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「何だと思います?」
私は静かに男の背後に歩み寄った。彼は呆然と立ち尽くしていたが、真後ろから私の声が聞こえて驚いたのか、勢いよく振り返った。その目には先ほどまでの憎しみと殺意の意志はなく、ただ恐怖があるだけだった。
そこは隠し扉になっていた。キッチンの白い壁のある部分を強く押すと、部屋が現れる仕組みになっている。普段は私以外の者が不用意に開けてしまわないようにロックを掛けているのだが、今日はうっかりしていた。妻が出掛けているので、気が緩んでしまったのか、ロックをし忘れてしまっていた。
「まさか見つかるとは思いませんでしたが、ロックを掛けなかった私の責任ですね。あなたには何の罪もありません」
男の背後には部屋が広がっていた。部屋と言っても大した広さはない。大人二人で一杯になってしまうくらいの広さしかなく、私の趣味のものが詰め込まれているので、部屋というよりは物置という感じだ。私の愛しき拷問器具たちが収まっている、小さな部屋。
「こんなものを隠していたなんて、驚きでしょう。私の可愛い分身です。でもね、こんな趣味は人から受け入れられないなんていうことは、わかっているんですよ。だからこうして秘密にしていたんですが、見つかってしまったならもう言い訳ができませんね」
私の自慢の拷問器具たち。数十種類のナイフに手枷足枷、首輪、鞭や見るからに痛々しいペンチから、一般人には用途さえ分からないであろう拷問器具。私がこつこつ集めていたものだ。私はその中から特別お気に入りのものを手に取った。
「どうです、この中華包丁。素晴らしいでしょう。そういえば、あなたも中華包丁を持っていると仰っていましたね。」
私は男を振り返った。大きな図体のその男は、顔に似合わない情けない悲鳴をあげて尻餅をついた。私から遠ざかりたいのだろうが、腰が抜けたのか、ずりずりと這って、床を泥で汚した。だから私は来客が嫌いなのだ。勝手に他人の知らなくてもいい秘密を暴いて怯えたり怒ったりし、挙句の果てに家を汚す。私は大きな刃物を男の顔に突き付けた。
「どうです、あなたのものとどちらが良いものですかな。もっと近くでご覧になってはいかがです」
男はすでに熊などではなく、強者に殺されるだけの虫のようだった。僅かな拷問器具を見ただけでここまで小さくなってしまうこの男に、私は少しの憐れみを感じざるを得なかった。
「お、おまえ、そいつで、俺の、妻を…」
「さあねえ、どこに行ったんでしょうねえ、あなたの奥さん」
私はわざと男から目を逸らし、怪しく光る中華包丁を自分の耳に押し当てた。男がごくりと息を飲んだ。
刃に耳を押し当てていると、この包丁が飢えていく音が聞こえる気がした。この中華包丁は、以前妻と中国に旅行に行ったときに、怪しげな中国人から買い付けたものだ。中国で高い金を払ってからこれを手にするまでは大変な苦労をしたが、そんな苦労は気にならないほど私はこの刃物に惚れていた。この中華包丁は私の手に渡るまで、いったい何を切ってきたのだろう。私はこの凶器を哀れに思っていた。もう随分と長い間、何も切ってはいないはずだ。そろそろ血が吸いたい頃なのではないだろうか。
私は足元に転がる情けない男を見下ろした。
ソフィアをこの家に招き入れ殺すのはとても簡単だった。簡単すぎて拍子抜けしてしまうくらいだ。彼女はいつも誰かに夫の愚痴を聞いてもらいたがっていたし、私はその相手にうってつけだったのだ。
とにかく彼女は簡単に私の家に入って来て、私の出す紅茶を何も疑わずに飲んだ。当然だろう、普通の人は友達の家で出された紅茶に睡眠薬が入っているなんて、微塵も思わない。ソフィアもそんな普通の人のひとりだった。
薬で眠り込んだ彼女を私の秘密の部屋へ運んだ。とても重かったので、汗だくになってしまった。まだこれから大事な作業が残っているというのに。私はキッチンへ行き水を一杯飲んだ。そして包丁を一本選ぶと、彼女を残してきた部屋に戻った。
殺すのはとても簡単で、あっけなかった。問題はこの死体をどうするかだった。この部屋に隠し続けることはできない。何かの拍子に見つかってしまったら万事休すだ。どこか、誰にも見つからない場所に隠さなければ。私は少し考えて、埋めることにした。手間はかかるだろうが、土の中に埋めてしまえば肉は腐ってなくなり、骨だけになるころにはソフィアのことなんて皆忘れてしまうだろう。あの亭主が彼女を健気に探し続けるとは思えない。さっさと新しい奥さんをもらうのが目に見えている。
私は心の中でソフィアに同情しながら彼女の脇の下に手を入れ、ずるずると引きずって外に運び出した。埋めるためにはいくつかの道具が必要になる。その道具を揃えるまで、この物置小屋に隠しておくことにした。物置小屋は母屋とは少し離れた場所にあり、農業器具を置いておく小屋だった。この季節は畑仕事をしないので、誰も近寄らない。私はソフィアの体をブルーシートでぐるぐると巻き、鍬や鍬の隣に立てかけた。
「また後で、ソフィア」
私はソフィアに声をかけ、額の汗をぬぐった。




