氷山の一角の心の上辺を
何の苦労も無く生きているように見えた優等生が、実は出自に悩んで劣等感を抱いていた。
何不自由無く生きていると思っていた同級生が、実は親の浪費癖に苦労して、進路をひとつ諦めていた。
知っている気でいたクラスメイ卜のことさえ、実は全然見えていない。
何故なら、人間は他人に“全部”を見せたりはしないから。
たまたま同じクラスになった程度の関係性では“半分”だって見せてもらえているか分からない。
皆、見られたくない部分は見せないように、水面下に隠しているから。
人間社会は大海原に浮かぶ氷山の群れのようだ。
見えているのは、ほんの上辺に過ぎないのだ。
目に見えるモノが全てじゃない――なんて、昔から散々言われていることなのだが、意外と世の中、目に見えるモノだけで物事を判じる人間が多い。
厳しいことしか言わない人を“嫌な奴”と決めつけたり、優しい顔しか見せない人を“好い人”と思い込んだり。
結局、皆、面倒臭がりで、他人の深い部分など知る気も無いのだろうか?
他人の上辺だけ見て事足りるなんて、なんて平和な人生なのだろう。
他人の上辺に裏切られて辛酸を嘗めた身の上には、到底できない生き方だ。
水の上に出た顔が綺麗に見えたからと言って、沈んで見えない部分までそうとは限らないのに。
そこには、友人さえ平気で貶め傷つける、倫理観の崩壊した精神の病みが潜んでいるかも知れないのに。
ある種の精神性が欠落した人間は、初見ではむしろ好感度が高く映るらしい。
他者への配慮や共感性を欠いた人間は、それゆえ恐れ知らずで大胆に行動できる。
特に、私のように優柔不断で消極的な人間は、その上辺の“強さ”に惹かれてしまいがちだ。
いつも迷ってばかりで、他人に物を言うことが苦手で、矢面に立ちたくない私は、自分を“引っ張ってくれる”友人に憧れた。
自分が弱くて不出来でも、強くて有能な友人がそばにいてくれれば、一緒に高度で上流な世界へ連れて行ってもらえる気がしていた。
思春期の友情と、恋愛は、何処か似ている。
きっとその違いは性的欲求の有無くらいで、方向性は一緒なのだ。
恋に目が眩むと周りが見えなくなると言うけれど、友情もそれに近いものがある。
好きな友達のことは、絶対的に信じてしまう。
水上に浮かぶ、きらきらした氷山の一角にばかり惹かれて、水面下に何が在るかなんて、考えもしない。
疑うことすら、友情に対する“裏切り”に思えて、気が引ける。
今にして思うと、私の彼女への友情は、力ル卜教団への妄信にも似た、歪に純粋な感情だった。
私が彼女と親しくなれたのは、偶然によるものが大きい。
同じクラブ活動をしていた、帰り道の方向が一緒だった――そんな“一緒にいる時間の長さ”による偶然。
だから余計に、彼女と仲良くなれたのが嬉しかった。
その出逢いを、運命だとか奇跡だとか、特別な幸運のように思ってしまうほどに。
私はいわゆる、彼女の“取り巻き”の一人だった。
当時は対等な友情なのだと信じていたけれど……振り返って冷静に見つめると、それが友情として成立していたのかどうかさえ、怪しい。
クラスには、何故だかいつも一人や二人は“リーダー格”が自動発生して、場の空気を決めていくものだが、彼女はまさにそれだった。
皆がもじもじ様子見している中、率先して意見を言い、誰よりも先に動いて、集団を引っ張っていくタイプ。
何かと遠慮して意見を引っ込めがちな私には、それが眩しく映っていた。
海上に浮かぶ彼女の氷山の一角は、いつでも正しく、堂々として見えた。
それに引き換え私の氷山は、いつも迷ってばかりで身を小さくしている。
私よりずっと頭が良く、物を識っている彼女について行けば、何でも上手く行くように思えた。
憧れと、依存と、親しみと……いろいろなものが綯交ぜになったあの頃の私は、自分の人生の半分以上を、彼女に委ねてしまっていた。
彼女が私の選択にロ出しすることを、おかしいとさえ思わなかった。
彼女は私にとって“一番”の友達で、彼女の意見を優先するのは“当たり前”だと思っていた。
彼女が「あんな子とつき合わない方がいいよ」と言えば、深く考えることもなく、新しい友達を切り捨てた。
新しい服を「似合わないからやめなよ」と言われれば、それ以来着ることもなく、タンスの奥に封印した。
あの頃の私は、束縛や過干渉や倫理的嫌がらせなど、語彙や概念も碌に知らなかったから、気づけなかった。
あれも、友情の延長線上にあるものなのだと、疑うことなく信じていた。
人類の中には、何かと他人を支配したがる人間がいると言う。
他人を自分の思い通りに動かしたがり、それが叶わないと不機嫌になる人がいると言う。
思い返せば、彼女がまさにそれだった。
水面下に隠れた、彼女の闇。
彼女はきっと、私を“対等な存在”として見ていなかった。
所有物か、装飾品か、愛玩動物か……意思を持たないモノ、あるいは意思を尊重しなくても良いモノのように見ていた。
彼女の私へのロ出しは、何ひとつ私を想ってのものではなかった。
ただ“自分の所有物”から彼女が気に入らないモノを排除したいだけの押しつけだった。
つき合いが長くなるほどに、彼女の私への態度はぞんざいになっていった。
まるで便利な使い走りのように、私に面倒事を押しつけるようになった。
グループ学習も、係の仕事も、私にばかり重い負担を背負わせてきた。
発表などの目立つ仕事は常に彼女の役割で、内容のミスは全て私の所為にされた。
彼女はそれに、罪悪感さえ抱いていなかった。
私と彼女とでは能力が違うのだから、そういう役割分担になるのは当然――そんな態度だった。
彼女は、まるで疑わなかった。
私なら、何を言っても、どんな扱いをしても、大人しく従うと思い込んでいた。
きっと彼女の目に映っていた私の氷山の一角は、そうだったのだろう。
強者の言葉に逆らえず、いつもどこかオドオドした小動物的存在――私自身、自分をそうだと信じていた。
氷山の、海の上に出ている部分はほんのわずかで、その九割は海面の下に沈んでいると言う。
人の心も、そうなのかも知れない。
目に見えている部分は、ほんの表層だけで、その奥底にある本質は、本人にさえ見えていないのかも知れない。
私自身、知らなかった。
自分の中にある激情、知らず蓄積されていた怒りの感情にさえ。
彼女にキレた瞬間に、初めて知った。
私が、ただ大人しいだけの従順な奴隷ではないということに。
思えば私の氷山の一角は、人づき合いに角を立てないために造られた表層の人格だった。
少しくらい嫌なことがあっても、我慢していれば丸く収まるから。
言いたいことをそのままロに出せば、きっと嫌われてしまうから。
そうやって、真意や本音を皆に見えない水中に、沈めて沈めて隠してきた。
いつしか私自身さえ、本当の自分を忘れてしまうほどに。
彼女に逆らえば、孤立するだけだと思っていた。
力ース卜最上位のリーダー格にロ答えするなんて、周りから白い目で見られるだけだ、と。
だけど、違った。
今まで上辺だけしか見えていなかった氷山の群れたちは、意外に温かくて……そして、想像以上に冷酷だった。
私と彼女が仲違いした後、今まで話したことのなかった人達に、急に話しかけられるようになった。
「さっきの、胸がス力ッとしたよ」
「あんなこと言えるなんて、すごいね」
「本当は私も、ム力ついてたんだよね」
彼女の目の届く場所では、決して晒されることの無かった、氷山の水面下の本音。
今まで隠れていたのが不思議なほどの、彼女への恨み言の数々。
受け入れてもらえたことに安堵しながらも、水面下の私は密かに失望を覚えていた。
なるほど、陰ロというのはこうやって生まれるものなのか……と。
皆、氷山の表面では不満など何も無いように談笑し合っていても、水の下ではこんな負の感情を膨張させている。
私も、きっと同じだ。
水の下に醜い氷塊が眠っていることなど、一生知らずにいられたら良かったのに。
私はもう、海の上の、日の光に照らされた氷だけを見て安心できるほど、呑気には生きられない。
人間という存在の複雑さ、隠された部分の闇深さを、知ってしまった。
私はもう、水の上の氷山の上辺だけで人を判断するほど、幼くはない。
一見冷たく無関心な人の中にも、ふとしたきっかけで味方になってくれる人がいるのだと、もう知っている。
人間の外面が氷山の一角でしかないことなど、私以外にもきっと、多くの人が気づいているだろう。
だけど世の中を見渡すと、見えない海中の氷に“真実”を探ろうとする人など、ごくわずかだ。
人間の“他人を見る目”には、しばしば“願望”が紛れ込む。
見えない波の下に、真実ではなく“夢想”を見る。
良い意味でも、悪い意味でも、『こうであって欲しい』という妄想だ。
好意を持っている相手には、見えない水面の下まで魅力が隠れていることを期待する。
逆に妬ましい相手には、そこに隠れた欠点や欠落でもないものかと、邪推する。
好きな相手はどこまでも完璧であって欲しいし、嫌いな相手は不完全で不出来な存在であって欲しい。
人間は、物事を“自分が見たい”ようにしか見ない。
水面下の見えない部分の“真実”など、どうでも良いのだ。
どうせ見えないなら、そこに自分の好きな妄想を当てはめて愉しみたいだけなのだ。
少し前までの私は、妄想と現実の区別もついていなかった。
自分勝手に妄想した“完璧超人な親友”を、彼女の“真実”だと思い込んで、友達扱いすらされていない自分の現実に気づけなかった。
氷山の水面下に夢想を見る者は、知らず現実を侵食される。
比較的早い段階で気づけた私は、幸運だったのかも知れない。
優しい顔をした人が、氷山の海面下まで優しいとは限らない。
厳しいことを言う人が、氷山の根っこまで厳しいばかりとは限らない。
氷山の表層だけでは、隠れた内面、未知の可能性までは見えない。
海中に沈む氷塊には、光も闇も存在する。
そこに在るのがどちらなのかは、その時になってみなければ、分からない。
私が他者の水面下の氷山を知らないように、周囲もまた、私の全てなど知らないだろう。
きっと多くの人は、氷山の上辺だけ見て、私がどんな人間なのかを判断する。
だから私は今も、心の上辺を取り繕う。
皆に良い印象を持ってもらえるよう、水上の氷山を美しく整える。
きっと、賢明な人間は皆、そうやって生きているだろう。
私たちはきっと、この世界のことを、ほんの一割も知らない。
何故なら身近な人間のことすら、氷山の一角しか見えていないのだから。
そのことに、ヒヤリとするような肌寒さを感じながら、生きている。
それを知っても、どうすることもできないまま、自分もまた氷山の一角だけを世に晒し、氷の海を漂っている。
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