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魔界行編1・旅立ちの朝

『……おきなさい……』


 んー……、誰? 僕チンまだ眠いんですぅ……。


 微睡みの気持ちのよい至福の世界から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。


『おきなさい……私のかわいいヒロユキ……』


 ぬぅ……眠いと言うてるのに……ていうかここはアリアハン?


「もうちょっと…………後二時間したら王様のところへ行くから……」


「訳の分からないこと言ってないでいい加減に起きなさい。起きないと……臭い目にあわせるわよ?」


「な、なんじゃそらっ!?」


 ガバッと勢いよく起き上がる。


 臭い目って何? 痛い目じゃないの??


「……やっと起きたわね。全く、怪我の影響で昏睡したのかと思って心配したじゃない」


 腰に手を当て、溜め息を吐いた柚繰の姿がそこにはあった。


「す、すまねぇ……」


 てっへりこ、と可愛らしく笑って謝ってみる。

ていうか、昨日まで絶賛重体中だったんだが……扱いがひどくない?


「ほっほっほ、起きたみたいじゃのぅ浩之君や。いやはや、王様のところへとはよく言ったもんじゃな」


 フライパン片手に爺さんがひょっこり顔を覗かせた。


「まずは、朝ご飯にしようか。込み入った話は飯を食いながらでもできるじゃろうて」







 リビングに移動して朝食を頂く。

パンとスクランブルエッグにコーヒーという見本のような朝食だった。


 ちなみに、バカ猫には一発蹴りをお見舞いしておいた。

「何をするんだ!?」とかのたまってはいたが、取り合わず。

ようやく気が晴れたといったところだ。


「血だ……血が足りねぇ……食い物じゃんじゃんもってこーーーい!!もぐもぐもぐ」


「……何バカな事やってるのよ、浩之君。行儀が悪いわよ」


「(ゴクンッ)……うっせぇやい。一度やってみたかったんだよ。もぐもぐもぐもぐ」


 ちなみに二番目にやりたかったことは、血を流しながら『なんじゃこりゃあぁぁぁっっっ!?』と叫んでみたかった。

実現はされず、無念也。


「賑やかな食卓はいいのぅ。なぁ、ロールや?」


「……僕はいつもの食卓の方が危害がないからいいけどね」


「そう皮肉を言うでないぞロール。雰囲気の違いを楽しめてこそじゃ」


 爺さんはロールの頭を撫でながらにこやかに笑っている。

実に平和な朝の朝食のワンシーンだ。

……ここが、魔界でなければ、の話だが。


「(もぐもぐ……ゴクン)んんっ。早速でなんだが、大体の事は理解しているつもりだぜ爺さん。細かいところはざっくりふんわりとだが」


「……そうなの? ていうことは、傷の影響でおかしくなっていただけ?」


 さらりと傷つくことを言う柚繰。

こいつは、人間界のときと大分キャラが違う気がするが……もっと深窓の令嬢みたいな雰囲気だったはずなのだが。


「ふむ、能力が解放されて地が出たんじゃろう。大体、君の友人たちのアクが強すぎて上手く自分を出せなかったんじゃないのかね?」


「……モノローグを読まないでくれぃ」


「ほっほっほ、読まずとも顔に書いてあるがのぅ。藍ちゃんや、あの時の浩之君は、浩之君であって浩之君ではなかったのじゃよ。言い方は悪いが、憑依されていたといって良いじゃろう」


「……憑依?」


「うむ、詳しいことは道中に話そう。二人とも出発の用意をしておくれ。小一時間したら出発じゃよ」


 ズズズ、とコーヒーを啜りながら爺さんはそう言った。


「え、出かけるって? どこへ?」


 柚繰が爺さんにそう質問した。俺も気になっている事だ。


「さっき浩之君も言ってたじゃろ? 王様のところへじゃよ」


 茶目っ気抜群に爺さんはウインクひとつで返事してくれた。



食後の後片付けをした後、食休みも早々に馬車に乗り込む。

エテ吉と呼ばれている猿?が、色々なものを馬車内に積み込んでいた。

……何て、できる猿なのだろうか。

遠目に見る分には、食糧やら飲料水やら寝袋やらと結構な量であった。


ちなみに俺達の荷物なんかたかが知れている(着の身着のままで魔界に転送させられたので)ため、準備する必要もなかった。

未だに学生服のままだというのが、この魔界の雰囲気をいまいち享受できない原因となっている気がする。

何とはなしに制服を叩いてみるが、


「……あれ? そういや、俺はそこの駄猫に刺されたんだったよな? 制服の穴が……縫ってある? 誰か縫ってくれたのか?」


「駄猫って言わないでくれるかな? その時の記憶がないんだから情状酌量の余地ありだよ」


俺の問いかけ(半分独り言)に対して、駄猫であるロールが返答をくれた。

しっかし、喋る猫とは……心臓の弱い老人だったらひっくり返っているところだぜ。


「へっ、何で記憶がないのかはいまいち良く分からんが、さっきの蹴りでチャラにしてやるよ」


「別に恨まれたままでも僕は構わないけどね。僕に危害を与えないのなら」


ペロペロと足の裏の肉球を舐めながらロールは俺をチラリと一瞥した。


「……ほーん、上等じゃねぇか、この駄猫が。こっちが下手に出れば図に乗りやがって」


「いつ君が下手に出たんだい!?」


駄猫が臨戦態勢を取りながら、ふしゃーっ、と俺を威嚇している。

畜生の分際で生意気だ。


「……全く、いつまでもそういう態度なんだったら君のその疑問には答えてあげないよっ!」


「お、何だお前、制服の穴について何か知ってるのか? 後でモンプチ食わしてやるから教えてくれよ」


「……モンプチって何?」


モンプチと食わしてやるというワードにひっかかったのか、臨戦態勢をピタリとやめたロール。


「人間界に存在するめちゃめちゃ美味い猫用の餌だよ。それはもう猫まっしぐらと評判な」


「に、人間界の食べ物だろ? 君たちが人間界に帰ってしまったら食べることができないじゃないか」


強がって俺に威嚇するふりをしているが、その足取りはふらふらと俺に近付いてきている。


「そこはお前、俺達を人間界に返してくれる奴と上手く交渉するんだよ。大体、返れるんだったら来ることもできるだろ?」


「そ、そうか、猫まっしぐらか……色々ね、うん、君もね、考えているんだね(じゅるり)。分かった、君の疑問には答えようじゃないか」


「はっはっは、何だお前も話の分かる奴じゃないか。悪かったな、駄猫なんていって」


「何、行き違いがあっただけさ。こちらこそ、色々悪態まで吐いてごめんよ」


グッと、俺達は拳と肉球を突き合わせた。漢の友情がここに成立したのだった。(主に餌付けで)


「それで、その制服の穴についてだけど……――っむぐっ!? んーんー!!むぐぅうぅぅ!!?」


「――……下らない話は後にしてもらえるかしら浩之君」


突如現れた柚繰に口を塞がれてしまったロール。


「え? い、いや、下らないって、僕チンの生死に関わる傷の話なんだけど……」


「黙りなさい。おじいさん、今朝の話の続きをしてもらえるかしら」


「ほっほっほ、元気じゃのぅ。よかろう、今朝の話と今までの話を少しまとめて話しておこう。何、しばらく馬車の旅じゃ、焦らずゆっくり進もうじゃないか」


馬の手綱をエテ吉に渡すと、爺さんがこちらを向いて座った。


 ……本当に何でも出来る猿だなぁ。






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