鳴り響いたのは始まりの鐘か終わりの鐘か
恋愛バトルロイヤル。
たった一人の男の子との運命の赤い糸を最後の一人になるまで奪い合うサバイバルゲーム。
10人いた少女達も残り二人。
物語は最後の戦いから始まる。
そこは人の生きている世界ではなかった。
初めて来た人間は誰しもがそう思うであろう。
どこまで行っても平坦な荒野、空を飛ぶ事を拒むかのように灰色の空。
そこは彼女達が闘うためだけのために神が用意した世界であった。
その世界で天を仰ぎながら歌っている少女がいた。
「……今、会いに行くよ~。貴方に会いに行くよ~。」
少女はその荒野を気にしていないのか上機嫌に、少し流れてくる生暖かい風に長い髪をなびかせていた。
赤いマントを羽織った少女の容姿はとても美しかった。
その右手には灰色のツギハギだらけのウサギの人形が握られていた。
そして左の小指にダイヤの入った指輪をしていた。
「……こんなに殺したよ~。貴方のために殺したよ~。」
歌詞が不穏になった。
少女の美しい歌声が台無しになった。
しかし、彼女の機嫌はどんどん良くなっていった。
その時、何かがモゾモゾと動いた。
少女の場所から少し離れた位置ではあったが、平坦なこの世界では彼女が見逃す事はなかった。
少女はゆっくりと動いた先に歩いていった。
そこには人の形をした泥の塊があった。
しかし、泥ではなかった。
ピクピクと生きているかのように動いていた。
まるで少女から逃がれようとしているかのように。
少女はゆっくりとマントの裏に左手を入れた。
「どーれにしよーかな……うん、君に決めた!」
マントの裏から出てきたその手には、果物ナイフが握られていた。
彼女はモゾモゾ動くその人の形をした物の喉元にナイフを押し付け、一気に引いた。
ズリッという嫌な音共に赤い液体が噴出した。
少女はマントの中に頭を引っ込めた。
マントにだけ赤い液体がかかる。
もしかしたらこのマントも最初は赤くなかったのかもしれない。
人の形をした塊を押さえながら何度もナイフを引くうちに、やがて塊は動かなくなった。
「……はぁ~。」
ゆっくりとマントから顔を出した少女の顔は恍惚に満ちていた。
彼女の名前は霧雀 佐紀。
人を殺す事に快感を覚える殺人鬼である。
佐紀はその場でクルリと一回転した後に再び歌いだした。
「……今、会いに行くよ~。あなたを殺しに行くよ~。」
佐紀の後ろから足音がした。
気配に佐紀は気付いていたがあえて振り向かずに歌い続けた。
「一人、二人……八人、九人……貴方のために殺したよ~。」
そこまで歌え終えると佐紀は振り返り言った。
「やっぱりね。」
佐紀の言葉にその人物は動揺した。
一見、男とも見間違える程に短い髪をしたその少女は言った。
「……何がやっぱりなんだ。」
佐紀はニヤリと笑って言った。
「私の予想が当たったという事。最後に残るのは貴女だと思ってましたわよ。」
「……それはどうも。」
短い髪の少女の名前は榎木 蒼。
佐紀を悪とするならば、蒼は善と表現すべきか。
佐紀の格好も奇妙であったが蒼の格好も奇抜であった。
セーラー服の上に白衣を着ていた。
白衣の胸ポケットからは黄色の液体の入った試験管が顔をのぞかせていた。
佐紀とは対照的に右の小指におもちゃ屋で売っていそうな指輪がはめられていた。
蒼は佐紀を睨みつけながら言った。
「もう、時間がない……あんたを……倒してこの戦いを終わらせる!」
「あんた「も」じゃなくって?」
「!言うな!」
佐紀はケラケラと大声で笑いながら言った。
「正義の味方が聞いてあきれますわ!貴女と私、何が違うって言うのですの?」
「……ボクはお前とは違う。快楽のために人は殺さない。」
「あらぁ、殺すことは肯定?正義の味方は自分の都合の良い解釈をなさる事!」
「……あんたと話し合うつもりはもうない。時間がないと言ったはずだ。」
「それは残念。ワタクシは貴女とのディベートを楽しんでいましたのよ?」
佐紀はマントに左手を入れた。
すると右手のウサギの色が緑色になった。
蒼も白衣の裏ポケットに右手を入れる。
中からスタンガンを取り出した。
それを見て佐紀は再びケラケラと笑って言った。
「あらぁ、その武器で良いのですの?せっかくたくさん奪ってきたのに。」
「……あれは僕の武器じゃない。」
佐紀はマントから緑色のダイナマイトを取り出した。
「ワタクシは遠慮なく使わせていただきますわよ?これは仮病女の武器!」
佐紀はダイナマイトを躊躇なく投げ、自分は後ろに飛びのいた。
空中でダイナマイトは複数に分裂した。
蒼は空中のダイナマイトにスタンガンを向けた。
するとスタンガンから目に見えるほど大きな電撃が放出された。
ダイナマイトは次々に撃墜されていく。
佐紀は楽しそうに言った。
「さすがですわね……それでは、次は邪鬼眼娘の武器!」
右手のウサギの色が今度は黒になった。
そしてマントから巨大な黒いサーフボードを取り出した。
サーフボードの後ろにウサギを乗せ、佐紀自身もサーフボードに乗る。
蒼が佐紀にスタンガンを向けて電撃を発射したが、電撃がとどく前に佐紀の姿はそこから消えていた。
蒼は舌打ちをする。
あちこちから佐紀の声が響き渡る。
「スピードはサーフボードの方が上でしたわね、スピード自慢の電撃使いさん?」
佐紀のスピードは常人には追えるものではなかったが蒼は肉眼で確認していた。
それは電撃で得た能力なのか本人の才能かは分からなかったが確かに確認していた。
しかし、目で追えても電撃の速度で佐紀を攻撃することは不可能だった。
(……けど。)
蒼は思った。
(けど!早いだけじゃないかその武器は!サーフボードを出しながら他の武器は出せない。なら、体当たりを仕掛けてきた時に近距離で電撃を当てれば……)
そう思った瞬間に蒼は見た。
佐紀の左手にダイナマイトがあるのを。
コンマ1秒気付くのが遅かったら蒼はここでやられていただろう。
投げつけられたダイナマイトを間一髪で蒼は避けた。
「びっくりしました?武器を変更する前に使用済みの武器を片付けないでおく手もありますのよ!」
爆発の衝撃で倒れこみ佐紀の言葉を聞きながら蒼は見た。
周囲に転がっている骸の口の中にダイナマイトが入っているのを。
(うかつだった……!ダイナマイト以外も隠していると考えた方がよさそうだな……武器を変更する隙はないって事か。)
蒼が起き上がると周囲は静かになっていた。
(スピードを上げて目で追えなくなった?……いや、違うこの感じは!)
地面がピキピキ言い始めた。
寒い冬の朝のように。
凍り付いているのであった。
佐紀が邪悪な笑顔を向けながら現れた。
その右手には水色のウサギの人形が握られ、左手には巨大な銛が握られていた。
「この武器、便利ですわよね?ブラコンのお姉様の武器。何しろ攻撃されるまで武器が見えないのですから!最も、使い手はワタクシの敵じゃなかったですけど。」
蒼はその場に倒れこんだ。
寒さに体力を奪われたのであった。
一方の佐紀は元気そのものであった。
凍らせる武器は本人に影響がないのかもしれない。
「あらぁ、もう終わり?まだ、ワタクシはけだものの炎を使っていませんのに……期待外れ?と言うかせっかく手に入れた武器を使わないのは、無意味の意地!貴女が自分の武器以外で持っているのはホモの肉体言語でしょ?それから、鳴り物入りの時計。それと……」
「銃。」
蒼は動きを奪われながらもかろうじて言った。
その態度に少し佐紀はイラつきながらも気を取り直して言った。
「そうそう。あのストーカー女の銃!ワタクシが殺していないからやっぱり貴女が奪っていたのですね?まぁ、二人しか残っていないのであればそれは当たり前ですわ。あれも使い手が上手かったのもありますが、結構便利でしてよ?ワタクシ、何度も苦しめられましたわ!だって自分の手元を離れていても引き金を引け……」
言い終わる前にタン、と乾いた音が響いた。
音に驚いた佐紀が周囲を見渡すとすぐ後ろの骸の口から煙があがっている。
口の中に銃が仕込まれていた。
その銃口はまっすぐと佐紀の心臓を向いていた。
佐紀は自分の胸に目を落とす。
小さな穴が開いていてドクドクと血が流れていた。
それを確認するとほぼ同時に口からも血を流し始めた。
「なっで……?こっ、うつき……」
それだけ喋ると佐紀はその場に崩れ落ちた。
佐紀の氷の呪縛から解放された蒼がゆっくりと立ち上がる。
胸ポケットの試験管の液体がいつの間にか黄色から青に変わっていた。
倒れた佐紀に向かって蒼は静かに言った。
「アンタは武器に溺れすぎ。ここぞと言う時に使えばいいんだ。これこそボクがこの戦いで学んだ最大の武器だよ。」
蒼はしばらく佐紀を眺めていた。
しばらくピクピク動いていた佐紀も動かなくなった。
蒼は佐紀の手首を掴んで脈を確かめた。
鼓動はない。
佐紀の死体に背を向けて蒼は言った。
「さようなら、ボクの最大のライバル……大嫌いだったけど、別れたくなかったよ。」
静かにその場から歩き始めた。
その目には涙が浮かんでいる。
「戦いを止めると言って最後の勝者になってしまうとは……正当防衛とは言え……」
歩きながらつぶやいた。
「正当防衛か……それは他のみんなも一緒か……自分が死にたくないために積極的にゲームに参加した……結局、ボクと佐紀のした事って何も違わないんだね。」
なおも歩きながら自分の手を見つめてつぶやいた。
「こんな血塗られた手で利士に抱いてなんて言えるんだろうか?」
「いらないなら、ワタクシにちょーだい。そぉの権利。」
その言葉が佐紀の物だと認識する前に蒼の意識は背中に刺さる鈍い痛みと共にブラックアウトした。
死んだはずの佐紀がそこに立っていた。
左手にはたった今蒼を刺した血で赤くなったハサミ。
右手には灰色のウサギの人形。
蒼の死体を満足そうに見下ろしながら佐紀は言った。
「武器はここぞと言う時に使う……賛成ですわ!みんなワタクシの武器が刃物だと思っていたでしょ?これは、ワタクシが個人的に用意した物でした!本当の武器は自分や他人の傷を簡単に治す「再生力」!最愛の人をバらしたい……でも、1回しかバらせない……そんなワタクシの悩みに神様は最高のプレゼントを用意してくれましたのよ!」
蒼はすでに絶命しているのが佐紀には分かっていたがなおも語り続ける。
「ワタクシの事が大嫌いとおっしゃいましたわね……ワタクシは逆。愛しておりますわよ蒼!……今、会いに行くよ~。あなたを殺しに行くよ~。」
そう歌いながら佐紀はハサミで蒼の死体をバラバラにしていくのであった。
自分の正義に答えを出せぬまま――榎木 蒼、死亡。
佐紀は現実の世界に戻ってきた。
その格好は血塗られたマントではなく学校制服のブレザーであった。
「一人、二人……八人、九人……貴方のために殺したよ~。これで後は、利士と結ばれるだけ。……?」
佐紀はその場で立ち止まって辺りを見回した。
「何かがおかしい……?」
確かにそこはかつて佐紀が慣れ親しんだ土地とは違っていた。
たくさんあったビルは怪獣映画のように袈裟切りにされていた。
コンクリートの地面は粉々に砕かれ地面から地下水がにじみ出していた。
子供の遊ぶ声も店頭で宣伝をする大人の声もしなかった。
その風景は先ほどの世界とさほど変わらない……
しかし、佐紀が感じた違和感はそこではなかった。
そもそも世界がこうなったのは佐紀が蒼と決闘をする前からであった。
「……ワタクシを見ているのは誰?」
佐紀は視線を感じていた。
それも複数の。
やがて、視線の後ろからエンジン音とキャタピラの音が騒々しく鳴り響いた。
何十台もの戦車が現れ、佐紀の周りと取り囲んだ。
視線……ガレキや倒壊したビルの裏から何人も人が出てくる。
服装はバラバラだったが皆、手に武器を持っていた。
一人の男性が一歩前に立ち拡声器で話し出した。
「武器を捨てろ、霧雀 佐紀!お前を大量殺人の罪で逮捕する!」
佐紀はニヤリと笑って呟いた。
「これは蒼の最後の詰めかしら?」
なおも拡声器の声が響く。
「お前達の力はすでに知っている!だが、これだけの戦車を相手にするのは不可能だろう!」
「知っている……?」
誰が情報を漏らしているのだろうか。
「利士……」
佐紀は最愛の人の名前を呼んだ。
根拠も証拠もなかった。
ただの直感である。
だが、佐紀は確信していた。
佐紀はポケットに左手を入れて呟いた。
「そう……そうですのね……利士……今度は……今度こそ貴方が楽しませてくれるというのね!」
中からハサミが出てきた。
そのハサミで自分の服を切り裂く。
切り終えると佐紀の姿は戦っていた時と同じ赤いマントに変わっていた。
戦車団の代表格は拡声器を投げ捨て叫んだ。
「来るぞ!相手は化け物だ!躊躇せずに撃てぇ!」
佐紀は走り出して叫んだ。
「やってみなさいよ!ワタクシが今まで何人殺してきたと思うの?これから何人殺すと思うの?人類全てが敵だと言うなら利士とワタクシ、二人っきりになるまで皆殺しですわぁ!」
走って行くうちに、佐紀の姿が赤マントからウエデングドレスに変わっていった。
そして戦車の弾の発射音が鳴り響いた。
勝者――霧雀 佐紀。
人類70億人とのサバイバルゲームを開始する。
ゲーム終了。




