?


<考えたら、『教会』関係者でまともな人に会ってねぇよな>


 まったくだ。


<いや、あの、ロモロや正妃みたいなのが一般じゃ、ないからね?>

<王子さんの言う通りですよ、ロベルトさん。第一、これから神官長に会おうって時にフラグみたいなこと言わないでくれますかね。ただでさえあなたは勇者なんですから>

<そこ、勇者関係あんの!?>


 ロベルトが目を剥いてるが、俺達はジト目だ。

 なにしろ勇者(ロベルト)は素で幸運補正が馬鹿高いからな。いらん運を引き寄せたりいらんフラグを乱立させたりと運命を変革しまくることこのうえない!

 もし勇者補正が発動して、神官長が小粋なダンスを踊り狂う危険人物だったらどうしてくれる!? 俺はそんな聖職者、嫌だぞ! ……すでに該当者に会っている気がしないでもないが……

 ……ん? 運命変革……?

 あれ? もしかして俺、ロベルトをゲットすれば魔族滅亡回避ものすっごく捗るんじゃないか?


<ロベルト。後で俺と将来について語り合おうか>

<おまえは相変わらず突然意味不明だな!?>


 何故。


<是非私も三枚ぐらい噛ませてくださいませエマ様達と一緒に>

<クレアさん、自重して!?>


 速攻でクレア先生がロベルトにつめよったけど、そのぐふふ笑いの意味が分からない。あと言葉の意味は考えまい。

 そしてポムよ、俺をなま暖かい目で見て微笑むんじゃない。頷きはいらんよ。理由も説明しなくて良いよ。


<……部屋に向かってもいいかな?>


 ごめん。


<もし、レディオンから神官長に言いたいことがあるなら、いつでも替わるよ>

<む。……いや、様子を見てからにしておく。俺も『神殿』で『高位』にいる者とどう話していいか分からんからな>


 リベリオが気をきかせてくれるが、辞退一択だ。

 たぶん、頭を押さえる的な意味で俺がガツンとやるべきなんだろうが、神官長という教会でもトップランクの人間を相手にするには、俺はまだ教会関係者に恨みが深いうえに、対人スキルが足りなさすぎる。

 むしろ俺が暴れないよう、ポム達にはしっかりと俺を見張ってもらわないといけないな!


<……まぁ、道中に王子さんが教えてくれた神官長の人となりからすると、それなりに話は通じそうですねぇ>

<……そう期待したいところだな>


 リベリオの語る『神官長』というのは、確かに俺が知る『教会のお偉いさん』とは随分と違う感じだった。

 抜け道を通る最中、これから会いに行く人物を語ったリベリオの言葉は、こうだ。


<今の神官長はちょっと変わっていて、厳しいが公正な人だよ。害のない小物の魔物や、有益な魔物に対する虐殺を禁じたり、亜人に対する差別を排そうと動いていらっしゃる。頭の固い神官とは、一線を画す考えの人でね。少なくとも、魔族という言葉に頑迷に拒絶反応を起こされる可能性は低い>


 聞いた俺達が思わず顔を見合わせあったのは言うまでもない。

 俺が知る前世の『連中』に、そんな奴らは皆無だったし、それはロベルト達の常識でも同じだったらしいのだ。


<そんな物わかりのいい神官長、存在するのか……?>

<うーん、物わかりがいいのとは違うかな……前神官長様の教えを色濃く受け継いでるから、そうなってる、ってだけだと思うし>

<前神官長の教え?>

<うん。『己の中に檻を作るな。他を知らねば世界は知り得ぬ。ありのままを見て、ありのままを感じて、他の知識では無く己の心で常に判断をせよ。心に檻を作った者に、世界の深奥は決して覗けぬ』……ってね。今の神官長は昔からその教えを受けた方だから、他の教会の者とも神殿に帰属している多くの者とも違うんだ。少ないけど、そういう人は一定数いるよ>

<……もしかして、第一神殿や第三神殿に居るのは……>

<第一神殿は現神官長に賛同してる人と、現神官長に匿われて神殿に止まれた人。第三神殿は前神官長に賛同していて、色々あって降格されたりした人が相当数いる>

<…………>

<彼等を味方につければ、状況は打開できると思う。それに、第二神殿や第三神殿にいる大神官一派も、流石に神官長には面と向かって逆らえない>

<そうか……>


 ふと、思う。

 第一神殿が『動いていない』のは、そのためではないだろうか、と。

 ――そして、第三神殿が内部で争っているのも。

 己の心で常に判断をせよ、と神官達に説いた前神官長。

 ――心に檻を作った者に、世界の深奥は決して覗けぬ。

 それは、自由な思考と思想を持てということだ。

 俺は知っている。人間が、いかに『教会の教え』を信じ込み、俺達魔族を悪だと思い込んでいたかを。

 ロベルトも言っていた。長い間、『教え』によって人間達は洗脳されてきたのだと。

 そんな人間――とりわけ聖職者にとって、自由な思考や思想は諸刃の剣だ。

 それは『信仰』という名の凝り固まった『教え込まれた常識』に、根底を砕く杭を打ち込んだに等しい。


<……前の神官長というのは、何者だ? 教会の関係者としては、随分と異色のようだが。それに、神殿内部で降格だの匿うだの、随分不穏なようだが>


 俺の疑問に、リベリオは自嘲の混じった苦笑をしてこう言った。


<本の虫。知識の亡者。――本人は自分をそう評していたよ。幼かった私とも同じ目線で話してくれた、誠実で優しい人だった。一見して穏やかで思慮深く見える人だったけど、実のところ好奇心が強い、無邪気な子供みたいな方でね。『何故』『どうして』をなんにでも発揮する人だった>


 大きな『ナゼナニ坊や』だったらしい。


<……教会の教えや神殿の在り方にもそれを発揮するものだから、煙たがった連中に共謀されて、王都を追放されたんだ。……私達には、それをどうすることも出来なかった>


 なんと。

 長にまで登りつめた状態で追放されるとか、よっぽどだった、ってことではないか。

 その結果、周りにいた賛同者達も処罰のあおりをくらったりしたわけか……


<……それは、実にお会いしたかったな>


 何故、を追求できる者は少ない。

 不正であれ、腐敗や歪みであれ、たいていは長いものに巻かれて見て見ぬふりをするからだ。

 己の身命を危うくするほどに『神殿内部の納得できぬ事』を突き詰めたのならば、その心には常人には無い宝が蓄えられていたに違いない。

 残念だ。

 きっと、俺が知るいかなる聖職者とも違う人間だったろうに。


<お会いする機会はあると思うよ。レディオンなら、特に会える機会は多いだろうし>

<ご存命なのか>

<うん。『禁書に手を出した』って理由で長の座を剥奪されたけど、それまでの功績が甚大なものだったから、王都を追放されるだけに収まったんだ。それに、彼を処刑なんかしたら、暴動が起きていただろうからね。孤児院で悲惨な目にあっていた子供達を保護したり、救貧院の改善をしたり、街の人に親身に接してくれたりで、皆にとても慕われていたから。……王都から追放されて以降はどこにいるのか分からなかったし、もうお年がお年だから、万が一があったんじゃないかと心配だったけど……>


 暗かった瞳が少しだけ明るくなった。


<再会できたのか>

<うん。おかげさまで。小さな教会で過ごされていたよ。……あの方が今もおられたなら、きっと状況は全く違っていただろうね>


 リベリオにとっても、慕わしい人だったのだろう。会えたことの喜びと、現状への無念さの滲む、どこか寂しそうな声だった。






 そのリベリオは、今は真剣な顔で神殿の通路を走っている。

 目指すは前神官長の教えを受けた現神官長。

 魔法で姿を隠しているとはいえ、厳しい表情で要所要所に立っている神殿騎士の前を通るのは緊張するようだ。最短距離とやらは、先までの人気の無い通路と違い、廊下は広く、警備の騎士が一定の間隔で立っている。

 俺の怨敵『大神殿の神殿騎士』とは違うが、連中も神殿騎士には違いない。

 ……いかんな。俺の右腕が疼きそうだ。


<レディオンの魔法は凄いな……目の前を通過してるのに全く気付かれないなんて……>

<……。強力なのをかけているからな。ただ、見抜く者は見抜くから、用心するにこしたことはないが>

<そうか。……ロモロとか、規格外もいるものな。でも、遠回りな隠し通路に慣れてると、こんな短期間でここまで来れることに戸惑うよ>


 ……なんで隠し通路に慣れてるの?


<部屋に入りさえすれば、魔法の効果が切れても大丈夫だろう>

<う、うむ>


 実のところ、俺のかけた魔法は半日ぐらい効果がもつのだが。


<あそこだ。流石に扉を開けると、両脇の騎士に気づかれると思うけど……>


 見やる先、大きな両開きの扉の脇には左右に一人ずつ騎士が立っている。警備の者だろう。人にしてはなかなか強そうだ。

 軽く『視て』みるが、能力値はともかく、こちらに気づきそうな固有才能(タレント)類は持っていなかった。


<あの連中相手なら視覚阻害効果が働くはずだ。万全を期すなら、扉の両脇にいる騎士の死角で開いて侵入すればいい。音も気配もしないから、気づかれることは無いだろう>

<……本当に君の魔法は凄いな……やりたい放題出来そうだよ……>


 うむ。後宮でもやりたい放題だったとも。お菓子泥棒の下手人は永久に不明だとも。


<じゃあ、行こうか>


 お邪魔します!






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