けだもの
グチャグチャッ。
「何でこんな事になっちゃったんだろう…」
少女は呟いた。
少女は小等部2年生の初芽という名の子であった。
初芽のクラスメイトも担任の先生も梓の爆弾や骸によって殺されてしまった。
本当なら初芽もそこで死ぬはずであった。
しかし、中等部の兄がまっさきに助けに来て手を引っ張ってくれたので、その場を逃れることはできたのだ。
グチャグチャッ。
初芽は起きたことを理解できないまま、兄に引っ張られて走るだけであった。
その兄の足が突然、止まった。
「お兄ちゃん……?どうしたの……?」
恐る恐る、兄に声をかける。
兄の顔は真っ青であった。
初芽を「逃げろ!」と言って突き飛ばした。
初芽は逃げることなく、その場に座り込んだまま動かなかった。
グチャグチャッ。
「お兄ちゃんに言われたとおり、逃げなかったからのがいけなかったのかなぁ……」
兄はそんな初芽を叱らなかった。
いや、叱れなくなっていた。
初芽が逃げられなかったことすら知らないのかもしれない。
グチャグチャッ。
「あたしが悪い子だからいけなかったのかなぁ……」
いつも親や大人は初芽に「いい子にしないと罰が当たるよ。」と言い聞かせていた。
グチャグチャッ。
「これって罰なのかなぁ……いつもなら、ごめんなさいって謝れば許してもらえるのに。」
グチャッ……
嫌な音が止まった。
ライオン、虎、熊、鷹。
飼育棟で飼われていた動物達が決闘の世界に連れ込まれた事で檻から解放されたのだ。
初芽の兄の食事を終えた彼らは、初芽の方を向く。
初芽の兄を食うだけでは、満足していないのだろう。
初芽は目を閉じて歯を食いしばった。。
「痛いんだろうなぁ……やだなぁ……」
ライオンが初芽に向かって、飛び掛る。
爪を初芽に振り下ろそうとした瞬間にバリバリという音がライオンを襲った。
蒼のスタンガンから放たれた電撃であった。
ライオンは感電死した。
蒼は初芽に話しかけた。
「大丈夫?」
「ああ……お兄ちゃんが……お兄ちゃんが!」
「……そう。」
蒼は動物達を睨みつけた。
動物達も威嚇している。
しかし、それよりも先に感電死したライオンが起き上がってきた。
骸となったのだ。
再び飛び掛ってくる……前に銃声で骸ライオンは倒れた。
今度は曲が現れて言った。
「もー、殺人鬼や骸以外にもこんな敵がいるなんて……」
蒼がため息をついて言った。
「仕方ないよ。いや、これも狙ったのかもね。あえて学校全体を巻き込んだのもそのせいかも。」
「ったく……やってくれるよ。」
動物達は相変わらず蒼と曲を威嚇している。
蒼がスタンガンを向けたが曲はそれを制して言った。
「駄目駄目。下手に殺したら骸が増えるだけだよ。」
「……でも、このままじゃ猛獣の犠牲者がもっと増えるよ。」
「こいつらは電撃が理解できないんだよ。もっとシンプルに力関係を分からせればいいのさ。」
曲は銃をしまった。
ネックレスのペンダントが輝き青から茶色に変わる。
曲は力任せに地面を叩いた。
ものすごい轟音とともに地面が抉れていく。
それを見た動物達はその場に萎縮した。
曲は笑顔で言った。
「ねっ?シンプルでしょ?」
「……単純には単純って事か。」
「あっ、何かバカにしてない?」
「褒めたつもりだよ。多分。」
「……やっぱ、バカにしている。」
蒼はふくれる曲を無視して初芽に手を差し出して言った。
「立てる?お兄さんは救えなかったけど……せめて君だけでも救いたいんだ。」
初芽はビクビクしながら思った。
(こういう時、何て言うんだっけ……あっそうだ。)
「ありがとう。」
今度こそ初芽はいい子にできた。
初芽が蒼の手を取ろうとした瞬間に曲が言った。
「ちょっと待った。」
蒼が首をかしげて言った。
「ん?どうした?」
「実はあたしさ、今日の生徒総会がタルいからちょっと遅刻してきたの。調度に終わるぐらいを見計らって。学校大虐殺にちょっと遅れてきたのはそういうわけ。」
「こんな時に、何の話?」
「まあまあ、本題はここからだからさ。体育館から出てくる蒼に挨拶しようとしてこっちに来てみて、見ちゃったんだよね。この辺から赤い糸がのびているのが。」
「……霧雀は途中から乱入してきた。あいつがここに潜んでいたんじゃないか?」
「だと良いんだけどね。あたしが赤い糸を見たのは決闘の世界になる直前。ねぇ、霧雀は決闘の世界を作り出してから体育館に現れたの?」
蒼は考えた。
佐紀が体育館に現れたのは決闘の世界を作り出す前。
タイミング的に飼育棟から赤い糸を出すのはおかしい。
曲は促すように続けて言った。
「時間を戻される前に霧雀が倒された話はしたよね?」
「……うん。」
「霧雀は炎の矢で射抜かれた。爆弾娘の武器の可能性も考えたけど……爆弾娘のいた場所とは反対から飛んできた。だからこそ、あたしも霧雀も反応できなかった。」
「梓の3番目の武器の可能性はあるんじゃないか?すでに時計の武器を持った一人は、倒しているわけだし。」
「あの時、爆弾女は爆弾を使用していた。一度に別の武器を使うのは無理だよ。2つ武器を持っているあたしが言うんだから間違いない。」
蒼は曲が言いたいことが分かってきた。
蒼は初芽の方を向いて言った。
「……伏兵か。」
曲はうなずいて言った。
「そっ。すでに爆弾女と組んでいると思う。霧雀よりも先にね。」
蒼は初芽を見つめる。
初芽は泣きはらした目でキョトンと蒼を見つめ返した。
蒼は首を振って言った。
「こんな小さい子が……信じられないな。」
今度は曲が首を振って言った。
「今までだって信じられない人達がゲームの参加者だったじゃないの!今更、めずらしくもない。」
曲が構えた。
それを見て初芽がビクリとした。
その様子を見て蒼が初芽に聞いた。
「ねぇ、君。ここにはいつからいるの?」
「えっ……さっき。お兄ちゃんと爆弾の爆発からここまで一緒に逃げてきて。」
蒼はそれを聞いて曲の方を向き言った。
「この子は大虐殺のときに体育館にいた。赤い糸を出していたのはこの子じゃないよ。」
曲がため息をついて言った。
「嘘かもしれない。それを信じろって言うの?」
「信じるよ。それに……」
蒼は初芽を見た。
まだ震えている。
蒼は決心して、言った。
「放ってはおけない。敵かもしれないからと言って。」
曲はため息をつきながらも笑いながら言った。
「分かったよ……じゃあ、この件は保留って事で。とりあえず場所を移そうか?他にも逃げた人がいるかもしれないし。」
「そうだね。それに決闘の世界から無関係な人達を守るためには佐紀と梓を見つけ出さないといけないし。」
曲がネックレスのペンダントを茶色から青にして言った。
「とりあえず、いつ爆弾が飛んできてもいいようにしとかないと……?」
喋っているうちに蒼の顔色が驚愕に変わっていった。
その視線は曲の後ろにくぎづけであった。
曲が振り返ると、天高く赤い糸がのびていた。
赤い糸がつながっているのは動物達の中心にいる……虎の左の親指に繋がっていた。
蒼が口を開いた。
「まさか……飼育棟からのびていたのは……」
曲もポカンとしながら言った。
「今まで一番意外なゲームの参加者だね。」
虎の尻尾が赤くなった。
周りにいた動物達は本能的に危険を感じ、虎に飛び掛った。
虎は口の中から炎で出来た弓矢を取り出し、尻尾と口で器用に引っ張り、放った。
「ぐぎゃあああ!」
人間のような断末魔をあげながら動物たちは焼死していく。
炎に囲まれながら虎は二人を威嚇している。
「グルルル!」
蒼はスタンガンを構えて叫んだ。
「来るか!」
しかし、威嚇しているだけで攻撃をしてこない。
曲は首をかしげて言った。
「来ない?」
「見―つけた。ですわ。」
虎の後ろから佐紀が現れた。
佐紀のウサギの人形の色が灰から水色に変わった。
「熱いですわねぇ?」
氷の銛を掲げ、冷気で炎を消して虎の横に並んだ。
「役者は揃ったってね。」
今度は梓が歩いてきた。
梓は虎の頭をなでながら言った。
「仲間へののろしにも使えるんですよ、この赤い糸。まぁ、この子の場合は火で焼いて本物ののろしもできるけど……さてとっ、これで3対2ですよ、蒼様?それともそこのガキを頭数に入れますかね?」
佐紀はウサギの色を水色から灰色にし、マントの中から刀を取り出して言った。
「それじゃあ、援護射撃はお願いしますわね?一人と一匹さん。」
「ほいほい。美味しい所は全てあげますよ。」
佐紀が曲たちの方に向けて、駆け出した。
同時に虎が炎の矢を放つ。
蒼がスタンガンを握り締めながら、叫ぶ。
「くそっ!今度こそくるか!」
曲がネックレスのペンダントの色を青から茶色に変えて叫んだ。
「こっちの援護射撃は蒼に任せるね!あたしはあの殺人鬼を止める!」
蒼がスタンガンで電撃を放ち炎の矢を打ち消していく。
佐紀が日本刀で曲に切りかかった。
曲は白刃止めで刀を止める。
お互いにギリギリと力比べをする。
曲は舌打ちをして言った。
「何て力なの!?こっちは怪力を武器にしているのに……」
「ストーカー女!この面子で最初に脱落するのは、貴女かしら?」
「あたしはストーカーじゃない!変なあだ名つけるな、殺人鬼!」
曲は隙を見て、佐紀のお腹を蹴り飛ばした。
佐紀は吹っ飛んだがすぐに起き上がった。
口から血を吹き出しながらも、ニヤリと笑った。
曲はぞっとしながら言った。
「化け物め……痛みとか感じないのか?」
「どっちかというと気持ち良いですわよ?貴女も試してみますか?」
再び佐紀が日本刀で切りかかってくる。
蒼は炎の矢を相殺しながら思った。
(くそっ、やっぱり霧雀は強い!このままじゃ曲が……せめて距離を置いて銃に切り替えれば……でも、こうも炎の矢が向かってくるのでは佐紀の隙を作ることも……)
その時、蒼は違和感に気付いた。
(何故、梓は攻撃をしてこない?)
炎の矢の攻撃の間隔が少しずつ開いていく。
よく見ると、梓と虎が少しずつ後ろに下がっていっているのだ。
(逃げるつもりか!?かと言ってこの子供を置いて追いかけるわけにはいかないし……いや、むしろいなくなるのなら好都合か。佐紀と戦う曲の援護にまわれる……?)
ドンという軽い衝撃が蒼の肩にあり、蒼は思考を中断せざるえなかった。
曲がぶつかったのだ。
曲が佐紀に負けて押し出されたのかと最初に蒼は思ったが違っていた。
曲が地面を蹴って佐紀の場所からこちらに飛んできた跡があった。
曲は蒼を掴んでさらに飛び上がった。
初芽が驚いて言った。
「えっ!?どこに行くの!?置いていかないで!」
蒼も驚き言った。
「何をするんだ、曲!あの子を見捨てるつもりか!」
その隙に佐紀が素早く初芽を拾い上げた。
佐紀は嬉しそうに言った。
「盾ゲットォー。まぁ、見捨てたストーカー女には効果がなさそうですけど。」
「起爆。」
梓が呟いた。
初芽の体が緑色に輝き、爆発した。
ものすごい爆風がおさまると、ボロ雑巾のようにその場に倒れている佐紀がいた。
梓は残念そうに言った。
「3人同時に爆破が理想だったんだけど……まぁ、一人殺れただけで良しとしようか。」
曲と蒼が梓の前に着地する。
蒼が睨みつけて言った。
「あんた、最初からこのつもりで……あんな小さな子を爆弾に変えて……」
梓は得意げに言った。
「どうでしたか、人間爆弾作戦は?でも、そっちのストーカー女にはバれちゃった、みたいですけどね。何で分かったの?」
曲は梓を睨みながら、言った。
「分かったわけじゃない……最初からあの子から嫌な感じがしていたから。赤い糸の持ち主じゃないと分かった後も。」
「ふぅん、女の勘って当たるんですね。まぁ、一人始末できたし、今回はここまでにしますか。欲張るのはよくないですね。」
蒼がそれを聞いて、叫んだ。
「待て!ここまでやっておいて逃げるのか!」
「もちろん、逃げます!止めようたって無理ですよん。今回の決闘の世界はうちと殺人鬼と、この虎さんの3人で作りましたから。殺人鬼は死んじゃったし後はうちらが引こうと思えば……」
「グギャッ!?」
虎が変な声を出した。
見ると虎の背中から佐紀が刀を突き刺している。
佐紀は驚く梓を見ながら言った。
「逃げるのには賛成ですわ……一人始末した事ですしね?あっ、一匹でしたわね。ややこしい。」
梓は震えながらも言った。
「何で……」
「サーフボードでここまで移動したんですわ。」
「そうじゃなくて!確かにウチの人間爆弾であんたは死んだはずなのに……」
「何で、でしょうか?ヒントは貴女の命と引き換えにあげますわ。」
佐紀が日本刀を梓に突きつけると、梓はその場から逃げ出した。
虎はその逃げる梓の後姿に手を伸ばした。
佐紀は笑いをこらえながら言った。
「ぷっ……見捨てられちゃましたわね。さぁて、お腹が空きましたわ。ワタクシ、猫が大好きですの。同じ猫科なら美味しいですわよね?」
佐紀は虎の首に手をかけ骨を折った。
そして世界が歪みだす。
虎姫の物語――。
小さな檻の中。
それが自分にとっての全ての世界であった。
しかし、それに不満を感じたことはそれまでなかった。
そもそも小さいとも思わなかった。
産まれた時から人間の好奇の目に晒されている自分を大人の虎たちは不憫に思っていた。
母親は自分が本当の世界を知らないと嘆いていた。
父親はその牙と爪もこの檻の中では宝の持ち腐れと激昂した。
どれも虎姫にとっては、興味のない話であった。
この檻の中にいれば牙と爪を使わなくとも、食事を得ることができる。
檻を出たところで本当の世界全てを回れるわけでもあるまい。
人間の好奇の目とやらは自分にとっては賛美の目であった。
それだけで良かった。
利士に会うあの日までは。
檻の外から手を振ってきた幼い利士。
彼を一目見てから愛を知った。
初めて檻の外に出たいと思った。
何故、そう思ったのかはどうでも良い。
種族の違いもどうでも良い。
ただ、利士が好き。
それだけで戦うには十分な理由であった。
そして自分は檻を出る。
自由のためではない。
利士への愛、それだけのためである。
食物連鎖にのまれ――虎姫、死亡。
これで……後4人。




