56 魔王の祈りと精霊の歌
王国軍にとって、神殿騎士はやりにくい敵だった。
「神意に背く背信者共め!」
「なにを! 王宮に押し入る逆賊が!」
罵声と共に振り下ろされるメイスは重く、合間を縫って放たれる魔法は鉄鎧の防御を突破する。
こちらの攻撃はといえば、後方に控えた神官に回復魔法で癒され、力を取り戻した敵に何度も煮え湯を飲まされた。補助魔法や阻害魔法は個人間の能力差を時に逆転してのけ、実にやりにくいことこの上ない。
とどめに、言葉でこちらを揺さぶってくるのだ。
「魔族に組し、故国を売り渡す気か!」
「教会の教えに背く罰当たりが!」
騎士も兵士も人間だ。王家への忠誠、騎士としての誇り。それらに合わせて侵入者を排除しているのだという事実があっても、神官に背信者呼ばわりされれば動揺が走る。
それを見越して揺さぶりをかけてきているのだろうが、何事にも例外というものは存在した。
「やかましいわ国賊共が! 王宮に攻め入った時点で貴様らは全員国家反逆罪だボケ!!」
響き渡った怒号に、王国軍は歓声をあげた。
「聖職者は聖職者らしく神殿にすっこんで祈っとれ!」
王国軍総帥のミケーレだ。戦場中に響き渡るとされた怒号が城中に轟いた。これを聞いた王国軍は勢いを取り戻し、逆に神官の一部には動揺が走ったが、大半は激怒した。自分達は国民の為に魔族に組する王を捕らえに来たのだ。それが国家反逆罪とは何事だ。
ミケーレはそんな相手の心情になど構わない。魔物討伐で鍛えに鍛えた武技でもってあっという間に目の前の一軍を蹴散らした。
ついでに小者に命じて倒れた神殿騎士の装備を奪い去ることも忘れない。
「聖職者に武装など似合うまい! 全部解いて差し上げろ!」
これを受けた小者はそれとばかりに飛びついて騎士達の鎧を剥ぎ取り、武器を取り上げた。神殿騎士の装備はほとんどが特殊な力をもつものだ。肌着一枚とて油断がならない。
日々魔物や犯罪者との戦いに明け暮れる王国軍にとっては、実に羨ましくも憎らしい装備だ。敵になったのをこれ幸いと強奪に走った。
結果、ほとんど裸同然にひんむかれ、負傷の度合いにあわせてしっかりと捕縛された。捕縛を免れたのは瀕死の重傷者ぐらいだ。
「こ、この罰当たりが! 王国軍はいつから盗賊に成り下がった!」
「やかましいわ! 国賊にこんな物騒な装備持たせておけるか! 罪人共が!」
総帥に率いられ、続々と集結する王国軍が次々に神殿騎士を無力化していった。
大遠征中ならともかく、指揮官も配下も軒並み揃った状況でのこの騒ぎである。上が率先して『奴らこそ国賊である』と奮戦すれば下も憂いなくこれに倣い、自分達の目の前でよくもこんな大罪を、と喜び勇んで襲い掛かった。
「いつも威張り腐った教会の犬が! てめぇ等が国賊じゃねーか!」
「なにが神の教えだ! 魔物の脅威に立ち向かわねぇくせに!」
「寄付金泥棒!!」
「てめぇらがため込んだ金で貧乏人救えやコラァ!」
もともと国軍と神殿騎士の仲はよろしくない。時々ミケーレや指揮官の注意が飛ぶほど苛烈な戦いぶりになった。
「王子の身柄はまだか!?」
たまりかねて神殿騎士の一人が叫んだ。
一部隊を率いて正門を一時制圧したのはよかったが、ここにきて城内を駆けに駆けたミケーレの部隊に突撃されたのだ。
彼等が態勢を整え、兵を増強させて反撃する前に王子ないし国王を捕らえる作戦だったのに、抜け道を駆け抜け最速で王の迫っただろう者達は何をしているのか。予定ではとっくに王子を捕らえ、抵抗するようなら偶然を装って王もろとも殺害するはずだったのだが、未だに最奥からの連絡は無い。
魔族との内通の証拠をでっちあげ、他の神殿の連中を説き伏せて『神敵』として全ての罪を押し付ける予定なのに、このままではこちらが国賊として討伐されてしまう。一番最悪の展開だ。
(なぜ、勝ちの狼煙があがらんのだ!)
狼煙さえあがれば、でっちあげた証拠をもった罪人を引きずり出し、何事かと遠巻きに見守る衆人環視の元で王家の『罪』をまくしたてるものを。
(このままでは国賊として討たれて終わる……!!)
何も知らず、大神官の言葉に煽られて動いただけの神官や神殿騎士はともかく、指揮官達は自分達の側に正義が無いことを知っている。いかに魔族と噂されている者達であれ、強大な力を有している者であれ、実際には『魔族である』という証拠は何もないのだ。
「聞き捨てならんな! アレが指揮官だ! ひっ捕らえよ!!」
王国軍総帥の目が指揮官を射抜いた。一気に押し寄せる敵兵に思わず足が下がる。何人もの神殿騎士が庇いに入ったが、あっという間に蹴散らされた。
(第一軍の軍団長に、第六軍の軍団長だと!? 精鋭中の精鋭ではないか……!)
並みの動きでは無い兵に目を向ければ、王国でも名の知れた軍団長達だった。平服に革鎧を纏っただけなのは、非番のところに緊急招集がかかったからか。
(まずい! 連中では私でも……!)
真横の若い騎士が身を盾にして防ぐを尻目に、指揮官は素早く身を翻し、
「部下を見捨てるのは、感心せんな」
聞こえた野太い声と共に、後ろに吹き飛ばされた。
「ミ、ミケーレ、殿!?」
いかにして背後に回り込んだのか、王国軍総帥の巨体が目の前にあった。戦斧を手にしたその姿は、鬼神の如く恐ろしい。
「おぅとも! さて、そちらには山ほど聞きたいことがある! ご同行願おうか!! ああ、無論、途中で急用が入ったからと神殿に逃げ帰ることも出来んと思っていただこう! 貴様ら神殿の我儘放題にはほとほと嫌気がさしていたが! こともあろうに暴徒と化して王宮に踏み入るなど、神の威光を逆に穢す行為!! 国民としても信徒としてもこれを許す道理は無い!!」
「……何を、言うか、この、背信者が……! 魔族と手を組んだ王家を恨むがよいわ……!」
門の遥か向こうには遠巻きに人の姿がある。ここで口論となればしめたもの。人心に一石を投じられると思ったが、吹き飛ばされた衝撃のせいか、声に力が入らない。
逆にミケーレの声は轟くように響き渡る。曇天の空と相まって、まるで雷が落ちたかのようだ。
「貴殿が悪し様に言うグランシャリオの方々が何をしたと言うか! 民に食糧を与え、薬を与え、聖典にある聖者の如しと実に評判!! 加えて人命を脅かす数多の魔物を駆逐し、旅の安全に大いに貢献したとこれまた英雄譚が轟いておる! しかも言葉をもって問うでなく、何の宣言も無く武器を掲げて王宮に押し入り、殿下および陛下の身命を危うくせんとするとは言語道断!! 誰の目から見ても立派な国賊よ!!」
司令官は反論しようとした。ここで反論しなくては認めたことになる。だが未だ体に力が入らず、すでに周囲の神殿騎士は倒れ伏している。痛みに呻く声を聞きながら、祈るように城を振り仰いだ。狼煙が見えれば――狼煙さえあがってくれれば、自分達の勝ちなのに。
だが、その目に映ったのはもっと別のものだった。
大きな、それこそ城を覆うほどに巨大な鳥の翼が、一瞬見えた。
次いで声が耳朶を打つ。まるで子供が歌うような、囁くような声が。
『歌うよ』
『歌うよ』
『奇跡を望まれた』
ざわめきが起きた。それは周囲一帯に響いたのだ。
同時に淡い光が周囲に流れる。光る風だ。雲間から差し込む光とあわせて、いっそ幻想的な光景が生まれた。
指揮官は色めき立った。気力を振り絞って声をあげた。
「見よ! 神だ! 神が奇跡を起こしたもうたのだ!」
遠くの野次馬のみならず、王国軍もどよめいた。よろめきながら立ち上がる指揮官を捕縛するどころではない。そう言われて否定できない光景だったのだ。
「我々を神が助けようとしてくれているのだ!」
声は歌う。
人々の狂乱など知らずに。ただ、契約を果たすために。
『傷つきし者に風の癒しを』
『我等は盟約を果たす者』
『グランシャリオ家が長子、レディオンの名の元に、全ての痛みは疾く消えよ』
指揮官はポカンと棒立ちになった。
時は少し遡る。
抜け道のある中庭でも勝負が決しようとしていた。
「内部の国賊共は鎮圧した! 貴様らも大人しく縄につけ!」
その声を大半の者は朦朧とした意識の中で聞いた。中庭の地面を赤に染め上げるほどの血だまりに、切り伏せられた神官達が倒れている。
ミケーレ達と交戦した者は、ある意味幸運だったと言えるだろう。
一口に軍と言っても、そこに所属している者の力量は様々だ。一定以上の水準はあっても、その水準ギリギリの者から飛びぬけて高い技能を持つ者など能力差は著しい。
ミケーレ達であれば、彼我の力量差を即座に見抜き、命を奪わずとも無力化させることも可能だろう。だが一般兵にそれは難しい。戦場で少しでも手を抜けば、逆に自分が死ぬことになるからだ。刃と刃が交わる場所で不殺など、どれほど奇跡を大盤振る舞いしようと夢物語に近い。
すでにこと切れた仲間の体を横目に、年若い神官もまた今まさに死出の旅に出ようとしていた。
(なんで……こんなことに……)
その日の食事にも事欠く寒村から出て、王都の第二神殿付きの神官になれたのはつい先々週のことだ。長い神官見習いの苦行も、ようやく報われた気がした。勤めには僅かではあるが賃金が出る。正式な神官になれた分、修行がてらに請け負える祝福や治療の仕事も多くなった。村の仕送りも増やすことが出来るだろう。そう思っていた矢先の出来事だ。
神の敵と通じた王族の罪を裁く――大神官の演説に熱中し、民への裏切りに義憤を燃やして出てきたが、現状はどうだろう。
神の威を示すはずの神殿騎士団は倒れ、神官達もまた地に伏した。国はこちらを国賊と断じ、激しい調子で攻めたてている。魔族と通じているはずなのに、もしやすでに魔族に操られているのかと思ったが、指揮をとっていた神殿騎士の様子がおかしい。
戦いの最中に後ろで聞こえた声が思い出される。
「こんなはずでは……こんな……これでは、殿下に立っていただけないではないか……!」
殿下とは何だろう。魔族と通じていたのでは無かったのか。断じるために立ったのでは無かったのか。出てきた神殿には第三王子がいたという。では、自分達は第三王子の為に戦わされたのだろうか。何故。これは魔族の手から国を開放するための戦いでは無かったのか。
涙が頬を伝った。困惑と、それを押し潰す虚しさがあった。脳裏に一つだけ面影が浮かぶ。後悔は、老いた母のことだ。
(……かあさん……)
自分が死ねば母はどうなるだろう。父もなく、頼れる親族もいない。年老いた母は目が悪い。酷い生活をさせてしまう。
ぼんやりと見る空は暗い。そのところどころに切れ間があり、指す光が帯のようだった。城にそれが降り注ぐ姿は、どこか神秘的で美しい。
最後の光景となるだろうそれ見ていた神官の目に、ふと、別のものが映った。
人だ。
空に近い屋根の上に立っている。
目がかすんできて、しかとは見えない。けれどとても美しい人のように思えた。遠目だからか、ひどく小柄だ。
淡く光るようなその人は、空へとしなやかな両手を伸ばす。
謳うような声が聞こえた。
【精霊よ、我が声を聞きし全ての精霊達よ】
遠いはずの人の声が、何故かハッキリと聞こえた。
【交わせし数多の盟約に基づき、我はここに契約の履行を希う】
空が割れた。
光が零れた。
差し込む光を後光のように身に浴びて、その人は朗々と歌い上げる。
【この地の傷つきし全ての者に癒しと祝福を。紫電の光、光天の紡ぎ手たるグランシャリオ家が長子、レディオンの名において、我が声を聞きとどめし精霊よ――我が盟友よ! その力を行使せよ!】
大気が鳴動した。
風が天から降り注いだ。
一瞬見えた空いっぱいの淡い翠翼は誰のものか。暖かな温もりに包まれて、泥のように重い体が浮き上がる錯覚を覚えた。痛みが消える。
『叶えるよ』
『叶えるよ』
笑いさざめくような声が聞こえた。人の声ではない。
暖かな笑い声と共に光がはじける。いくつも。その視界中で、まるで舞いを舞うように。
『願いは聞き届けた』
『我らが愛し子』
『優しいぼうや』
『おおいなる魔力を司る君』
息がしやすくなって、はっきりと目を開けると、明瞭になった視界の遥か先にその人がいた。
誰もの視線がその人へと向かう。
王城の屋根の上、この国の王子と黒い配下を後ろに従え、背に光を受けたこの世の者とも思えぬほど美しい人が。
『我等精霊の盟友よ。汝の無限の慈愛に応え、この地の傷を遍く癒そう』
●
なんか精霊がめっちゃノリノリで舞いまくってる。
城の屋根からそそくさと飛び降り、スタコラサッサとその場を後にした俺達が向かうのは、今度こそ脱出のための通路だ。
軍の総帥さんが怒涛のように駆けずりまわったらしく、周囲の通路には至る所に戦闘痕がある。高そうな壺が割れていたりして、リベリオの顔を無我の境地に至らしめていた。
……あの壺、金貨何百枚分なんだろうか……
「素晴らしい広域魔法でしたわ、レディオン様。なにやら様々な精霊が多数集まっていたようですけれど」
シンクレアが俺を褒めてくれるが、俺としては黒歴史感が半端ない。
なにしろ悪戯好きの光の精霊が後ろで盛大に胸を張り、お祭り好きの風の精霊がノリにノッて歌い踊っていたのだ。下手をしたら、俺は後光背負ったうえにキラッキラに輝く物体Aである。俺なら絶対、石投げる。
「つーか、俺、あんだけ精霊が集まってんの、初めて見たわ……」
「そうか。一応、この周辺限定として区域は区切ったのだがな」
俺はちょっと遠い目になりつつ応える。俺自身、あの集まり具合に驚いた。ちょっとドン引きするぐらい集まったのだ。ほとんどが俺とすでに契約している下級精霊達だったが、一部とんでもない力をもったのも交じっていた気がしないでもない。
……アレ、もしかして風の……
い、いや、考えまい。俺は前世に捕らわれてダークサイドに落ちたりはせんのだ。俺のルカは今も領地で元気だから大丈夫だとも。
……しかし、なんであんなに集まったんだろう……?
区域限定したけど、対象無制限で呼びかけたのが悪かったのかな……
「……なんか前も似たような感じで、どえらい数の生霊に囲まれた記憶があるんだが……」
ロベルト! それ思い出しちゃダメなやつ!
「ま、まぁ、これで一応、要望通りの治療は出来たと思う。精霊達が楽し気に吹聴しているから、俺がやったのだと他の場所の連中も気づくだろう」
俺が屋根に上ってあんな真似をしたのは、リベリオの要請に応える為だ。
リベリオの要請はいたってシンプルで、『敵味方区別なく』『俺がやったと分かるように』『広範囲の人間の傷を癒す』というものだった。敵味方区別しなくていいのは楽でいい。範囲魔法の一種であるエリア魔法を唱えたらいいだけだからな。
ただ、普通に実行すると、術者不明で結果だけ行き渡るという事態になる。
そうすると神の奇跡扱いされていかにも拙い。
ということで、姿を見せておいて大々的に精霊に呼びかけるという形にしたのだ。精霊はおしゃべり好きのお祭り好きだから、放っておいても俺のことを吹聴してくれるしな。
「あんな感じで良かっただろうか?」
「え、あ、あぁ、うん……」
む。リベリオの様子がおかしい。
魔法行使後も完全に硬直してたが、やはり俺のキラキラバージョンは心臓に悪かったらしい。
「見苦しいものを見せてしまったようだな」
「え!? いや、全然!……むしろ眼福だったかな。夢に見そうだよ」
分かってる。悪夢だろ。
「あの『死の黒波』の時も壮絶だったけど、今回の魔法もすごかったね……。まさか、精霊があんなに味方してくれているなんて知らなかった……」
呆然としていたのはそれが理由か。
まぁ、精霊に周囲をみっちり取り囲まれる経験なんて、普通、しないよな……
「俺も、あれほど集まってくれるとは思わなかった。精霊魔法の契約をした時からの……生まれた時からのつきあいだからかな」
精霊族、赤ん坊には弱いしな。
「成程。長年の付き合いなんだね」
いえ、一年ちょっとです。
「いずれにせよ、恐らく、だいぶ風向きは変わったと思う。陛下達の守りが強固なおかげで、城に入って来た連中はミケーレ達が蹴散らしたようだし、第二神殿側は相当混乱しているだろう。……これなら打って出ることも可能かな」
「打って出る?」
逃げるのとは真逆の言葉に、俺は首を傾げた。
「そう。レディオンが貸してくれたパールのおかげで、正妃と連絡が取れたから。あちらはすでに準備を整えている。いつでも突入できるらしい」
俺の渡してあった連絡真珠を手に、リベリオは鋭く引き締まった表情で問う。
「レディオン。動きを他者に気づかれずにすむ、隠密系の魔法は可能だろうか?」
「得意では無いが、可能だが……」
「力を貸してもらうことは?」
俺はちょっと笑った。
「いちいち確認をとらなくてもいい。力を貸すと約束したのだ。俺の出来る範囲で助力しよう。――望みを言うといい」
リベリオもちょっと笑って、表情を改めた。
「二点、気になることがある。一つはロモロだ。彼は個人として君達を――いや、魔族という種族の滅殺を企んでいるようだけれど、あくまで個人で動いているように見える。実際、他の場所に現れていたら、ここまで早く逆転は出来なかっただろう。ミケーレも強いけれど、あの時の……あの神器や聖遺物を持ち出したロモロにはとても対抗できない」
「……そうだな。勇者と互角にやりあうぐらいだからな」
しかも対魔族となったら能力二倍。竜魔女王と一対一でやり合えるというとんでもなさだ。
「うん。それともう一つ。ここが重要なのだけど――第一神殿が、動いていない」
ん?
「動いていない……? 第一神殿?」
「そう。今動いているのは第二神殿と、第三神殿の一部だ。第三神殿では内部でも対立が起きたらしいから、一部が第二神殿の――というより、第二神殿にいる大神官の、と言ったほうがより正確だろうけど――その一派なのだろう。だからまず、第一神殿の意向を確かめたい」
俺はリベリオを見た。
「ロモロが持っていた神器は、元は第一神殿の最奥にあったのでは無かったか?」
「そうだよ。そして、ロモロは第一神殿の所属だ」
「…………」
「ある意味賭けではある。ロモロが撤退した先が第一神殿なら、鉢合わせる可能性もある。恐ろしく危険な賭けだろう」
「……それでも第一神殿の意向を確かめたい、その理由は?」
「教会全てが敵対しようとしているのか、それとも本当にサリュースを擁する大神官達の暴走であるのか。もし第一神殿も敵に回るのなら、第三神殿の阻止側に回っていた人々と結託して、第一神殿とも事を構えないといけない。――だが、そうでないのなら、教会の総本山を動かされる前に国内で決着をつけ、戦いの長期化と拡大を防ぐのが最善だ。そうしなければ、最悪、国ごと滅ぶ」
「第一神殿が関わるだけで、何故、そうなる?」
「第一神殿は、教会総本山の直属なんだ。未だ発動されていないけれど、『神敵』も第一神殿でなければ決定されないほどにね」
「……つまり、第一神殿こそ、カルロッタの国にあるもう一つの国家――教会総本山、『聖王国』の支部なんだな?」
「うん。色々ぶっちゃけると、そうなる」
だからこそ、神器なんていうとんでもないものが小国に置かれていたのだろう。――あれはおそらく、いみじくもロモロが言っていたように、第一神殿所属であるロモロの為のものなのだ。
「もし、第一神殿も敵に回り、聖王国そのものを動かされた場合は、どうなる?」
おおよその見当をつけながら問うた俺に、リベリオは僅かに恐れを含んだ口調で言った。
「『聖戦』が発動される。……国一つ完全に消滅させる、神の為の国家戦争だ」
「……つまり、今なら国内だけの争いですむのが、世界規模の戦争にまで発展するということか」
……あれ、人魔最終戦争が始まっちゃうってことじゃないか? コレ。
俺まだ一歳なんだけど……
「そうなる。――ただ、第一神殿が敵である可能性は、おそらくだけど、かなり低いと思う」
「ロモロが襲ってきたのにか!?」
とっさに声をあげたロベルトに、リベリオは頷いた。驚いたせいかしらないが、敬語忘れてるな、ロベルト。
「先も言ったように、ロモロは個人で動いているようだったからね。なにより、今をもってなお『神敵』とされていないこともある。付け加えるならば、第一神殿を現在預かっている神官長は、私も顔見知りだ。だからといって手心を加えてくれるような生易しい人では無いけれど……彼を動かせるかもしれない、預かりものがある」
「相手が欲しがっているもの、とかか?」
「いや――。ああ、違う意味では、そう、ともいえるかな」
言葉を探す風のリベリオに、ポムが肩を竦めた。
「少なくとも、現状を打開できるものがあるのでしたら、それに賭けてみるのも手でしょう。――『聖戦』の発動は、なんとしても止めなくてはなりません。特に今は駄目です」
意外なほどキッパリと言うポムに、俺は一度だけ視線を向け、リベリオに向き直った。
リベリオの表情はやや硬い。
「……リオ。ならば、第一神殿に向かおう。隠密用の魔法を重ねがけするが、第一神殿の近くに出る抜け道などはあるか?」
リベリオは俺を見て、少しホッとした顔で頷いた。
「ある。教会も知らないような、古くから存在する王家秘蔵の抜け道がね」
「……それ、俺らが知っちゃって大丈夫なんですかね?」
ロベルトが恐々問うのに、リベリオは苦笑した。
「あまり良くは無いね。だから吹聴はしないでくれると有り難い」
「いやまぁ、もちろん、口は噤んでおきますけど」
「そもそも、あれほどの数の精霊に愛されてる人がいる時点で、隠し通路なんて意味を成さない気がするよ。魔法で把握されるだろう?」
まぁ、テール達なら、一発であらゆる隠し通路を見つけ出すことが可能だろうな。――答えてくれるかどうかは別として。
……考えたら、そのテールが探査できないヴェステン村の地下って、いったいどうなっているんだろうか……
「それに、手段を惜しんで策を誤るのは愚かしいと思う。私は、なんとしても犠牲者の数を最小に留めたい。甘いと言われようと……誰であれ、不当に命を奪われることは、あってはならないはずなんだ」
その言葉に、俺は思わず微笑んでしまった。
なんとなくだが、理解してしまったのだ。リベリオが俺達を一度も『魔族だから』で切り捨てようとしない理由を。
そしてそれは、俺がこの大陸で動こうとしている理由とも一致する。
「では、行こう。――数多の命と、平穏を守るために」