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第二十二話 エンドロール

 トラックがひっくり返されてからも、松葉と火野は手持ちの銃器で迫り来る根と戦い続けていたが、銃弾は底を尽き、もう抵抗する力は残されていなかった。攻撃に怯み、一時的に根は地中に引っ込んでいるが、またすぐに攻撃を仕掛けてくるだろう。不死者は夜墨村の外に行くことは出来ないし、二人はすでに結末を受け入れていた。


「なあ火野。お前何歳になった?」


 横倒しになったトラックを背もたれに松葉は地面に腰を下ろし、持参していたタバコで一服した。火野にも一本渡し、ライターで火を点けてやる。不老不死の体で良かったと思える理由の一つは、健康を気にせずタバコを楽しめることだった。


「何だ藪から棒に。ずっと三十二歳だが?」

「そっちじゃなくて、普通に年齢を重ねていればの話だ」

「ああ、そっちか。八十歳になってる計算だから、現代の平均寿命付近だな」

「俺は本来なら百二歳だ。一般的には大往生というやつだな」

「何が言いたい?」

「悠久にはほど遠いが、それなりには生きたなと思ってな」

「俺はまだ物足りないけどな。老けてこそいないが、生きた時間は平均寿命止まりだぜ?」

「確かにそれもそうか」


 お互いの苦笑が交錯する。寒空の下での一服を終えた直後、二人の目の前から大量の根があふれ出した。


「死の恐怖を感じるのは久しぶりだな。火野」

「ああ、生きてるって感じがするぜ」


 松葉と火野の姿は大量の根に飲み込まれた。


 ※※※


 トラックでの根の襲撃をやり過ごした恩地が最後に行き着いた場所は、百年以上も勤務した役場の前だった。建物は何度か建て替えられたが、役場はいつだってこの場所に存在していた。


「最後はこの場所でですか?」

「ふみちゃん。まだ無事だったか」

「遅かれ早かれではありますが」


 役場の外のベンチに座っていると、木月ふみが姿を現し、恩地の隣に静かに腰を下ろした。


「最後は塔子さんと一緒でなくてよろしいんですか?」

「さっきここで、別れの挨拶は済ませたよ。最後は彼と一緒に過ごしたいそうだ。邪魔者は遠慮することにしたよ」

「親の心子知らずというか。幸篤さんは本当にそれでいいの?」

「終焉は避けられない。だったら塔子にはせめて、望む相手と最後に一緒にいてほしい。それが私の最後の願いだよ」

「どこまでも兄馬鹿ですね。そんなのだから、こうして愁覚も失敗してしまうんですよ」

「手厳しいね。返す言葉めないよ」

「私ぐらいしか、あなたにはっきりものを言える人間はいないでしょう?」

「違いないな」


 恩地はこの日初めて、いや数十年振りに屈託のない笑みを浮かべた。その表情につられて、ふみも思わず破顔する。二人は九十六年前に不死者となった者同士で、恩地にとっては実の妹である塔子の次に長い時間を過ごしてきた相手だ。もっとふみに対して本音をさらけ出せていたなら、夜墨村の長として、ここまで気張らずに済んだのかもしれない。


「妹さんに振られてしまった可愛そうな幸篤さん哀れんで、私が最後まで隣に座っていてあげますよ」

「心強いよふみちゃん。流石の私も一人は心細い」

「その呼び方、何十年ぶりかしら。夜墨村の長として振る舞う日々は疲れたでしょう。重い荷物は捨てて、最後ぐらいは恩地幸篤として、穏やかにお過ごしください」

「君とはやはり、籍を入れておけばよかったかな」

「今からでも間に合いますよ。婚姻届の提出は、二十四時間受け付けているのでしょう?」


 轟音と共に、役場の建物が軋む音がした。非時の根が役場の地面を突き破ったの

だ。


「そうだな。それも悪くな――」


 役場の入り口からあふれ出した大量の根が、恩地とふみを飲み込んだ。


 ※※※


「何となく、ここにいるような気がしていたよ」

「戻ってきてくれたんだ」


 トンネルから引き返した長士郎は、館長不在となった映画館のシアターを訪れた。最前列中央の席で、何も映らぬスクリーンを眺めていた塔子の隣に、長士郎は腰掛ける。


「分かってて待ってたくせに。どうせ外には出られないしね。だったら最後くらいは、仲の良い塔子ちゃんと迎えようかなって」

「ふーん。仲良しと思ってくれてたんだ」


 照れくさいのか、塔子は長士郎の顔を見れなかった。


「甥っ子くんとは、ちゃんとお別れできた?」

「立派に成長した姿も見られたし、形見と思いも託せた。こんな状況だし、別れの形としては十分恵まれていたと思うよ」

「巻き込んだ私のこと、恨んでるよね?」

「恨んだこともあったけど、もう過去のことだ。こうして夜墨村から出られない体になったからこそ、塔子ちゃんの孤独も少しは分かってあげられるつもりだよ。どんなに設備が充実していようとも、ずっと村から出られないのはつまらない。話し相手ぐらいほしくなるよね」

「……私のことを大切に思ってくれるお兄ちゃんはいたけど、仲良くなった友達は皆、いつだって私より先に居なくなる。他の不死者の私に対する感情はどちらかというと崇拝だし……だから、私を対等に見てくれる長さんの存在は私にとって特別だったよ。普通の人間だった頃も含めれば百三十年以上も生きてるけど、長さんがいてくれたこの二十四年間が一番楽しかった。一緒に映画もたくさん見たしね」

「結局ボウリングは、負け越しで終わっちゃったな」

「だったら決着は、来世に持ち越しだね」

「来世か。その響きを僕らが使うことになろうとはね」


 塔子が手を握ってきたので、長士郎もその手を優しく握り返した。


「望んで手に入れた不老不死じゃなかったし、孤独な時間も多かったけど、こうして長さんと出会えたことは不老不死に感謝してる。私が普通の人間として天寿を全うしていたら、絶対に長さんとは出会えなかったはずだから」

「確かに。塔子ちゃんの方が九十年お姉さんだからね」

「女の子にそういこと言わないの」

「あたっ!」


 塔子が長士郎の手を叩いたが、寂しそうにすぐに手を繋ぎ直した。

 直後、激しい振動が映画館を襲った。


「そろそろ終演の時間らしい」

「とうとう終わりか。長かったけど、意外と短かったかも。終わりが訪れるこの感覚は意外と嫌いじゃない」

「だったら席は立たずにエンドロールまで一緒に――」


 シアターのスクリーンを大量の根が突き破り、二人の座席を飲み込んだ。


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