閑話3・創造主であるお方と世界が創造されるまで
※短編と同様のものですが、閑話用に書き上げたものです。
昔、むかし。それは太古の昔。
世界というものが存在しなかった頃のお話。
ここには何もありませんでした。
海も山も空さえも、ここには何一つありませんでした。あったのは広い広い空間だけでした。
正確には、空間ですらなかったのかもしれません。
有限や無限という概念もありませんでしたから。
その広い世界に、創造主であるお方が現れました。
【…………ここに世界を創ろう。平和で穏やかな、光溢れる世界を創ろう】
ひとつずつ、ひとつずつ。
全知全能であらせられる創造主であるお方は世界を。
ひとつずつ、ひとつずつ。
光を、闇を。
ひとつずつ、ひとつずつ。
空を海を。
ひとつずつ、ひとつずつ。
山を森を。
ひとつずつ、ひとつずつ。
そして、海には生命を。
全知全能であらせられる創造主であるお方は、丁寧に被造物をお創りになり、新しい世界を創りだされました。
一つの世界を作り上げられた創造主は、御自分の創りあげた世界を御覧になって、こう思いました。
【…………次は、もう少し違った世界を作ってみようか】
また、ひとつずつ、ひとつずつ。
全知全能であらせられる創造主であるお方は、再び丁寧に被造物をお創りになり、次の世界をお創りになられました。
新しくお創りになられた世界には、海に大きな生物がいるようです。新しく生を授けられた海の生き物は気持ちよさそうに波間を泳いでいました。
【…………次は、また少し違った世界を作ってみようか】
御自分の創られた世界を御覧になって、創造主であるお方は満足げに頷くとそう言いました。
また、ひとつずつ、ひとつずつ。くりかえし、くりかえし。
光を、闇を。空を、海を。山を、森を。そして新たな生命を。
それはそれは丁寧に新たな世界を創りあげていきました。
その内に、世界の数は増えていき、何もない広い広い空間だった場所に少しずつ、少しずつ世界が増えていきました。
一つ一つの世界に似ているところはありましたが、全く同じものはありません。
光が、闇が、空が、海が、山が、森が、そして生命が。
少しずつお創りになられた世界によって違ったのです。
そうやって繰り返し繰り返し、創造主であるお方が創られた世界に『人』が誕生しました。
1人きりで世界を創られていた創造主であるお方は、少しだけ、ほんの少しだけ寂しさを感じていました。
今までに創造主であるお方がお創りになられた世界の生物たちは、自分たちをお創りになった創造主であるお方に懐いていました。
自分たちに生を与えこそすれ、危害を加える事はない、と分かっていたから。
しかし、生物たちに意思を発露する器官が備わってはいませんでした。
勿論、全身全霊を込めて、生物たちは創造主であるお方にその意思を行動で示します。
勿論、創造主であるお方はその意思を汲み、またそれぞれの生物たちに等しく愛を注いでいました。
不満があった訳でも、生物たちへの愛が喪われた訳でもありません。
ただ少し、ほんの少しだけ創造主であるお方は寂しさを覚えただけ。
私達のような『人』である生命をお創りになられた創造主であるお方は、その他の生物たちと同じようにお創りになられた『人』と接します。
お創りになられた世界に降り立った創造主であるお方は、お創りになられた『人』に問いかけました。
――私が何者であるか分かるか、と。
『人』である生命は答えました。
分からない、貴方は何者だ。
新しくお創りになられた世界に誕生した『人』である生命は、今までの世界の生物たちと違い、知能を有していました。
また、動植物たちとは違い、警戒心や猜疑心も有していたのです。
初めて見る自分たちとは違う何者かの出現に、『人』である生命たちは戸惑い、怖れました。
再び創造主であるお方が口を開きます。
――私は、お前たち『人』を創ったものだ。お前たちが暮らすこの地面も、お前たちが目にする茫洋たる海も、青く澄み渡るこの青空も、私が創ったのだ、と。
その言葉に『人』である生命は、口々にこう言いました。
貴方の言うことは信じることが出来ない。空を、海を、山を、大地を、どうしてその身一つで創りあげることができようか、いや、できない。
お前は私達を騙してひどいことをしようとしているのではないか。
お前の言うことを信じてほしいならば、何か信じるに足ることをやってみせろ、と。
創造主であるお方は、困ってしまいました。
まさか、自分の創った『人』である生命からそんなことを言われるとは思ってもみなかったのです。
――信じるに足ること、とは何だ。何をすれば、私がお前たちを創ったと信じるのだ。
困ってしまった創造主であるお方は、自らがお創りになられた『人』である生命に問いかけます。
雨を降らせてみろ。この青空の下、雨を降らせることが出来たなら、私たちはお前の言うことを信じよう。
もし、降らせることが出来ないのであれば、私たちはお前の言うことを信じない。
なんだ、そんなことか、と創造主であるお方は思いました。
創造主であるお方は世界をお創りになられたお方です。
雨を降らせることなど造作もないことでした。
――ならば、降らせてみせよう。
そう言って、創造主であるお方が念じると、青く澄み渡っていた青空が俄かに雲量を増していきました。
大気に満ちる水蒸気を使い、空一面を雲で覆います。
程なく、ぽつり、ぽつり、と水滴が空より落ちてきて、瞬く間に雨となってこの地に降り注ぎました。
――どうだ、これで私がお前たちを創ったと信じることができるだろう。
天を仰いでいた創造主であるお方がお創りになられた『人』である生命に向き直ると、『人』である生命は、自らの身体が汚れることも厭わず、地に平伏していました。
――何をしている。お前たちが望んだ雨を降らしたのではないか。地に平伏して何とする。
全知全能であるお方に何とひどいことを申し上げてしまったのか、誠に申し訳ありません。貴方様は私たちをお創りになられた『神様』です。先程までの無礼の数々、平にご容赦ください。
『人』である生命は、雨の煙る大地に平伏し、非礼を詫び、畏れ戦いています。
『人』である生命にとって、自然とは大変な脅威でした。自分たちではどうにもならない自然の力を畏れていたのです。
その自然を操ることが出来る創造主であるお方の存在は、『人』である生命にとって恐怖以外の何物でもありませんでした。
――いや、そうではない。私はお前たちに畏まって欲しい訳ではないのだ。私はお前たちが幸せに暮らしているかを聞きに来たのだ。
思ってもみなかった『人』である生命たちの行動に、創造主であるお方は驚いてしまいました。
創造主であるお方は、『人』である生命たちと会話をしたかったのです。
これでは、これまでに創りあげた生命たちと触れ合っている方が余程心温まる思いでした。
私達は幸せです。神様である貴方様に、恵みの雨を降らせていただいて誠に感謝しております。
地に平伏し傅いたまま、『人』である生命たちはそう答えました。
――そうか。
傅いたままの『人』である生命を一瞥し、創造主であるお方は一言だけ発しました。
悲しげな顔で、創造主であるお方はこの世界を離れました。
…………こんな筈ではなかった。
数多の世界をお創りになられた創造主であるお方――神様と名付けられた――は、初めて深い悲しみに囚われたのでした。
【…………次は、もっと違った世界を作ってみようか】
御自分の創られた『人』のいる世界を、創造主であるお方は悲哀を堪えた表情で見つめるのでした。
【ナコト写本 第2節・創造主であるお方と世界が創造されるまで より抜粋】




