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三題噺「缶コーヒー殺人事件」

作者: 三木こう

 缶コーヒーを投げた、女の子にぶつかった。

「……えっ?」

 素っ頓狂な声をあげてしまう。それほどまでにショッキングな光景。

 つまりは、中身入りの缶コーヒーを頭にぶつけ、血を流して倒れこんでいる女性の体。死んでいるかどうかの確認はまだ出来ていないが、あの出血量はただ事ではないというぐらい俺にもわかる。

「いやいやいやいやいや」

 頭の中では缶コーヒーで人が死ぬはずがないと否定していたが、目の前の現実はそうも言っていられないような差し迫った状況だった。たしかに頭にあたったような気がする。そしてすぐさま倒れこんだような気がする。

「俺の、せいだと」

 声に出してみたところで、もちろん誰も応えてはくれない。

 ただ少し、夜食のお共にとアパートの前に飲み物を買いに出かけ……。そして、間違って買ってしまったホットコーヒーを、あまりの残暑でイライラしていた俺はゴミ箱に向けて投げ捨ててしまったのだ。

 アパートの目の前ということで、大学入学時から使用し続けたおかげなのか、目を瞑っていてもゴミ箱に空き缶を投擲できるようになってしまったのが原因かもしれない。周りの状況確認が甘かったせいなのかもしれない。人を……殺してしまったのか。

「と、とりあえず、血でも止めないとな、応急処置、応急処置」

 しかし、そうやって起きてしまったことに頭を悩ませていてもしかたないと、アパートの部屋に戻り慌ててタオルを探す。

「なんで、ないんですか」

 テンパリ気味のせいか、微妙な丁寧語になってしまった。年をとって独り言が増えたとか、そういうレベルの話ではない。ちょっとは声にだして呟いてみたりしないとやってられないのだ、コンチキショー!

「なんつうか、小学校で鼻血を出した子のを拭き取らされる気分だぜ」

 というのも、俺が迷った挙げ句家から持ち出したのは箱詰めのテイッシュだった。タオルは残念ながらすべて洗濯機の中で回転中なのだ。だらけた男の一人暮らしが原因の悲しい現実。

「あの……大丈夫ですか?」

 ビクつきながら、そーっと血がドクドクと流れ続ける頭頂部分の周りを拭いていく。ティッシュの吸水力はさすがだったが、いかせん薄すぎる。

 仕方なく高速でスナップを利かせながらの連続大量投入。

 血の海はティッシュの海になり変わり、とてつもなくシュールな光景となってしまった。視覚的にはちょっぴりショッキングな雰囲気が和らいだが、なんだか申し訳ないというか、今さらながらの罪悪感に襲われる。

「いやいやいやいや、救急車、呼ばないといけなくね?」

 そもそも一番最初にそうするべきだった。

 けれど、頭の何処かでその選択肢を除外してしまっていたのは……この事件が露呈することを恐れていたせいなのだろう。

「どうすんだよ、内定チャラじゃねぇか、折角この不況に頑張ったのによ。っていうか大学も退学だよな」

 広がっていくのはとてつもなくネガティブなイメージ。親に勘当され、行く宛もなくさ迷い歩くぼろぼろの姿が一瞬現実のように視界を埋め尽くした。

「に、逃げねぇと……そもそも、俺、なんもやってねぇし、缶コーヒー買いに来ただけだし」

 そっと拾いあげるのは、血まみれの缶コーヒー。大人のブラックなんてアオリ文も、今となってはシャレにならない。皮肉なことに、熱々だったホットコーヒーも適度な冷たさになっているようだ。

 そそくさと、心臓をドキマギさせながら、アパートの階段を上り自室へと退避する。その一瞬が永遠のように続いたその時、遠くから聞こえてくる音があった。

 ファンファンファンファンという、消防車だったか、警察だったか、救急車だったか、のサイレン音だ。しかもこちらに近づいてきているらしく音が大きくなっている。

「お、おまえも野次馬してんのか? なんかこの辺で事故があったらしいぞ? んで、ひかれた人がなんか、逃げてった車を追っかけていったとかって、ひやー根性あるやつだよなって、話題で持ちきり。ネットとかでも探しに行こうぜってなってちょっとした祭りだぜ」

「え、あ、そうなの」

 なんとか、突然隣の部屋から飛び出してきた友人に適当な相槌をうつ。廊下で立ち止まりながらしばらく、友人の話を咀嚼するように考えを巡らせる。

 うん……俺、じゃなかったんだよな。そりゃそうだよ、幾ら何でも缶コーヒーで殺人なんてごめんだ。

「おい、てかうちのアパートでかよ! 近いとは聞いてたけど、うわー、警察と救急車……。ん、なんか現場がティッシュまみれだってよ。変態というか奇怪というか、なんか猟奇的な臭いがするぜ。ちょっと見に行こうぜ、被害者には悪いけど」

「……ごめん、俺、お湯かけっぱなしだから」

 少し前方の自室の窓から聞こえるのは、カップ焼きそばを作ろうと沸かしっぱなしのやかんの音。

 とにかく、部屋に戻ったらアッツアツに沸騰したお湯で焼きそばを食べよう。うん、猟奇的な犯行の一部に関与したことなんて忘れてしまおう。

 うん、できることなら、お湯と一緒に流してしまいたい、なにもかも。

 お題、「缶コーヒー、ティッシュ、沸騰」

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、よかったですね。 殺人犯にならなくて。 前の車のタバコの灰で火傷したことはありますが、缶は当たったことないかなあ? でも、世の中どこで不幸に出会うかわからないので、読んだあとは気を付け…
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