Ep.6 カノジョさんのお兄様と一緒。
Ep.6 カノジョさんのお兄様と一緒。
ミウの兄弟事情を知ったあの日から、数日。
今までにないくらい悩んでいた。
ミウのバイトもわかって一安心し、これで穏やかな夏休みが過ごせると思っていた。
しかし、現実とはこんなものだ。
「アキラさん、こっち見て。」
爽やかな声がかかる。
僕はあきらかに不自然な体勢から首だけをひねって声のほうへ振り返る。
「やっぱり、アキラさんはスタイルいいから衣装がはえますね。」
そう、今僕はモデルをしている。
なんのモデルかって?まぁ、それは、この間の話しのやつ。
しかも今日はミウがいない。
ミカちゃんたちと遊ぶ約束をしていたらしく、朝にごめんとメールが送られてきた。
あと、『頑張って』とも。
確かに、ユイさんのテンションについていくのは一人だと結構厳しい。
今日はミウのかわりにナオくんが間に入ってくれていた。
そして炎天下の中、たくさんの人が通る公園のど真ん中で3人だけの撮影会が始まったのだ。
うだるような暑さの中、上下真っ黒の服を着せられ、頭には通気性の悪いカツラを装着してる。そしてカメラのほうへ目線を合わせる。
暑い。
死ねるほど、暑い。
額から鼻にかけて汗が流れてくるのがわかる。
片手でぬぐおうとすると、目の前の少年から声が掛かるのだ。
「あ、メイクが落ちるので顔は触らないでください。」
流れ出る汗も拭けず、目に入った汗に瞬きを繰り返しながらカメラに向かう。
視線の先にはカメラを向ける弟君、ナオくんと、大きなキャリーバックの横で衣装を選ぶお兄様、ユイさんがいる。
「だいぶ、慣れてきたようだな。表情に余裕が出てきた。…次はこちらに着替えてくれないか。」
「ちょっと待ってください。まだ撮るんですか?!もう5着目ですよ!休憩にしましょう。
このままでは僕が干からびてしまいます!!」
衣装をこちらに向けるお兄様。僕は急いでキャリーバックへと駆けよりその衣装をバックに押し込む。
「痛い!痛いっ!手をはさんでしまったじゃないか!!まだ5着目だよ。あと5着は持ってきているんだ。時間が惜しいんだよ!」
赤くなった手をさすりながらユイさんはこちらを睨んでいる。
何を言われようとも、今回は譲れない。
とりあえず、一番暑い黒いコートを脱ぎ、キャリーバックの上に載せる。
「ユイ兄、僕も午後から予定があるんだ。悪いけど、今日はここまでにしようよ。」
天の声が後ろから掛かる。
カメラを首からはずし、爽やかに立ち去ろうとするナオくん。
「ならば、しかたがないな。さあ、君も片づけを手伝ってくれ。」
えぇ?そんなあっさりと、引き下がってしまうのですか?
僕のときはあんなに噛み付いてきたのに。
この兄、重度のブラコンだ…。
「さて、と。よし、行くぞ。」
キャリーバックに全部衣装をつめ終わったらしいユイさんが、バックをこちらに突き出してそう言った。
「行くぞ…、ってもう帰るんですよね?えっ?バック僕が持つんですか?」
「まだ帰らないぞ。俺にはやらなければいけないことがある。君も一緒に来い。」
「いや、ちょっと、ユイさん。やらなければいけないことって?」
「早くしろ。間に合わなくなってしまう!!」
とりあえず、バックを持ってユイさんを追いかける。
ものすごく重い。
これを軽々ともってきたナオくんって、いったい何者?
駅のコインロッカーまで人の波を掻き分け汗だくにって運ぶ。
ユイさんは隣でスマホを片手にあたりをきょろきょろと見渡している。
普通の人がやったらあきらかに不審者だが、その容姿からそんな動作ですら優雅に見えてしまうという、イケメンマジックがかかっている。
駅なんか人通りが多いところにくると、そんな彼がどれだけのイケメンなのか良くわかる。
脇をすれ違う女の子たちはたいてい振り返ってユイさんを見る。
まぁ、割合にすると90%くらいの確率で二度されているだろう。
そんな熱烈な女の子の視線をものともせず、ユイさんはずんずんと歩いて電車に乗り込む。
「あの、ユイさん?どこに向かっているんですか?」
「静かにしろ、あんまり声がでかいと気づかれるだろう!」
きづかれる?
ユイさんは車両のつなぎ目の小窓から、しきりに隣車両を気にしている。
僕もその視線をたどってみる。
「あれ?ナオくん?」
高校生とは思えない余裕で入り口の前に立ち、スマホを見ている。
彼の斜めに座った女子高生も、隣に立っている中年のおじさんもチラチラと彼の方に視線を送っている。
「まさか、ナオくんをつけてる、とかではないですよねえ?」
「いや、そのまさかだ。」
「実は最近ナオに彼女ができたようなんだ。その女がどんなやつか知りたい。」
真面目な顔をして、何を考えているのかと思ったら。
弟の彼女が気になるなんて。
にやけてように笑いを堪えていると、そんな僕に気がついたようにユイさんは冷たい視線をこちらに向ける。
「 まぁ、ミウの時は知らないうちに虫がついてしまったからな…。」
何となくその後から無言になってしまった。
やっぱりユイさん、僕のこと本当はよく思ってないんじゃないのかな。
そんなことを思いながら、ユイさんの横顔をしばらく眺めていた。
ナオくんが電車からおりた。
少し間を開けて僕たちも降りると、人混みで見失わないように急いで追いかける。
ナオくんは駅を出てから1人、壁際に立ちながら電話をかけているようだった。
「やっぱりデートみたいですね。待ち合わせでしょうか?」
「そのようだ。だが、ナオを待たせるとは…。ナオを2時間くらい待つ覚悟でなければ認められんな。」
お兄様のお眼鏡に叶うような女性は日本にはいないのでは?と思うのは僕だけだろうか。
しばらくすると、ナオくんのところに1人の女の子が駆け寄ってきた。
髪の毛をサイドでまとめ、柔らかいピンクのフレアスカートを履いたフンワリ系女子。
ナオくんは女の子を見つけると優しく微笑んで手を降った。
「やっぱりいつ見ても王子様みたいですね、ナオくんは。」
「ナオは誰にでも優しいからな。別にあの女にだけではない。」
自然に女の子をエスコートする姿は、英国紳士さながらだ。
「しかも、ナオは本物の帰国子女だからな。俺が高校に上がるまでアメリカに住んでいたんだ。両親の仕事でな。」
「ミウも…ですか?」
「あぁ、ミウは本当に天使のようだから、寄ってくる男どもを追っ払うのがどれだけ大変だったか…。」
「まぁ、日本では草食系男子が流行っていると聞いて少し安心していたのだが、それが間違いだったようだ。」
ゆっくりと歩き始めた2人のあとを追いながら、少しづつだが会話が生まれてくる。
僕は何だか嬉しくて、微妙に辛辣な内容の話でも楽しく話を聞いていた。
2人はその間ににも歩き続け、一軒の小さなお店に入って行った。
そこはその看板からカフェらしいが、一瞬にしてやられた!と思った。
ビジュアルはいかにも女子が好きそうな可愛らしいお店。
いくらユイさんがイケメンだからといって、男2人でこのカフェにはいるのはやっぱり厳しいと思う。
うだうだと悩んでいると、ユイさんはお店のビジュアルに全く臆することなく足を進める。
「ちょっ!ユイさん!さすがにまずいですよ!こんな店僕ら2人で入ったら、怪しまれるし、すぐナオくんにばれますよ!」
急いで彼の腕を取り、お店から距離をとる。
僕に引きずられるように歩くユイさんは、すごく残念そうにカフェを見ていた。
ねぇ、あれ…
ぁ、やっぱりそうなのかな?
後ろの方から女の子同士のささやきあう声が聞こえた。
振り返ると、慌てたように女の子2人が僕らから視線をそらし、何事もなかったかのようにお店に入って行く。
「勘違いされたんだろうな。」
冷静なユイさんの一言に、僕は自分たちの今の体制を思い出した。
イケメンの腕に絡めた腕。密着した体。
「…BLというものが流行っているらしいからな。さながら、デートだと勘違いでもされたのだろう。」
あんぐりと開けた口がふさがらなかった。
男同士の恋愛の話が出回っていることは知っていた。
だけど、そんなの漫画の中だけだろ。
実際にあったら…その、あんまり考えたくない。
「…アキラくん、お兄ちゃん…何してるの?」
聞き慣れた高めに声が聞こえた。
振り返ると、ミカちゃんと野木さんを引き連れたミウの姿があった。
その瞬間、サァーっと頭の中が真っ白になっていく。
「ミウ!!いや、これは、あれだから!ホラ!」
まとまらない言葉に焦った。
さすがに弟くんのデートを尾行しているなんて、姉であるミウには言いずらい。
それよりも僕の人間性も疑われるような気がする!
訝しげに僕を見るミウに次の言葉を必死に考えていた。
「あぁ、ミウ。ナオの尾行だ。このお店に入ろうと思っていたんだが、ミウたちも来るか?」
「ちょ、ユイさん、そんなにあっさりバラしていいんですか!?」
「あぁ、もうナオにもばれているみたいだからな。」
えぇ!?とお店の方に目を向ける。
そこには驚いたように目を開いた女の子と、困ったように笑うナオくんがガラス越しにこっちを見ていた。
美味しそうにチョコレートパフェを口に運ぶユイさん。
その表情は至福の時をありありと表現している。
結局、大人数でお店に入ってナオ君たちの隣に席をとってもらった。
「ナオくん、ユカリさん本当にごめん。」
僕は深々と頭を下げ、2人に謝る。
ナオくんの連れの女の子はユカリさんというらしい。
ユカリさんはとんでもない!と両手を振って謝る僕をなだめてくれていた。
「僕がちゃんとユイさんを止めていたら…。」
「アキラくんが謝ることないわ。どうせお兄ちゃんが無理を言ったんでしょう?」
横からミウが割って入ってくる。
甘そうなチョコレートケーキを食べながらユイさんを睨んでた。
「そうですよ、それにもうユイ兄は当初の目的を忘れているみたいですしね。」
ナオくんも少し呆れたようにユイさんを見てはそう言ってコーヒーに手をつけた。
本当に、どちらが兄で弟なのかわからない兄弟だなと少し思う。
「アキラくん。」
ミウがこっそりと顔を寄せてきた。
耳を貸してと言われ彼女に近づくと、ユイさんがギンと睨みを効かせてくる。
「たぶんね、ナオの尾行なんてお兄ちゃんの言い訳なのよ。」
言い訳?と聞き返せば、ミウが優しく微笑みかえす。
「お兄ちゃん、顔はいいけどあんな性格でしょう?アキラくんの事気に入ってるんだけど上手く言えないみたいで。今日も一緒に遊びに出かけたかっただけなんじゃないかなと。」
そうなのか?
チラチラと嫌味を言われたり、荷物持ちにされたり。
苦ではなかったけれど、ユイさんに気に入られているとは思わなかった。
ユイさんって、ものすごいツンデレ?
イケメンツンデレさん、でしたか?
「なんだ、人の顔を見てニヤニヤして。」
あいかわらずチョコレートパフェを丁寧に食べるユイさんが訝しげに聞いてきた。
「アキラくんも何か食べたいみたい。お兄ちゃんのオススメがいいって。」
「おぉ‼では、この店オリジナルのバケツプリンを頼もう!一度食べて見たかったのだが、1人では食べ切れそうになくてな。」
ミウが楽しそうにそう言ったが、僕はそんなことを言った記憶がない。
しかも話はどんどん進んでそのバケツプリンをどちらが早く食べられるのか競う、と言うよく分からない対決になっていた。
ちなみにバケツプリンって?
店員さんが持ってきたものを見て、僕は逃げたくなった。
まさか…本当にバケツに入ってるなんて誰も思わないだろう?
しかも上には生クリーム、チョコレートソースがたっぷりのせられていて。
バケツプリンと言うか、バケツパフェ?
無言で食べ始めた僕をみんなが応援してくれた。
ナオくん、ユカリさん、野木さんに、ミカちゃん。そしてミウ。
途中朦朧とする意識の中で、目の前のお兄様が楽しそうに、そして嬉しそうにバケツの中のプリンを頬張っているのが見えた。
結局、僕はプリンを完食することができなかった。
勝者はやっぱりお兄様。
お兄様は相当の甘党だったらしい。
あれ以来何度かケーキの美味しいお店に誘われているが、何とか切り抜けている。
そろそろ口実のネタ切れが心配な、今日この頃だ。