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秋色ノスタルジー

作者: 綾取り

 柔らかな腐葉土を踏みしめる。見渡す限りの紅葉や黄葉が視界を彩り、ほのかに肌寒い風が不規則に私を撫でては去ってゆく。うろこ雲を散らした青々と澄む空は、山中にいる私の気分を常に爽快なものに保ってくれる。

「よいっしょ」

 脚にあまり負担をかけない感触は、同時に歩きにくいことも意味する。背に負った少々重くかさばった荷物のために、涼しい気候ながらも服には汗が滲んで不快感が掻き立てられる。

 道と言えるものは見えず、ただ枯れ葉が堆積した褐色の地面、そしてその上にまだ落ちたばかりの紅葉や黄葉が点在している。ただ目的の場所への行程は頭にも体にも染み付いているので、およそ迷うことはないだろう。

『ザザッ――ザッ――――』

「ん?」

 腰の右側につけたシザーケースからノイズ音が聞こえる。

 音の発生源は黒い無線機で、設定していた周波数が歩いているうちにずれてしまっていたようだった。それをあらかじめ決めていた周波数へ修正する。すると今度はノイズが無線特有の割れた声になって、私の耳へと内容を持ってくる。

『そっち、どう?』

 無線機を通しても分かる、聞き慣れた声だった。

「順調、かな」

『良かった』

 会話を続けながらも立ち止まることはしなかった。もちろん向こうからも歩く音は絶え間なく続いていた。

 しばらく他愛のない会話をしていると、急に樹々が途切れて目の前が開けた。

 そこは円形になっているようで、少しばかり人の手が加わっているらしく簡素なベンチも備えられていた。

 そして私の視線の向こう側には、私と同じようにどこか微笑みを含む顔をした彼女がいた。

「……なかなか、良いもんだね」

『でしょう?』

 私も彼女も、顔を合わせているのに無線機を使って会話している奇妙な状況にくすくすと笑い合った。

 積もった枯れ葉を手で払いのけて、二人並んでそのベンチへと腰を並べた。

 私は重いリュックサックを足元に下ろして、中からある封筒を取り出す。更にその中身を取り出すと、隣の彼女がそれを見て感嘆の声を上げた。

「それ、持ってきたんだ」

「うん。多分、あんたは持って来ないだろうなあと思って」

「失礼だなあ」

 彼女も同じように持っていたリュックサックから私と同じように写真を取り出す。違いは封筒ではなく小さいクリアファイルの中に入っていたことぐらいだった。

「あんたが持ってくるなんて」

「これでも成長してるんだから」

 私の意外だといった反応に、彼女は誇らしげに胸を張る。

「でもまあ」

「成長したよね」

 私と彼女は自分たちの持つ全く同じ写真を見ながらしばし郷愁の念に浸る。

 写真には紛れもない私と彼女が映っていた。しかし今の私たちと同じ容貌ではなかった。

 私は、今は腰まであるような長い栗色の髪も肩までしかなく、カメラへ視線を合わせずにむすっとした不機嫌な顔を露わにしている。まだまだ子どもだったなあ、と思わず呟いてしまった。

 彼女もまた今とは大分違っていた。私の後ろに隠れてしまって顔しか見えず、その顔はカメラに怯えているのか、不機嫌な私に怯えているのか判断がつかない。

 この写真は幼い頃、私と彼女の親に連れられて行きたくもない紅葉狩りに引っ張りだされた時の写真だった。彼女と一緒に遊ぶ予定を作っていたのに、それをまだ情緒を理解できない年の私たちにとっては時間の無駄としか思えないイベントで壊されたのだから、それは子供心に不条理という言葉を理解させるのに充分なものだった。

 私たちは今、こうしてあの時と同じ場所に来ている。

 写真の時と違うことは、親が付き添っておらず、大きな荷物を持ち、やっと理解できるようになった趣の心を持っている点。そして――

「いつ、行くの?」

「明日」

「そっか」

 明日には私がこの土地を離れて、遠い都会へと出ていってしまうこと。

 二度と帰ってこないなんてことはないだろう。会うことは無理ではない。けれど今まで長く一緒にいた私たちにとって、それはまるで違う世界へ行ってしまうような感覚だった。

「また会える?」

「当たり前じゃん。地獄や天国に行くわけじゃないんだから」

「だよね。休みには絶対帰ってきてよ」

「当然。むしろ平日でも帰ってきちゃう」

「それはやめてほしいなあ」

 また笑い合う。

 私たちは手に持っている写真の中で約束を交わした。二人が離れる前は絶対にここに来ること。だから今ここにいるのだ。

「なんであんな約束したんだっけ」

「忘れたの?」

 今度は彼女が意外だといった顔をする。

「いやあ……たはは」

「もう」

 彼女はそう言うと、リュックサックからスコップを取り出してベンチの下の地面を掘り返す。次に彼女が顔を上げた時、手にはカエデの形をした赤く薄い円形のものがひとつだけ握られていた。

それは幼い頃、私たちが気に入っていたネックレスのペンダントであった。その証拠にそれにはチョーカーの通っていた小さな穴が空いている。

元々は私のものと彼女のものとでふたつあったのだが、例の紅葉狩りの時に私がひとつなくしてしまったのだ。写真の不機嫌な表情はそれに起因するものである。

そこで彼女が、これは二人が一緒だよって証にしようと提案したのだった。

「思い出した?」

「うん」

 彼女の提案はまだあった。

「じゃあ、次の約束も覚えてるよね?」

「もちろん」

 私は彼女の手からペンダントをもらうと、おもむろにそれを二つに割った。綺麗に割れなかったらどうしようと思っていたが、それは杞憂のようだった。

 私は割った片方を彼女に渡し、もう片方を自分のポケットに入れる。

「また今度、かな」

「すぐ帰ってくるから心配しないで」

「それはそれで心配しちゃうんだけどね」

「あはは……」

 唐突に強い風が一陣吹いて、私たちは舞ってゆく紅葉たちに一瞬だけ心を奪われた。

「……変われてるよね、私たち」

「変われてるよ。絶対」

 二人の頭の上にちょうど一枚ずつ、舞っていた紅葉が子どものように落ちてきた。

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