黒バラをあなたに
某小説講座に送った作品。
恋人または夫婦設定で、恋愛の修羅場をセリフを生かして原稿用紙5枚程度という規定でした。
それでは、どうぞ。
プロポーズの時に赤いバラを贈られた。美しくて、嬉しくて。棘が切られたそれを恭子は抱きしめて泣いた。
それから三年の月日が流れ、秀明の結婚指輪がないことに恭子が気付いたのは、三か月ほど前のことだった。どうしたのか尋ねると、秀明は落としたと言う。おかしいと思い始めたころ、隣の奥様から噂を聞かされた。秀明が知らない女と手を握り、親しげに歩いていたと。
次の月曜と火曜、出張だから。恭子からそれを聞いた秀明は、嬉しそうに黙って頷いた。
月曜日の夜。恭子が玄関を開けると、奥から秀明と女の声が聞こえてきた。
「秀ちゃん、お家もすごく綺麗。デスクが整理されているから、そうかなぁとは思っていたけど」
甘えるような声に秀明が答える。
「久しぶりに彼女を家にあげるのに片付けない奴がどこにいるんだよ」
ああ、やっぱりそういう事だったのね。口元がふっとゆるむ。
恭子は中に入り、そっと扉を閉めた。買い物袋と鞄、花束を手に持って、一歩、また一歩と声のほうへ近づいていく。ダイニングテーブルで向かい合う二人の姿を確認した時、床が軋んだ。はっと振り向いた秀明の目は大きく見開かれ、女は椅子から音を立てて立ち上がった。
「誰よ、あんた」
「初めまして、いらっしゃい」
自分でも驚くほど冷たい声だった。普段通りにキッチンに向かい、買ってきた物を冷蔵庫にしまっていく。
「お客様にお茶も出さず、まあ。うちの人は一体何をしていたの。どうぞおかけになってください」
恭子が声をかけても、女は時が止まったように立ったまま、秀明を見ている。秀明は顔を白くして小さく口を開いた。
「お前、なんで」
「泊まりで出張なんて言った覚えはないわ。私、全部わかっているのよ。浮気なんてして。あなたを少しでも信じていた私がバカみたいだわ」
「いや、違う」
「あら、何がどう違うっていうのかしら」
開けられたままの冷蔵庫が無機質な音を鳴らす。冷蔵庫の扉を閉めて、恭子は静かに秀明に笑いかけた。
「秀ちゃん、ね。随分親しいこと。あなた、私が何も知らないとでも思っていたの? 今さら何を言っても無駄よ」
「待ってよ、意味がわかんないんだけど」女が秀明に詰め寄る。「結婚してないって言ってたのに、これ、どういう事よ」
秀明はうつむいたまま、自分の手元だけを見つめている。それを見て恭子は大きくため息をついた。
「いつだってそう、都合が悪くなると黙り込むのよ、この人は。こんな状況じゃ否定する言葉も出ないわよね。そこのあなたも長い間この人と付き合っていたのなら、答えはわかるんじゃなくて?」
「信じられない」
女は大きなバッグを勢いよく手に取り、玄関へ向かおうとする。
「待ってくれ、沙希」
秀明が止めようと女の腕を掴んだ。すると女はバッグを秀明の顔面に強くぶつけ、そして玄関の扉を大きな音を立て、閉めた。
部屋に時計の秒針の音だけが響く。
恭子は足下においていた花束に手を伸ばした。包んであった新聞紙を乱雑に剥ぎ取ると、黒い花弁が現れる。茎に棘のついたそれはバラの花だ。
「かわいそうに。私にもあの子にも見捨てられるなんて。あなた、これからどうするのかしら。どうせまた別の女を捕まえて同じことを繰り返すのでしょうね」
さようなら。そう言って、黒バラの花束を秀明の頭に叩き付けた。テーブルにも床にも花弁が点々と散った。
秀明に背を向け、出て行こうとしたその時、恭子は離婚届の事を思い出した。何かあった時すぐに別れられるようにと、結婚当初に冗談交じりで書いたそれをタンスの奥から取り出し、鞄の中にそっと入れる。これを書いた時は、こんな別れ方になろうとは思ってもいなかったのに。熱くなり始めた目頭を抑えようと唇を噛みしめた。
荷物はすでにまとめてあった。恭子は少ない荷物を手に玄関を開けようとした。ふと足をとめると、背後からすすり泣きが聞こえる。
「何であなたが泣くのよ。あなたが泣く理由なんてあるはずもないのに」
振り返らずに玄関の外に出た。バラを握った時にできた小さな傷の痛みと共に、恭子は夜の街へ飛び込んだ。
セリフと地の文が似た書き方になっていることと、
心情の変化が少ない辺りを指摘されました。
つまり、修羅場になりきっていないと。
えぇ、全て自覚済みです(泣
やっつけ感満載の短編をお読みいただき、
ありがとうございました。
そもそも恋愛経験がない人間が想像で書くのには限界が……
なんて言っていたら、
ファンタジーものなんて誰も書けなくなってしまいますね。
こうしたほうがいいよーというアドバイスがありましたら
教えていただけると助かります。
評価だけでも飛び跳ねるくらい喜びます。
辛口コメントも甘口コメントも大歓迎です。よろしくお願いします。