魔界行編2・長閑な道程[7月2日更新分]
「浩之君が言うには、大体のところは理解できているということじゃったな。それならば、話が早い。また一から話をするのもチト面倒でな。どうして、とか何で、とかもなしじゃ。とにかく君たちは現在魔界にいるということを理解しておくれ」
馬の御者役をエテ吉に譲り、爺さんが荷車の中にやってきて開口一番そう言った。
しかし……何でも出来る猿じゃのう。一家に一台欲しいぐらいだぜ。名前はアレだが。
「そして、君達が魔界に来ることになってしまった原因、すなわち媒介者や修正者というワードについても概ね理解しているという認識でいいのかね?」
「うむ、寝ている間に謎の声が大体の事を教えてくれたんで」
「謎の声って何?」
「ほっほ、そりゃ結構じゃ。藍ちゃんや、謎の声の話は今からするからちょっと待っていておくれ」
カッポ、カッポと馬の蹄の音と、ゴトッ、ゴトッという荷車の車輪の音と衝撃を除いては、長閑な風景と陽射しが降りそそいでいる。
何だかすごくファンタジーな気分だ(謎
「謎の声とは……昨日、藍ちゃんと話しているときにも出てきたんじゃが、それこそが媒介者足る所以なんじゃよ。浩之君を媒介者たらしめる所以が謎の声なんじゃ」
「昨日創造主様の話はしたのぅ? ……そう、この次元世界を創った所謂神様みたいな存在じゃ。謎の声はその創造主様の遣いだと思ってくれればいいかのぅ。次元世界に修正が必要な時、媒介者にそっとアドバイスをしてくれる存在なんじゃ」
「へぇ……本当なの浩之君?」
「いや、その辺は俺にもよく分からんですたい。何せ有益なアドバイスなんぞしてくれねぇもんで」
俺は自分の頭を小突きながらそう言った。
「これこれ、失礼なことを言うもんじゃない。アドバイスしてくれないのではなく、今はまだ必要ではないから余計な先入観を植え付けないためにも多くを語らないだけなんじゃよ」
「あぁ、何か謎の声もそんなこと言ってたなぁ、時期に分かるとか何とか」
「……本当なんですか、おじいさん? 浩之君の気が違っちゃったとかじゃなく?」
「――失敬なっ!?」
「ほっほ、そこはまぁ……多分だが大丈夫じゃろ。ギリギリセーフというやつじゃ」
「まぁ、浩之君的には、脳内ヘルプだと思っておれば間違いないじゃろ。緊急時には助けてくれるありがたい存在じゃて」
「脳内ヘルプねぇ……」
きっと困ったときにはイルカのキャラが脳内を踊るに違いない。
「……浩之君の頭が正気かどうかはこの際置いておいて、おじいさん、それで私たちはどこに向かってるの?」
「……いや、だから正気だってのに」
「っもぅ、うるさいわね、浩之君の頭の中身のことはどうでもいいの。それより、私達は元の世界に戻るためにどうすればいいのかを教えてほしいの」
ぷんすか、と何やら怒ったような表情で俺を諌める柚繰。
……何故にこんなに期限が悪いんでしょうか?
俺が起きてから怒られてしかいないような気がするんだが……あの日なんだろうか?
「まぁまぁ、落ち着きなさい藍ちゃんや。浩之君はちとアレじゃから広い心で対応せねばな。ほれ、怒ると美容に支障が出るじゃろうて」
朗らかに爺さんは笑ってそう言うが、アレって何だ?
「それで……えぇとどこまで話したかのぅ。……あぁ、どこへ向かってるのか、という質問じゃったか。年を取るといかんのぅ。おや、慰めてくれるのかロールや」
「どこへ向かっているのか、朝も少し話したが、平たく言えば王様のところへ向かっておる。あまねく魔界を束ねておる魔神のところへ、な」
茶目っ気たっぷりに爺さんはそう言ってウインクを一つかましてくれた。
茶目っ気を出してきた割にはおいそれとスルーできないワードがちらほらと出てきたのが非常に気になるが。
「魔神……? 魔界の王様……?」
「何か危な気なワードが出てきたなぁ……」
あまりにも現実離れしたワードに思わず柚繰と二人、訝しげに顔を見合わせてしまった。
「何で二人ともそんなに悠長に事を考えてられるの!? 魔神と言ったらこの世界で3本の指に入る実力者だよ!? まさに雲の上の存在じゃないか!?」
うわぁ、おいちゃんびっくりしちゃったなぁ、たはは(謎)と言わんばかりに、ロールが尻尾を立てて興奮している。
俄かには実感し難いが、イメージ的には俺達が一国の首相に会いに行くようなもんなのだろうか?
「字面から何か凄そうっていうのは分かるんだけれど……」
「正直、実感が湧かんというか、王様ってもろファンタジーで、ひげ面のイメージがなぁ」
「何言ってるの? 君たちの国にも王様っているでしょ? その王様に会いにいくってことと同じだよ?」
俺達が驚かないことをロールは訝しんでいる。
「ロールや、人間界では魔界でいう王様はあまり一般的ではないんじゃよ」
「そうなのかい? それじゃあ、君たちの国はどうやって国を治めているんだい? 」
「どうって言われると……」
「偉い人たちが国の方針決めているんだよ。俺たちはその偉い人たちが決めたことに従って生活しているってところだな」
「……? それは王様が治めているのと何か違うのかい?」
「何がって言われると……そこんところはよく分からねぇけどさ」
「ロール、人間たちは人間たちで知恵を出し合って話し合いで国を治めているんじゃよ。偉い人たちというのは国の代表の事なんじゃよ。その代表はその国に住む人間たちが選ぶという形になっておる」
「ふーん……よく分からないけど、人間たちは不思議なことをやっているんだね」
「なに、場所が変われば、統治者も変わるというものじゃ。何が良くて何が悪いということではないんじゃよ」
爺さんは優し気な瞳でロールの事を撫でていた。
同時に少しだけバツが悪い思いもする。
自分の国がどんな風に治められているか、なんて考えたこともなかった。
なんとなく生きて、何となく学校に通っていたが……猫の質問にすら答えられないなんてなぁ。




