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Ep.7 カノジョさんと僕の記念日。

Ep.7 カノジョさんと僕の記念日。


時刻は17時。

僕は雄介と、駅の南口から降りたところにある公園にいた。

普段なら人数も少ないはずの公園内も、今日に限っては若い人たちで溢れている。

今日は海岸沿いで小さいが花火大会が開かれる予定だ。

都市から離れた郊外の花火大会であっても、電車やパスで30分ともなれば人数は結構いるようだ。

僕と雄介はかれこれ20分くらい、公園の生け垣に座って僕らの彼女を待っている。


「やっぱり、浴衣ってエロいよな。」

雄介は周りの浴衣姿の女の子達を目で追っている。

「浴衣の時、下着つけないって本当かな?」

「着けてるだろ…たぶん。」

僕は雄介の話に適当に相槌を打ちながら、手元ではスマホをいじっていた。

最近流行りのゲームアプリ。

スライドさせてブロックを消していくだけの単純なゲームだ。

もう少しで自己ベスト更新。

僕は夢中で指を動かし続ける。

「ごめん、待たせちゃったね。」

しばらくして頭上から声が聞こえた。

聞き覚えのある、ハイトーンの声色。

来た、と思いつつも画面から目を離すことができない。


あと少し、あともう少しで…。


そう思った矢先、なぜか僕のスマホが視界から消えた。

自身の左手が何も持たずに、目の前で彷徨っている。

「うわ、ちょッ、雄介!何するのさ!」

僕は唖然と顔を上げ、雄介の手に握られているスマホを奪い返す。

画面を急いでみると、もうすでにゲームオーバーの文字が 出ていた。

「それどころじゃないんだ!見ろ!」

焦ったように声を上げる雄介の視線の先には二人の女の子。

「ミカちゃん、…ミウ。」

ミカちゃんは白地に黄色の色鮮やかな大輪のひまわりが咲いた浴衣だった。

決して派手ではないが夏にぴったりの爽やかさと愛らしさで、彼女にぴったりだと思った。

そして、ミウの方は…。


落ち着いた藍色の布地で線の細い綺麗な蝶々が舞っていた。

時折風が流れるように通り過ぎ、儚い日本の美しさを表現しているようだ。


…なんて、詩人のようなことを考えるくらい今の僕は冷静じゃない。


サイドに流した色素の薄い長い髪は、横からおくれ毛が一房零 れ落ち、なんだかやけに落ち着かなくなった。

「うわ、ミカちゃんも椎名さんもすっごい綺麗!!やばい、俺緊張してきた。」

彼女たちの周りを落ち着きなくグルグルと見て回る雄介。

僕はそんな雄介を横目で見ながらも、ミウから目を外すことができない。

「さ、早く行こう!場所取りしないと!」

不意に僕の手を取ったミウは嬉しそうに、歩き始める。

慣れない履物のせいか彼女の足取りはいつもより遅く、僕はできるだけ合わせるように歩幅を狭めた。

「ミウ、あのさ、そのゆ…」

「そういえば、この髪ね、ミカがやってくれたの。凄いよね、美容院でやってもらったみたいだよね。」

「…確かにすごいな。」

自分から話を切り出そうにもタ イミングをつかめず、ミウのペースにすっかり飲まれていた。確かに、ミカちゃんのヘアメイクの腕はプロ顔負けだと思う。

お金を出してでもやってもらいたいと思うやつもいそうなくらい。

「あと、今日楽しみで昨日寝られなかったんだよね。そしたら今朝、ナオに小学生、って言われた。」

「その通りだね。ナオ君はゆかりちゃんと今日の花火行くのかな?」

そういうと、彼女は困ったように笑う。

「ゆかりちゃんとは別れたんですって。今はアイちゃんだそうよ。」

ナオの将来が心配だわ。

なんて笑った彼女に、「そうなんだ」と一言で返す。

ナオくんは来る者拒まず、去る者追わずのスタンスで女の子を入れ食い状態なんだとか。

確かに、あんな王子様ビジュアルならいろいろありそうだなとか思っていたけど。





「あれ、日向?」

花火会場に進むに連れて増えてくる人ごみの中。

自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

ぐるりとあたりを見渡していると、前方の男性グループの中に見知った顔を見つける。

「うわ、日向デート?しかも彼女もすげー美人!」

「…田崎さん、相沢さん。」


眉間によった皺を一瞬で元に戻した僕を、誰か褒めてほしい。


「もしかして、ミウちゃん?」

「あれ?私の名前…?」

「こいつがバイトのとき、いつも惚気てるから覚えてたんだ。」

優しそうに眼鏡の奥で目を細めた相沢さんに、ミウもそうなんですか?と 笑う。


惚気てないし、あんまり…。


「ミウ、2人は俺のバイト先の先輩で、田崎さんと相沢さん。」

「どうも、椎名ミウです。」

ぺこりと頭を下げるミウと、その彼女から視線を外さない田崎さんとの間に割ってはいる。

「ミウ気を付けろ。田崎さんは女好きなんだ。」

「俺は、女好きじゃないよ。フェミニストなんだ。」

田崎さんの『フェミニスト』は彼の口癖のようなものだ。


今更気にしたりはしないけれど、自分の彼女にそのフェミニスト精神を向けないでほしいと心の中で思うくらい許されるはずだ。



「いやぁ、これじゃあ日向が惚気るのも仕方ないな。こんなに美人だと逆に心配だよ。」

「日向、頑張らないとな。」

田崎さんと、相沢さんが肩をポンと叩きながら近づいてきた。


なんかある。


そう思ったときには少し遅かった。

「ところでさ、付き合ってどのくらいなわけ?」

僕の肩を抱いた田崎さんと相沢さんは顔をニヤつかせている。

突然の質問に、やっぱりなと思いつつ答える。

「1ヶ月くらいかな。」

彼らにはミウという彼女がいるということ以外、何も話していなかったのだから気になるのも仕方ないと思う。

…僕的にはそんなにバイト先でミウの話を出した覚えがないけれど。

「もう、やった?」

「ばっ! してないし! 」

田崎さんの直接的な言葉に両手を大きく振って説明する。

してないとか、正直に答えてしまい、顔が熱くなった。


恥ずかしい…今なら死ねる。


「えー?じゃあ、キスくらいしたろ?」


……。



「…嘘だろ?」

相沢さんが小さな声でつぶやく。

「日向…お前超かわいい奴だな…。」

田崎さんはニヤニヤと笑いながら俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。

せっかくセットしてきた髪の毛が、とも思いつつ恥ずかしさで顔を上げることができない。

「頑張れ!今日がチャンスだ。取り敢えず、キスまでは頑張れ!」

「健闘を祈る!」

口々にそんなことを言いながら示し合わせたように敬礼をとり、去っていく2人。


嵐のようだった。

そして今、ミウの顔が見れない。


「…雄介たちは?」

下を向いたまま彼女に声をかける。

彼女は不思議そうにスマホで時間を確認した。

「先に行って場所取りしてくれてるよ。」

「そっか、じゃあ、後で電話してみる。」

そう言って、会場までまた歩き始めた。

ミウとはぐれないように彼女の手を握ったが掌が以上に熱い。

手汗が気になってしょうがない。


今更、緊張とか。

田崎さんたちのせいだ。


悶々としながらミウの手を引き、歩く。

彼女は僕に気を使ってか、さっきより話をしなくなった。

「そういえばさ、ミウ…、」

「ねぇ、アキラくん。」

うん?と彼女のほうを見れば、彼女はこちらを見てはいなかった。

ミウの視線は目の前に現れた、長い露店たちに向けられていた。

「焼きそばとチョコバナナ食べたい。」

目を輝かせてこちらを見上げるミウ。

一瞬で僕の話など聞いていなかったのだと悟った。

「もう、食べたいものはないの?」

「うん、いっぱい食べた!!ミカたちにも買って行ってあげようかな。」

焼きそば、焼き鳥、わたあめ…。

屋台をひとつづつ覗きながら僕らは少 しずつ人ごみをかき分け進んだ。

浴衣のミウは片手は僕の手を握り、もう片方の手でチョコバナナを口に運んでいる。

「おいしい、アキラくんも食べる?」

食べかけのチョコバナナを僕に向けてくる彼女は口の周りにチョコレートを付けていた。

「僕は大丈夫。それより、ココ。チョコついてる。」

「うわ、本当だ。恥ずかし!」

ミウは自分の薬指で口の端についたチョコレートを拭い、そのまま口に運ぶ。

指をくわえ、チョコを舐めとる姿に僕は見惚れた。

見惚れた…というか・・・。


『浴衣ってさ、エロいよな。』


いや、浴衣っていうか・・・。

ミウそのものが?

いやいや、それとも浴衣のせいなのか?浴衣マジックなのか?


ドンッ、ドンッ!

「あ、花火始まっちゃたね。」

薄暗くなった夜空に大きな花が咲き始めた。

お腹に響くその音に、大太鼓を思い出す。

僕たちはいったん人の波から抜け出し、花火が見やすいように脇の沿道で足を止めた。

少し花火は小さいが、ここは穴場らしい。

人の姿もほとんど見られない。


「見て見て!あれ、ニコちゃんマークの形してたよ!」

「音もすごいね、お腹まで響くよ!」

取り敢えず、2人で並んで空を見上げる。

最近の花火には色々なバリエーションがあり、ミウはキャラクターもの花火が上がるたびに声をあげて喜んでいた。

「ミカ達も見てるかな?」

「あぁ、さっき場所を電話で聞いたからたぶん座って見てると思うよ。」

「そっか、じゃあ早く行かなきゃね。」

動きだそうとしたミウの手を引き止める。


今なら言える。


「ミウ。」

「なあに?」

「今日のミウさ、すごく可愛い。」

「…どうしたの?急に 。」

驚いたように僕を見るミウ。

何の脈絡もなしに始まった会話に戸惑いを隠せていない。

「ずっと言いたかったんだけど…その浴衣、似合ってる。」

「ありがと。」

照れたように笑う彼女に、心臓がキュッと掴まれる。

鼓動が早くなる感覚は今日、何度か覚えがあった。

「…やっぱりさ、僕も緊張してたみたい。」

え?っと漏れた彼女の口を優しく塞いだ。

最初は触れるだけ、何度か繰り返してから角度を変えて彼女の唇を啄ばむ。

たまに漏れる彼女の溜息のような呼吸が、僕の理性を少しずつ外していくようだった。

ゆっくりと名残惜しくも唇を離すと、彼女は閉じていた目を薄く開く。

「…もう…い、っかい。」

小さくつぶやかれた声。

至近距離で囚われる、ミウ潤んだ瞳。

もう抑えなんか効かなかった。


今度は優しくなんかできない。


そして僕はもう一度、彼女と唇を重ねた。






長い、長い沈黙。

その間花火が何発も打ち上がり、僕と彼女はしばらく何も言わず花火を見続けた。

「あのさ、もう少しここで2人で花火見たいんだけど…。どうかな?」

彼女が何を思いながら花火を見ているのか分からない。

ただ、僕の頭の中は隣に立つミウでいっぱいで、花火なんか全く見れていない。

「…いいよ。」

「ねぇ、アキラくん。」

前だけを見たミウの横顔。

真っ直ぐ伸びた背筋に改めて綺麗だ、なんて思う。

「実は今日ね…私もちょっと緊張してたんだ。」

「初めてのちゃんとしたデートだもんね。」

嬉しそうにこちらを見て笑ったミウに、僕も顔の筋肉が緩む。

「しかも、ファーストキス記念。」


「…。」


「アキラくん?」

「…ミウってさ、天然ってよく言われない?」


あっさりとなんだかすごいことを聞いた気がする。

もう完全に僕の負けだ。


「あんまり可愛いこと言わないでよ…。」

ミウ細い腕を引き、腕の中にすっぽりと収める。

僕を見上げる彼女の無垢な瞳に、その甘い香りに。

吸い込まれるように口付ける。

「…3回目?」

「もう数えなくていいから。」


結局この日、雄介たちと合流することはなかった。

この後、どうしたのかは僕とミウの2人だけの秘密だ。


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