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アイドルは恋をする

アイドルが好きで、好きで、書いてみました。あくまでフィクションですので、広い心で読んでください。

 群雄割拠のアイドル戦国時代。

 幾千の少女たちが憧れ、高みを目指し、夢やぶれて去っていく。

ほんの一握りの少女は夢を叶え、アイドルとしてスポットライトをあびる。

 そしていま、十年間トップを走り続けるアイドルがいた。

 

 「ゆーきのーん! ゆーきのーん」

 怒号のような歓声に武道館が揺れる。スモークの中に彼女の小さなシルエットが浮かび、新曲のイントロが流れた。

 ファンたちはより一層声を張り上げ、彼女の名を呼ぶ。彼らが持つサイリウムは、水色一色。多人数のアイドルグループが多い中、彼女はたった一人で数万人を集める。そう、彼女はただ一色のサイリウムの海を作れる数少ないアイドルなのだ。

 彼女の口元がモニターに映し出され、投げキッスからライブが始まった。


 「今日もゆきのんは最高でござったな」

 「ふーっふすふすっ。ゆきのんの歌声、天使すぎて我輩生きるのがつらすぎる。ぶふほぅっ」

 「まさにまさに! さすが我らのゆきのん、天女の愛らしさ。もはや女神」

 揃いの法被に鉢巻き、両手に紙袋を抱えた青年たちは、武道館を拝まん勢いで今日のライブを賞賛した。

 彼らはファンの中でも最古参で、彼女がまだ大人数アイドルグループの新人時代から追っている面々である。

 「あなたたちにとって、アイドル渡辺雪乃とは? 」

 インタビューワーにマイクを向けられ、その中でも比較的若い青年が目をふせがちに、こう言った。

 「僕の人生です」


 その後の言葉はわたしの耳に入ることなく、映像が途切れた。なんのことはない、第三者によってテレビが消されたのだ。

 「……見てたんだけど」

 何の断りもなく自室に入ってきた顔なじみに抗議する。お隣さんの一人息子、秋塚あきづか千尋ちひろである。

 「この野郎! いまはそんな場合じゃねーだろー?! 」

 常なら爽やかで穏やかなこの青年、ご近所のマダムたち調べ、お婿さんに来てほしいランキング、十数年ぶっちぎり一位のディフェンディングチャンピオンである。しかし、いまは週刊誌を力の限り握りしめ、わなわな震えて声を荒げている。爽やかさや穏やかさなど、見るかげもない。

 そう、優良物件と目されている彼が三十近くまで独り身なのは、訳がある。

 「わ、わ、我らが女神、ゆきのんが、週刊誌に、すっぱ抜かれたんだぞ! 」

 彼は、筋金入りのアイドルヲタクなのである。

 彼が人生を踏み外し……いや、彼曰く、啓示を受けたのが十四年前。恐ろしいことに中学一年の夏休みである。母親の帰省先である地方都市の夏祭り、アイドルグループで活動を始めたばかりの渡辺雪乃を見て、彼は目覚めてしまった。

 その後、中学生とは思えないほどの機動力で彼女を追い、当時三十歳オーバーの濃厚なヲタクのおじさまがたと熱い友情をかわし、ゆきのんヲタクの若手重鎮として活動を続けているわけだ。

 ちなみに、わたしと彼の付き合いは中学三年から、ゆえに彼は出会った頃から立派なヲタクだった。そして、わたしはずっとそんな彼に恋をしている。十数年の片恋だ。

 

 「深夜の焼肉密会デート。繁華街に消えた二人」

 うながされるまま見出しを読み上げ、お伺いをたてるように顔を上げれば、涙目の彼。

 「なぜだ? お前がついていながら、どうしてこうなった? 」

 両膝から崩れ落ち、そのまま、お経のように問いを重ねる。

 正直、こわいしうっとうしい。

 「いやいや、ゆきのんも今年二十七歳ですよ? デートくらいするでしょうよ」

 そう、いくらアイドルといえどこの年まで恋人いないとか、そっちのほうが気色悪いだろうよ。

 わたしはやさぐれ気味に、おつまみに出していたビーフジャーキーをかじった。いや、一人晩酌中の来訪だったからね。

 「バカ言え! ゆきのんはアイドルなんだぞ、女神なんだぞ、天使なんだぞ! 世俗の男どもに心を奪われることなどあろうか? いや、ない!! 」

 いや、ドヤ顔で言われても……。

 「これはあれだ、純真なゆきのんの優しさにつけこんだ野獣が、言葉巧みにゆきのんを連れ出し……」

 妄想モードに入ったらしい彼はぶつぶつとこの記事が書かれるにいたった筋書きをねつ造し始めた。いっそ、ゆきのん擁護派の主張としてネット巨大掲示板に投稿しろよ。

 「つまり、お前の監督不行届だ!! 」

 どーん! という効果音がつきそうな勢いのいい指さしだ。人を指さしてはいかんとご両親に教わっただろう、おいおい。

 「なんでよ? 」

 「お前に自覚があれば、ゆきのんはそんなことをしなかったはずだからだ! 」

 薄々お気づきでしょうが、わたし、アイドル渡辺雪乃の関係者です。っていうか、本人です。

 つまり、さっきから彼は自身の女神であろう渡辺雪乃に対して、ダメ出しを続けているわけだ。なんつーファンだよ、本当にさ。 

 「ゆきのんだって普通の女だよ。買いかぶりすぎ、君たちは」

 アイドルとしてではない彼女は、そんなにいい子ではないのだ。残念ながら……。

 嘘はつくし、悪態もつくし、業界の評判だって決して良くない。

 裏側を知っているわたしは目をそらして、缶チューハイをあおった。

 「違う! ゆきのんはアイドルなんだよ! その笑顔や歌声で俺らに夢や希望や勇気を与えてくれるんだ! そんな彼女が、こんな記事で汚されるのが、何も知らない一般人にひどく言われるのが、俺らは、たまらなく嫌なんだ! 」

 叫んだことばに嗚咽が混じっている。きっと一般人が彼を見れば、きもーい、の一言で片づけるのだろう。そう、気持ち悪いのだ。ふりふりの衣装を着て、甘ったるい声で恋を歌う三十前の女性も、それを必死で応援する中年の男性たちも。

 でも、彼の必死さにわたしはいつも救われる。

 「わかった。観念する。白状する。その記事、ただの宣伝」

 この夏公開予定の映画の話題作りなのだ。これは。

 「は? 」

 呆けた彼は、再び記事に目を落とす。

 「この写真も周りにスタッフがいます。劇中恋人同士の二人は、私生活でもいい関係と、はぐらかして公開までひっぱります」

 わたしが語る諸事情にみるみる彼の顔は赤くなる。

 「お前っ! なっ、はっ? 」

 「アキ達は盲目だよ。いまのゆきのんは恋の噂があってもバッシングは少ないよ。もういい年だから」

 「……そんなことあるかよ」

 「間があったじゃない」

 わたしは笑って残りの缶チューハイを空にした。

 「でも、ゆきのんが本気で恋をしているって言ったら、どうした? 」

 思いついて、意地の悪い気持ちで彼に問いかける。

 「応援するよ。だって、ゆきのんの幸せは俺たちの幸せだ」

 そして、彼の思いのほか真剣な言葉に思わずわたしは、目を伏せた。

 「そっか、それはファンの鑑だね」

 「まあな」

 「あの、あのさ、アキ」

 「ん? 」

 言え、言ってしまうんだ、わたし。さっきのアキの言葉を言質にして、お付き合いを要求しろ! なに、いける、だってわたしは彼があがめたてまつっている渡辺雪乃、ご本人様だ!

 「わたし、ずっと……」

 『ねー、あなたが好きなの。フォーリンラブー』

 しかし、わたしの一世一代の告白チャンスをさえぎるかのように、渡辺雪乃ソロファーストシングルの着うたが流れはじめる。

 なんという、しかも、わたしが言いたかった台詞にもろかぶりである。なんだ、この敗北感。

 そんなわたしの心情に気づかないアキは、普通にスマホを取りだして画面の確認をする。

 「おっ、ナナだ」

 「ナナ? 」

 「うん、彼女」

 アイドルをやっていて、本当に不条理だと感じることってあるんですよ。

 なんで、彼女とアイドルが別腹なんだ、この男!

 わたし(女神)を放って甘い会話を始めるアキを、わたしは思いっきり蹴りあげてやった。

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