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ド級のドパガキ、”ドドパガキ”がデジタルデトックスに挑戦する話。

作者: 大萩おはぎ
掲載日:2026/06/30

◯登場人物

ぼく(大萩おはぎ):本作の語り手。陰キャのキモ・オタク。学生時代は常にクラスで一番足が遅かった。そのわりに、ドッジボールでは最後まで残りがち。


「でも ただのリトライじゃねぇぞ 何度でも心の強さで立ち上がり前に進む ド級のリトライ ドリトライだ!」――『ドリトライ』より




◯INTRODUCTION


 ぼくは”執筆アレルギー”だ。


 そう気づいたのはつい昨日のことだった。 最近契約したコワーキングスペースで優雅にコーヒーを啜りながら、さて、いっちょド級の名作を軽く生み出しちゃおうかなと800字程度書き進めた時にそれは起こった。


「面白くない……小説の内容もそうだが、執筆という行為が面白くない。なんなら、書き進めるにつれて動悸がひどくなってくる……!」


 ぼくは小説家で、アマチュア時代を含めると執筆歴は20年以上になる。モチベーションには当然ムラがあって、書ける時期と書けない時期があったし、スランプなんてしょっちゅうだ。

 けれど、たいていは書き始めたら楽しくなってくるもので、モチベーションは先に行動することで湧いてくる――経験則はそう言っている。けれど、その日は違った。


「楽しくない、それどころか、小説を書くという行為が苦しい……!」


 これはもはやよくあるスランプじゃない、”執筆アレルギー”である。そう気づいたのが昨日の昼のことだ。そして次の日の今日、このエッセイを書いている。 

 このエッセイは、小説家であるこのぼく”大萩おはぎ”が”執筆アレルギー”を発症し、原因を分析し、対策として”デジタルデトックス”に挑戦するまでのあらましを語るものである。



1.”思い出出版”という呪いのミーム


 動機をかかえたまま逃げるようにコワーキングスペースを出て帰宅した。

 思考がぐるぐると回っていた。「どうして書けなくなった?」「もうぼくの才能は枯れてしまったのか?」「書くのが楽しくないってことは、小説家としての最大の資質を失ってしまったんじゃないのか?」「今後、ぼくは新作を書くことが一生不可能になってしまったんじゃないのか?」

 なによりぼくの脳裏にはこの言葉がよぎっていた、


「ぼくもまた、『思い出出版』で終わる泡沫作家の一人でしかないのか?」


 ”思い出出版”という言葉は、ぼくが最近X(旧Twitter)で目撃した造語である。簡単に説明すると、「何らかの特別賞などにひっかかって1,2冊程度出版するものの、小説の基礎体力がないので続かない、小説家未満の人」を揶揄する言葉のようだ。

 ずきり、と胸が刺されるような思いだった。

 ぼくは2作ほど電子出版している、つまり分類上プロを名乗ってもいいのだが、たいして売れたってわけじゃないし、書籍化もちゃんと賞に受かったとかじゃなくてたまたま打診されただけ。SNSでははるか高みにいるような実力者が謙遜して「私も思い出出版枠かもしれない」などと言って溜飲を下げてくれるものの、実際のところ『思い出出版枠』という存在がいるとしたら、まさにぼくこそが”該当者(それ)”なんじゃないか?

 考えるのも恐ろしい話だし、だからこそ考えてしまう。


「ぼくのキャリアはこれで終わりなんじゃ……」


 などと震えているうちに、いつのまにか夜になっていた。 X(旧Twitter)のオススメ欄をザッピングして、自分が不快になるニュースを追いかけて、男女論だの政治論争だのを見て不快になって、何も楽しくない時間を過ごして――もう何時間も過ぎていることに気づいた。







 いや――アレルギーの原因”コレ”じゃね!?!?!?!?!?


 


2.ぼくは”ドパガキ”になっていた


”ドパガキは、ショート動画やゲームなどの刺激の強いコンテンツに慣れて、常に強い刺激を求めるようになり、集中力が続かなくなる若年層を揶揄するインターネットスラングである[1][2]。「ドーパミン中毒のガキ」の略称である[1]。” Wikipedia『ドパガキ』より


 ぼくはいい歳こいたオッサンであり、令和生まれのドパガキなどでは決して無い。そう思い込んでいた、が、冷静に思い返すとここ数ヶ月のぼくの異様な無気力さには理由があるんじゃないだろうか? というわけでここ数ヶ月のぼくの生活状況を書き出してみた、


 ①一日二時間くらいX(旧Twitter)の「オススメ欄」を眺めてしまう

 ②アニメを倍速視聴で一気見しがち

 ③起きたらすぐにXとyoutubeを開いてしまう

 ④筋トレをサボり、運動習慣が減り、日光を浴びる機会も少ない

 ⑤部屋が散らかったままになっている


 いや、脳内物質ドパドパやないかーーーーーーーい!!!!!

 まさかここまで悪化しているとは思わなかった、というわけで以下に検証していこう。


①一日二時間くらいXの『オススメ欄』を眺めてしまう


 これが最大の失敗である。

 まず、Xのオススメ欄は本当にひどい。最初はいいのだ、絶賛放送中の『名探偵プリキュア!』に登場する大人気キャラクター『キュアアルカナ・シャドウ』ちゃんのファンアートが毎日大量に流れてくるから、大喜びでいいねをつける。しかし、それだけならいいのだが、オススメ欄をスクロールしていくと様子がおかしくなってくる。 終わらない男女論争、政治論争、そして極めつけは、AI翻訳機能が実装されたことで外国人(最近はブラジル人が多い)とのレスバも横行している。『ゴッサム・シティ』より治安が終わっている。

 もしもぼくが無類の喧嘩好きで、人々が争うのを眺めて喜べるスーパーヴィランじみた精神の持ち主なら楽園になり得るのだが、あいにくぼくは普通の人間だ。Xのアルゴリズムは怒りを煽るような不快な情報ばかり流してくるのだが、ぼくはそれを「嬉しい」とも「楽しい」とも「面白い」とも思わないのに、その不快さを求めるように毎日アクセスしてしまっていたのである。 その原因は二点ほど考えられる、


1.ネガティビティ・バイアス 人間の脳は、ポジティブな情報よりも「ネガティブな情報(危険・怒り・対立)」に強く反応し、記憶に残りやすいという心理的傾向がある。


2.人は怒りや不快感でもドーパミンを分泌する 脳は否定的な感情を動機にしても一種の興奮状態になり、ドーパミンを分泌する。さらに、XのようなSNSはユーザーの滞在時間を伸ばすために上記のようなネガティブな感情(危険・怒り・対立)を誘発する投稿を優先的に表示レコメンドしている。

 とはいえXがそれをわざとやっている、というのはやや陰謀論じみているかもしれない。Xが意図的にネガティブな情報を選択的にレコメンドしているというよりは、「分断を煽り、対立を生じさせる論点」にインプレッションが集中することで、自動的に『オススメ欄』に出てくるという仕組みだろう。


 どちらにせよ、結果としてぼくは「不快な情報が集まるSNSを楽しんでもいないのに長時間拘束される」という状況に陥ってしまっており、数カ月間それを自覚することもなかったのだ。


②アニメを倍速視聴で一気見しがち


 つい先日、『Angel Beats!』を1.25倍速で一気見視聴した。やはり天使ちゃんは天使だが、久々に見るとゆりっぺがめちゃめちゃいい子である。ゆりっぺのゆりっぺにゆりっぺしたい……。

 というのは置いておいて――初見ではなく振り返り視聴だったというのもあるが、さすがに近年のぼくは倍速視聴一気見をやりすぎである。 倍速などのファスト視聴にはもともと賛否があるし、ぼくは手放しでそれを肯定する立場というわけでもないのだが、視聴済み作品を思い出す目的ならばタイパ(タイム・パフォーマンス)を高めるために容認する立場をとっていた。もちろん、コンテンツはクリエイターが想定した”間”があるわけで、それを無視してしまう倍速視聴があまり褒められた行為ではないことも自覚している。なので今まで「倍速視聴やってます!」と公言することが憚られたのも事実だ。

 ではなぜ今回自分がアニメを倍速視聴していたことを告白したのか?


 明確なデメリットがわかったから、である。


 それはファスト消費の是非とか、インプットの質とか、そういう高次元の問題ではなく、


 ――”情報過多”である。


 ここでやっと冒頭に述べたキーワード”執筆アレルギー”が関わってくる。今のぼくにはインプットとアウトプットの不均衡が起こっているのだ。大量の情報を脳内に詰め込むが、それが整理されないまま(デフラグされず)脳内に漂っている。適度に整理して出力する必要がある、というわけでアウトプットの出番なのであるが、それをしないまま次々と情報の濁流に飲まれていくような生活習慣ができ上がってしまっていた。


③起きたらすぐにXとyoutubeを開いてしまう


 一説によると、「現代人が一日で受け取る情報量は、平安時代の人間の一生分の情報量に相当する」という。もちろん俗説であり、科学的根拠はない。

 が、この仮説の厳密な正しさはともかくとして、主旨は一理あると思った。

 ぼくの少年時代、だいたい2,30年前のことを思い出してみても、ここまでの”情報過多”ではなかった。ネット黎明期で、限られたテキストデータのやりとりだけが行われ、確かな情報を得るためには本を読まねばならなかった。倍速視聴どころか動画投稿サイトもまだ始まったばかりだった。

 ”おもしろFLASH動画”をゲラゲラ笑いながら見て、学校で語り合ったりしていた。解像度も動画時間も限られたあの時代のネットでも新しい驚きや創意工夫に満ちていて、とても楽しかった。あの時の情報量と比べて、現代の情報量は明らかに多すぎる。2,30年間ですらこの変化だ、1000年前となるとなおさらだろう。 平安時代から現代にかけて、人間の脳の容積や構造が進化したわけじゃない。遺伝子の進化よりも、ミーム(文化的遺伝子)の進化のほうがはるかに早いのだ。故に、現代は人間の脳から溢れんばかりの情報が浴びせられる時代になってしまった。この情報量に、人間は耐えられないのかもしれない。


 起きたらすぐにXやyoutubeにアクセスし、情報の濁流に飲まれに行くという生活習慣が、気づかぬ間にぼくの脳を疲弊させていたのかもしれない。 


④筋トレをサボり、運動習慣が減り、日光を浴びる機会も少ない


 前年度までは週三回程度の筋トレ、気が向いたら家トレもやっていたが、今年度は全くやっていない。今年度からの引っ越しを機にジムを解約してしまったのが大きな原因だが、家トレの頻度すら大幅に落ちている。 思うに、


 筋トレは原始時代、平安時代、現代に至るまで、情報量が大きくは変わってない行為だ。だからいい。


 筋トレ中に考えるべきは筋肉のことだけ、思考がとてもシンプルになり、情報過多の濁流から解放される。 筋トレは苦しい。とにかく負荷がかかる、故に余計なことを考える余地がない。ある種、瞑想に近いものがあるとぼくは思う。筋トレは健康維持に良いのは明らかだが、それをさておいても、原因と結果がとてもシンプルに整理されている行為であり、定期的に取り組むことで精神的な安定が得られる、という効果は見逃せないものがある。 数カ月間筋トレをサボったことで逆説的に筋トレの有効性に再度気付かされた。


⑤部屋が散らかったままになっている


 部屋の散らかりは、未処理のタスクの蓄積である。 ぼくはシングルタスク気味であり、複数のタスクが積み重なっているとどちらもできない、という欠点がある。それを今までの人生経験で自覚している。そんなぼくにとって、部屋が散らかっている状態は、「未整理のタスクだらけの環境で生活している」にほかならない。 情報過多の時代にデフラグされない脳が疲労を起こしている、と前項にも書いたところだが、部屋の環境によってそれが助長されていることも否めないだろう。


 結局のところ、ぼくは才能が尽きたとかキャリアが終わったとか、そういう高次元の悩みを抱いていたわけじゃなくて、もっと手前で立ち止まっていたのだ。端的に言うとドパガキだったのである。


 でもただのドパガキじゃねぇぞ。ド級のドパガキ、”ドドパガキ”だ――!!!


3.生まれて初めてMrs.を聴いた結果


 しかしぼくは本当に”ドパガキ”なのか? その疑問をまずは検証すべく、ぼくはアマゾンの奥地へと向か――わず、Mrs.GREEN APPLEの『ライラック』を聴くことにした。

 先に断っておくが、ぼくはMrs.にはなんの先入観もない。ガチでミリしらだ。めちゃくちゃ人気があるのは知っているが、本当にその程度で、まともに曲を聴いたこともなかった。そんな中、『ライラック』が転調や変拍子を盛り込んで飽きさせない作りになっており、「ドパガキ向けだ」と揶揄されたのは知っていた。


 感想:普通にいい曲じゃねーか……!


 聴いてみて思ったのは、「しっかりしたイントロがあって、快楽原則まっしぐらな曲というよりはむしろ技巧的に聴こえる」ということだった。近年の商業音楽といえば、サブスクでシャッフル再生された時に飛ばされないよういきなりアップテンポなサビから始まるような曲調がずっと流行っているという先入観があったが、『ライラック』は必ずしもそういう感じではない。

 つまり、普通にいい曲だし、いうほどドパドパではない(ドパドパとは?)と感じた。

 ということは……どういうことだってばよ?


 結局ぼくはドパガキ向け音楽ですらドパドパできないレベルに堕ちた”ドドパガキ”なのかもしれない(意味不明)。


 冗談はさておき、ここからは生活習慣の改善を目指していきたい。ドドパガキのぼくが、脳をデフラグして、正常に戻し、”執筆アレルギー”を克服するにはどうするか?


 ――デジタルデトックスである。


”デジタルデトックスとは、スマートフォン(以下:スマホ)やタブレット、パソコンなどのデジタル機器と意識的に距離を取り、心身の疲労やストレスを軽減しようという試みのことです。”アリナミンHP https://alinamin.jp/tired/digital-detox.html より 


 具体的に作戦を立案しよう。


 ①Xアカウントからログアウトする

 ②アニメや映画は等速で鑑賞し、詰め込まずアウトプットをセットにする 

 ③朝起きてすぐにXやyoutubeを開かない

 ④筋トレ、運動習慣の再開

 ⑤部屋を片付ける(当たり前だろ)


①Xアカウントからログアウトする


 スマホやPC、タブレットなどあらゆるデバイスでXアカウントにログインしている今、インターネットを使っている間ずっとチラチラとSNSを確認してしまうようになっている。

 根本的にこの悪習を断つには、とりあえずログアウトしか無い。「見ないように気をつける」なんてドドパガキのぼくが守れるわけがない。ぼくはそれほど自分を信用していない。

 というわけで思い立ったが吉日――Xアカウントからさっそくログアウトしました!


 こうすれば”オススメ欄”を見ることもないぜ!

 しかしキュアアルカナ・シャドウちゃんのファンアートを見逃すリスクがあるぜ!

 逆に言えばそのくらいしかリスクがないぜ!

 というわけで、今、Xから離れてnoteを活動拠点にすることにした。noteのレコメンドはXほど治安が悪くないので、だいぶマシになると予想している。そして後述するが、アウトプットもしばらくはnoteを中心にしていこうと考えている。 具体的には、Xは二週間ほどログアウトしたままにする予定である。


②アニメや映画は等速で鑑賞し、詰め込まずアウトプットをセットにする


 この記事では倍速視聴のデメリットを挙げたものの、「私は倍速視聴していても特に問題がない」という人もいるでしょう。ぼくの失敗は、倍速視聴そのものではなく、アウトプットをおろそかにしたことにある。 情報を整理する時間をとらずに情報を詰め込むことで、脳が混乱し疲労してしまう。これが問題の中核なのだ。

 というわけで、ルールを設けることにした。インプットしたら、簡単なアウトプットを行う。具体的に言えば、「アニメや映画を見たら簡単でもいいからレビューや感想を書く」、こう決めてみた。


 ぼくが”執筆アレルギー”に陥った理由は、インプットとアウトプットの不均衡。インプット過多なだけではなく、「アウトプットのハードルが上がりすぎていた」という側面もある。 たとえばぼくの過去のエッセイや映画レビュー記事を見てみると、どの記事も一万字程度の尺があり、内容が濃密で、書くのにけっこうな労力がかかっている。ぼくは慢性的にアウトプットに対するハードルを高めに設定してしまっている傾向がある。この悪癖を克服するためにも、軽いアウトプットを習慣化する必要があると考えた。


 実際、このエッセイはXからログアウトしてすぐに執筆を開始しているが、執筆開始から数時間で既に6000字を超えている。”執筆アレルギー”の状態からすぐにこうなるのは、アウトプットのハードルをかなり下げたからだろう。

 いままでの記事は読み手側を楽しませるために様々な工夫を凝らしていたが、今回は自分の思考の整理をつけるために、冗長な部分も削らずにそのままアウトプットしている。つまり、問題は文字数の長い短いではなく、「読み手が面白いと思うか、この記事はたくさんの人に読まれるか、という懸念」のほうなのだ。このハードルが高くなりすぎてしまい、執筆するだけで動悸が出てしまう状態にまでなってしまった、ならば反対に、ハードルを下げればそこは克服できる、というわけだ。


 そういうわけで、今後しばらくはエッセイなど細かなアウトプットを増やしていこうかと思う。ぐちゃぐちゃになった自分の思考をいったん整理する、という目的もあるため、内容は冗長になったり煩雑になったりするものの、そこはご容赦いただきたい。


③④⑤は健康習慣として取り入れていこう


 このへんは努力目標として徐々に実践していこうと思う。

 今回は①②の優先度が最も高いので、とりあえずここから二週間①②ができていればOKとしよう。

 実は昨日、部屋に転がっていたペットボトルをまとめて資源ごみとして捨てた。部屋だけではなく脳までスッキリした気がする。片付けは嫌いだが、やってしまえばなかなかに気持ちがいい。 そんな当たり前のことを、と呆れられるかもしれないが、ぼくにとっては着実な一歩だ。何事も、ハードルを上げすぎないほうがいいのだ。


CONCLUSION


 そういうわけで、ぼくは”執筆アレルギー”に陥ってしまった。

 その原因は知らず知らずの間に生活習慣が乱れ、”ドドパガキ”と化していたことで、今後はデジタル・デトックスやインプット・アウトプットのバランスの調節を行う必要がある。

 さっそくXからログアウトして、こうして思考を整理し、noteに投稿している。まずはデジタルデトックスの第一段階は順調、といったところだろう。 

 ここから二週間後、ぼくの”執筆アレルギー”と”ドドパガキ”を直すためのデジタルデトックスが成功したのか、ぼくがどう変化するのか……。

 こうご期待!!!!



 BGM:Mrs.GREEN APPLE『ライラック』

ここまでお読みくださりありがとうございました。

本作をお楽しみくださった方はぜひとも評価をいただけると嬉しいです。


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