Ep.5 カノジョさんの夏のアルバイト。
Ep.5 カノジョさんの夏のアルバイト。
夏休みが始まった。
夏休みの課題と、研究レポートはミウと一緒に夏休み前に終わらせて。
僕は週4の居酒屋のバイトで、毎日充実した日々を送っている。
午前は寝て、夕方出勤する。
さらに休みの日は読書や友達と遊びに出かけたり。
…ミウに「バイトがあるからごめんね。」とデートを断られること数十回、心が折れました。
基本的にバイトや生活が夜行性の僕とは対照的に、彼女は典型的な昼型人間らしく、朝は早起き夜は早寝のスタイルを忠実に守っているようだ。
しかも、夏休みに入ってから彼女は何かとバイト、バイトといい僕からの誘いを断り続けている。
ほんとに…もしかして…嫌われているのだろうか?
開け放した窓から蝉の鳴く声が聞こえる。
普段ならあまり気にならないのだが、最近の不満と座っているだけでたれ流れる汗によりイライラが限界に近づいてきているように気がする。
これは、本当に非常事態だ。
携帯のメールBOXにはさっき受信したばかりのミウからのメールが一件。
「Re:バイト
ごめんねー。今日もバイトがあるの。
今度バイトが休みのときに連絡するから。」
あー、もう!!!
座り込んだベットの上から勢い欲立ち上がると、クローゼットからグレーのタンクトップと薄手の白いシャツを取り出して着替える。
そしてポケットに携帯と財布を突っ込んで手ぶらで玄関を出た。
外はこれ以上にないくらいの晴天で、湿度の高い空気と直射日光が頭の回転を鈍らせているようだった。
そして電車で約10分、今僕は数回足を運んだミウの家の前に居る。
本当は家の前で待ち伏せとか、ストーカーみたいなことはしなくない。
ミウのことを疑っているわけでもない。
ただ心配で自分が安心したいだけ。
ミウがバイトと称してただ僕と会いたくないと思っているのか。
または本当にバイトなのか。そして一番考えたくないのは他の人と会っているのか。
…最近本当にかっこわるい。
そうして、ミウの家のインターホンを押すか押さないか迷っているうちに扉が大きな音を立てて開いた。
目の前には真っ白なワンピースにマリンブルーの薄手のカーディガンを羽織ったミウが大きな目をさらに広げてこちらを見ている。
「えぇー?!アキラくん?!何でうちの前に?!」
長い髪の毛はサイドにゆるくまとめて、普段見慣れないくらいオシャレしているようだ。
「ミウはこれからバイト?」
本当は久しぶりに会ったのだから、最初の会話はこんな事務的なものなわけない。
だけど、上手い言葉が引き出しから出てこない。
どれもこれもこの暑い日差しのせいだ。
「あ、うん。そうだよ。」
「どこで?なんか、全然いつもと見た目が違うんだけど。」
僕の様子に気がついたのか、ミウの声が少しずつ小さくなっていく。
「えっと、ここから電車で30分くらいのところなんだけど。えーっと、あの。バイトはね、その。」
なんだか濁したような言い回しで、ますます怪し…不審…いや、不自然だ。
ミウはあわてたように歩き出し、僕はその3歩後を歩く。
この道はなんとなく覚えている。駅に向かう細道。
ミウが近道なの!!と嬉しそうにいっていたのが印象的だった。
駅について、電車に乗り込む。
本を読む40歳くらいのサラリーマンの隣にすこし隙間を空けて座ると、歩いている先ほどよりも激しい気まずさが襲ってきた。
彼女もそう思っているのか、下をうつむいたまま微動だにしない。
程なくして電車は走り始めた。
「…ミウ。バイトって何のバイトなの…?」
彼女に続いて改札を抜けると、あまり見慣れない大きなポスターの数々。
大きな袋を手に歩く人、人、人。
なんとなく、嫌な予感がしながら彼女の背中に続いて歩く。
「ここだよ。」
彼女は駅のすぐ裏にある灰色のビルのエレベータに乗る。
1階ゲームショップ
2階フィギュアショップ
3階アニメイト
4階メイドカフェ
5階インターネットカフェ …etc
いや、これ、絶対あれだろ。ほら、よく最近テレビでやってるやつ。
だって駅のホーム、名前が「秋葉原」だったし。
しってるよ、だって山手線ですぐだもの。
でもさ、でも、実際の中はいったこととかないし。
もしかして、ミウのバイトって…。
「アキラくん、ここはいるんだけど。」
もんもんと一人で考えていると、エレベータをいつの間にか降りてしまっていたらしい。
ミウが自動ドアの前に立っている。
あぁ、やっぱり。
ゆっくりとスローモーションで開かれた扉の向こう側に見慣れない女性が数名。
「おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様。」
で?
なぜ、僕はこんなことに?
隣にはいつもよりすこしお洒落に着飾った、ミウ。
そして目の前には男性と、少年の二人組み。
男性のほうは、見た目20代半ばくらいの黒髪のスーツが似合いそうなインテリ系イケメン。
正直、イケメンという言葉では表現できないくらい顔が整いすぎている。
少年のほうは、これまたやわらかな雰囲気を漂わせる超絶美麗、リアル王子様。
見た目、高校生くらいだと思われる。
カラカラと隣で氷を鳴らしながらオレンジジュースを飲んでいるミウは、平然とした様子で携帯電話をいじっている。
「で?」
先ほどからさわやかに微笑みながらこちらを見つめる美しい男性が、この居心地の悪い空間に切り口を入れた。
「で?君はミウのなんなの?」
笑顔は絵画のように美しいが、それとは裏腹に声色と口調は明らかに僕に敵意を向けている。
あまりの視線にいたたまれなくなり目の前にあった水を一気に飲み干した。
「えぇと、挨拶が遅れまして、申し訳ありません。ミウ、さ、ん?とお付き合いさせていただいてます、日向アキラと申します。」
緊張して声が裏返ってしまった。
目の前に座る男性は舐めるように…本当に上から下まで舐めつけるように僕を眺めている。
「ミウの、彼氏?へぇ、そうなんだ。」
男性の顔から笑顔は消えることはない。
爽やかな笑顔が見つめる一方で、周りの温度は急激に下がってくるのが肌で感じられた。
男性の隣に座る少年は相変わらずにこにことテーブルにひじを着いたままこちらを見ている。
本当に、彼らはいったい誰なんだ?
「もうそろそろ本題にはいってもいいかな?」
急に割って入ったのは、先ほどまで携帯電話を片手に無言を貫いていたミウだ。
彼女にしては珍しく、少しいらだった表情が横からながら見受けられた。
「ミウ、こっちのほうが重要だよ。そもそもミウの一大事だ。そんなときに俺が黙っていられるわけないだろっ。」
「いいかげんにしてよ。そんな風に言うなら私もう帰るわ。行くわよ、アキラくん。」
ぐっと腕を引っ張られた僕は勢いよく立ち上がったミウにぶつかるようにして立ち上がる。
男性は慌てたように、同じく立ち上がった。
「待って、ミウ姉。」
人形のように座っていた綺麗な少年の体から出た初めての音にすごく驚いた。
ミウねえ?
「バイト、夏休みの間だけ一緒にやってくれる約束でしょ。」
「ナオ、だってお兄ちゃんが。」
おにいちゃん?
「ミウ、待ってくれ!頼むから行かないでくれ!!あれはミウじゃないとだめなんだ!!」
さっきとは打って変り、焦ったようにイケメンの男性はミウの腕にすがりつく。
その目は涙目になっているようにも見える。
「私じゃなくても、誰でもいいじゃない!!まぁ、結構楽しかったけど。でもこれ以上お兄ちゃんがアキラくんのこと、あれこれ言うのは嫌なの!!」
「悪かった、もう言わないから!!頼むからモデルをやめるなんていわないでくれ!!」
もでる??
「あのぅ、ちょっと話が見えないのですが…何のお話でしょうか?」
「お待たせいたしました、ご主人様。アイスコーヒーでございます。」
目の前に置かれたアイスコーヒーに目を向ける。
なぜかストローはハートの形で、コースターもメイドさんの名前入りだった。
「で、夏休みの期間だけミウにモデルを頼んだわけだ。なにせ、俺の妹弟はまるで妖精のように美しいからな!!」
目の前に座った、これまた妖精のように美しいお兄様は恥ずかしげもなくそんな言葉を口にし、いまだ何かを熱弁し続けている。
「アキラくん、ごめんね。お兄ちゃん、私たちの話になるととまらないのよ。」
つまり今までのやり取りと、その後の話を要約すると。
①この目の前の美しい二人組みの男性はミウのお兄さん(ユイさん)と、弟さん(ナオくん)。
②ミウはお兄さんに頼まれて、アニメのコスプレのモデルをバイトとして頼まれていた。
らしい。
でもなぜ、集合場所かメイド喫茶…。
「あぁ、それはお兄ちゃんの趣味なの。」
あっさりと言われたその一言が一番衝撃を受けた。
このインテリ系イケメンのお兄様の趣味。
個性的過ぎてどう表現したらいいのかわからない。
「お兄ちゃんが趣味で作ってるアニコスの写真集のモデルを頼まれて。ナオと一緒に夏休みの間に撮影をしてたの。」
これだ!!とお兄様が勢いよく出してきたノートパソコンには二人の写真がぎっしりと収められている。
「来年のコミケ用にもう準備を始めているんだ。今年もやったのだが予想以上に反響が大きくてな、今からとりためておく必要がある!!」
さっきほどとは打って変わって上機嫌に話しかけてくれるのは嬉しいのだが、話の内容がいまいちついていけない。
ミウがこっそりと耳打ちしてくれているから少しはまともな相槌ができているようなものだ。
「そういえば、君もそれなりに悪くない容姿だな。まぁ、私には劣るが…。」
唐突に上から下まで舐めるようにしてお兄様は見る。
一瞬背筋がざわついたがなんとか悟られないように笑顔を作り続けた。
「よし、決めた。君も手伝ってくれ。」
一体、なにをですか?
「君もモデルをやってくれ。ナオではできないキャラが君にはできるかもしれない!」
ぽかんと見つめる僕に対して、隣に座っていたミウは目をキラキラと輝かせながら食いついてきた。
「それいい!アキラくんならきっとすごく似合うと思う!!特に…。」
そう言って始まった兄と妹の会話はとどまることを知らない。
「さぁ、まずは採寸からだ!いくぞ!!」
そういって立ち上がったお兄様はミウとナオくんの腕を取るとずんずんと出口へ向かっていく。
「何している。早く来い!!」
えぇ?ちょっと待って。
モデルって、コスプレ?アニメのコスプレの話だったよね?
慌ててテーブルの上に置きっぱなしにされた伝票をつかみレジへ向かう。
なんだか、ものすごく嫌な予感がする。
扉の向こうで三人がこちらを見てにやにやと笑っている。
すごく嫌だったが、しょうがなく扉に手をかけた。
似たもの兄弟だな。
天使のような悪魔が扉の向こうで手を振っている。
この先に待っているのは、天国か、地獄か。
そして僕は、扉あけ3人が待ち受けるであろう未知の世界へ一歩踏み出したのであった。