5部
美味い。いつも通りの味でいつも通り美味い。ダイは思わず頬が緩んだ。二口目を口に運ぼうとすると、また音が聞こえた。
きゅるるるる……
今度は腹の虫だ。先程の者はどうやらまだ自分の事を見ているらしい。だがふと疑問に思った。もし乞食の者ならば、こんな目の見えない者相手にどうして盗みを働かないのか? やろうと思えば容易に奪えるはずである。いったい何故?
「もし、そこのかた。もし……」
「は、はい? 私のことですか? 」
「あなた、ここいらの浮浪者ではないのかね? ずいぶんといい匂いを漂わせているが、相当洗濯していないだろう、その着物」
「え?!」
そう一言、その者は呟くとしばらく沈黙があった。おそらく自分の匂いを嗅いでいるのだろう。
「あれ? そんなに匂います? そういえばいつだっけなぁ最後に洗濯したの」
「あんた、橋の下をネグラにするもんではないのかね?」
ダイは単刀直入に聞くとその者は、ふき出した。
「ち、違いますよ。いや、でも似たような者かな。昨日の晩に土手で居眠りしていたら物取りに遭っちゃいましてね。起きたら財布ごと、ごっそりでして……」
「そりゃまぁ大変だったねぇ。じゃあんた、今日は飯を食ってないのかね」
「というより昨日の朝から何も……元々、金もあまり持ってないほうでして、えへへ」
きゅるるる……
また男の腹の音が聞こえてくる。
ダイは箸の柄で頭をかいた。軽くため息をつくと弁当箱に箸をのせて、男の声のする方に差し出した。
「ほら、食いな。そんな音たてられちゃあ、喉も通らないよ。おらぁ、あと二、三件も仕事して帰りゃ、また飯にありつける」
「え? い、いいんですか? 本当に?!」
「ああ」
「あ、ああありがとうございます!」
そう言うと男ははダイの手からカッさらうように弁当を取るとむしゃむしゃと食べ始めた。
「う、旨っ! ご主人、メザシの佃煮なんて味なことしますね。むほ、山椒が利いてたまらない。うん、うん。 む? またこの梅の漬け具合のよろしいこと。すっぱ旨い! こんな梅干しは初めてですよ。あなた、料理上手のお内儀で幸せ者ですなぁ」
「だろう? オレとこの嫁は日本一さ」
「まったくです。かぁ~うらやましい えへへへ」
あっという間にその者は食べ終わった。すぐさま川べりまで弁当箱を洗いにいったようだ。災難だったが悪い奴じゃない。ダイはそう思い微笑んだ。男は弁当箱をダイの手に持たせた。
「ご馳走さまでございました。これであと二日は持ちましょう。なんとか恩返しでも出来ればいいんですが、あいにく金はないしなぁ。困ったなぁ」
「いいよ別に。それ程のものでもない。」
「す、すみません」
「旅の行商でもしてるのかね?」
「ええ、まぁそんなところです」
「何を売ってんだい?」
金ならこっちが欲しいくらいなのだが、困った時はお互い様だ。使えるものなら買ってやろうとダイは懐に手をいれ財布を掴んだ。
「まぁ、そのなんというか説明すると長いんですが、簡単に申しますと毒でして……」
「ん? 何だって? 」
「いえ、毒って言ったって人が死んじゃうような奴じゃなくてちょっと体に毒なんだけど副作用で治っちゃう部分もあるっていうですねぇ……」
ダイは思わず見えない目をかっ開いた。
「じゃあ、あんた、毒屋か?! 」
「ええ、まぁ」
ダイはおもいきり声のするほうに向かって右手を出し臭い着物をしっかりと掴んだ。
「このスットコドッコイがぁ! 」
そして思いっきり頭をはたいた。
「い、痛! なにするんですか! 突然!」
ダイは、見えない目で男を睨みつけた。
初夏の風が、ぴゅるりと二人を吹き抜け、チャポンと川の魚が跳ねた音がした。




