フェアな恋愛
「おーい、曲?」
美が声をかけ、曲の顔の前で手をブンブン振る。
しかし、曲に反応はなかった。
月曜日、曲は1日中ぼーっとしていた。
金曜日、あの後に蒼の家に招待された。
ちょっと洒落たマンションの一室であった。
「楽にして?親とかいないから。」
蒼はお茶を出しながら言った。
一人暮らし……といった感じではなかった。
共働きで出張中という方がしっくりくる。
そんな曲の疑問を遮って蒼が話し始めた。
「さてと、殺し合いの事はQPから聞いているよね?」
「聞いている……からこそ分からない。あなたの行動が。」
蒼は首をかしげて言った。
「そんなに変な事かな?「あいつ」と闘ったことが。」
「そこじゃないよ!あたしを守ろうとするかのような行動の事!」
「ボクはこのゲームに反対だ。」
「……」
「利士の事は好きさ……まだ、告白する勇気はないけど。他の人にとられるのも嫌だ。でも、だからって「邪魔者を消せ」って考え方はおかしいよ。」
「……」
「もっと紳士的……ボクらは女だから淑女的か。淑女的に決着をつけるべきだよ。」
「……どのように。」
「みんな、気持ちが一方的すぎるよ。利士に選ばせればいいのさ。利士が振り向いた人が勝ち。そのために自分を磨く。それが本来の恋愛戦争ってもんだろ?」
曲は蒼の目を見た。
その目はまっすぐと自分を見ていた。
(この人を嘘ついていない。)
直感だがそう思った。
蒼が続けて言った。
「だから君には武器をとって欲しくなかったんだ。武器なんかなくてもボクらは恋愛で戦える。相手を消さなくても勝利できる。それを馬鹿なゲームを持ち込もうとする神様達に証明するのさ!」
「でも、あなたは武器をすでに持っているじゃない。」
「ボクが武器を手に取ったのは利士を奪うためじゃないさ。ボクが武器を使うのはあいつだけ。信じてもらえないかもしれないけど。」
蒼と赤マントの間にどんな因縁があるのだろうか?
それよりも気になったことを曲は聞いた。
「あなたと博和君はどんな関係なの?」
「気になるかい?腐れ縁ってやつだよ。その壁1枚先で今頃、あいつは寝ているよ。」
曲は寄りかかっていた壁から思わずのけぞった。
その様子を見て蒼が笑って言った。
「壁から出て気やしないよ。厚いから聞き耳立てるのも無理だろうし。さて……」
蒼は先ほどと同じように手を差し出した。
「今度こそ握手してくれないかい?ゲームに乗らない同志として。」
曲はその手を見ながら考えた。
ゲームの事。
利士の事。
先ほどの戦いの事。
蒼の事。
考えて出した結論は。
「あなたとは友達になれそうな気がする。」
蒼の手を握った。
このいい人を殺してまで恋を優先できない。
そう思ったのであった。
キュッキュッ。
(金曜日は色々な事がありすぎたなぁ。)
キュッキュッ。
(夢だと思っていたQPとの出会い……殺人鬼……それに。)
キュッキュッ
(でも、蒼さんだっけ?あの人と出会えてよかった。蒼さんと出会ってなければあたしもあの殺人鬼みたいに……)
キュッキュッ。
(……それはないか。あたしみたいなドンくさい子はすぐに負けちゃうに決まっている。)
キュッキュッ。
(キュッキュッ?)
「って何をしている!」
気が付くと美がマジックペンで曲の顔にいたずら書きをしていた。
「いや、いつ気付くかなって……」
「今、気付いた!」
「あっ、動くな!「肉」って文字が「憎」になる!」
「どんなウルトラCミスだ、それ!もー!水性でしょうね!」
曲は美のマジックを払った。
横で見ていた英子が言った。
「でも、大丈夫なの、まがりちゃん?目の前でずーっとみぃちゃんが落書きしているのに無反応で……」
「顔を洗ってくる。」
曲は席を立ち教室を後にした。
その背中に美が声をかける。
「顔隠しながら行った方がいいよ~。」
「あいつら……」
マジックで描かれたのは額だけだと曲は思っていた。
しかし、実際にはほっぺにグルグル丸やらほくろやら、眼鏡にまでラクガキされていた。
「あいつらがゲームに参加していたら真っ先に殺してやったのに!」
必死に顔を洗う。
幸いな事にここにくるまでに人とはすれ違わなかった。
また、トイレには曲以外いなかった。
「まぁ、ここまでされて気付かないあたしもあたしだけど……」
先ほどの事を思い出す。
「……何をそんなに思いつめているの。ゲームに乗らないって決めたじゃないの!博和君の事をあきらめるつもりはないけれど……人は愛のみに生きるわけではあらずよ。食べていかなければ死ぬ。そのためには職が必要。職のためにお勉強。そう、あたしにはぼーっとする時間なんてないんだ。殺し合いをしている時間もね。」
ほおを強く叩いて顔を再び洗う。
右の人差し指に違和感がある。
指の付け根にバンドエイドをつけていたのだ。
金曜日に蒼からアドバイスを受けたからだ。
「こんなのでいいの?」
「糸を一巻き覆うぐらいの感覚で大丈夫だよ。むしろ目立つものはつけない方が良い。「赤い糸を隠しています」って言っているようなもんだからね。」
(でも、面がもう割れているんだよね……)
昨日、赤マントの顔はガスマスクで見えなかったが、こちらの顔は見られているはず。
もし、また襲ってきたら……
曲は携帯電話を開いた。
金曜日の夕方に新たに登録をした番号を見直す。
蒼の番号を。
蒼は言っていた。
「決闘の世界に引き込まれるまでにタイムラグがある。目の前が歪み始めたらすぐにコールして。ボクの武器は電気うなぎ。電波をたどって場所を特定するのは容易いから!」
「結局、蒼さんと殺人鬼の関係は聞けなかったなぁ。」
ハンカチで顔を拭きながら曲は呟いた。
「まぁ、殺人鬼の事は蒼さんに任せておきましょう。あんなもんを普通の女子高生のあたしが相手するとかありえない無理ゲー!あたしは蒼さんの言うフェアな恋愛バトルを。」
そこまで言って曲は止まった。
指を折り数え始める。
「蒼さん、殺人鬼、あたし……これで3人。QPは9人と言っていた。後、6人もいる。どんな人たちなんだろう……みんな榎木さんみたいな人ならいいんだけど。」
もし、殺人鬼みたいな人ばかりだったら?
「蒼さんに任せれば……」
全部、蒼一人に?
その時、携帯電話が鳴って曲の考えを中断させた。
英子からのメールであった。
「…えぇ~次の授業、第7校舎に移動教室かよ!面倒くせー。」
曲達が通う「聖ビレゾン学園」には使っていない旧校舎も入れれば校舎が9つもある。
また小・中・高・大の一貫な上に一学年に8~9クラスもあるマンモス校であった。
曲達と蒼はクラスも違えば校舎も違っていた。
ちなみに今、曲がいるのが第2校舎で第7校舎は建物一つ分は離れていた。
「だから急に移動教室とかすんるよ!科学の授業はこれだから嫌いなんだ!」
教室に戻ると予想通り、みんないなくなっていた。
曲は教科書を持って教室を飛び出した。
チャイムが鳴り響く。
「ったく遅刻だよ!まぁ、急な変更だから大目にみてくれるかもだけど。」
そう思うと急いで行くのがバカバカしくなってきた。
「ちょっと休憩延長戦でもいいかな?」
曲は草むらの中に入っていく。
この先には美に教えてもらった隠れた自販機が置いてあった。
「人目にない場所にあるせいか美味しいのはないけど……教師の目を盗んで飲めるのはここだけなんだよねぇ。」
ガサガサ音を立てながら自販機に向かっていく。
「案外、英子と美ぃもここでサボってたり……」
曲は足を止めた。
「何これ……」
自販機の前には見たこともない物が浮いていた。
SFの世界に出てくるブラックホールのようなものに似ていた。
周りを吸い込もうとせんばかりにキューインと妙な音を立てていた。
「昨日の決闘の世界に似ている。……気がする。何か関係があるのかな?」
曲は携帯で蒼に電話をした。
蒼の方は普通に授業中だったようだが、抜け出して電話に出てくれた。
「それは決闘の世界の入り口だね。」
「やっぱり……」
「それのおかげで、昨日ボクは決闘の世界に入れたのさ。最初からいる人には必要ないものだけど。」
「それじゃあ、誰かがここで決闘を?」
「かもしれないし、違うかもしれない。」
蒼が妙な事を言い出す。
疑問に思った曲が聞いた。
「違う?あの世界は9人の決闘のためだけに存在しているんでしょ?」
「本来の目的はそうなんだけど……無関係な人もその入り口に触れれば中に入ることができるんだよ。ボクらみたく入り口は見えないけどね。」
「よく分かんないなぁ。他の人が入れるにしても決闘する意思がある2人が揃わなければ決闘の世界にはいけないんでしょう?」
「そこが勘違いの元だね。裏技ってのいうはどこにでもあるんだよ。一人でも決闘の世界を作り出す方法はいくらでもある。例えば仮想の敵と戦う事を想像する。訓練すればそれだけで決闘の世界を生み出すこともできるんだ。」
「それじゃあ、この入り口の先にいるのは……」
「自分の異常欲を満たすために罠を張った殺人鬼に捕まっている一般人の可能性もある。どちらにせよ、ボクが確認に行く。それまで、入り口から離れて待っていて。近くにいて出てくるときに鉢合わせになったら面倒だしね。」
そこで電話は終わった。
曲はふうとため息をつく。
「それじゃこの中では殺人鬼と無関係な人との鬼ごっこが……」
その時、嫌な考えが頭をよぎった。
「まさか、襲われているのは……」
この道を教えてくれたのは美。
美と英子がここに来たとは限らない。
確率的には……
「0じゃない……」
曲は「入り口」にゆっくりと手を伸ばした。
「確認するだけ……どうせ、榎木さんが入るんだし……」
曲の目の前がグニャリと歪み始めた。




