53 茨の棘
細く暗い通路に足音が響く。
遠く聞こえるのは招集の笛と、剣戟の音。大気を震わせる魔力の流れは、どこかで魔法が使われている証拠だろう。荒々しい怒号には悲鳴が混じり、戦いの激しさを遠く離れた俺達にまで伝えてくる。
案内のため、先頭を走るリベリオの気配は険しい。その背中に焦燥と悲嘆がみえるのは、自国の民同士で血を流しているからだろう。――それでも、俺達を戦わせないと彼は決めたのだ。
足音は四人分。いない二人について、リベリオは何も言わなかった。密かに別地に向かわせたと気づいただろうに、沈黙で流してくれたのだ。
「先の通路を右へ曲がる! しばらく直進すれば通路だ!」
「わかった」
余計なことは何も言わず、ただ走る。
普通の通路はすでに危険な為、階下と呼ばれる使用人用の通路を走っていた。剣を振り回すことも出来ない狭い通路は、逆に戦闘を避けて走るには向いている。戦いを目的とした連中は通らず、使用人は戦の気配に部屋に立て籠ってやはり通路に出てこない。結果、行動を阻害されることなく駆け続けることが出来た。
竜のもつ気配察知と空間把握能力で気付いたのだろう、角を曲がってすぐシンクレアが声をあげた。
「カルロッタの王子様? 一つお聞かせいただいてもよろしいでしょうか? 城の内部、それも入口側に向かっている気がいたしますが、もしかして正門からお出になりますの?」
背後を守りながら走るシンクレアの問いに、リベリオは「いや」と否定する。
「入口までは行かない。途中に隠し通路があるんだ。……他にもいくつかあるけれど、事情があってね」
「事情?」
「……内庭に通じるものや、一部のものは教会に通じている。内部から敵が出た、と言っただろう?」
「つまり、逆に通路を使われたのか……」
「皮肉なことにね」
本来ならば王族を守る道であったはずだ。教会の『大陸全土に信徒を持つ』という『威』は、脱出口である教会を不可侵のものにする。そこへ逃げ込み、安全に王都を出る手筈だったのかもしれない。
――成程、皮肉だ。
その教会が、あろうことか王位継承者争いに身を絡ませ、さらには武力をもって城に攻め込んでくるなど。
「通路を作った当時では考えられなかったこと、か」
「……それはどうだろうね。その通路の制作に、後に大神官の位を私有化した連中が絡んでいる。もしかすると、あの時から企んでいたのかもしれない。いつか、機会があれば国を乗っ取れるように」
「……世も末だな」
ロベルトが嘆息をつく。
俗世の権力と教会が癒着することはあれど、王城に教会の神殿騎士や神官が乗り込むなど前代未聞のことらしい。少なくとも、リベリオが知る大陸史ではそんな前例は無かったそうだ。
……やはり、俺達魔族と関わったのが引き金だろうな……
「じゃあ、今から行く所は――」
「そちらと合流しない別ルートになる」
「成程」
背後のロベルトが頷く気配を感じながら、俺は意識圏を広げた。使用するのは【索敵】の魔法だ。拡大された索敵範囲内に、反応が固まっている場所が幾つもある。
一つは正門側。ここが最も密集している。正確な数が分からないほどだ。
もう一つは中庭側。こちらも密集率が高い。城側からと庭の途中から、続々と人が増えている。庭の途中にあるのが、リベリオの言っていた『教会に通じる隠し通路』か。
次に目立つのは城の奥だ。こちらは続々と人が集結しつつある感じだ。おそらく王達がいるのだろう。
それ以外にも、城のあちこちから数十人単位の塊が移動している。
「心配なのは、その通路の位置がバレる可能性が高いことじゃねぇかな。このまま行ったら、近くに誰かいれば見られるだろ?」
「緊急事態だ。それに、街内にある隠れ家に出るルートだから、街の外に出る脱出路より重要度は低い。君達の買った屋敷にも比較的近いはずだよ」
「あー、成程。ただ、レディオンの屋敷、今頃包囲されちまってたりしねぇかな……」
「それは――……」
「待て」
俺は咄嗟にリベリオの二の腕を掴んで引きとめた。それほど力を込めたつもりはなかったが、「うわ!?」と声を上げたリベリオがバランスを崩しながらかろうじて足を止める。
「うおわ!? おい、レディオン!」
後ろのロベルトが俺にぶつかってのしかかるが、反応する余裕が俺には無かった。
同じく察知したのだろうシンクレアがロベルトの傍らにつく。
「レディオン、何事だ? まさか、屋敷に近いルートには触りがあるとか――」
「違う。誰かいるぞ、行く先に」
「え!?」
行く先に人の気配は無い。けれど、俺の索敵には引っかかっている。
奇妙な感覚だった。肌がザワザワする。この感覚は、神族と相対した時に似ているが、未だに気配が無いのが気味悪かった。ここまで気配が無いのは、ポム以来だ。
誰だ、と誰何する前にシンクレアが光の魔法を放った。光は鮮やかに人がいるだろう場所を照らし――
「な……」
リベリオが絶句した。
照らし出された背の高い男が目を細める。
端正な顔。ややつり目がちな目。無駄なく鍛えられた肉体。手にもっているのは、黒い布に覆われた頭部の大きな棒のようなものだ。光を弾く白銀の鎧は、見たことのない意匠が施されている。年は三十後半か。けれど顔の半分以上が化粧で彩られ、実際の年齢はよく分からない。
俺は嫌な動悸を覚えながら小さく呟く。
「――ここで、出るか」
神騎士――ロモロ・リッチャレッリ。
「や~っぱりここを通ったザマス。愚者や凡夫は逆に読みにくいザマスが、下手に御利口だと行動が読みやすくていけないザマスね~ェ? リベリオ殿下?」
「……ロモロ。なぜ、ここにいる」
悠然と、むしろ楽し気に、ニヤリと笑みながら口を開いたロモロに、リベリオは緊張をはらんだ声で言う。無意識にか、俺の前に改めて立ち直す姿は、我が身で守るかのようだった。
「なァぜェ? わざわざ問うようなことザマスかァ? 魔族がそこにいて! 神騎士たる私がここにいる!――理由なんて、一つザマス」
「彼らは何一つ悪いことをしていない!」
「だから、なんザマス?」
厳しく言い放ったリベリオを、ロモロはひやりとする眼差しで跳ねのけた。
「その連中は魔族ザマス。理由なんて、それで全てザマス」
一瞬、時間が止まった気がした。
呼吸すら忘れた。
頭の中が真っ白になった。
魔族だから。ただそれだけ。
悪いことをしたかどうかなど、関係ない。
それなら、俺は――
「レディオン!」
「っ!」
耳元でロベルトの声がしたと同時、力づくで押し倒された。頭上で凄まじい金属音が響き、火花が散る。一拍遅れて轟音が響き、左右の壁が一瞬で崩れた。差し込む光の中を埃が舞う。ロベルトが俺を抱えてその中に飛び込んだ。
「ロモロ!」
「殿下が出来るのは黙って下がっておくことだけザマ~ス。邪魔するなら次は退けずに纏めて滅殺するザマスよ?」
「お前は、レディオン達が街を救ったことを、悪し様には言わなかったじゃないか!」
見ればリベリオも通路の端に転がされていた。おそらく、俺に攻撃する寸前、引き倒して退かしたのだろう。壁に強打したらしい肩を押さえている。
「分からないザマスか? 単ッ純ッなッ話ザマスよ?」
「分かるはずがないだろう!? 彼らの存在を否定するなら、彼らの行いを擁護した理由は何だ!?」
「ワタシは事実を告げただけザマス。街を救ったのは彼ら。街が救われたのも『死の黒波』が発生していたのも事実。たったそれだけザマス。実際にあっただろうことが明白なのに、なーんで嘘をつく必要があるザマス? 本当にあっただろうことを、口にしただけザマス。擁護した? 心外ザマスね。事実を告げたらそうなっただけザマス」
リベリオが絶句しているのが見えた。
「ま~だピンとこないザマスか~? 『善悪は関係ない』んザマス。彼等が今までやってきたことは善行ザマスよ。理由なんて知らないザマス。ただやってきたことは善行ザマス。――で? それが何だっていうんザマス?」
「……ロモロ……お前は……」
「『種族・魔族』――それだけが、ワタシが戦う理由ザマス。それ! だけ!! ザマス。お利口な頭に届きマシタザマスか~?」
ギャリギャリと耳に痛い音がする。ロモロの持つ奇妙な棒のようなものを押しとどめているのは、いつの間にか立ちふさがっていたシンクレアの深紅の鎌だ。
リベリオとロモロのやり取りの間に、俺を抱えたロベルトは崩れた壁を越えた通路の端で身構えた。
「クレアさん!」
「そのまま離れていてくださいませ、ロベルト様。レディオン様をお願いいたしますわ。……いかに非戦闘たれと命じられようと、ここは曲げていただきます」
うっすらと笑みすら浮かべてシンクレアはそう告げた。リベリオから視線を外したロモロの方も薄笑いを浮かべており、実力の底が見えない。
嫌な予感がした。以前に見たロモロの能力値なら、シンクレアの足元にも及ばない。なのにあの余裕は何だろうか。竜魔族の力の結晶とも言える刃を受けて、いっさい壊れる様子のない武器も驚きだった。
「なんだあの……異様な……棍棒……?」
ロベルトが険しい顔で呟く。
覆う黒い布のうち、刃が触れた場所が裂けて中身が見えていた。鎧と同色の金属棒。いや、これは――メイス。
「神器の類ですわね」
シンクレアの笑みが深まる。美しい顔の中、目が爛々と輝き始めた。その瞳は宝石のような竜眼に変わっている。
「竜魔ザマスか。汚らわしいザマス!」
「欲にまみれた人の子ほどではありませんわね?」
耳に痛い金属音が響く。ギャリッという嫌な音をたてて、シンクレアの鎌に引き裂かれた黒布の下が露になった。
「『光輝』!!」
愕然とした顔でリベリオが叫んだ。
布の下から現れたのは荘厳な装飾の施された儀式メイスだ。壮絶に鳥肌が立った。印象は、宝冠を被った神殿の扉。四面に異なる扉を持つ長方形の下、そこから伸びる部分にも過度な装飾が施されている。その柄も普通より太く、長い。
「神殿の秘宝を持ち出したのか!」
「人聞きが悪いザマス。もともとワタシの物ザマス」
「馬鹿な! 神宝として教会から指定されている品だぞ!?」
狼狽しているリベリオに、ロベルトが低い声で問う。
「どういう武器なんだ?」
間近にある顔は、見たこともないほど鋭く険しい。
「世界に七つある神器の一つ、儀式魔法【光は我と共に在り】を単体で放つことも出来るという、光に特化した殲滅用儀式戦棍だ。常に周囲の魔力を強制的に集める性質があって、いつもは第一神殿の最奥にある魔導装置で城や神殿の魔法維持に力を変換している。魔法使いにとっては天敵ともいえる武器だ」
「ンフフ~? それだけだと思うザマスゥ?」
「あったところで、使わせなければよいだけですわ」
音すらも置き去りにシンクレアの姿が消えた。直後に轟音が響き渡る。破損していた壁がさらに砕け、使用人通路の向こう側へとロモロを吹き飛ばした。続けざまに金属音が鳴り響く。途切れぬ音は雨のような斬撃に比例する。あの長大な大鎌でどうやってと思うような速度だが、これに対応しきるロモロも尋常では無い。
「……おい、レディオン、しっかりしろ!」
――それらの様子を茫然と眺めていた俺をロベルトが乱暴に揺すった。
「……ロベルト……」
「いいか!? 神殿の――教会の連中は、お前達を頭ごなしに否定する! そんなのは最初から分かっていたことだ! 覚悟してきたんだろうが!?」
覚悟――
そう、覚悟はしていたはずだ。決して相いれないと拒絶されることも。
けれど、ああ、どうだろう。
初めての街で、初めての人間達に受け入れてもらった。
例え正体を明かしていないからかもしれなくても、行動すればそれに応じて人は変わってくれるのだと、そう思える――そう信じれる――そんな人達と沢山出会えたのだ。
だから、もってしまった。
信じてもいいんじゃないか、という希望を。
行動は結果に結びつくのだ、という願望を。
……そう、分かっていたはずだ。そんなものはごく一面でしかないことを。今まで優しい人達の中にいて、会う人会う人に、温かい態度をとってもらえたからって、それが世界の全てであるはずなんてないのに。
目を開いて見るといい。
ロモロが現実だ。
例え何をしようと、魔族だというだけで拒絶される。
悪だと断じられる。
分かっていて――いや、知っているからと、これまでの優しさに現実を見誤って――結局、分かってなどいなかったのだ。
なら、俺は――
俺は、いったい、
何のために、生まれて――生きて――足掻いているのだろう?
「レディオン!」
「ロベルト……俺は――」
「お前の前にいる俺はなんだ!!」
揺すられ、強い目で睨まれて瞬きした。
ロベルト。
初めて会う、他の誰とも違う規格外の勇者。
「言ったはずだぞ。俺はお前を選ぶと。人が全てお前の味方じゃなくても、俺自身が証明だろうが! 人の全てはお前の敵じゃない! お前に感謝し、お前を慕い、お前を心から愛してる奴だっているだろう!? 忘れたのか!?」
脳裏にジルベルトの顔が浮かんだ。
モナ。
支部長。
それに――リベリオ。
瞬きすると、ぼやけていたものが消える。
真剣な表情のロベルトがすぐそこにいた。
「全てを望むな。全てを諦めるな。傲慢になれ! 人を救おうと遮二無二動くお前は、茨の道を進むのを選んだんだろうが!? 棘の一つや二つ刺さった程度で、いちいちこの世の終わりみたいな顔するんじゃねぇよ! お前は独りじゃない!! 俺達のことを忘れるな!」
唇を噛んだ。
でないと、何か言葉ではないものが口から零れてしまいそうだった。
ロベルトは俺の頭をくしゃりと乱暴に撫でてから、いつの間にか俺の傍に駆け寄っていたリベリオに俺を渡す。
「頼む。こいつはあんたが想像してるような奴だが、同じぐらい想像してるようなお人よしなんだ。支えてやってくれ」
「心得た」
しっかりと体を支えられて、俺はリベリオを見、ロベルトを見た。
ロベルトはニッと笑って、次に戦場へと対峙する。おりしも鋭い音をたてて武器を打ち合わせ、ロモロとシンクレアが離れたところだった。
竜魔族最強の女王と、同等。
シンクレアの口に凶暴な笑みが浮かんだ。嬉しくて嬉しくてたまらないという顔だ。
「これだから魔族は嫌ザマス。普通なら昏倒してるような魔力吸収の力場でケロッとしてるんザマスから」
「残念ながら、その力如きでは私を減退させるには及びませんもの」
「あー嫌ザマス嫌ザマス! しかも何ザマス? そっちの。神々の寵愛を得ていながら、魔族の味方するとか、馬鹿じゃないザマス?」
「誰が欲しいなんて言ったよ」
チラと横目で見られて、ロベルトが吐き捨てるような口調で告げた。
「俺は、こちらで生まれてからずっと、『普通』に生きるって決めてたんだよ。なのに、こんな体にしてくれやがって!」
「不遜ザマス。どういう体で生まれるかはそれこそ運命の神の思し召しざます」
「あーそーだろーなぁ、そうだったよ。……かつての俺は――いや、かつての俺も――そのせいで辛ぇ思いを味わされたんだ。歩くための足も、物をつかむ為の手も、自由自在に動ける体そのものが、俺にとっては欲しくてたまらない至上のものだった。それだけでよかったんだ! それがなんだ!! やっと手に入れたのだと、ようやく普通の生活を人並みに味わえるんだと思ったら、また取り上げられた!! 異常に気付いた時には、他人から見たらただの化け物だ!!」
「……なんザマス……アナタ、まさか」
「神族が何だ! 精霊が何だ!! 望んでも無いものを知らないうちに生まれつき与えられて! 振り回されて! いつか運命に殺されると知って、誰が感謝なんかするものか! 俺の命も、俺の運命も、俺のものだ!! 傀儡を欲しがる連中の願いなんざ知ったこっちゃねぇ! 俺の道は俺が選ぶ! 俺は、レディオンの側につく!! 例えてめぇらがそれを悪だと勝手に断じてもな!!」
ロベルトが腰にさしていた見えない何かを抜き放った。
光が見えた。
何も無かったはずの場所から引き抜かれたのは、流れる風のような、炎のような、不思議な意匠をもつ長剣だった。生きているかのように瞬く刀身から、不思議な音が聞こえてくる。
「その、剣――アンタがそうザマスか!」
ロモロが形相を一変させた。今までの余裕めいた表情が憎悪すら宿る険しいものへと変わる。
「勇者!!」
リベリオが驚いた顔でロベルトを見た。
ロベルトは決意を宿して告げる。
「神騎士ロモロ! 他者の為に涙し、共に歩かんとする者すら悪と断じるのがてめぇら教会だというのなら! 俺は教会を認めない! 当代勇者の名において、てめぇらこそ悪だと断じる!!」
「作られた傀儡ごときが一丁前の口をきくんじゃないザマス! いずれ淘汰される命の分際で!!」
「生き抜いてやらぁ! 俺にはやらなきゃいけねぇことが出来たからな!!」
声と同時、ロベルトが踏み込んだ。一瞬にも満たない刹那に飛び込み、放たれた斬撃をロモロの神器がギリギリで迎え撃つ。
ぶつかりあう力の余波で床の石畳に亀裂が走った。
先の攻防を凌ぐ応酬に周囲が音をたてて崩れはじめる。
「謳え!『切り開く者』!!」
「防ぐザマす!! 『光輝』!!」
熱すら感じる光が嵐のように荒れ狂った。それを渦のように何かが吸収する。
メイスだ。
扉のように感じた四面の一つが荒れ狂う光を吸う。同属性完全吸収かと思われたが、ロモロは嫌そうな顔で舌打ちした。
「『光輝』で吸収しきれないとか、馬鹿にしてるザマス!!」
「どっちが! 流して防ぐとか出鱈目だな!――つっても、完全には無理だったみてぇだな!」
「あの化け物に邪魔されないよう、結界張ってる分だけ不利ザマス。そうでなきゃ、とっくに撲殺ザマス!」
「おお、だったら余計に攻め立ててやるよ! てめぇが不利なうちにな!」
「ホンット勇者って連中はムカつくザマスね!!」
地のすれすれを飛ぶように駆けるロベルトに、ロモロは嫌そうな顔で迎え撃つ。下からすくい上げるかのような一撃かと思いきや、途中でどう切り替えたものか斜めに斬撃が走った。
「ちィ……ッ!」
ロベルトの剣は騎士のそれとは大きく違う。不思議なことにどちらかと言えば魔族寄りだ。薄く肌を割いた一撃にロモロが眦をいっそう釣り上げた。
「もう怒ったザマス!」
光が溢れた。
ロベルトの放った光とは別種の光だ。
ロベルトの剣が鮮烈な輝きなのと違い、ロモロのメイスが纏うのは輝きを失った光だ。目を灼くような輝きのかわりに、重く圧縮された力を感じる。
「いけない……ロベルト様、お集りくださいませ!」
場をロベルトに譲っていたシンクレアが、ロベルトの腰を引っ浚うようにして俺達の側に駆けてきた。リベリオが叫ぶ。
「正気かロモロ!? 城には民も、お前の仲間もいるんだぞ!?」
「隠蔽に特化した頑丈な結界は張ってあるザマス。別の目的のものザマスから、どこまで耐えるかは知らないザマスけど。もし壊れて被害が出たとして、破壊の全ては魔族のせいザマス。問題無いザマス」
「汚ねぇぞ! 神騎士!」
「黙らっしゃい! 嫌なら大人しく殺されておくことザマス!」
「自分勝手すぎんだろ!?」
「でーはー戦うザマスか? さっきより激しく戦うザマスか? 神騎士であり教会でも民の信頼が屈指のこのワタシと! 私が傷ついたら民はどう見るザマース? 犯人はどう見られるザマース? その筋肉でできた脳みそでよぉく考えるザマス!」
「てめェ!」
ロベルトが激昂したが、リベリオは顔を青ざめさせた。
ロモロがこの国で誰よりも民に信頼されているのは、ルーシーからの話で聞いている。
そんなロモロが俺達に戦いを挑み、戦って傷ついたとなれば民の大半はそれだけで俺達を悪だと判断するだろう。
リベリオが言っていた。戦ってはいけないという相手の筆頭は、このロモロなのだ。
「すでに襲ってきて応戦した時点で一緒だろーが! 今更盾にしようとすんじゃねぇよ!」
「そのわりには動揺するザマスね~ェ? いい気味ザマス! 魔族も魔族に味方する連中も、皆等しく滅びるザマス!」
「ロモロ!」
リベリオの声に、ロモロは一瞬だけ嫌な笑みを消してリベリオを見た。
「残念ザマス。正直、この国を続けさせる為には第一王子が必要だったザマス。抵抗には第二王子が必要だったザマス。けれど、仕方がないザマス」
光がその厚みを増す。輝きの無いままに、圧倒的な力の塊と化して。
「この国は破棄されるザマス。奇跡が魔族の手によるものならば、なおのこと滅亡は免れないざます。一足先に死んでおくザマスよ。痛みは無いザマス」
「待て! どういう意味だ!?」
ロモロは答えない。
四面全てが開いたメイスの先をこちらに向ける。王冠に似た頂が輝いた。
俺は反射的に時空結界へと力をそそぐ。
そして――
「【光は我と共に在り】」
音が消えた。
景色が消えた。
周りに三つの体温。
その中で、
パン、と。
薄っぺらい何かが割れる音がした。
●
ふと、こめかみに暖かなものが触れて、俺は視線を上げた。
触れたもののかわりに、びっくりするほど形の美しい指が俺の目元を軽く拭う。
「……ポム?」
ポムだった。いつ来たのか、分からない。だが確かに、そこにいるのはポムだった。
「どうして……王達の方は……?」
ポムは答えなかった。
周囲を見ると、メイスによる魔法が放たれる前と何一つ変わっていなかった。
ロモロは険しい表情でポムを睨んでいる。不思議なことに、その表情は今までと別人のように見えた。
「――あくまで邪魔するザマスか」
声のトーンすら違う。落ち着いた、けれど、ゾッとするような声だ。
ポムはそれにも答えない。ただ、表情の消えた顔で、感情の消えた目でロモロと向き合う。
その顔は、どういうわけか、この世のものとも思えないほど美しく見えた。
――気配すら感じず、傍にいてすら本当にいるのか怪しいぐらい存在感が無いのに。
ロモロもまた、姿が見えていなければそこに居ることが分からない気配の無さのまま、メイスを握りしめた。
ポムの口が開く。
どうやって来て、何をしたかの説明も無く、ただ一言。
「――殺す」