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第四話 鷹嘴豊永

「今何か聞こえなかった?」


 常夜山の銃声は、夜墨村にも聞こえていた。違和感を覚えた長士郎が隣を歩く塔子に尋ねる。


「熊が出たって午前中に村の放送で言ってたから、猟友会が発砲したのかも」

「熊か。それは怖いな」

「すぐそばが山だからね。そんなことより、そろそろ到着するよ」


 今晩の宿である民宿、木月荘でチェックインを済ませ、部屋に荷物を置いてきた長士郎はそのまま、塔子の案内で村の郷土資料館へと向かっていた。塔子には宿まで案内してもらったら、お礼に温かい飲み物でも奢ってそこで別れるつもりだったのだが、どうせこの後は予定も無いからと塔子は引き続き、郷土資料館への案内役も買って出てくれた。


 地理に明るくない長士郎としては、優秀なコーディネーターと出会えて幸いだったし、塔子は塔子で都会からやってきた長士郎とのやり取りを楽しんでいる様子だ。とはいえ、せっかくの土曜日の午後を使わせてしまっている申し訳なさはあるので、後で飲み物以外にも、何かご馳走した方がよさそうだ。


鷹嘴たかはしさん。お客様を連れてきたよ」


 目的地である夜墨村郷土資料館へと到着すると、館長の鷹嘴たかはし豊永とよひさが入口の前を、竹ぼうきで掃除しているところだった。小さな村なので、ほとんどの住民が顔見知りなのだろう。塔子は親し気に鷹嘴に手を振った。


 郷土資料館の館長という役職や、橙屋の店主が生き字引とまで評したことから、貫禄ある老齢の男性だと長士郎は勝手に想像していたのだが、実際の鷹嘴は三十代前半ぐらいに見え、想像よりも四十歳は若そうだった。ネクタイを締めた白いシャツにグレーのスラックスを合わせ、背中に夜墨村郷土資料館の文字が入った紺色のブルゾンを羽織っている。


「横浜から来ました。大学生の真方と申します」

「郷土資料館館長の鷹嘴です。真方さんは観光ですか?」

「観光はもちろんですが、実は大学で民俗学を専攻していて、夜墨村の山岳信仰を卒論のテーマにと考えています。もしよろしければ御山信仰を含め、夜墨村について色々と教えていただけませんか?」

「そういうことでしたか。勉強熱心な方は大歓迎ですよ。さあさあ、外は寒いですから、まずは中にお入りください」


 鷹嘴は満面の笑みで長士郎を迎え入れてくれたので、長士郎と塔子は郷土資料館へと入館した。長士郎が受付で入館料を支払おうとすると。


「鷹嘴さん。どうせ私はタダだし、長さ――真方さんの分もおまけしてあげてよ」

「塔子ちゃん。流石にそういうわけには」


 長士郎が遠慮して首を横に振る。入館料は別に高額ではないし、案内してくれた塔子の分も支払うつもりでいた。常識的に考えて、無料でというのは厚かましいだろう。


「構いませんよ。他にお客様もいませんし」


 鷹嘴は迷うことなく、笑顔で快諾してくれた。思わぬ展開に長士郎は面食らってしまったが、そんな長士郎を見て塔子は、「だから言ったでしょう」と言わんばかりに胸を張っている。


「村の住人は入館料無料なんです。塔子さんのお連れ様ということで、サービスさせていただきます」

「本当によろしいんですか?」

「館長の私が言ったらお終いかもしれませんが、元々入館料の収入はあってないようなものですし。ここは小さな村で、観光客もあまり多くはありませんからね」

「失礼ですが、どうやって運営を? 村営にしても限界はあるでしょう」


 知的な印象ながらも鷹嘴は大胆にぶっちゃけるので、長士郎も思わず素で聞き返してしまった。失礼とは思いつつも、今なら何でも答えてくれそうな気がする。


「運営資金は、郷土資料館の開館にもご尽力くださった、権俵喜一郎先生のおかげで賄えています。地域の歴史や文化を後世に伝えていくことには、金銭には代えられない掛け替えのない価値があると、権俵先生は常々仰っております。先生には頭が上がりませんよ」

「お名前は塔子さんから聞いています。本当に奇特な方のようだ」


 郷土資料館でもまた、資産家の権俵喜一郎が存在感を発揮していた。村の設備の充実を図るだけではなく、歴史や文化の保全活動にも出資しているとなると、権俵の夜墨村への入れ込みようと影響力は相当なものだ。言い方は悪いが、夜墨村は実質的に、権俵喜一郎の支配下にあるのかもしれない。


「失礼。お客様にお聞かせするような話ではありませんでしたね。まずは自由に館内を見て回ってみてください。詳細を知りたい場合はお気軽にお声がけくださいね」


 苦笑顔で頬をかくと、鷹嘴は長士郎を展示スペースへと案内していく。まずは長士郎に自由に展示を見て回ってもらい、必要に応じて解説に入ることにした。


「これは興味深い」


 長士郎は年表など村の歴史に関する展示に目を通していく。夜墨村は小さな漁村として江戸時代にはすでにその名で存在しており、明治二十一年の町村制の施行により、自治体としての夜墨村が誕生している。村で起きた最も大きな出来事は大正十二年に発生した関東大震災であり、夜墨村も被害を受けたが、各地から手厚い支援を受けたことで、早期での復興に成功している。


 年表の村の発展と照らし合わせると、大富豪の権俵喜一郎が関与し始めたのはバブル期だった昭和六十三年頃のようで、この郷土資料館は平成五年度に完成したようだ。


 観光客として村の歴史を興味深く見つめている長士郎の隣では、塔子が眉間に皺を寄せて展示を眺めていた。


「退屈じゃない? 地元のことだし、塔子ちゃんにとっては珍しいものじゃないものね」


 長士郎は塔子の表情をそう受け取っていたが、返答は予想外のものだった。


「そんなことないよ。むしろ興味津々。ほら、観光地って、身近過ぎて地元の人間はあまり行かなかったりするじゃない。たぶんそういう感覚」

「地元の魅力を再発見ってところ?」

「新鮮な感じはする。魅力的かどうかはまた別問題だけど」

「聞こえていますよ。塔子さん」


 わざとらしく咳払いをした鷹嘴の方を二人が見ると、圧のある物言いとは裏腹に表情は笑顔だった。冗談は通じるタイプのようだった。


「これが噂の隕石か」


 そうしてしばらく二人で様々な展示を見て回っていると、とある展示が長士郎を強く引き付けた。展示タイトルは「明治三十六年の夜墨隕石落下について」となっており、隕石の欠片だとされる極めて小さな鉱物や、当時の新聞記事の写しが展示されている。


 明治三十六年十二月六日、早暁そうぎょう。常夜山に小さな隕石が落下し、その衝撃によって発生した揺れと轟音で、就寝中だった村人全員が飛び起きる騒ぎとなったが、幸いにも負傷者や家屋の倒壊といった大きな被害は発生しなかった。


 漁の準備をするために早起きしていた漁師を中心に、多数の住民が隕石落下の一部始終を目撃しており、淡いだいだい色の光を放つ小さな隕石が垂直に落下してくる様は、綺麗な果実が一個落ちてきたかのようだったと、目撃者は口を揃えている。


 後に夜墨隕石と呼称されるこの隕石は、常夜山の中腹、橘中きっちゅうと呼ばれる地点に落下。その衝撃で地面が大きく抉れてしまったが、早々に埋め直されて、現在はその痕跡は残されていない。その代わり、この神秘的な出来事は夜墨村に新たな文化的側面をもたらすこととなる。


「鷹嘴館長。常夜山には隕石落下以降、山岳信仰が生まれたと聞いています。それについて詳しく聞かせて頂くことは出来ますか?」


 長士郎が来年の卒論テーマの候補に挙げているのは、夜墨村の山岳信仰についてだ。近代になって、隕石の落下を契機に新たに生まれた珍しい山岳信仰。そこに心惹かれた長士郎はこうして夜墨村を訪れた。


「なるほど。真方さんはそこに興味を持ちましたか。確かに珍しい成り立ちを持つ山岳信仰ですからね。地元では御山様おやまさまと呼んで、常夜山を敬っていますよ」

「御山様ですか。隕石の落下を機に、常夜山はどういった経緯で信仰の対象に?」


「静かに、空から夜の闇を照らす光が降りてくる様は、この世のものとは思えぬ美しさだった。隕石を目撃した漁師の升沢ますざわさんはそう語ったそうです。当時の村民はあの隕石に神秘性を見いだしたようですね。また、隕石による大きな被害が出なかったことも追い風だったと思われます。家屋の倒壊や負傷者、山火事などの被害が起きていたら、神秘性よりも厄災としての姿が強く記憶に焼き付いたでしょうからね」


「確かに、想像するだけでも神々しい光景ですね」


 近代化した現代とは異なり、当時の夜は暗く静かで、その中で目撃する美しい隕石は鮮烈な印象を刻んだに違いない。大きな被害は無く、美しさの印象が強調されたのなら尚更だ。


「常夜山の山岳信仰の成り立ちは、隕石そのものの神秘性だけではなくもう一つ、象徴的な木の影響も大きいですね」

「それは、御神木のようなものですか?」


「そうですね。長らく住人の心の拠り所であったあの木は、すでに御神木と言っても過言ではありません。元々は隕石の落下した橘中と呼ばれる場所に生えていた一本の木にすぎませんでしたが、隕石の落下で周辺が被害を受けながらも、その木は倒れることなく橘中に立ち続けた。不撓不屈ふとうふくつを思わせるその姿は住人たちの尊敬を集め、御山の象徴的な存在へとなっていた。関東大震災や太平洋戦争の後にも、あの木は復興のシンボルとして住人の心の支えとなり、その思いはより強固なものとなっていきました。これが現代まで続く山岳信仰です」


「とても勉強になります。失礼ながら、隕石がどうやって新たな山岳信仰と結びついたのか疑問だったのですが、なるほど、隕石の神秘性と、衝突を乗り越えた木という一種の偶像が合わさり生まれたというわけだ。何とも興味深い」


 長士郎は手帳を取り出し、鷹觜の解説を一言一句聞き漏らすまいと、やや興奮気味にメモ書きを走らせていく。


 これまではどちらかといえば落ち着いた印象だった長士郎が見せた思わぬ熱量に、隣の塔子は驚き、口が半開きになっていた。今はとても口を挟むような雰囲気ではなかったので、一歩引いて成り行きを見守る。


「常夜山の山岳信仰は、具体的にはどういう活動をしているんですか?」

「活動と呼べるほどのことは何も。日々御山様への感謝を忘れずに過ごせばそれで十分だという考え方が主力です。ただ、個人で御神木をお参りする住民は多いですね。今年は特に」

「何か特別な年なんですか?」

「……いえ。たまたまだと思います」


 恐らく言葉以上の意味はないのだろうが、鷹觜はこれまでスラスラ解説してくれただけに、歯切れの悪さを感じた。


「御神木に名前などは?」

非時ときじくと呼ばれています」

「これはまた凄い名前だ」

「不撓不屈の象徴ですから」


 その名前に覚えのあった長士郎は、迷わずに漢字で「非時」と書いた。その逸話を考えれば確かに、不屈の御神木にはよく似合っているかもしれない。


「せっかく入館料サービスしてもらったのに」

「それはそれ。これはこれ。運営に問題はないとはいえ、少しは貢献しないと」


 一通り館内を見て回った長士郎と塔子は鷹觜に別れを告げ、郷土資料館を後にしていた。長士郎の右手には、物販コーナーで買ってきたキーホルダーやステッカーが数点入ったビニール袋が握られている。入館料をサービスしてもらった上に、鷹觜には、資料を見ただけでは分からない深い話も聞かせてもらえた。運営は問題無いそうだか、それでもグッズを購入したのはせめてもの感謝の表れだ。もっとも、郷土資料館の外観を模したキーホルダーも、謎にスタイリッシュなフォントの夜墨村郷土資料館ステッカーも、どこに付けるかはまったくのノープランではあるが。


「長さんって、ああいう顔もするんだね」

「ああいう顔って?」

「鷹觜さんの解説に聞き入って、メモを取っている時の真剣な顔。なんというか、探求者の目をしてたよ」

「探求者だなんて大げさだよ。だけど、我ながらとても集中していたと思う。僕は本当に民俗学分野の勉強が好きなんだと再確認出来たよ」

「長さんはどうして民俗学の勉強を始めたの?」


「祖父の影響が大きいかな。祖父は郷土史家でね。僕が生まれる前にはもう亡くなっていたから、直接話したことはないけれど、実家の書斎には民俗学に纏わる様々な書籍や資料が残されていた。物心つくころには、絵本よりも先にそれらを見てたよ。流石に意味までは分かってなかったけどね」


「血は争えないってやつ? まさに筋金入りだね。将来はやっぱり研究者の道に進むの?」


 塔子の問いに、隣を歩いていた長志郎の足が止まり、俯いてしまった。


「……一度は本気でそれも考えたけど、家庭の事情もあってね。卒業後は就職するよ」

「そっか。だからこそのあの顔なんだね」


 腑に落ちた様子で手をポンと打ち鳴らすと、塔子は姿勢を低くし、長志郎の顔を下から覗きこんだ。


「今回の調査は、長さんにとっての集大成なんだね。だからこそ真剣だし集中してる」

「そうだね。確かにそういう意識はあったと思う。村に来る前はあくまでも、卒論のテーマの候補ぐらいに考えていたけど、こうしてじかに村に触れて、俄然興味が沸いてきたよ。僕の卒論のテーマは夜墨村の山岳信仰で決まりだ」

「専門的なことは私には分からないけど、良い卒論になるといいね。私も協力するから」


 力強くそう言うと、塔子は拳を挙げて立ち上がった。つられて顔を上げた長士郎の表情からは憂いが消え、自然と笑顔を取り戻していた。


「ありがとう。塔子ちゃん」

「明日も村の中ならどこでも案内してあげるよ。何時頃に宿に迎えに行けばいいかな?」

「気持ちは嬉しいけど、せっかくの日曜に悪いよ。学生さんの休日を奪うのは申し訳ない」

「どうせ予定も無くて暇だもの。家でダラダラするよりは、長さんと同行して地元の文化や風習を学び直す方が有意義だとは思わない?」

「まあ、それは確かにそうかも?」

「決まりだね。それじゃあ明日の九時に宿に迎えに行くから」

「あれ、時間は僕が決めるんじゃ?」

「長さんってば遠慮ばかりで、なかなか決めれないじゃない。だから私が勝手に決めた」

「この半日で、よく僕の特性を見抜いておられる。九時だね了解」


 上手く丸め込まれてしまったような気がしないでもないが、それを不快に感じさない愛嬌こそが塔子の特性だった。出会って間もないはずなのに、旧知の仲のように錯覚してしまいそうになる。


「日も暮れてきたし、優等生はそろそろお家に帰ろうかな」


 まだそこまで遅い時間ではないが、冬場ということもあって、木月荘に到着した頃にはすでに日が傾きつつあった。


「今日は色々とありがとう。また明日よろしく」

「また明日か。良い響き」


 そう言って塔子は、長士郎の持っていた袋からキーホルダーを拝借した。


「案内料ってわけじゃないけど、記念にこれちょうだい。どうせ持て余すでしょ」

「別にいいけど、それこそ持て余さない?」

「鞄にでも付けておくよ。私は地元愛がとても強い学生さんですってね」


 指先にキーホルダーを引っかけた手を振りながら、塔子は木月荘の前で踵を返した。家がそっちの方角なのか、山の方に向かっていく。


「熊には気をつけるんだよ」


 昼間の出来事を思い出し、長士郎は小さな背中に呼びかけた。


「猟師が狩ったから、もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」



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