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Ep.4 カノジョさんのお悩み。

Ep.4 カノジョさんのお悩み。



最近、本当に暑い。

7月も上旬、真夏の暑さがじりじりと僕の体温を奪っているような気がする。

そして、さらに暑さを増幅させるかのように雄介が纏わりついてくる。

「なぁ、ちょっとだけでいいから、課題見せてくれよ。どんな感じでやればいいのかの参考までにさ。お願い!!」

夏休み目前、試験も終わり学生たちはバイトに旅行に、趣味にと活動的になるこの時期。

雄介は誰から聞いたのか、僕の夏季休暇中の課題(完成済み)を見せてくれと約1時間ほど追い掛け回している。

「だから、人に課題を見せるのは嫌なんだ。恥ずかしいし。」

「お前のならどこに出したって恥ずかしくないし、むしろそれで稼げるくらいだ!!」

と、その持ち前の大きな声で豪語している。

この広い大学構内をぐるぐる歩き回り、果てには理工学部からさらに遠い教育学部までたどり着いた僕は、キョロキョロとあたりを見渡す。

目的の人は確か、だいたいこのくらいの時間に講義が終了するはずだ。



「あれ?アキラくんと、雄介?どうしたの、こんなところまで来るのめずらしいね。」

ワントーン高い声と共にくすくすと小さく笑う声。

期待通り彼女は現れてくれた。

「み、ミカちゃん!!」

雄介の焦ったような声を聞いて、内心喜んだ。

顔には出さないように気をつけたが。

「いや、今日は天気がいいから散歩がてら菅野さんのところまで行こうって雄介がさ。雄介なら菅野さんがいればどこまででも歩いていきそうだけどね。」

そう言った僕を睨むように見た雄介は、菅野さん側に並んだ。

「そういえば聞いたよ。ミウと仲良くやってるみたいだね。少し心配してたんだ。ほら、ミウあんなだからさ。」

菅野さんは腕に絡もうをする雄介をものともせず、話しを続ける。

「聞いたって、椎名から?確かに最近は少しずつだけど、メールも返信してくれるようになったし、彼女からも連絡くれるようになってきたかも。」

「ミウじゃなくて、他の女の子からなんだけどね。よかったね、前はメールすら帰ってこない状況で、よく耐えたと思うよ。」

そう言って苦笑いをした彼女は携帯を横目で見る。

「今日はミウ、英語とフランス語とってたみたいだから、そろそろ終わるはずだよ。あたしは…今からレポート仕上げにコンピューター室行くんだけど、雄介も来る?」

期待以上のセリフに心踊った。

そう、僕はその一言を求めてココにきたのだ!

「よかったな菅野さんと一緒に課題ができて。」

うーんと雄介はかなり苦い顔したが、笑顔で手を降ると菅野さんがぐいぐい腕を引っ張って連れていってくれた。


少しだけ、雄介には悪いと思っている。

…本当に少しだけだけれども。




しかし、椎名はまだ授業だったか。

上手くいけば椎名にも会えるんじゃないかって来てみたけど、しょうがない。

椎名と付き合い始めて2週間。

最初の頃はメールの返信すらままならないほど一方通行だったこの関係も、だいぶ落ち着き始め、彼女からの連絡も望めるようになってきていた。

椎名と付き合うようになってから知ったのだが、彼女は入学当初から伝説?を更新し続けてきたらしい。

『付き合っても長続きしない』

彼女が入学してまだ3ヶ月だが、その間にも6人は元彼と呼ばれる男たちがいるらしい。

考えるとすごくモヤモヤするのだが、そのあとの事実の方が僕には重要だった。

『最高記録2週間、最低記録1日、しかもその全部が男の方から別れを切り出す』

雄介が教えてくれた情報だったが、納得できなかった。


僕は教育学部の構内を歩き回る。

普段は道路を挟んで反対側の理工学部校舎での講義が多いため、教育学部校舎の中は新鮮だった。

あちらは機械やコンピュータを扱う設備が多いため、ハイテク校舎とも呼ばれ、科学的な外観だが、こちらの校舎は自然に重点を置いた芸術的な見た目で、同じ大学構内とは思えなかった。

そんな自然の構内の一番奥。

理工学部校舎から一番遠くにある古い建物、この大学で一番古い文学棟が彼女のホームとも呼べる棟だった。

基本的に語学を専攻として授業をとっている彼女は、英語、フランス語、ドイツ語、今は中国語を頑張っているらしいが、とにかく語学に関してはこの大学の中で指折りといわれていた。

彼女が入学してきたときは先輩である僕たちの学年でも、すごい奴が入学してきたと、噂になったものだ。

赤いレンガの入り口の扉を押し開け、中に入る。

図書館のような、古い本の懐かしい香りが鼻を掠めた。


…んですか?

いや、…と。


静まり返った館内で、どこからか女の子の声がした。

どうやら螺旋階段の上のほうで話しているらしく、小さな話し声が聞こえてきた。

悪いとは思いつつ聞き耳を立てる。

「だから、どうなんですか?日向先輩と付き合ってるっていうのは事実なんですか?それとも嘘なんですか?」

「日向」と自分の苗字を聞き、少しだけ階段の上のほうへと視線を送る。

天窓から差し込む光が眩しくて目を細める。

その先には最上階の手すりに背をもたれた女の子がいた。

後ろ姿をだけでわかった。


ミウだ。


「えっと、付き合ってるって、いうか。その。たぶん、そうだっていうか。」

「たぶんって、なんですか?付き合ってるんでしょ?最近いつも一緒に居るし。」

丁寧ではあるが、冷ややかな口調。

椎名の言葉が続かない。

「あなたがもっとはっきり言い切ってくれたら諦めもついたのに。いつもそうやってごまかして答えてたでしょ。だから腹が立つし、日向先輩のこと諦められないのよ。」

シンとした空間に大きく響く2人の声。

きつい言い回しのうっすらと見えるもう一人の女の子の顔も見覚えがあった。

矢野海歌(ヤノ ウミカ)。

自分の高校の後輩で大学1年教育学部。

確か、彼女が今年入学してすぐに、好きですと告白されたことがあった。

そのときは恋愛などまったく興味がなく、彼女のことを振ってしまった。

彼女、まだ僕のこと好きでいてくれてたんだ。

「とにかく、私はあなたがはっきりした態度をとるまで、日向先輩のことを諦めないし、先輩とあなたの事も絶対に認めない。」

カツカツとヒールの足音が遠ざかり、彼女だけがその場に残された。

シーンと静まり返った館内の廊下には、なんだか夏場とは思えないくらいヒンヤリとした空気が漂っていた。

彼女はその場から一切動こうとせず、そのまましゃがみこんだようだった。

数分、時が止まったように彼女も僕も動かなかった。

僕はゆっくりと螺旋階段を上り、彼女の座り込む4階まで足を進める。

静かに靴音が館内に響く。

彼女はその音に気がついたように俯きながら肩を小さく震わせた。

「…椎名。」

真横に立ち尽くした僕の声に、はっとした表情で見上げた彼女はすぐに目を伏せて目をそらす。

目を合わせもしなかった。

「椎名は…俺と付き合ってるの、恥ずかしい?」

すごい勢いで見上げた彼女は、口を真一文字に結んだまま首を横に振る。

「じゃぁ、一緒にいるの嫌?」

フルフルと横に首を振る彼女。

相変わらず口は結んだままだ。

「僕はさ、椎名の隣に無条件で立てることが今はすごく嬉しい。椎名が困ってるときに助けてあげられる、楽しいときは一緒に笑える。泣きたい時は寄り添ってあげれるし。」

彼女の目線に合わせるようにしゃがんだ。

目の前に俯き、床には少しだが水も滴っている。

「付き合うって、僕にとっては椎名と関わるきっかけであって、椎名をたくさん知ることのできる手段でしかないんだ。だから、付き合ってるからってそうやって気負うこともないし、椎名のこと束縛したいわけじゃない。」

普段は背筋も伸びて凛としてる彼女が、こんなに小さく背筋を丸めて階段の踊り場にいる。

それが何だか不思議な光景に見えた。

彼女の顔に張り付いたやわらかそうな茶色の彼女の髪の毛を、指先でゆっくりとってやる。

「ただ、椎名が僕を頼って、一日に僕こと考える時間が増えてくれたら、今よりもっともっと嬉しいかもしれないな。」

椎名はその大きな目に大粒の涙をいっぱいためて、僕を見上げた。


…反則、だろ。


ぎゅっと抱きしめたい衝動をこぶしで握り締め、彼女の頭にぽんと手を載せる。

椎名はぼろぼろと涙を流しながら、聞こえるか聞こえないかの小さな声でつぶやき始めた。

「本当はずっと、不安だったの。アキラくんが、私のことすきって言ってくれて、すごく嬉しかったし、アキラ君と一緒に居るのすごく楽しいの。」

「だけど…だけどね、またすぐ別れようって言われるんじゃないかって。ミカから聞いてたでしょ?私、誰とも長く続かなかったの。いつも私のオタク趣味とか私生活見て、幻滅されて。だから今回もそうだと思ってたの。でもアキラ君はそれでも私のこと好きって…。」


あぁ、もう、本当に。

彼女には本当にかなわない。


「ミウ。」

えっ?と顔を上げた彼女を、抱きすくめるように体に腕を回す。

その細さに一瞬驚いたが、ぎゅっと離さないように力を入れる。

「ミウって、呼びたいんだけど…いいかな?」

甘くていい香りが彼女の髪から立ち上がる。

顔の横で彼女が首を縦に振ったのがわかった。

「あのさ、気づいてないの?」

そういうと、彼女は何のことかわからないようで、僕の目を見る。


まったく、この娘は。


「僕たちが付き合い始めて今日で2週間と2日。記録更新。」

ポカンと椎名に見つめられる。


だからそんな風に見るなって。


「僕らで記録を更新し続ければいいんだよ。」

そう言って彼女の頭を撫でた。

色素の薄い彼女の茶色い髪の毛は、柔らかく僕の指に絡まる。

「うん。」

小さな声が僕の胸の中から聞こえた。

鼻のすする音混じって、僕はそのままポンポンとリズムをつける。



あぁ、あんなに恋焦がれていた彼女が今、ここにいる。

そう思った。

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