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4部

そこは、町外れの大橋のかかる河川敷で、人の往来も多く露店を出すにはピッタリの場所だった。現にいろいろな露天商が競うように啖呵をきりあっていた。

 失敗した……ダイは思った。

 目の不自由な自分にとって人探しは容易なことではない。露天商の売り文句を聞きわけようとしても数が多すぎるし、みな街をまわる者達だから、聞いてもどうせ他の商人のことなど知りもしないだろう。

遠くで鐘の音が聞こえる。もう午の刻だ。あと一刻過ぎたら次の予約した患者の元にいかなねばならぬ。

「これは、いったんあきらめる他ぁねぇな」

 ダイは、軽くため息をついた後に、土手を少し下り斜面の草むらに座った。

川の流れる音、子供が遊ぶ音、露天商の売り文句、風で擦り合う草の音。沢山の音がダイの耳を通り過ぎていった。この土手でに座るなんて何年ぶりであろう。見習い大工の頃はよくこの辺で大橋を眺め、いつかこんな大仕事を任されてみたい。……と夢みていたものだが。

 ダイは包みの中から弁当を取り出した。嫁のツキ特製の弁当だ。

と言ってもウチは裕福ではないので、小さなメザシと大きめの梅干が入っているだけなのだが。しかし、ツキはメザシをただ焼くのではなく、料理屋で教わったという佃煮にしてくれている。梅干も丸々と大きな梅でこれが一粒あれば何杯でもいけるという愛情のこもった弁当だ。

 箱を開け、さぁ一口目、とご飯を口元に持っていったとき、背後で妙な気配を感じた。ダイは目も見えないのに振り向いた。

 ……臭い。

 おそらく何日も風呂に入らず、着物も洗っていないに違いない。そういう饐えた匂いがダイの鼻を直につき、おもわずむせた。大橋の下をネグラにする乞食だろうか。

「ごく……」

 次は生唾を飲み込む音が聞こえる。ダイはとっさに弁当のフタを閉めた。勤務中の唯一の楽しみを盗られてはたまらない。

「あ……」

「『あ』じゃない。 誰かは知りませんが頼むから向こうに行っててくださいな」

「はぁ、こりゃどうもお邪魔いたしまして……」

 なんだかとても残念そうな男の声。だが目の見えない自分すら、こうして毎日働いているというのに、何もせず人に物乞いをする者になど同情の余地はない。

草を踏む音がして、その者がほんの少しだけ遠退いたの感じた。それでも匂いは消えない。風の強いこの河川敷でここまで匂ってくるというのは相当である。しかし時間もない。そろそろ昼飯はすまさなければ。ダイは再び弁当箱を開け、パクリと一口ご飯を食べた。


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