異世界編7・魔界チュートリアルin浩之
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んぁ?
意識が戻ると、俺は暗闇に包まれた空間にいた。
……あぁ、ここには覚えがある。
夢で見た場所だな。
相変わらず、自分の五感は全て遮断されたように何も感じなかった。
最近何だかこんなパターンが多いなぁ。
この場所に来たということは、例の謎の声が話しかけてくるというところだろう。
ちょうど良かった、そろそろただの夢でないことも薄々分かってきたし、その他にも聞きたいこともあるしな。
【…………無事、死なずにすんだようだな】
空気を読んだのか、タイミングよく俺の意識に語りかけてくる声が、そう言った。
死なずにすんだ、ということは、全部知ってるってことですよね?
前に夢で見たときも、実は夢じゃなかったってことですか?
【…………多くを語ることはできないが、その問いに対しては、肯定しよう】
回りくどいっすね……今、実際問題俺たちはどうなってるんですか? ていうか、現実に戻ったら俺の傷は治ってるんすか?
【…………せわしない男だな、全く】
やれやれ、と言わんばかりの口調で声が答える。いや、やれやれというか、僕意識失ってたし……。
【…………時間もない。大体の経過については、教えてやろう】
え、いいんすか? 珍しいですね、気前が良いというか何というか。
【…………さーびす、というやつだ。起きた事柄については説明してもよいだろう。後の事は、部屋にいた老人に尋ねろ。お前たちが元の世界に戻るために尽力してくれるはずだ】
声の主がそれだけ言うと、意識の中に映像と言葉が流れ込んできた。
【…………理解する頃には目も覚めるだろう。…………すまんな、浩之】
うっ……え、な、何すか? 今、この流れ込んできたものへの対応で俺は忙しいんですが。
【…………気にするな。浩之、為さねばならぬことを為せ】
は、はぁ。まぁ、その為さねばならぬ、ということもよく分からないんですがね。
【…………直に分かる】
遠ざかっていく声が、何事かを告げている。
【……………………すまんな、浩之。全てはこれから始まるのだ】
微妙に聞き取れずに訊きかえそうかと思ったが、謎の声はどこかへ行ってしまったように思えた。
別段、何かの感覚で知覚した訳ではないが、不思議とそんな気がしたのだった。
間断なく流れ込んでくる映像やイメージの本流にようやく身を任せる。
平和だった学園生活、突然のドスの一突き、意識を失ってからの出来事、老人の柚繰に対する説明。
……成程、この一連の流れで俺はあの家に居た訳か。
老人についての言及や補足イメージはなかった。いまいち謎ではあるが、あの感じからすると敵ではないみたいだ。
謎の声も老人を頼れって言ってたしな。
老人の話によると、俺達は今、魔界という場所に転移していて、俺の腹の傷を治してくれたらしい。
それ以外は延々、現状に対する説明だったようだ。
柚繰もさぞつまらなかっただろうに。
何々……何者かに襲われた俺たちはとある理由で魔界に飛ばされて?
あの腹の傷のままだと死んじゃうからって、あの謎の声に俺の身体を乗っ取られて?
爺さんによると、俺と柚繰は世界からある役割を任されていて、それは世界を元のあるべき姿に戻すことだ、と?
『媒介者』である俺と、Correcter(修正者)である柚繰には役割を任じることが出来るよう能力が付与されている、と?
それが所謂魔法である――俺の腹の傷もそれで治した――、と?
…………。
どんなファンタジーやねーーーーーんっ!?
意識の内であらん限りの声で叫んでみた。
だが、意識不明の重体の間の一連の流れはこれで分かった。
……まぁ、分かったところで、こうなった事実を客観的に理解しただけなので、因果関係はさっぱりだったが。
いやはや、ラノベのステレオタイプみたいで嫌ではあるが、本当に思ってしまうもんなんだなぁ……どうして俺なんだろうか。
謎の声も肝心な事には答えてくれないしなぁ……柚繰と一緒に居たあの爺さんは答えてくれるのだろうか。
……もし、何かを知っているんだとしてもはぐらかされそうだなぁ。
まぁ、良い、当面の目標は決まった。
柚繰と共に俺たちの元居た世界に戻ることだ。
ここが魔界(とはいっても、意識が無かったので魔界にいる実感は皆無だが)とか言うところで、どういう方法で元の世界に戻ることができるのかはさっぱり分からないが、謎の声が老人を頼れと言うのなら戻る方法はあるのだろう。
何とかなる。成せば成る。成り行き任せだ。
……まぁ、ここはいっちょ長年隠してきた爪を出してみましょうかね。
決意も新たに現実世界に戻ろうとするが、
……これ、どうやったら現実世界に戻れるのだろうか?
いきなり前途多難の4文字が頭に浮かぶのであった。
[柚繰藍side]
浩之君の傷を治した後、眩暈のような感覚に襲われて私も頽れてしまった。
おじいさんが助け起こしてくれたが、両足にしっかりと力が入らない。
「ほっほ、荒療治が過ぎたかのぅ。今まで使ったことのない力を使ったんじゃ、軽い筋肉痛のようなもんじゃよ」
おじいさんは笑いながら、そう言って私を椅子に腰かけさせてくれた。
ちなみに私の寝床はサルのエテ吉が作ってくれているそうだ。
……万能ね、あのおサルさん。
「要は、普通の魔法とは考え方が違うんじゃ。普通の魔法は人や物に対して作用する現象として顕在するが、浩之君や藍ちゃんの魔法はそれらとはちと違う。言わば、『世界』に対して働きかける魔法なんじゃ。この魔界という『次元世界』が許容できる干渉ならば、何でも出来る」
勿論、疲弊も段違いではあるがな、なんて性質の悪い商法のように後付けでデメリットを説明するおじいさん。
疲労の色が濃すぎて取り合う気にならないので、とりあえず頷いておく。
「まぁ、要は慣れじゃよ。そこは筋肉と一緒じゃ。慣れれば慣れた分だけ、時間の短縮もできるし、疲労も軽減される」
おじいさんはその後も訳の分からない筋肉理論を展開していたが、要所要所だけ頷き、考える。
どうしても聞いておきたいことがあったからだ。
「…………何でもって?」
「ん? 何か言ったかの?」
「……何でもって、どこまで出来るの?」
疲労に何とか抵抗してそう訊いてみた。
「……何でもは何でもじゃよ。この世界が許容するのならば、世界の半分だって消し飛ばすことが出来る」
「だが、藍ちゃんが聞きたいのはそこじゃないんじゃろうな。君の問いかけに対してはノーと答えよう。『次元世界』を行き来することは個人の力では不可能じゃ。勿論、可能か不可能かで言えば実行自体は可能なんじゃろうが。圧倒的に出力が足りな過ぎるんじゃ。『次元世界』を行き来するのは『次元世界』にも負担がかかるしのぅ」
「『次元世界』の行き来にはもっとスマートなやり方がある。然るべき場所で然るべき方法で『次元世界』に負担をかけずに行う方が何かと都合がいいんじゃよ……時間はかかってしまうがな」
苦い顔でおじいさんはそう答えた。
方法はあるが、実行は現実的でない。もっと効率の良い確実性のある方法がある、ただし、時間はかかってしまう、か。
「……そう、分かったわ」
聞きたかったことも聞けて、張っていた意識もそろそろ折れそうだ。
「藍ちゃんの気持ちも痛いほど分かるがのぅ。今は、休息をとって身体を休めようじゃないか。後の事は明日また考えよう」
「……えぇ、そうするわ」
[浩之side]
パチッと目が覚めた。
またもや、薄暗い空間でやるせない気持ちになったが、どうやらここは意識が落ちる前にいた家のようだ。
傍らには、さっきまではなかった簡易的なベッドがあり、その上には柚繰が寝ている。
意識のみの空間でにっちもさっちもどうにもブルドックな状況でもがいていたが、気付けば現実世界に戻ってきていたらしかった。
「目が覚めたかね浩之君や?」
やおら声をかけられ、声がした方を向くと謎のジジイがろうそくのあかりを手に入口に佇んでいた。
格子状の寝間着に身を包んだ老人はどうみても好々爺といった感じで、悪い人間ではなさそうだった。
「ども、目は覚めましたよ。やや身体は怠いですけどね」
「ほっほ、あの怪我に出血じゃ生きている方が奇跡じゃよ」
ほっほっほ、なんて爺さんは笑っているが、俺そんなぎりぎりの状態だったのか。
そんなぎりぎりの状態の俺を前に柚繰に荒療治を課したのか。
「何はともあれ、主に感謝じゃな。意識を乗っ取られたとはいえ、命を救ってくれたんじゃからのぅ」
「……謎の声の事も知ってるんですか?」
「ふむ、知っているというと語弊があるかもしれんが、関わりは深いかのぅ」
「爺さん、アンタ何者なんです? 人間界から来た俺達、俺の意識に語りかけてくる謎の声のことまで知っていて……後の事はアンタに聞けって言われてるんですが」
「はっはっは、浩之君や、そりゃ、秘密じゃよ。詳細に語ると、膨大な紙面を要する。そろそろ、次の話にいかねば物語も遅々として進まんからのぅ」
関係各方面からもお叱りを受けておるしのぅ、と結ぶ爺さん。
全く、意味が分からなかった。
「……そういうメタ的な発言はアレとしても、簡単に自己紹介ぐらいはしてくださいよ。爺さんの名前すら俺は知らないんですから」
「名前? おぉ、そうか、名前か……盲点だったのぅそれは」
ぽりぽりと爺さんは頭を掻きながら思案している。
盲点て……怪しさ満点だろ。
「そうじゃなぁ、名前は……ベルガラス。そうじゃな、わしの名前はベルガラスということにしておこうかのぅ」
「しておこうかのぅ、って……偽名を隠す気もないんすね」
「その辺色々と難しいんじゃよ。普段は爺さんか、おじいちゃん、もしくは師匠とでも呼んでくれりゃあそれでいいわい」
「……はぁ、そうですか」
黄門様のように闊達に笑う謎のジジイ改めベルガラス。
あまり連呼するのも色々アレなので、爺さんと呼ぶことにしておこう。
「今日のところはゆっくり寝ることじゃよ、浩之君。明日からはふかふかなベッドの上では寝られんのじゃから」
「明日からは? 人間界に戻るまではこの家に居るんじゃないんですか?」
「違うぞ、浩之君。君たちを元の世界に戻すには然るべき場所、然るべき方法が必要なんじゃ。明日からはその場所へ行くために旅立つんじゃよ」
「うえっ!? た、旅ですか!? 僕ちゃんさっきまでお腹に風穴が空いてたんですが……身体も怠いし」
「傷は藍ちゃんが治したからもう大丈夫じゃ。身体が怠いのは血液が流れ出てしまったからじゃろう。おいおい、治る。……意外と時間もないんじゃよ」
「くそぅ……意識が戻ったと思ったらこれか……」
「ほっほ、世の中そんなもんじゃよ」
おやすみ、と一言残して去っていく爺さん。
謎の声によると、この爺さんに頼っていけば何とかなるとのことだが……一体どうなることやら。
とりあえず、腹いせに明日はいの一番に俺の腹を刺したアイツ(ロール)に復讐しよう。
そんなこんなを考えて俺は床に就くのだった。
……最近、俺寝て起きての繰り返しだなぁ。




