9部
カン、カン。 カン、カン。
夜の街に火事注意の巡回の音が響く。こういうのは大工か鳶の仕事だ。意外にダイの昔の仲間がやっているのかもしれない。目が見えていても、この時間はあまり役に立たない真夜中だ。
今日も無事予定通りの仕事ができた。いや、あの毒屋のおかげで一回分多い賃金だ。その金でダイは焼き鳥屋で串を数本買った。酒をこぼした侘びのつもりだ。
「ツキ。今帰ったぞ」
ガラガラっと戸を開けると味噌汁のいい香りが漂ってきた。
「おかえり。お疲れさんだね。あれ、なんだいそれ、ずいぶん美味しそうな匂いだね」
「いや今日はいろいろあってな。ああ、昼はすまなかったな」
「……え?」
ツキはダイの羽織を脱がせる手を一旦とめた。
「いや、酒をこぼしてしまっただろう?匂ってないか畳」
「ああ、お酒のことかい。すぐ拭いたからそんなのだいじょうぶさ。」
「ハチが届けてくれた酒だろう? 朝に会ってな。あいつには、すまないことしちまった。」
「あのお酒なら、まだあるよ。お前さんがこぼしたのは別のに注いだやつ」
「ああ、そうなのか? じゃあ余計に串が美味くなっちまうな」
「ふふ、そうだね」
「ちょっと、外で汗流してくるよ」
「ああ、じゃあ燗にしておくよ」
共同の井戸の洗い場で体を洗い汗をながす。腕や胸を洗っていると、背中を勝手にツキが流しはじめる。毎日のことだ。こんなことが今のダイにとって幸せでならない。
頭も乾かない内に家に入ると、膳に夕餉が出て来る。お猪口を手に取ると小さくチン、と音を立てツキが燗をついでくれる。
「火傷しないでおくれ」
「ああ」
ダイがぐいっと飲むと、手に串を持たせてくれた。
「ばか、俺はいいんだよ。ツキに買ってきたんだ」
「もちろん、アタシももらうよ。お酒もね」
すると手酌で注ぐ音がする。注いでやれない自分がもどかしい。するとツキがダイの肩に寄り添い、ダイの持っているお猪口とカチンと軽く合わせた。
「おいしいねぇ……」
「ああ」
ツキの肩を抱き。頭に口付けをした。肩の骨の感触がツキが痩せていることを物語っている。苦労をさせているのだろうか……それを聞く度胸はダイには無かった。もう一度、頭に、そして耳元に口付けをした。ツキが愛しくて仕方がなかった。
ツキはふと体を離した。
「バカだねぇ。お酒飲むといつもダメでしょう?」
ポンと下っ腹を叩く。ダイはぷっと吹き出した。
「そうだな。ふふふ」
「そうだよ、まったく」
そう言うとツキはまたダイのお猪口に酒を注いだ。