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異世界編5(下)・荒療治開始

[柚繰藍side]



 本当に急転直下の一日だった。……いや、解決してないのだから急転直下はおかしいのだけれど。

変なことに巻き込まれたと思ったら、学校から魔界に飛ばされて、果ては魔界で出会ったおじいさんに状況の説明をしてもらって……。

 大体、魔界という『次元世界』? 神界? その辺りの話も半信半疑だ。いや、一信九疑といってもいいくらい。

 子供向けの漫画や映画ならいざ知らず、魔法とか異世界とか現実味がなさすぎる話だった。プラカード抱えて「どっきりでしたー!」なんて隼人君や春菜さんが現れてくれた方がよっぽどしっくりくるぐらいに。


「『媒介者』のペアのCorrecter(修正者)ねぇ……」


 思わず、ぽつりと言葉を漏らしてしまったが、私の周りには幸い誰もいない。

おじいさんが後片付けはいいから少し家の周りを歩いといで、というので、散歩に出てみたのだ。月明かりに照らされた道を家の周りに沿って歩く。

 森の方へいってはいかんぞ、と言っていたから木々の繁茂している方へは近づかない。

それはそうだ、街灯もネオンもないこんな森の中に入っていって、もしまたさっきみたいな巨大な虫とか亀に出くわしたらと思うだけで身震いがする。


「そうなのよね、そこだけが、疑いきれない一点というところ、か」


 またも、ぽつりと呟くが、返事をくれるものはなかった。

おじいさんに説明されたり、状況を鑑みてみたりすると、もしかしたら……? という点がある。

私は間違いなく、今朝家で目を覚まして、学校に登校して、授業を受けていた。間違ってもこんな未開の地みたいなところには来ていない。

 それが、お昼に変なことに巻き込まれて状況を伺っていたら、こんな木々が鬱蒼と生い茂っているジャングルみたいなところに放り出されたのだ。

 しかも、猫――大体の原因だと思っていたが、彼も巻き込まれただけのようだ――が喋る。人間の言葉で。

また、森で遭遇した蜘蛛や亀もサイズがおかしい。アマゾンとかジャングルとかそういう比じゃない大きさだった。

 この一点が私にもしかしたら、魔界というところに来てしまったのかも、という疑念を感じさせるのだ。


「全く、考えても埒が明かないわね……」


 確信を得るには今一歩情報が足りない。魔界とか神界とかの眉唾話を信じるにしても一刀の下に切って捨てるにしてもだ。

 おじいさんから説明を受けて、混乱していた頭はどうにかこうにか落ち着いてくれた。

整合性がどうの、こうの、と言っていたが、私としては落ち着きを取り戻しただけで構わない。


「おーい、藍ちゃんやー、食後のお茶はどうかのぅー?」


 おじいさんの声が聞こえてきたので振り返ると、家の戸口でブンブンと手を振っているおじいさんの姿を捉えた。

私は苦笑しながら踵を返す。


 考えなくてはいけないことは、色々ある。

ここが日本もしくは海外のどこかの地域であれば、どうとでもなるように思うが、本当に魔界という場所であるならば、だ。

 私と浩之君は元の世界に戻れるのか、彼の怪我の状態は大丈夫なのか。

 私と浩之君の『次元世界』に対する役割とは具体的にどうするものなのか。

 協力してほしい、と魔界に送り込んでくれやがった奴らは再び私に接触してくるのか。

 まずは、おじいさんに先ほどの説明を詳しくしてもらおう。

Correcter(修正者)とはどんな役割なのか……。

 私は苦笑を湛えた顔を引き締め直し、おじいさんの家に戻っていった。




[Interlude]




「…………あまり時間はない」


「ほっほ、巻坂浩之の身体がもちませんかな?」


 食事の後片付けを終え、テーブルでお茶の用意をしていると、唐突にしゅが話しかけてきた。

借りている巻坂浩之の視線が私を捉えていた。


「…………身体も持たんが、私が介入し過ぎている。魔界の次元のバランスに狂いが生じてきている。人間界では強制力が働いている。全てにおいて猶予がない」


「なるほど、そういうことですか。本当は一つ一つ丁寧に説明してあげたいんですがのぅ。やれやれ、やはり道中移動しながらの説明になりそうですな」


 納屋に荷馬車があるから、それでいいじゃろぅ、都までは一週間ばかりかのぅ……老いた身体には堪えるわい。


「…………如何様にもするがいい。元々、お前の存在はイレギュラーなのだから。繰り返しになるが、私の立場からすると、お前の行動は褒められたものじゃないぞ」


「ほっほ、何を仰るんですか。私をここに送り込んで下さったのは他ならぬ貴方様なのに」


「…………今の私には分からん。手出しはせん、その時が来たら判断しよう」


「……心得ましたぞ、しゅよ」


 苦笑を湛えながらしゅに応え、散歩中の柚繰藍を呼びに戸外へと向かった。




[Interlude Out]







 家の中に入ると、テーブルにカップが用意されており、カップの中には良い香りのするお茶が入っていた。


「ありがとうございます」


「いいんじゃよ、気にせんで」


 口を付けると熱湯とまではいかないものの、口に含むには辛いぐらいの熱さのお茶だった。とてもおいしい。


「……今日はよく喋ったわい。あまり、人様とは関わりのない生活を送っていたからのぅ。……うん? 何を怒っておるんじゃロール? お前は人ではなくて猫じゃろうが」


「色々説明して頂いてありがとうございます。まだ、よく分かりませんけど」


「それでいいんじゃ、一応の説明じゃからのぅ。来たるべき時に分かるようになっておるから大丈夫じゃよ」


 おじいさんは苦笑しながらカップに口を付ける。あちちち、なんていいながらもおいしそうにお茶を飲んでいた。

ロールと呼ばれる猫はおじいさんの膝の上で丸くなっている。

 電燈や蛍光灯でない、不思議な灯りが部屋を明るくしていて、その灯りに浮かび上がるおじいさんとロールはまるで映画の平和なワンシーンのようだった。


「それでも続きの説明をお願いします、一応でも頭に入れておきたいので」


「そうさのぅ、現代っ子は情報がないと不安じゃろうしな」


「Correcter(修正者)が『媒介者』とペアだというのは聞きましたが、具体的には何をする役割なんですか?」


 今までに具体的な話は出てきていない。劇でいえば、配役だけ言われたようなものだ。


「文字通りじゃよ。『次元世界』に出来てしまった綻び――劇の例えであれば、シナリオの誤字脱字や落丁かのぅ?――を修復するんじゃ。『次元世界』そのものに対して働きを掛け、何らかの事情でバランスが悪くなった『次元世界』に対して、創造主様がお創りになられた筋書き通りに進ませるため、因子となった事情・異分子を排除させるんじゃ」


「……例えは分かり易いけど、どうやってですか?」


 劇は例え話だから想像しやすい。劇の修正なんてやったことはないけど、大体どうなるかは想像がつく。

でも、おじいさんは『次元世界』に働きかけるって……どうやって?

私にはそんな大層な力ないけども……。


「まぁ、その辺は実践あるのみ、トライ&エラーじゃな。話を聞く分には能力を解放されたばかりのようじゃし……奴らの目論見に乗るのも癪じゃが、自分の身を守るためにも腕は磨いておいて損はないじゃろぅ」


「???」


 まずは、魔法になれるところから始めようかのぅ、意外と時間もないようじゃし、荒療治でいこうかのぅ」


「……え? 荒療治って??」


「巻坂浩之君の身体を藍ちゃんが治すんじゃ。勿論、魔法を使ってな。ちなみに、藍ちゃんが魔法を使えないと浩之君は死んでしまうからそこんとこだけ注意が必要じゃ」



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