第八話 弓削隼人
時刻は午後五時二十分。山と海に囲まれた夜墨の闇の訪れは早く、すでに夜更けなのではと錯覚させる。庸一はあれからも季里果の行方について聞き込みを行ったが、有力な証言を得ることは出来なかった。今も映画館に立ち寄り、館長の久貝に話を聞いてきたが、この一週間、地元の住人以外は誰一人として映画館を利用していないという。
「そろそろタイムリミットか」
本当はもっとじっくりと調査を進めたかったが、今日の宿は木月荘ではなく、小田原市内のホテルだ。辺境である夜墨を経由するバスの本数は少なく、午後五時半にやってくるバスが最終便だ。村にはタクシーは走っていないし、乗り損ねるわけにはいかない。
「白木さん。こんな時間までごお疲れ様です」
庸一が肌寒さに目を細めながらバス停のベンチに座っていると、役場から歩いてきた恩地が声をかけてきた。
「恩地さん。お仕事帰りですか?」
「役場の仕事は定時で切り上げましたが、今日はこの後、関係者との会合が控えていましてね。まだまだ夜は長そうです」
そう言いながらも、恩地は庸一の隣に腰を下ろした。まだ時間に余裕があるから単なる雑談のつもりかもしれないが、役場前のバス停に間もなく最終バスが到着するのは周知の事実だし、穿った見方をするのなら、庸一が村から去るのを見届けようとしているのかもしれない。
「地域をまとめる所長さんも大変ですね。差し支えなければ、どういった会合なんですか?」
「常夜山。地元の人間は御山様と呼んでいますが、御山様への感謝を表す祭事を明日に控えていまして、今日の会合は私を含む役員たちの打ち合わせの場ですね」
「地域のお祭りのようなものですか?」
「そこまで大したものでは。屋台や催しものがあるでもなく、地元の人間が静かに祈りを捧げるだけの場ですから」
「何と言う祭事なんですか?」
「愁覚と呼ばれています。愁うを覚えると書いて愁覚です。冬を迎え、山も寒々として寂しくなっていく時期の祭事ですから。いつの頃からかこのような呼び名に」
「なるほど。愁覚ですか」
音だけを聞いた時は「収穫」の文字が過ったが、由来を聞けばまったく方向性は違っていたようだ。地域には祭事を控えた盛り上がりのようなものは感じられなかったが、派手なお祭りではなく、土着的な静かな祭事だというのならそれも納得だ。
「ところで、尋ね人の調査の方は進展はありましたかな?」
恩地にとっての本題はこちらだろう。想定内なので、庸一も平常心で応じる。季里果が五日前に村にやってきたと確信していることはまだ明かさない。
「残念ながら、これといった収穫は得られませんでした。恩地さんの方では何か分かりましたか?」
「申し訳ありません。こちらもめぼしい情報は何も。この後の会合でも話を聞いてみるつもりです」
「そこまでしていただなくとも。お忙しい中、こうして気にかけてくださっただけでもありがたい」
やはりそう簡単に情報を出してはくれない。という情報を得られたのは、ある意味では収穫だ。そうこうやり取りをしている間に予定時刻を過ぎ、役場前にバスのライトが差し込んできた。
「お時間のようですね。会合もありますので私はこれで。何か分かりましたら、名刺の番号にご連絡しますね」
調査活動を労うように庸一の肩に触れると、恩地はバス停を後にした。
今日はもうこれ以上夜墨で出来ることはない。停車したバスに庸一が乗り込んだ。乗客は他におらず、貸し切り状態だ。最後列に座ると同時に出入り口が閉まりかけると。
「そのバス、ちょっと待った!」
息を切らせて走ってきた男性が、ギリギリのところで間に合い、バスに乗車した。
乗り込んできた男性と庸一の目が合い、会釈を交わす。相手は到着した時のバスにも乗り合わせていた、アッシュグレーの髪色をした青年だった。
「まさか君もここのホテルに宿泊するわけじゃないだろうね?」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますよ」
庸一とアッシュグレーの髪の青年は、夜墨からの帰りのバスに乗り合わせた時からお互いに意識はしていた。どこへ向かうにせよ、小田原駅で降りた後は行き先はばらけるだろうと思っていたが、そこからのホテルまでの徒歩移動でも、男性は庸一と同じ方角へと進み、とうとう同じビジネスホテルの前で止まった。流石にこうなればお互いに、相手に声をかけずにはいられなかった。
「アプリで市内のホテルを検索したら、たまたまたここが最初に出てきたんだ。条件も悪くなかったから、そのままここに決めた」
「俺もまったく同じ流れですよ。アプリで最初に出てきたのがここで。同じアプリ使ってたんですかね?」
「どうやらそのようだ。とりあえずチェックインを済ませるとしよう」
謎が解けた? ことでお互いに苦笑を浮かべた。
チェックインを済ませてそれぞれの部屋に荷物を置くと、二人は再びホテルのロビーで合流し、近くのファミレスへと場所を移す。今日夜墨で何をしていたのか、お互いに動向が気になっていた。もしかしたら何か興味深い情報が得られるかもしれない。
「そういえばまだ名乗っていなかった。横浜で探偵業をしている。白木庸一だ」
「フリーランスでウェブデザイナーをしている弓削隼人です。副業で、アローマンって名前で動画投稿者もやってます」
「アローマンね」
その場でスマホで調べてみると、確かにその名前で活動している動画投稿者がいた。未解決事件や都市伝説を考察する動画を主体としているようだが、それらはお世話にも再生数が伸びているとは言えない。むしろ高い再生数を記録しているのはホームページ制作や、動画のサムネイル制作について分かりやすく解説しているハウトゥー系の動画であり、そこは流石はウェブデザイナーといったところだ。弓削隼人としてはともかく、動画投稿者アローマンの心境としては複雑かもしれない。
「本物の探偵って初めて会いました。いつか動画でコラボしません?」
「却下だ。バズるかどうかは別として、探偵が嬉々としてネットに顔を晒したら仕事に差し支える」
庸一は一人で探偵事務所を営み、実際に調査も行っている身だ。下手に知名度が上がると標的に気づかれやすくなったりと、様々な弊害がある。口コミで評判は広まっているが顔はあまり知られていない。そんな今の状況が程よいバランスだった。
「それよりも、弓削くんはどうして夜墨に? ウェブデザイナーの仕事ってわけではないだろう」
「そうですね。夜墨にはアローマンとして参上しました」
「昼間バスを降りた直後に、動画を回していたね」
「よく見てますね。あれは本来の企画のカムフラージュ兼、企画がポシャった時の保険です。取れ高が無かった時は、旅ブイログに再利用しようと思ってて」
「本来の企画というのは?」
「教えてもいいですけど、俺ばっか情報を出すのも不公平だ。白木さんの目的も聞かせてくださいよ。まさか単なる観光ってわけではないでしょう?」
見返りなしに隼人がどこまで情報を出してくれるか見極めていたが、流石に核心に触れるためには、相応の対価が求められるようだ。本業でないとはいえ、向こうも仕事で来ている。そう簡単に情報は出してくれない。
同じタイミングで、配膳ロボットが注文していた料理を運んできたので、庸一はステーキとライスのセットを、隼人は牡蠣フライセットを受け取り、ロボットを帰路につかせる。カトラリーを整えている間に、庸一の考えはまとまった。
「君の意見はもっともだ。お互いに情報交換といこうか。ただし、仕事柄守秘義務もつきまとう。全ての情報を出せるわけではないことは、あらかじめご了承願いたい」
「分かりました。その辺りは白木さんの判断にお任せします。こうして知り合ったのも何かの縁だ。協力できるところは協力していきましょう」
握手代わりにドリンクのグラスで乾杯すると、食事をしながらの情報交換が始まった。
「家族から依頼を受けて、甲斐谷季里果という女性を探している。昼間のバスの運転手が、彼女が五日前に夜墨のバス停で降りたことを覚えていたが、以降の消息は不明だ」
隼人は夜墨の住人ではないので、季里果がバスを降りた情報についても包み隠さずに教えた。すると、季里果の顔写真を見た隼人から想像以上の反応が返ってきた。
「この子、見たことあるかも」
「今日、夜墨で見かけたのか?」
ナイフでステーキを切り分けていた庸一の手が思わず止まる。内容によっては一気に盤面が動くかもしれない。
「いや、今日ではないはず。実は三日前にも夜墨に行ってて。その時は急用が出来て、短い時間でトンボ返りだったんですけど、確かその時に」
庸一に説明しながら、隼人はスマホ画面をスクロールして何かを探している。思えば隼人はバス停で、夜墨に再びやってきたようなことを言っていた。今日はそのリベンジだったようだ。
「あった。やっぱりこの子に間違いない」
隼人がスマホで見せてきたのは、大量の海苔が特徴的な、夜墨ラーメンを映した短い動画だった。三日前もブイログ用に撮っていたのだろう。しかし、途中で手が滑った隼人がスマホを落とすまいと慌ててしまい、映像の画角が乱れる。その時カメラが一瞬、別のテーブルの方を向いてしまい、美味しそうにラーメンを啜る季里果の姿がほんの数秒間映り込んでいた。季里果は誰か髪の長い女性と同席しているようだが、女性はカメラに背を向けているので、白いダッフルコートらしきアウターを着ていることしか分からない。
「間違いない。甲斐谷季里果だ」
「緑のインナーカラーが目立ってたから、すぐにピンときましたよ。見ての通りグダグダの動画だから後で消すつもりだったけど、何が役に立つか分からないものですね」
プロの探偵として、庸一はあくまでも冷静に受け止めていた。むしろ隼人の方が興奮冷めやらぬ様子で早口になっていた。
「この店は橙屋か?」
「はい。バス停の目の前だったし、名物の夜墨ラーメンでも食べようかなって」
「なるほど。あの店の女性もなかなかの役者というわけか」
一週間前どころか、三日前に季里果が橙屋を利用したという客観的証拠が見つかったことで、季里果を見ていないと平然と言ってのけた昼間の女性との会話全てが、一気に薄ら寒いものに感じられた。
「この後、甲斐谷季里果は?」
「分かりません。俺の方が先に店を出たし、その後すぐに帰ったので」
「甲斐谷季里の様子はどうだった?」
「流石にそこまでは覚えてないですね。事情を知った今なら注意深く見てるだろうけど、その時はせいぜい、女の子たちが仲良くご飯食べてるんだなって思ったぐらいで」
隼人の言い分はもっともだし、これはこで参考になる意見だった。映像の季里果が美味しそうにラーメンを啜っている様子を見るに、不穏な気配は感じられない。険悪なムードだったなら、そのことも含めて隼人の印象に残っていたはずだ。季里果は間違いなく同席している女性に気を許している。だとすればその相手とは。
「この女がCitrus1903か」
「シトラスって、柑橘? 何の話ですか」
「それは追々説明する。この白いコートを着た女性はどういった人物だった?」
「俺も顔は見てないので、見た目は動画の情報が全てです。ただ、かなり若そうな雰囲気だったような。もしかしたら、まだ十代かも」
確かに、後ろ姿からも若さ、幼さと言い換えてもいいかもしれない、が感じられる。季里果とは推しのアイドルの話題で意気投合している(もちろん推し活に年齢は関係ないが)し、Citrus1903が少女というのはイメージがしやすい。
いずれにせよ、三日前にこれだけ堂々と食事していたのなら、季里果は夜墨の他の場所でも目撃されている可能性は高い。にも関わらず一切目撃情報が出てこないのなら、地域ぐるみで季里果の存在を秘匿している可能性も考えられる。目的は不明だが、恩地も言っていた地元のネットワークの力があれば、よそ者一人の存在を隠すのは容易だろう。
「想像以上の収穫だった。これで確信を持って夜墨を探ることができる」
「お役に立てて何よりです。お礼に動画出演の件、考え直してくれますか?」
「それとこれとは話は別だ。ウェブデザイナーの君には依頼するかもしれないが」
「それはそれで有りですね」
お互いに笑い合えるぐらいには、場が暖まってきた。
「弓削くんの目的についても聞かせてもらっても? 何か役立ちそうな情報があれば提供するよ」
「さっきスマホで俺のチャンネルを調べたと思いますが、主に未解決事件や都市伝説の話題を扱ってまして。今回もその一環の現地調査です。ただ、ありのままだと警戒されそうだし、取れ高がある保証もないので、表向きはただの旅行者という体で、ブイログを撮ったりしてました」
「未解決事件と都市伝説。夜墨にはどちらを見いだした?」
「どちらかというと後者ですね。前者の属性も含んでいるかもしれないけど。夜墨のシンボルである常夜山では数十年に一度、怪しげな儀式が執り行われ、その直前には不自然に山で人が消えるという噂があるんですよ。ネットの噂が中心なので、どこまで信じていいかは疑問符がつきますが、生贄の儀式だの祟りだの、果てには百年以上前に常夜山に落ちた隕石に関連づけて、空飛ぶ円盤によるアブダクションが行われているというトンデモ説まで。俺だって本気で信じてるわけではないけど、都市伝説的な魅力があるのは間違いないので、調べるだけは調べてみようかと」
ネット上で都市伝説が出回っているという情報は庸一も初耳だった。もちろん大半は作り話だろうが、夜墨に不信感を抱いている今、全てを無視することは出来ない。
「件の儀式かは分からないが、夜墨では明日、愁覚という名の祭事が行われるらしい」
「本当ですか! 祭の気配なんてまったく感じなかったのに」
「派手なお祭りではなく、地元の住人だけが参加する静かな祭事だそうだ。噂の真偽はともかくとして、今はちょうど祭事の時期というわけか」
「待ってください。ということは甲斐谷さんは、祭事の時期に夜墨で消えたってことですよね。それってやばくないですか?」
「安易にネットの噂に結びつけるつもりはないが、住人は間違いなく意図的に甲斐谷季里果の目撃情報を隠している。そんな人間はそもそも夜墨に来ていないと言わんはばかりにな。正直きな臭い」
「この令和の時代に、まさか本当に生贄の儀式を行っているわけじゃないでしょうね」
「流石にそこまでのことは起こらないと信じたいが、あらゆる可能性を排除しないのが私のスタイルだ。生贄とまではいかなくとも、何かしらの事件に巻き込まれている可能性はある。いずれにせよ、一刻も早く、甲斐谷季里果を保護しなくてはいけない」
この文明社会の現代で生贄などあり得ないと思う一方で、生贄という表現が的を得ていると感じてしまうこともまた事実だった。季里果はSNS経由で巧妙に夜墨に誘い込まれた。身内である地元の住民から犠牲を出さないように外部の人間を使っているのではないか? 庸一はそんな可能性を想像してしまった。
「過去にも同じようなことが起きていたんですかね?」
「儀式とやらについては分からないが、夜墨では確かに過去にも、行方不明者が多発した時期がある。年と一九七五年。いずれも十一月後半から十二月上旬にかけて行方不明者が出ている。正確に記録を辿れたのはそこまでだが、もっと前の時代にも同じことが起きていた可能性はあるな」
「一九七五年、一九九九年……待ってください。もしかして今年って」
「二〇二三年の十二月。二十四年周期で何かが起きていると仮定すると、ちょうど今の時期が該当する。行方不明が祭事と関連するのなら、祭事の開催が二十四年に一度なのかもしれない」
警察官時代に一度調べていた情報が、今になって考察を捗らせることになるとは、数日前の庸一はまったく想像していなかった。二十四年周期だとすればさらに前は一九五一年ということになるが、流石にこの時代やそれ以前の正確な記録までは正確に調べることは困難だった。
「一九九九年のこの時期に夜墨村で行方不明者に可能性のある人間は、分かっているだけでも三人。一九七五年は七人。行き先が判明している者だけでこれだ。全国の同時期の失踪者の中には、他にも夜墨で行方不明になった者がいる可能性は否定出来ない。今回夜墨で行方不明になったのも、甲斐谷季里果だけではない可能性があるな」
二〇二二年度の全国の行方不明者数は、届けが出ているだけでも八四九一〇人。その内、認知症に関連した行方不明者が一八七〇九人。二〇二三年度の行方不明者数はそれを上回る見込みであり、その中には表沙汰になっていないだけで、夜墨で行方不明となった者もいるかもしれない。
「夜墨のこと、そこまで調べていたんですね」
「多少は復習したが、ほとんどは予備知識だよ。夜墨について調べるのは二回目でね」
「過去に何かあったんですか?」
「……あくまでも個人的な調査だ。人に話すような内容ではない」
「まあ、白木さんがそう言うのなら、無理には聞きませんけど」
話す内容は庸一に任せるという約束を守るあたり、隼人も律儀だった。あるいは想像以上の情報が出て、すでに満足している部分もあるのかもしれない。
――三度目となると、流石に必然か。
食事を再開しながら庸一は思考する。以前調べた時は比較対象が少なく、一九七五年と一九九九年の二十四年間の開きに意味があるとは考えていなかったが、前回から二十四年後の二〇二三年の今年、再び夜墨で行方不明者が出たことで、それが祭事の周期であるという可能性にたどり着くことが出来た。いつの時代から始まったのかは分からないが、近い分だけでも遡ってみようと、庸一は手帳に西暦を並べていく。
「二十四年周期にあたる、過去の年ですか?」
「ああ、流石に戦前の情報までは追えそうにないが」
二〇二三年。一九九九年。一九七五年。一九五一年。一九二七年。そして、一九〇三年。
「どこかで見覚えのある数字だな」
オレンジジュースの酸味を下に感じながら、庸一は一九〇三年を丸で囲った。
「一九〇三年っていえば確か、常夜山に隕石が落ちた年ですよね。ウィキに書いてありました。そういえばあれも十二月だったような」
「常夜山の隕石か」
当時から祭事が行われていたかは定かではないが、祭事の年に、地元の住人が御山様と敬う常夜山に隕石が落ちたことは、夜墨にとって大きな出来事だったに違いない。頭の片隅には置いておいた方が良さそうだ。
「弓削くん。君は明日はどうするつもりだ?」
「もちろん。三度、夜墨へ向かいますよ。そのために二日間スケジュールを空けてきたんだし」
「全ては仮説の域を出ないとはいえ、この時期に夜墨村に深入りするのはリスクが高い。ここまで話しておいてなんだが、手を引いた方が身のためだ」
「今更引き下がれませんよ。俺は別に、観光客の振りをしている分には何もされないだろうし。むしろ危険なのは白木さんの方でしょう。もし本当に村ぐるみで甲斐谷さんの存在を秘匿しているのなら、村全体を敵に回すってことになりますよ」
「覚悟の上だ。それにまだ話していなかったが、私の前職は警察官でね。そう簡単に遅れはとらないよ」
出来れば荒事にはしたくないが、それは相手の出方次第だ。どの程度関与しているか不明だが、駐在所の松葉もいる以上、必ずしも警察官時代の経験を全て活かせるとは限らない。
「それなら少しは安心ですけど、本当気をつけてくださいよ」
「君は自分の心配だけしていろ。それこそ今の私は警察官ではないし、君の行動を止める権利はないが、何が起きても自己責任だ。そのことは肝に銘じておけ」
「俺だって命は惜しいし無茶はしませんよ。確率は低いかもしれないけど、もし甲斐谷さんを見かけた時は、白木さんに連絡します」
「余計な気は回さなくていい。だが、危険を感じたらいつでも連絡しろ。直ぐに駆けつける」
あくまでも動画投稿は副業だと言っていたが、バズりを求めて暴走しない保障はない。交換条件とはいえ情報を提供して好奇心を刺激してしまった責任もある。隼人の動向にも気を配っておいた方がよさそうだ。
「そういえば君はどうして今晩の宿を夜墨村ではなく、小田原に? やはり村を警戒してのことか?」
隼人がホテルを予約した時点では、庸一とはまだ情報を共有していなかった。あの時点で夜墨を警戒して木月荘を利用しなかったのなら、それは慎重な判断だったと言える。それなら確かに無茶はしないかもしれないと、庸一は好意的に捉えていたのだが。
「いえ。あの民宿、Wi-Fi環境が無かったんで、流石に今日日それはキツイなって思ってこっちに。白木さん話を聞けば聞くほど怪しい村なんで、神回避でした」
「そ、そうか。本業のこともあるしな」
庸一は思わず苦笑いを浮かべた。隼人が夜墨に宿泊しなかったのはどうやら偶然だったらしい。無茶をしないように、やはり隼人にも気を配っておく必要がありそうだ。




