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最終話 白木庸一

 一月二十三日。非時ときじくが暴走した狂気の夜から一ヶ月以上が経ち、生還者たちは少しずつ元の日常へと戻りつつあった。


 神奈川県小田原市夜墨地区の住民数百名が、一夜にして非時に食われてしまった衝撃的な事件は、世間一般には公表されていない。表向きは、常夜山で深夜に地滑りが発生し、大量の土砂が居住区へと流入。多数の死者、行方不明者が出たことになっている。


 死者数は実際よりもかなり少なく発表されており、災害の被害に心を痛めながらも、社会的な混乱は最小限に抑えられていた。不老不死となり、夜墨へと永住するために外界との関わりを絶った者たちが多かった結果、犠牲者に関する情報の改変が容易だったというのは、何とも皮肉な話だ。これらの情報工作は、政府の特務機関である、怪奇事象特別対策室かいきじしょうとくべつたいさくしつの介入によって行われたものだった。


 トンネルを抜けて夜墨を脱出後。庸一は急ぎ、負傷した占部を小田原市内の病院へと搬送。占部の処置中に、警察や消防に連絡を入れようとしていたところを、突然現れた怪奇事象特別対策室のエージェントから接触を受けた。その際に受けた説明によると、今回の非時のような埒外らちがいの存在や、超常現象によって被害が起きた事例は各地に存在し、その度に怪奇事象特別対策室が出動し、社会的混乱を避けるために事後処理に当たっているのだという。


 元警察官として真実に蓋をすることには気が引けたが、隕石によって突然変異した非時や、不死者たちのことを公にすることは出来ないという考えは理解出来る。庸一を始め、生還した全員が、夜墨で起きた出来事に関する守秘義務の誓約を、怪奇事象特別対策室と交わした。その代わり、負傷した占部のサポートや、壊れた車の保証なども怪奇事象特別対策室が受け持ってくれることになっている。


 夜墨地区については現在封鎖状態にあり、周辺には誰も近づくことは出来ない。ドローンなどを使った調査が行われているが、不死者を含め、数百人の生命力を吸いつくした非時は再び眠りへとつき、今のところ目立った動きは確認されていない。新たに非時実ときじくのみをつけた様子もないという。


 暴走と過剰な生命力の接種が非時にどのような影響を与えたかは定かではないが、二十四年周期の目覚めの感覚が狂い、今後はより長い期間の眠りにつく可能性も考えられる。当面、因果な果実が実ることはないだろう。


 将来的に、夜墨の外にまで被害を及ぼすようになった場合は、より実効的な対策が必要になってくるかもしれないが、あれだけ暴れ回ったにも関わらず、根が夜墨の外にまで達した形跡はない。不死者と同様に、夜墨という土地だけに根付いた特異な存在であるというのが怪奇事象特別対策室の見立てだ。触らぬ神に祟りなしという考えの元、夜墨地区を完全に閉鎖し、非時の動向は二十四時間体制で監視を続ける方針となっている。


「経過も良好なようで何よりです。来月からよろしくお願いします」

『即戦力として期待しておけよ。所長殿』


 白木探偵事務所のデスクで、庸一は占部に電話をしていた。腕を負傷した占部だが幸いにも大事には至らず、順調に回復していた。その間にも白木探偵事務所で占部を雇うという話は進み、二月から正式に探偵として働いてもらう運びとなった。これまでは庸一一人だった探偵が二人となれば、探偵事務所としてやれることは増えるだろう。もちろん、人探し専門の探偵事務所というスタンスも継続していくつもりだ。


『あれからあの二人とは?』

「弓削くんとはリモートでですが、打ち合わせがてら数回話をしました。今は事務所の新しいホームページの制作を依頼しています。彼には色々助けられたし、最初はお礼も兼ねた依頼のつもりだったんですが、これがかなり良い仕事をしてくれて。占部さんの加入に合わせて、新体制の事務所を盛り上げてくれそうです」


 夜墨での出来事は守秘義務となり、隼人は映像記録を全て怪奇事象特別対策室へと提出。当然動画化することも出来なかったが、本人はそのことを納得して受け入れていた。不死者の話題はセンセーショナルだが、自分の命を救ってくれた長士郎のことを思えば、とても動画のネタになんてすることは出来ないと、怪奇事象特別対策室の介入など関係なく、動画化するつもりはなかったそうだ。危ない目にも遭ったし、当面は本業であるウェブデザイナーの仕事に集中し、動画投稿も当面の間は、デザインや技術関係のものだけにしておくつもりだという。


「季里果さんも、冬休み明けから大学に復帰したようです。大学からも近いので、一昨日学校終わりに事務所に寄っていきましたよ。前のアルバイト先を辞めてしまったから、白木探偵事務所でアルバイトをさせてくれないかって。たぶん冗談だとは思いますが」

『意外と本気かもしれないぞ? 冗談だとしても、冗談が言えるぐらいに元気になっているなら何よりだな』

「違いないですね」


 まだ空元気な部分もあるだろうが、季里果が少しずつ日常へと戻れていると庸一は感じていた。巻き込まれた出来事の性質上、両親にも全てを話すことが出来ずに窮屈さを感じているようだが、事情を知っている庸一相手ならば気兼ねなく話すことが出来る。息抜きになればと、庸一も季里果が事務所に遊びにくることを拒んではいない。アルバイトとして雇うかどうかは、また別問題であるが。


『白木自身はどうだ。叔父の件もあるし、お前にとっても大変な出来事だっただろう』

「心配してくれてありがとうございます。全てを話すことは出来なかったけど、母も叔父の形見を見て、憑き物が落ちたような顔をしていました。死亡扱いになっても、なかなか実感が湧かなかったと思うけど、形見が見つかったことで、十数年振りに心に整理をつけることが出来たんだと思います。そんな母を見たら安心して、俺自身の心の整理にもなりました」

『それなら何よりだ』

「叔父のような犠牲者を出さないためにも、これからも人探しの専門の探偵として邁進していくつもりです。占部さんにもバリバリ働いてもらいますからね」

『任せておけ。まだまだ若いお前には負けないよ。人生百年時代ってやつだ』

「心強い。頼りにしてますよ、先輩」

『先輩は止めろよ。所長』


 電話越しにお互いに笑みが零れる。


「さて、そろそろ行くか」


 占部との通話を終えると、庸一は次の予定に向かうために事務所を発つ準備を始める。手には長士郎から託された、二十四年前に磔の犠牲となった記者、能條久の取材ノートが握られている。あれから一月かけて能條について調べた結果、東京都内に能條の妹夫婦が暮らしていることが分かった。


 一応、怪奇事象対策室にも確認は取ったが、取材ノートの内容は権俵喜一郎についての調査記録であり、非時や不老不死といった夜墨村の深淵には触れられていない。故に遺族に渡しても問題はないと判断された。すでに能條の妹にはアポイントメントを取り、この後、都内の喫茶店で落ち合う約束となっている。行方不明となっていた家族の遺品を受け取ることで、遺族が少しでも心の整理をつけることが出来たら幸いだ。


「行ってきます」


 探偵事務所の入口の掛札を外出中へと引っくり返すと、庸一は白木探偵事務所を後にした。

 



 了


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