今日も雨が降る
冬の夜は寂しい。
包む空気は冷たいし、街は寒さに静まり返る。
星が出ていればまだましだ。
だけどそれも期待できない今日のような雨の日は、わたしの心は完全に塞ぎ混んでしまう。
雨は嫌いだ。
耳に嫌なノイズを残して、色んなものを流してしまう。
そのチリの混じった汚い水が、色んなものを塗りつぶしてしまう。
「あると、」
君はどうしているのだろう。
眠れぬ夜に考えるのはいつも君のこと。
遠い国に飛んでいってしまった、チョコレート色の君のこと……。
pipipipi―――
「っ」
氷のように冷えていた手の中で携帯が震えた。
「……ぇ」
光る画面に目を落とし、思わず喉を詰まらせる。
「も、しもし?」
「Hello?」
「なんで、」
「……なちが、呼んでる気がしたから」
流れ込んでくる声に、じわりとなにかが溶かされて。
「雨なんだろ、そっち」
周りから鉄仮面だと言われている表情が、いとも簡単に緩んでしまう。
「昨日も降ってたけど?」
「かわいくねーなー」
くすくすと声を転がして面白そうに笑うのは、いっそ羨ましいほどにマイペースな私の彼氏。
「俺、アメリカに行くから」なんて、出発前夜にまるで隣町に買い物にでも行くような軽い口ぶりで言ってのけるレベルのバカ。
「半年ぶり」
「……バカ、」
「なにやってたの?」
「あんたなんか大っ嫌い」
成立しない会話に、それでも泣きたくなるくらい安心してしまっている私の方が救いようもないバカなのかもしれない、か。
あるとが渡米して1年が過ぎている。
連絡が来るのはこれで2回目。
浮気してやろうかとか、もういっそ別れてしまおうかとか、ぐだぐだ考えても結局いつも行動に移すことはできなくて。
「会いたいな、なちに」
こんな薄っぺらな言葉に騙される。
「悲しい思いさせてごめんね?」
嫌いだ。
「寂しい思いさせてごめんね?」
嫌いだ。
「不安な時に一緒にいてあげられなくてごめんね?」
大っ嫌いだ、こんな奴。
……大っ嫌い、なのに、なんで。
「なち、」
なんで、こんなに好きなんだろう。
「ねぇ、なち?」
「……なによ」
「今年のバレンタインは、なちの作ったチョコケーキが食べたいなぁ」
「…………」
「去年も一昨年も貰い損ねちゃったから、今年のは豪華にしてね?」
「なに、言ってんの、」
「明後日には帰るよ」
ザアザアと、いつの間にか強くなっていた雨の音も耳につかなくなっていた。
ひんやりと体を包み込んでいた空気に、吐き出した息だけが溶けていく。
「着いたら一番に会いに行くから」
バカじゃないの。
冗談じゃないわよ。
そんな風に思いっきり怒鳴ってやりたいのに、肝心の喉が震えない。
「もうちょっとだけ、待っててね?」
「……っ、」
「好きだよ、なち」
じんわりと脳みそを蝕むようなその音は、雨なんかよりもずっと、ずっと厄介で。
嫌いで、嫌いで大っ嫌いなはずなのに、失ってしまうのは勿体なくて。
「早く、帰ってきて」
まんまと彼のペースに嵌まって、ずるずると引きずり込まれて、気づいた時には抜け出せなくなってしまっている。
そんな自分に気づかないフリして、そうだ今日は雨が降ってるから、なんて。
苦しい言い訳を繰り返す。
そう、彼はいつだって、こんな酷い雨の日になんでもない口ぶりでとんでもない事を言ってのけるのだ。
そしてその度、私はこうして過ちを上書きする。
だから雨は嫌いだ。
耳に嫌なノイズを残して、色んなものを流して、塗りつぶして。
私は次の深みに嵌まるのだ。