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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
103/196

54 求めるものは彼方の先に





 ポムの『攻撃』は何の前フリもなく唐突だった。


「ご……ふ……」


 突然、ロモロが血を吐いた。何が起きたのか誰にも分からなかった。


「え……?」


 気を緩めず身構えていたロベルトが思わず声をあげる。見てる間に力を失ったロモロが地に倒れ、甲冑と武器が賑やかな音をたてた。索敵で把握していた生命反応も消える。――死んだのだ。


≪――……≫


 ふと奇妙な感覚がした。一瞬、水面に落ちたように世界が揺らぎ、消えたはずの反応がよみがえる。視線の先、倒れたロモロの手が動いた。


「まだ生きて――」


 シンクレアが警告を発しようとしたが、その途中で声を途切らせた。

 グシャッという音と同時、倒れていたロモロの上体がわずかに跳ねたのだ。その鎧の隙間から赤いものが流れ、むっとするような血臭が鼻をつく。

 また世界が揺らぎ、ロモロの頭が僅かに動いた。


「なに……」


 呻くようなリベリオの声の途中で、次は兜に包まれた頭部が跳ねた。嫌な音と共に血と脳漿が地面に流れる。支えを失った兜が音をたててその中に落ちた。


「……ぐ……」


 そのあまりの光景に、咄嗟に目を背けてしまったリベリオを誰も責められないだろう。思わず口を押えて呻くロベルトに、険しい表情のままシンクレアが寄り添う。 

 世界が揺らいだ。

 血の流れが止まり、まるで幻であったかのように、ロモロの頭部が元に戻る。


「……馬鹿な……」


 ロベルトが後退る。

 異様な光景だった。

 ――死んだはずの者が即座に蘇る。

 起きたまま悪夢を見ているようだ。

 緩慢な動きで上体を持ち上げ、何事も無かったように神騎士は身を起こした。化粧(フェイスペイント)を施した顔には傷一つない。


「なん……だ……これは……」


 ロベルトの声が掠れている。

 自分達が見たものは幻だったのか。だが、周囲には未だ濃い血臭が漂い、ロモロの甲冑は血に汚れている。幻であるはずがない。

 ――なら、何故、ロモロは今も五体満足で立っているのか。

 一度など、明らかに頭部が砕かれていたのに。


「……『事象の否定』ですか」


 その時、ようやくポムが呟いた。

 なにをどうしたか分からないが、攻撃をしている間もずっと無言でいた男の声に、殺された側が顔を顰める。


「いきなり三度も殺すザマスかァ!?」

「そのまま死んでいれば一度ですみました」

「まるでワタシが悪いかのよう! しかも攻撃の凶悪なことったらないザマス! 悪魔ザマスね!」


 ロベルト達が絶句している中、やりあった本人だけが平然としている。

 ふと脳裏にかつての会話を思い出し、俺は瞳に意思を込めた。


『ロモロ・リッチャレッリ LV83 種族:人―

 性別:男 職業:大――<神―士>

 HP ―4――/――66

 MP ――20/―3―0

 STR ――――

 DEX ―2―2

 CRI ――――

 VIT ―57―

 DEF ――8―

 AGI ―――3

 INT ―――3

 MND 2―7―

 CHR 2――5

 LUK  ―――

 固有才能(タレント):【信仰の礎】【――】【堅牢】<【―――】><【不―身】>

 固有能力(アビリティ):【無敵(魔―)(―)】【鼓舞(広)】【伝―(遠)】【祝福】【魔―泉】<【――】><【――】>』


 ……なんだ……これ……

 俺は呆然とした。

 飛び込んできた情報は、明らかに以前に見たものと違っている。ほとんどがぼやけて見えないが、能力値など四桁だ。おまけに、固有才能(タレント)固有能力(アビリティ)が増えている。

 完全に読めないということは、十歳の体(魔王)の能力ですら突破できない阻害能力を今のロモロが持っているということだ。

 なにもかも以前とは別人のようだが、一つだけその理由に心当たりがあった。


「……装備の……力」


 これだ。これがあるから、人間は恐ろしい。

 ――神器の力か。

 ――それとも、あの鎧もそうなのか。


<――……>


 視線を向けると、ディンの気配がして情報が流れ込んできた。


『銘:【四界の輝ける光(ルミエル・クラルテ)

 <――>

 装備条件:―騎士

 特殊能力:儀―魔―【――――――――】(30/30)

          【―――――――――――――】(1/1)

          【――――――――――】(常時発動)

 全能力3―0~―――%上昇(信仰値100/100)

 対魔族時において攻撃力二倍』


『銘:【神の尖兵ディユ・アバンギャルド】』

 <聖遺物(レリック)

 装備条件:神―士

 特殊能力:儀―魔―【――――――――】(――/―0)

          【―――】(2―/―0)

          【――――――――――】(常時発動)

 全能力2――~―――%上昇(信仰値100/100)

 対魔族時において防御力二倍』


 両方か……!!

 しかも、明らかに対俺達専用装備だ。前世で使われてたのもこれの類似品だとしたら、戦いが苦しくなるはずだ。


「神器系は信仰心と神の恩寵が無ければ身に着けられません。聖遺物もその品に応じた資質を持ち合わさないと装備することすら出来ないものです。――『神騎士』というのは、それらを備えた人間の呼称でもあります」


 ロモロを見据えたまま、ポムが俺に告げる。


「畢竟、現状において勇者以外で最も坊ちゃんに危害を与えれる可能性があるのが、あの男です」


 だから、ポムは――


「善悪を正しく判断する人間としての良心と、全てを切り捨てて神の尖兵たろうとする意思において……坊ちゃんの心を傷つける人間でもあります」


 ――あれほどに、ロモロという人間を嫌ったのだ。


「『神の奇跡』とやらを体現させる為、強化と人体改造を施された人間の成れの果てとも言えますがね。まぁ、もっとも……」

「……『従者(サーヴァント)』が」


 ロモロが吐き捨てるようにポムの声を遮る。


「関わりすぎじゃァ無いんザマス?」

「…………」

「アンタは生きる災害とまで言われた、古代の化け物ザマショ?」


 俺は反射的にポムを見る。

 ポムの背中は何も語らない。肯定も否定も無かった。


「無言とは質が悪いザマスねェ。そもそも、なんでアンタみたいなのが魔族の傍にいるんザマスか。アンタ達が力を振るえるのは――……」


 ポムが無言のまま腕を振るった。

 左から右へ。一瞬おいてロモロの体が上下に分断される。周囲の壁すらズレて砕け散った。おそらく、無事に存在しているように見える壁も切り裂かれているはずだ。

 だが、


「それも復元されますか……。やはり、厄介ですね」

「……躊躇無くやるザマスねェ」


 ズレ落ちかけた上半身が、また幻だったように元の位置に戻った。吹き出した血の跡だけが、現実であったことを証明している。

 ゴクリとリベリオが喉を鳴らした。ロベルトが流石に気味悪そうな顔をする。


「不死身かよ……神騎士ってのは、皆、こうなのか……?」

「私も……見るのは……初めてだが……」

「だよな……超回復なんてどころじゃねーわ……」


 顔をひきつらせたロベルト達の前、一方的に四度目の死を与えられたロモロは、『理解できない』とばかりに顔を顰めて頭を振った。


「なんッで力を振るえるザマスかねェ、ホント。呪われた化け物のくせに……そこまで入れ込んでるんザマス? そもそも、呪文さえ……――」


 ふと、ロモロが俺を見た。

 先程までの路傍の石を見るような目では無い。訝しむような、何かを探るような目だ。


「……まさか? いや……ありえないことでは無いザマスが……」


 その独り言の意味は分からない。

 だが次にポムが手を振るうより早く、ロモロは大きく後ろへ飛び退った。


「!」


 ロベルト達が身構える。

 だが、ロモロはそちらを見ていなかった。ポムさえ見ていない。

 警戒を込めた目で俺を(・・)一瞥してからさらに後ろへ跳躍し、委細構わず背を向けた。


「分が悪いザマス。撤退撤退~ッ」

「ちょ……おい!?」


 崩れた使用者通路の奥へと姿を消すロモロに、ロベルトが咄嗟に声をあげ、ややあって太い溜息をついた。

 なんともいえない空気が辺りに漂う。


「なんなんだあいつは!」

「助かった、と……みていいのかな。こちらとしても、彼を殺す事態は、政治的な意味で避けたい……が……」


 リベリオが困惑した顔で言う。

 思わずといった感じに目がポムの背に向かうが、ポムはロモロが消えた方角を見つめるばかりだ。


「…………」


 俺を支える手に力がこもったが、無意識だろう。

 ロモロを、もし、あのまま殺していたら、どうなったのか……

 だが、こちらも殺されるわけにはいかない。

 リベリオが嘆息をついた。


「かといって、こちらも殺される気は無い。厄介な相手だよ……。とはいえ、この後始末、どうしようか……」


 周囲は酷い有様だった。

 崩れ砕けた壁や、ひび割れ一部が砕けた廊下。何も無かったと言い張れる状態では無い。他の者がやってこないのが、いっそ不思議だった。

 ……ポムが何かしたのだろうか?

 ――と思っていたら、残骸の山が滲むようにして揺らいだ。先程の――ロモロの時の揺らぎに似ている。咄嗟に緊張が走ったが、瞬き二回分ほどでそれは消えた。

 夢から覚めるかのように、周囲が元通りの通路に戻る。壊れる前の――しかも、最初に走っていた使用人通路に、だ。

 おかげで隣あっていたシンクレアとロベルト、リベリオと俺が、それぞれ狭い通路でおしくらまんじゅう状態になった。


「うおっと」

「あらあらうふふ」

「これは、ポムさん、か?」


 ロベルトの問いに、無造作に明かりを生み出したポムは「いいえ」とそっけなく告げた。


「神器で維持されていた、あの男の結界です。異界召還、亜空間召還などと呼ばれるものですね。異なる空間へ対象を引き込む魔法です」

「……ですが、魔法を使われた気配はありませんでしたわ?」

「装備者の存在を感知すると同時に世界を切り替えたのでしょう。『認識する』ことがきっかけでしょうね」

「……え、じゃあ、戦ってる間中、俺達がいたのは……」

「現実の空間ではなく、あの男が用意した空間です。同じ景色を用意したのは、こちらの攻撃を抑制する為でしょう。――もっとも、しっかり対応してくれたようですが」

「攻撃してきたのですから、当然ですわ?」


 リベリオが何とも言えない顔をしている。武闘派魔族に魔族の流儀を抑えろと言っても難しい話だが、懸念は理解できた。


「時と場合で対応を変えたほうがいいでしょうが、今回は正解です。あちらでいくら暴れても……そうですね……結界を無理矢理内側から砕くような力を使わない限り、現実世界に影響はありません。……ところでロベルトさん。その剣、仕舞わなくてもいいんですか?」


 ロベルトは神妙な顔をしていたが、ポムに指摘されて慌てて剣を仕舞った。というか、消した。

 ……あれ、ある種の魔法の剣だな。ひっついた時、よくそこらのものを壊さなかったものだ。


「とりあえず、目指していた場所へ向かったほうが良いのでしょうか……?」

「またロモロが出てくるとかは、流石に無ェよな……てゆーか、クレアさんや、この手は何かな……?」

「うふふ。用心ですわ。用心」


 そのまましっかり腰に手を回して密着しているのがシンクレアらしい。

 次いで二人に振り返られ、俺は瞬きした。


「坊ちゃん」


 位置的に一番後ろにいるポム呼ばれて、振り返る。

 見上げた顔は、いつもの記憶に残りにくい顔だった。……あの時見た顔は幻だったのだろうか。


「……ポム」

「ちゃんと王様を守ってきましたよ。正妃さん達や他のお妃さん達も、一纏めにして王宮の奥に詰めてもらってます。玉座の間から奥全部を防御結界で囲ってますから、敵兵が入ることもありませんよ」

「……それ、味方も入れねーんじゃねぇか?」


 ロベルトがボソッと呟いたが、綺麗に無視された。


「一応、今も竜子さんがいるから何かあった時も取り押さえ可能です。目立たないように全身甲冑を借りてるので、まぁ、全力で暴れない限りは大丈夫でしょう。……ところで坊ちゃん」

「……なんだ?」


 ポムはにっこりと笑った。


「酷い顔ですよー。ほーら、笑って笑って~」


 ぐにぃ、と口の両端を親指でつり上げられる。「おや、これは面白い」とか言われたが俺は面白くない。


「にゃにすむ!?」

「お顔が固まってしまってましたからね~。いつもの調子に戻ってもらわないと、精霊さん達もオロオロしておかしな天気になるんですよ。さっきから雲行きが怪しくて怪しくて……」


 ……やだ……またカミナリサマにクラスチェンジしちゃう……


「まぁ、他の方がなんとかしてくれたみたいですから、手遅れにはならなかったみたいですが」


 ぽんぽんと背中をあやすように叩かれて、俺は俯いた。赤ん坊の姿だったら、このまま抱っこしてもらってギャン泣きしたいところだ。――だが、確かにいつまでもショックを受けているわけにはいかないだろう。


「……そうだな。礼を言う、ロベルト、リベリオ、シンクレア。お前達がいなかったら、あのまま殺されていたかもしれない」

「あー……うん。まぁ、お前が一方的にやられるとは、思わねーけど、うん……」


 微妙に照れくさそうにロベルトが頬を掻く。ホッとした顔のリベリオが、ポムを見上げて首を傾げた。


「父上達は安心なんだね?」

「ええ。坊ちゃんのたっての希望でしたから、破城槌でも壊れない結界を張らせていただきました。……どうします? いっそあちらに合流しますか?」

「……いや、大元を叩かないと終わらない。結界内部と連絡はとれるんだろうか?」

「とれますよ。……何か策があるんですね?」


 ポムの問いに、リベリオは薄く笑った。

 青ざめていた顔に血の気が戻ってきている。


「ある」









「おー。合流したみたいですねー?」


 王宮、玉座の間、防御柵最前線。

 大きな甲冑を着込んだルーシーの声に、現地で指揮にあたっていたマリウスは暢気に聞こえる声に溜息をつく。


「さっき飛び出していったひょろ長い執事のことか?」

「そうですよー。ずっとどこかを気にしてたみたいですけど、『坊ちゃん』の方に何かあったんでしょうねー。今、ご子息様達と一緒にいますねー」

「兄上達は無事なのか!?」

「数は揃ってるから、無事だと思いますよー。状態までは分からないですねー」

「そ、そうか……」


 探索系の魔法で確認しているらしいルーシーに、マリウスは詰め寄るのをやめ、再度嘆息をつく。

 魔物との戦いに慣れ、演習とはいえ人同士の戦いも経験している自分と違い、兄は実戦経験が無い。こんな状況で、いかに強かろうとある意味元凶ともいえる連中と一緒にいることに、強い不安があった。


「まぁ、あのヒトが行ったから、大丈夫だと思いますけどねー。ご子息様達もいますしー」

「……ずいぶんと信頼しているのだな」

「んー。自分の感覚に正直なだけ、ですねー。あれだけ強い人達が揃ってるのに、どうにかできる人なんていないんじゃないですかねー?」


 マリウスは知らないが、なにしろ次期魔王と竜魔族族長と勇者と化け物だ。化け物の正体はよく分からないが、正直得体の知れなさではあの中で一番である。


「あの男……とんでもない魔法使いだったが……魔……いや、グランシャリオの者は皆、ああなのか?」


 マリウスは視線を大扉へと向ける。

 玉座の間は凄まじく喧しい。だがそのほとんどは扉の外の音だ。

 扉一つ向こう側には、最速で駆けてきた敵の精鋭がいる。

 装飾を施された鉄扉は頑丈であり、左右の石壁も分厚いが、大きな槌などを持ち出されれば壊せないこともない。まして、相手は神官だ。強い魔法などを放たれれば安全とはいいがたい。なお悪いことに、常には城に張り巡らされている結界が、侵攻に合わせたようにその力を失っていた。神器をもちいた防御結界だ。おそらく、神殿側でどうにかして消したのだろう。


 だが、そんな状況であるにもかかわらず、扉はがんとして敵の攻撃を受けつけない。どうやらそれは壁にもおよぶらしい。


「結界のことは軍の魔法使いにも聞いているが……あれほどのものは、寡聞にして知らないな……」


 扉を砕こうと半狂乱になっている声と音を聞きながら、マリウスはそれを成した執事の顔を思い出そうとして――諦めた。妙に記憶に残らないのだ。

 そんなマリウスにルーシーはパタパタと手を振りながら言う。


「いやですねー。あんなとんでもない人がゴロゴロしてたらたまりませんよー。あの人はご子息様の、うーん……護衛? ですかねー? 教育係とか、お世話係でしたっけー……まぁ、そんな感じの人なんで、普通のお家の人とは違うんですよー」

「そ、そうか……強い、のか?」


 基準も力の程も分からず、首を傾げて問うと、鉄仮面を軽く押し上げたルーシーが真顔で告げた。


「怖くて調べれません」

「……そ、そうか……」


 カション、と鉄仮面を元に戻す音をききつつ、なんとかそれだけを絞り出す。


「……よく分からん相手だったが、腕は確かなのは理解した」

「あの人のことは私もよく分からないんですよねー。ただ、ご子息様のことに絡まなければただの気配の薄いノッポさんだと思いますよー? そこさえ気を付けていれば安全ですねー。竜の尾は踏まないに限るんですー」


 それは『レディオン・グランシャリオには絶対に何もするな』という意味だ。竜の尾を踏むほど恐ろしい結果になるのかと、マリウスは遠い目になった。隣にいる娘の本性が、まさか竜だとは思いもしない。


「それより、これからどうするんですかねー? 閉じこもってるだけでは終わらないですよねー?」

「当たり前だ。……兄上の言では、各地の貴族に檄を飛ばせば情勢が変わるそうだ。今、陛下が書状をしたためている」

「まりちゃんの名前でやらないんですかー? 王位継承にグッと近づきますよー?」

「……宣戦布告するなら名を出すが、そうでないのなら……これは兄上の手柄だ。私の名でやるべきことでは無い」

「まりちゃん、やっぱりお兄ちゃん好きなんですねー?」

「……。……どうでもいいが、いい加減その呼び名は何とかならんのか!」

「どうでもいいことだそうなので、永続ですよー?」

「くっ……!」


 可愛らしく首を傾げられてマリウスは歯がみした。甲冑姿なので可愛いはずがないのだが、動作が妙に可愛いので仕方がない。

 クーデターを受け、教会が敵に回っているというのに緊張感の無いやりとりだが、安全が確保されたせいか、今では周囲も苦笑しながら二人の様子を見守っていた。なかには、もしや王子のお妃候補か、と隣の者と囁き合っている者もいるほどだ。


「たるんでおるの!」


 そこへ飛んできた鋭い声に、やや緩い空気を出していた全員が飛び上がった。


「母上!?」


 視線の先で、正妃が両手混を手に立っている。どういうわけか、ややふっくらしているような気がした。


(……あれ、太ってきて……)


「マリウス! 何か思ったか!?」

「い、いえ、勇ましいお姿に驚いただけです」

「そうか!」


 何故バレたのだろうと思いつつ、マリウスは冷や汗をかきながら背筋を正す。

 実際、武器を手にしてる姿をマリウスは見たことがなかった。昔は領地の魔物を撲殺する程度に活発な人だったらしいが、あいにくそんな母の姿は知らない。マリウスが知っているのは、日々御菓子を殲滅する姿だけだ。


「昔取った杵柄というやつだ! 何があるかわからんからな! 妾の手の者が言うには、中庭からも敵兵が出ているという。これは地下を占拠されたと見てよかろう! これだから教会なんぞというものは信用ならん!」

「……内側からも敵が出た、というのは、そういうことですか……」

「第一王子か! その第一王子は無事なのか!」


 母の言葉に少しばかり意外な思いをしつつ、マリウスは頷く。


「今、グランシャリオ家の者達と共に、城からの脱出を行っています」

「成程! 外から攻撃のタイミングと敵位置を知らせる気だな! 頭は回るが、あやつはお前より戦いに向かんだろう! 成し遂げられるのか?」

「グランシャリオの者達が非常に優秀ですから……ですが、それより、兄上が外からタイミングと敵位置を知らせるというのは、どういうことです? 籠城して守る我々が各地に檄を飛ばし、城から逃げ延びた兄がそれを率いて殲滅するのだと思っておりましたが」

「本気で王位を継承するつもり『だけ』ならそうするだろう! だがあやつ、甘すぎるわ! 被害が大きくなる戦闘は極力避けるつもりであろう! ならば、我らは守りに徹しさせてしばし力をためさせ、首謀者が出てきたところでそこを一気に叩くつもりであろうの! 流される血は少ない方が国力を落とさずにすむからの!」

「兄上が……? いえ、危険ではありませんか! そもそも、それなら周囲への檄は何の為です!?」

「教会への圧力と、国内外に向けたパフォーマンスよの! 此度の一件、一部の聖職者が欲にかられて行ったものとして処理する腹積もりだろう!」

「……なんと……」


 マリウスは絶句した。突然のクーデターで、現状に対応するのに必死でそこまで考えていなかったのだ。


「兄上は……咄嗟にそこまで考えられるのか」

「思考回路がおぬしとは別だからの! おぬしの頭の半分は筋肉故な!」


 わりと酷い。


「でもベラちゃんはまりちゃんを王位につけさせたいんですよねー? なのにまりちゃんのお兄ちゃんのこと評価してるんですねー?」

「いきなり大概な呼び名だな!? 政敵だからこそ相手の能力ぐらい正確に把握しておるわ! それなりに賢いが妾に言わせればまだまだよ! あの甘さでは他国に舐められよう! マリウスを王位につけて、妾が実権を握ったほうがよほど上手くいくわ!」

「面倒じゃないですかねー? 時々サポートして後は悠々自適の生活するほうが楽でよくないですかねー?」

「……成程……それもそうだの……」

「母上!?」


 突然の実権掌握宣言にも驚いたが、あっさり悩む姿にも驚いた。愕然とする息子を放置して、正妃はしげしげと甲冑姿のルーシーを見る。


「おぬし、知らぬ声の女だが、マリウスの情婦か」

「ちょっとペロッた仲なだけですよー。ごちそうさまでしたー」

「お粗末様という他ないの! 王に似て体だけだからの!」

「それが大事なんですよー」

「違いないわ! ハハハハハ!」


 やり玉にあげられたマリウスこそたまったものではない。顔を覆ってしまった王子に、近くの近衛兵が気の毒そうな顔をした。


「だが、問題があるの! 妾がやりたい改革と、奴のやりたい改革は一致せぬ!」

「欲しい肉があったら取り合いになりますもんねー」

「そうだ!……だがあの第一王子、見所はあるの……したが妾はこの国を菓子大国にするという野望があるからの。小国ゆえ輸入にも苦労するが、流通を整えばやれんこともない。だが、王め……結婚前は言葉を弄していかにも可能なように言っておったくせに、最初に掲げて負った目標の半分にも至っておらんではないか! おまけに年々予算は減る一方! このままでは人を雇って素材を探すことも出来ん。小豆を探す目的もある! 譲れんの!」

「貿易が目的なんですかー?」

「日持ちがせんから貿易には向かんの。一つの文明に特化すれば小国であろうと力を持てる! 長年の研究でようやっと砂糖の量産が可能となったのだ。乳製品も改良が進んでおる。この大陸の菓子業界に一大センセーションを巻き起こし、菓子ならばカルロッタと言わせるようになるのが妾の野望よ! どうしても手に入れたいと思わせるものを用意できればこちらの勝ちよ。人は自然と集まろう!」

「あー。ロルカンでグランシャリオの人がやってた感じですねー。武器防具のいいのを回してるから、旅人が増えたそうですよー」

「妾の先を行くとか……!! したが、成功例があればやりやすいの! ちなみに菓子類は何かないのか!?」

「おまんじゅうとかありますよー」

「……何餡だ?」


 いやに真剣な顔で言う王妃に、ルーシーは首を傾げた。

 ややあって、ああ、と頷く。


「小豆がいるんでしたねー? ありますよー」

「どこに!!」

「うちの大陸にー」


 その瞬間の正妃の表情に、息子であるマリウスですら度肝を抜かれた。


「……そこにあったのか……」

「? ありますよー? こちらの大陸には無いんですかー?」

「無い……いや、もっと遠くまで探せば、あるやもしれん……だが、青豌豆(グリーンピース)隠元豆(インゲンマメ)は見つけれたが、小豆は見つけれんかった……。何故無いのかと……そうか……海の向こうにあったのか……」


 正妃の目には涙があった。感情を堪える顔は、ずっと探していたものの所在に、ようやくたどり着いた人の表情だった。

 マリウス達は正妃の様子に顔を見合わせる。彼等には何が起きているのか全く分からなかった。正妃が昔から食べ物に並々ならぬ関心を寄せ、その取り寄せに血眼になっていたのは知っている。正直、飢える者もいるのに何をしているのかと思うほどだ。そのせいかとも思ったが、執着の度合いが異常だった。


「交流無かったから、流通しなかったんですねー。グランシャリオの人達に話通せば、すぐに貿易出来ると思いますよー? 大福は、私達も好きですしねー」

「……うむ……そうか。大福。うむ……食べたことも無いが、何故かな、やはり、味も姿もなんとなく分かる……そうか……そうか……」


 一瞬、顔をくしゃくしゃにした正妃に、そんなに食べたかったのか、とは問わなかった。顔を見ればわかる。

 ルーシーはポムから預かった連結無限袋を漁ると、見つけた物を取り出した。お皿に何故か王冠の飾り物があったので、除けておく。


「うちのお菓子でよかったらー」

「…………」


 白いふっくらとした丸いものに、マリウス達は首を傾げ、王妃は微笑んだ。泣き顔のような笑みでおそるおそるそれを摘まむ。くにゃりと歪む柔らかさにいっそう笑った。


「ふふ……」


 こんなに柔らかい表情の正妃を誰も見たことが無い。

 顔を見合わす一同の前、一口食べた正妃は喉をつまらせたようにえずき、何かを呟いた。


『――――』


 ルーシーは首を傾げる。聞いたことのない言葉だったが、なんとなく意味は分かった。


 おかあさん、と。彼女はそう呟いたのだ。






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