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馬は踊る

 「ちょっと待って! 聞いていない」

 馬の被り物を持って私は絶叫した。

 そんな私をちらっと見て、旧友たちはすぐに作業に戻る。どういうことだ、おいコラ。

 「ねえ、なんでそういう話になったの? なっているの? 」

 私の必死の訴えは、振りの確認に勝てなかったらしく、彼らはVTRチェックを続ける。薄情な奴らだ。こいつら本当は私のこと嫌いだろう。


 さっきまで私は幸せ200%空間で、極上なコース料理に舌鼓をうっていた。

 司会のお姉さんが、素敵スマイルで

 『では、続きまして、新郎新婦の学生時代の恩師である佐々木先生が詩吟を吟じてくださいます』

 というまでは。

 そこで、呑気に肉を頬張っていた私は、アキによって披露宴会場の外へ連れ出され、馬の頭を渡された。見れば、懐かしすぎる面々が揃っている。

 『次、俺らの番だから』

 『はい? 』


 私の学生時代の話を少ししようか。

 私が中三のころ転入した学校には学校非公認のアイドル研究会があった。

 もちろん筆頭は秋塚千尋だ。

 秋塚千尋は、「現役東大合格を目指す会」なる同好会を隠れ蓑にアイドルオタクを集め、日々、アイドルを愛で、語りあったのだ。

 そして、なぜか、現役アイドルである私、渡辺雪乃もそこに入会させられた。

 『アイドルになるってことは、アイドルが好きってことでしょう? 』

 さも当然とばかりに言ってのけた彼の笑顔に、私はいとも簡単に負けた。


 恋とはやっかいなものである。


 このアイドル研究会の活動は、ごくごくおとなしいものだったが、例外が一つあった。

 彼らが最も愛するアイドルグループ(渡辺雪乃が所属していたグループでもある)のダンスを、文化祭や体育祭でゲリラ的に披露するという、踊ってみた、なそれである。

 もちろん、私も強制参加なのだが、校外のお客さんが来る文化祭などでは面が割れると厄介なため、いつも馬の頭をかぶっていた。

 しかし、馬の頭をかぶっていても本家のメンバーに名を連ねていた私のダンスのキレは隠しきれず、『あの馬、只者じゃない』と、無駄な興味をもたせ来校者数の増加に貢献したあげく、いらない伝説をつくった。

 朝霞学園には踊れる馬がいる。


 「あいつらのためにも、今日は最高のパフォーマンスをしてやろうぜ! 」

 いい笑顔で円陣を組んだ「現役東大合格を目指す会」OB達は、しかし、母校の女子の制服を着ている。この男たちの何が恐いかって、本当に全員が現役東大合格しているってことだと思うんだ。

 「ほら、タナ! お前も来いよ」

 「遠慮しておきます」


 さて、そもそも今日は、この会でくっついたメンバーの結婚式なのだ。

 つまりは昔のように踊って祝おうという趣旨だ。それには賛同できる。

 「ねえ、なんで練習に私も呼んでくれなかったの? 」

 気合いがけを終えたアキに問う。聞けば、みんなは一か月前から集まっては練習をしていたというのだ。

 「だって、お前はいつも踊ってるじゃん」

 待て、フォーメーションとか色々あるんだよ! っていうか、この曲は踊ってないし! 踊るの解散後はじめてくらいの勢いだし!

 私の怒りを無視して、イントロが聞こえてくる。


 「では、新郎新婦のご友人たちより、お祝いのダンスパフォーマンスです」


 もう知るか! 私は十数年ぶりに馬の頭をかぶって、ステージに飛び出した。

 

 もちろん、評判は上々。花嫁はわたしも踊りたかった、と悔しがり、新郎は相変わらずみんな馬鹿だ、と腹を抱えた。

 事情を知っている会場の半分は、学生時代を思い出し声援をおくってくれたし、事情を知らない半分は、あの馬はなんだ?! と、騒然とした。


 「楽しかったな」

 「そうだね、楽しかった! 」

 久々に仕事以外で踊ったな、と伸びをする。

 「あのさ、アキ」

 「ん? 」

 「アキの結婚式でも踊ってあげるからね、みんなで」


 実は今日、花嫁からブーケをもらった。私の片思いも知っている花嫁は小さな声で

 『ちぃちゃん先輩と、ですよ』

 と、いたずらっぽく笑った。曖昧に笑ってごまかすしかなかった自分がかなしい。


 「ナナさんとは…」

 「ああ、一週間前に別れた」


 だから、なんでお前は!!

 アキに馬の頭を投げつけた私を誰が責められるというのだろう。

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