少女が見た夢、恋の夢、戦いの夢
きっかけはもう忘れてしまった。
多分、ささいな事だったのだと思う。
隣の席の時に話しかけてくれたから……
きっとその程度の理由。
異性と話す経験すら少ないから話しかけられただけで惚れてしまうところが自分にはある。
客観的に今までの自分の恋愛傾向を分析する。
一緒の班で優しく話しかけてくれた男の子。
委員会で一緒に活動していた男の子。
共通点は「話しかけてくれた。」
それって男なら誰でも良いって事?
あなたが好きなのは「男だから」なの?
そうだとしてもあなたを見ているとドキドキする気持ちは嘘じゃない。
これは恋だよ、間違いなく。
恋じゃないなら……
「……学、六学?」
教師の声で彼女は妄想から我にかえった。
今、妄想していた少女は六学 曲。
髪は一本の三つ編み、視力0.03の眼鏡、勉強も体育も平均以下、胸は貧相、地味めな高校一年生の女の子である。
「六学?いないのか?」
教師の呼びかけに慌てて曲は立ち上がり叫んだ。
「ひゃっ、ひゃい!います!」
声が裏返ってしまった。
教室に鳴り響いた裏声に「ぷっ」っという失笑が聞こえた。
曲の顔が赤くなる。
教師は少しあきれ気味に言った。
「全く、何をぼーっとしているのやら……ほら、お前の小テストの解答用紙を取りにきなさい。」
「あっすみません!」
慌てて教師のもとに行こうとして机の角に足をぶつけてしまう。
待っていましたと言わんばかりに机の上のペンケースが地面にぶちまけられた。
さすがにこれには教室中から笑い声が広がった。
曲は真っ赤になりながら散らばった文房具を拾い始める。
手伝ってくれるクラスメイトに御礼を言いながら遠くに座っている「彼」に視線を移した。
「彼」は大声だと悪意があると思っているのか必死に笑いをこらえていた。
「彼」とは、博和 利士。
曲の片思いの相手。
「ほんっと、ドジだよね。まがりは~。」
「みいちゃん、そんなはっきりと……」
昼休みに昼食を食べながら曲は友達にからかわれていた。
曲はこの二人と共に行動する事が多い。
モブキャラではあるが一応紹介しておくと最初に喋ったのが美、次に喋った子が英子である。
友達A、Bで覚えておくと分かりやすい、
「……何か悪意を感じるな。」
美が呟いた。
英子が笑いながら言った。
「みいちゃん、いつからそんな第六感に覚醒を?」
「うるさいな、どうでもいいよそんな話。それよりドジっ子の話だよ。」
「もう、それこそどうでもいい話でしょ!」
二人の話を曲が遮った。
曲は一気に弁当を流し込む。
美が曲の頭をはたきながら言った。
「こっら。そんなみっともない食べ方していると可愛くないぞ?」
「別に可愛くなくてもいいもん。」
「いいのかなぁ~、そんな事を言って。ほら、愛しの君がこちらを見ているぞ?」
「んぐぅっ!」
曲は慌てて食べるのを止めた。
英子の袖に隠れながら、利士の方を見る。
利士は友達とのお喋りに夢中でこちらの事すら見ていない。
曲は頬を膨らませて美を睨みつける。
美はニヒヒと笑いながらパンをかじった。
そんな二人の様子を眺めながら英子が箸を置いて言った。
「でも、うらやましいわ。」
美が驚いて聞いた。
「うらやましい?早とちりが?」
「そっちじゃなくて恋をしている事が。私にはそういう人がいないから……男の人ってみんな乱暴なだけに見えて。」
「えーこは乙女だなぁ。恋なんてそんな神聖なもんじゃないよ。ここに良い例が……」
曲が弁当を食べ終えて言った。
「話さなきゃ良かった……少なくとも美ぃには。」
「んっだよ、相談に乗ってあげたっつーのに!さっさとコクっちゃえよ!骨は拾ってやるからさぁ。」
「勝手に撃沈確定させないで!」
曲は美が手に持っているパンにかじりついた。
「でもさ、どこが良いのあんなの?」
「……身もふたもない言い方。というか周りに聞こえる……」
「みんな他のグループの話なんて聞いてないって!分かんないんだよな~。曲の趣味。」
英子も弁当を食べ終えていった。
「それは運命の赤い糸で結ばれた……よね、まがりちゃん?」
きっかけはもう忘れてしまった。
授業中に浮かんだフレーズを思い出しながら曲は言った。
「ん~、多分そんな感じ。」
美が吹き出していった。
「何じゃそりゃ!小柄なのが好きなんでしょ?このショタコン!」
「それは……まぁ、ショタコンなのは否定しないけど。」
「弟がいなくて良かった。」
放課後。
掃除当番であった曲は一人、教室で帰り支度をしていた。
「もう二人とも、待ってくれたって良かったのに!」
一人で教室にいると独り言が多くなる。
帰り支度を整えて、ドアに向かう途中で利士の机の前を通った。
「博和君の机……」
机の表面を小指でつーっと触った。
そして小指をペロリとなめた。
「……何をやっているのよ、あたしは。」
自分の行動に悪態をつき、教室を出た。
その夜、曲は自室の机の上で書き物に集中していた。
勉強ではない。
授業中のような妄想をノートに書き殴っていたのであった。
寝る前の日課のようなものであった。
「~、ではちょっと早めの恐怖体験集です!」
TVのその声に曲はピタリと手を止めた。
夜の無音を嫌いTVの音をBGM代わりに使っていた。
しかし、曲はホラーなどの類が苦手である。
TVを消そうとリモコンを取った瞬間に画面が切り替わった。
どこかの家のドアの前の映像が流れている。
「あちゃ~。」
ここまで見てしまったら最後まで見たほうがマシであった。
ただのドアの映像が自分の妄想の中でTVに流れる以上の恐怖体験に変貌する時があるからだ。
ナレーターが説明を始める。
「湿ったドアノブ……ある日、Cさんが帰宅するとドアノブがビチョビチョに濡れていた。雨漏りでもしたのかと思ったが、雨は一週間ほど降っていない。では、水漏れだろうか?Cさんは不審に思いながらもドアノブを拭き綺麗にした。しかし、次の日に帰宅するとまたしても濡れている。こんな日が続き、大家に聞いてみたが水漏れをしている事実もない。原因を見届けてやろうと隠しカメラを設置してみた。するとそこに映っていたのは……」
TVに映し出されたのは河童のような化け物がドアノブに口をつけている映像であった。
画面はタレント達がいるスタジオに切り替わり、感想を言い合い始めた。
「怖いですね~。何者なんでしょうか?」
「これはあれじゃないですか?変装したストーカーが家主の指紋をなめに……」
「いやいや、そっちの方が怖いでしょ!」
曲はTVのスイッチを切った。
「ストーカー……」
ノートに書いてみる。
ストーカー。
なめる。
机。
そこまで書いてぐしゃぐしゃとその3文字をシャーペンで塗り潰した。
「違う!あたしはストーカーじゃない!あたしがなめたのは小指だもん!」
携帯電話を取り出す。
携帯のネットページを開き「ストーカー」で検索してみる。
ストーカー……片思いの末、犯罪にはしる人の総称。
「あたしはそんな事をしない!」
ストーカーの末、人殺し。
「あたしは殺したりしない!」
携帯を投げすてた。
目を閉じてゆっくり深呼吸をする。
「……考えない。……考えない。」
思いつめたときは必ずこうしていた。
目を開けて呟いた。
「……もう寝よ。」
伸びをして椅子から立ち上がった。
そして充電のためにさっき投げた携帯を拾い上げた。
柔らかい布団の上に投げられた携帯は壊れることなくいつもの待ち受け画面を映し出した。
「……」
再び携帯のネットページを開く。
片思い 反対語
で検索してみた。
「両思い」という文字がズラリと並んだ。
そのうちの一つを押してみる。
両思い……お互いがお互いを好きなこと……うんぬん……日本では運命の赤い糸伝説が有名である。反対語・片思い
「懐かしいな。そういえば昼に英子が言っていたっけ?」
運命の赤い糸伝説にリンクが張っていたので今度はそれを押してみる。
運命の赤い糸伝説とは……人は生まれた時から手の小指を見えない赤い糸で誰かと結ばれている。その結ばれた相手こそが生涯の伴侶となる。
曲は自分の両手をかかげた。
「どっちの手だよ。」
両手の拳を丸めて小指だけを立ててみる。
「どっちの手か分からないなら小指じゃなくても。」
手を広げ10本の指を眺めた。
「運命の赤い糸……誰かと繋がっている?」
そのまま、ベッドに倒れこむ。
電灯に照らされて指が輝いているみたいに見えた。
「博和君と、繋がっていればいいなぁ……」
そのまま曲は夢の中に落ちた。
夢の中で曲は空の中を飛んでいた。
「今日は飛ぶ夢かぁ。」
自分が見ているのが夢であると認識をしていた。
「明晰夢とかいうんだったっけ?夢を見ているのを自覚する夢って。」
下を見る。
地面は見えなかった。
相当高い場所を自分は飛んでいるようだ。
「いきなり落ちたら怖いなぁ……夢だから大丈夫かな?」
「六学 曲。」
声をかけられ、反射的に顔を上げた。
目の前には白い翼の生えた髪型がパーマの全裸の女性が腕を組んで立っていた。
「てっ、天使?」
「少し違うよ。神の使いという意味では似たようなものだけどね。」
その声はハスキーでどこか幼さを感じさせる。
顔も童顔で曲と年が近い印象があった。
しかし、胸のボリュームは曲とは比べ物にならなかった。
つい、そちらに目がいってしまう。
「キューピッド。」
全裸の少女は続けて言った。
曲は胸から目を離して顔を見て言った。
「キューピッド?愛の弓矢で無理やり男女を結婚させるっていう、あれ?」
「まぁ、イメージしてくれればそれでも構わない……わしは弓も使わないし男女の仲をいじくったりはしないよ。」
「あれ、そうなの?」
「それは人間の作った勝手なイメージだよ。わしは見届けるだけだよ。」
「それって、何もしないだけじゃ……」
「人間から見ると、そう感じるのかい。しかし、神の立場からでは「見届ける」は最も大切な仕事だよ。」
曲は言い返そうかと思ったがやめた。
そもそも価値観が違うと思ったからだ。
「それで?見届けるだけの神様が何の用?」
「見届けるだけではすまなくなってね。右手を開いて見てみるといいよ。」
曲は右手を空にかかげて開いてみる。
人差し指に赤い糸が巻きついていた。
赤い糸の先端は肉眼で確認出来ないほどに遠くに天高く伸びていた。
「えっ?これって赤い糸?」
「ほほう、人間に伝わっているのか。それなら話が早いよ。」
「でも、赤い糸って小指を結ぶんじゃ……」
「……正確には伝わっていないようだね。手の指ならどこでも良いのだよ。その糸の先にいるのが君の生涯の伴侶だよ。」
曲は目をこらした。
もちろん見えたりはしなかった。
見えない代わりにキュービッドが教えてくれた。
「博和 利士。知っているよね?君と糸で繋がっておるのは、そ奴だよ。」
曲はキュービッドの肩を強く掴んで言った。
「本当に?マジ?嘘ついたら針100本だよ?本当の本当に博和君があたしの結婚相手なの?」
キュービッドは表情を変えずに言った。
「本当だよ。」
「やったー!」
曲は赤い糸を掴み引き寄せるような仕草をした。
手ごたえはなかった。
ホログラムのように。
キュービッドは曲が落ち着くのを見届けて言った。
「話はまだ終わってないよ。むしろここからが本題だ。」
その言葉に曲は動きをピタリと止めた。
「何か問題があるの?」
「あるよ。君の糸と繋がっているのは博和 利士だよ。それは間違いない。ただし、博和 利士の指には9本の糸が巻き付いてる。」
「えーと?つまりそれって……」
「君にとっての生涯の伴侶は博和 利士だけだが、博和 利士にとっての生涯の伴侶は9人いると言うことだよ。」
曲は少し考えてから言った。
「一夫多妻……?博和君、ハーレム?」
「また、人間の勝手な解釈か。神は生涯で2人以上の伴侶なんて許さないよ。そのためにわしに介入を命令したのだよ。」
「介入?他の赤い糸を切るとか?」
「わしの介入は教えるだけだよ。博和 利士の赤い糸が欲しいのならば奪い取れ。」
「でも、この糸さわれないよ?」
「分かりやすく言おう。他の8人を殺せ。最後の一人になるまで。」
その時、キュービッドはニヤリと笑った。
その無邪気な笑顔に曲は思った。
(こいつ、天使だと思ったけど悪魔じゃないか……)
「無理だよ……あたしに人殺しなんて……それにあたしドン臭いから。」
「公正になるように武器を用意した。人間の世界で天下を取れる程度の武器を。」
「問題はそこじゃない!あたしは人を殺したくないって!」
「ピーピー。ピーピー。」
キュービッドは無表情で変な事を言い出した。
「ちょっと、何を言っているのよ?」
「ピーピー。ピーピー。ピーピ……」
ピーピー。ピーピー。ピーピー。
それは朝の目覚まし音であった。
曲は寝ぼけ眼で右手の人差し指を眺めた。
いつもの何も巻きついていない指だ。
「……そりゃそうか。」
右手を振り下ろす。
右手はベッドを叩き、ドスンという音が部屋に響いた。




