第七話 祝川アミナ
「五日ぐらい前に、この女性が訪ねてきませんでしたか?」
スマホのナビを頼りに木月荘に到着した庸一は、受付に待機していた女将の木月ふみに、早速聞き込みを行っていた。役場の恩地から庸一に協力してあげてほしいと事前に連絡を受けていたそうで、名乗ると快く聞き込みに応じてくれた。根回しがありがたい一方で、先回りをされているような不気味さを感じる。
「見覚えはないですね。五日前は高齢のご夫婦がご宿泊されただけですし。翌日はお仕事できた業者さんが数名滞在。一昨日はお恥ずかしながらご宿泊のお客様はいませんでした」
宿帳を見ながらスラスラと話すふみの様子に、庸一の方が面食らってしまう。
「尋ねておいてなんですが、そこまで詳細に語らずとも、甲斐谷さんのことだけ聞ければ十分ですよ。いつ、どんな人が宿泊したかは立派な個人情報ですから。警察官でもない私には話さない方が」
「あらいけない、私ったらつい。だけど白木さんも元だし、ギリギリセーフということで」
「甲斐谷さん以外の部分は聞かなかったことにしておきます。情報管理に厳しい時代ですからご注意を」
小さな村だし、良くも悪くも大らかなのかもしれないが、情報収集のプロフェッショナルとして一応、苦言は呈しておく。それよりも気になったのは。
――元ね。
本人が気づいていないところを見るに、宿泊客について語りすぎたのも素だったのかもしれない。どうやらふみは口を滑らせやすいようだ。
「宿泊施設は木月荘だけだそうですが、長時間時間を潰せそうな場所はありますか? 例えば二十四時間営業の施設のような」
「小さな村ですから、都会と違ってそういう場所はありませんよ。ボウリング場と映画館は夜九時までですし、コンビニもローカルなお店なので、二十四時には閉まってしまいますよ」
規模に対して施設が充実した夜墨だが、流石に二十四時間営業のネットカフェやカラオケ店のような場所はないようだ。だが、映画館やボウリング場のような大きな施設なら、管理が甘かったら営業時間外でも身を潜めることが出来るかもしれない。
「そういえば白木さん。今晩はどちらに? まだ宿がお決まりでないのなら、うちは飛び込みでも宿泊できますよ」
「申し訳ありません。実は小田原の方に宿を予約していまして」
「まあ、それば残念。次回夜墨を訪れた際は、ぜひ当館をご贔屓に」
「過ごしやすくて魅力的な場所だ。休暇の時にはぜひとも」
「はい。宿自慢のお料理と共にお待ちしていますよ」
宿には今の時間は宿泊客もいないようで、これ以上の情報は得られそうになかった。温和なふみの人柄もあり、木月荘での情報収集は表向きは穏やかに終わった。
――想像以上に厄介な調査になるかもしれないな。
木月荘を出た直後、庸一はスマホからアプリを使って、小田原市内のビジネスホテルの予約を取った。本当は事前に宿を取ってなどいなかった。
小田原市内からバスで通うのは時間が勿体ないし、最初は木月荘で宿泊することも検討していたが、何やらきな臭くなってきたので、今日は安全策を取ることにした。
会話の流れでふみは庸一を「元」と呼んだ。庸一が元警察官であると彼女はすでに知っていることになる。庸一がこの話をしたのは松葉だけだが、それがほんの十数分で、初対面のふみにまで伝わっている。恐らくは役場の恩地経由だろう。地域のネットワークが早速機能している。先回りされているような気味悪さを感じたのは間違いではなかったのかもしれない。
――俺を警戒しているのなら、ある意味で大当たりか。
誰もが甲斐谷季里果を見ていないと口を揃える。だが少なくとも、五日前に季里果が夜墨に降り立ったことを庸一は確信している。今日利用した路線バス。過去に季里果が利用した可能性を考慮し、乗り込む前に運転手に聞き込みをしたら、ちょうど五日前に季里果が夜墨のバス停で降りたと証言得ることが出来た。緑のインナーカラーと長身はやはり印象的だったようだ。季里果は間違いなく夜墨に到着している。
住人の証言が例えば、数日前に見かけたけど、今どうしているかは分からない。といったようなものだったなら、庸一も勘ぐらず、言葉のままに受け止めただろう。木月荘への道中でも複数の住民に聞き込みを行ったが、そもそもそんな女性は来ていないかのように、一度も見かけていないと誰もが口を揃える。これは逆に不自然だ。
庸一のプロフィールだって探偵の一言で十分なのに、態々元警察官であるという部分まで周知している。あるいは警戒心の現れなのかもしれない。
考え過ぎならそれでもいい。何も地域に根ざして末永く隣人として暮らしていくわけではないのだ。警戒しすぎるぐらいでちょうどいいだろう。いずれにせよ、警察官の松葉を含めて油断はならない。
※※※
「……ここで合ってるよね」
白いコートを着た祝川アミナは、映画館のロビーで待ち合わせ相手を待っていた。アミナが夜墨にやってくるのは初めてなので、相手はバス停からも一目で分かるこの映画館を待ち合わせ場所に指定してきた。今更世間体を気にするつもりはないが、映画を観るわけでもないのにロビーを使っていることに少しだけ罪悪感を覚える。受付に館長が不在で視線が気にならないのが救いだ。
「……結局観ないままだったけど、別にもういいや」
今年大ヒットし、ロングラン上映中の映画のパネルが目に止まったが、今となっては興味も沸かない。娯楽を楽しむという感情をもう思い出せなかった。
「こんにちは。あなたがCelebrateさん?」
突然背後から声をかけられ、アミナは体をビクリと震わせながら振り返ったCelebrateはアミナがSNS上で使っている名前だ。その名を呼んだということは、待ち合わせ相手に違いない。
「そういうあなたは、Citrus1903さん?」
「うん。私がCitrus1903だよ。コートの色、お揃だね」
Citrus1903と名乗ったのは、白いダッフルコートを着た、泣き黒子が印象的な美少女だった。色白な肌も相まって、儚げな笑顔はまるで雪の精のようだったが、顔立ちにはまだあどけなさが残る。
アミナは少女の神秘的な美しさに見とれていたが、内心複雑な気持ちでもあった。アミナが夜墨村を訪れたのは、自殺オフ会に参加するためであった。Citrus1903はその発起人だ。アミナも二十三歳と若いが、自分よりもさらに若い、どう見ても未成年であろう目の前の少女が自分と同じ、自殺という目的を持ち、仲間を集っている。理由は人それぞれだし、こうして参加するために夜墨を訪れた自分も人のことを言えた立場ではないと分かりながらも、あれだけ美貌も未来も持ち合わせている少女がなぜ人生に幕を引こうとするのか、アミナには疑問だった。
「……その、あなたはどうして?」
暗黙の了解を破っているのは承知の上で、菜々は好奇心を抑えきれなかった。
「小娘に見えても私、けっこう波乱の人生を送ってるんだよ。家族にはもう先立たれるし、この先この村を離れられそうにないし……好きな男の人には振り向いてもらうないし」
少女はどこか他人事のようなあっけらかんとした物言いだったが、最後の部分だけは一瞬の言いよどみがあり、なんだか感傷的だった。
「そういうあなたは、どうして?」
出来れば口にしたくない話題だったが、先に聞いてしまった負い目もあるし、何よりも少女には自然と距離を詰めてくる抜群の愛嬌があった。この子になら話してもいいかもしれないと、自然とそう思えていた。
「……ありふれた話だよ。ホストにさんざん貢いだあげく破滅した。親にも見放されて、海外の売春ツアーに送られそうな瀬戸際にたどりついたのがここ。ごめん。十代の女の子にするような話じゃないよね」
何を今更、相手が未成年であることに配慮しているのだろう。アミナは自嘲気味に笑った。
「話してくれてありがとう。私にはそういう経験も、村から出たことすらないし、気持ちは分かるなんて安易に言えないけど」
「むしろ満点の回答。気持ちは分かるなんて言われたら、何様のつもりって思うし」
共感を求めてやってきたわけではない。求めているのは終わりと、その時を一緒に迎えてくれる存在だ。
「集う理由は人それぞれ。だけど集うだけの苦しみは共通している。絆と呼ぶには十分だよね」
握手を求めるように、少女はアミナに手を差し伸べた。
「とりあえず場所を変えようか。決行前に、他の人たちにもCelebrateさんを紹介しないと」
「最後はどこで決行するの?」
「御山様。常夜山は静かに死を受け入れてくれる」
「静かな死か。悪くないわね」
微笑みを浮かべる少女の手を取り、アミナは椅子から立ち上がった。
「行こう」
少女がアミナの手を引き、二人は映画館を後にした。
「はてさて。今年は誰が選ばれることになるのやら」
事務室から二人のやり取りを観察していた館長の久貝武満は、自慢の口髭を擦りながら、不適な笑みを浮かべた。




