1部
全編を通し視覚障害者が登場しています。充分に言葉に配慮をしているつもりではありますが、気分を害される方は視読されないことをお勧めいたします。
如雨露から注がれる水の音で、いつものようにダイは目を覚ました。
妻のツキがほおづきに水をやっているのだ。
「ふわぁ~あ…… もうすぐ咲くのかい?」
「あら、お目覚めかい? うん、そうねぇ。もうすぐだねぇ」
おそらくツキは、ほうずきに顔を近づけて目を細めているに違いない。小さくても庭のある長屋で良かったと、ダイはフッと笑った。その時、鐘の音が聞こえた。
「ん? 何時だ?」
「もう辰の刻、五つ半だよ」
「おっと、今日は朝から山本様に呼ばれているんだった。ツキ、俺ぁすぐ出るぞ」
「あ、はいはい」
ダイが急いで寝巻きを脱いでいると、急いでツキは居間に入り、仕事用の着物をダイの左袖から着せ帯を巻き、箪笥から足袋を取り出すとダイの右手に手渡す。ダイが足袋を履いている間に、ツキは台所で弁当のフタを閉め竹皮で手早くくるんだ。
慌てて玄関口に用意してある風呂敷包みを背負う。
「行ってくる。」
「あちょっと、お弁当だよ」
「おっと…」
ダイはくるりと振り返ると、右手で宙を探した。
ツキは、いつものようにパッと夫の右手を捕まえると、弁当の包みを握らせ、ギュッと強く、優しく握った。
「行ってらっしゃい。今日も稼いどいで」
「おう」
ダイの左手には、少し長めの杖。
そう、ダイは目が見えない。