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第二十一話 根差すということ

「相変わらず良い腕だな。白木庸一」

「本来は披露しないに越したことのない特技なんだよ。不良警官め」


 動く車窓からの射撃にもかかわらず、庸一の撃った弾は松葉の左肩を掠めていた。敵ながらあっぱれと、松葉が声を大きくする。しかし背後につけている分、位置取りではやはり不死者たちの方が有利だった。


「がっ!」


 火野の放った弾丸が車内に侵入し、フロントガラスを貫通した。その瞬間、ハンドルを握る占部からうめき声が上がり、運転が一瞬乱れる。


「占部さん!」


 占部はライフルの弾丸が左腕を掠め、そこから流血していた。上手く力が入らず、左手をハンドルから離している。右手でハンドル操作は続けているが、片手運転ではスピードを維持しながら繊細な操作をすることは難しい。運転を庸一に代わろうにも、走行中に席を交代するわけにもいかない。一度停車するしかないが、それでは追いつかれてしまう。


「車じゃない。地面が揺れてる?」


 後部座席の隼人は、走行中の車内でも分かる程の縦揺れを感じた。地震とはどこか違う。それはまるで何かが地下から這い出してくるかのような。


「あれは……」


 驚愕した長士郎は、危険も顧みず、割れた後部ガラスから顔を出し状況を確認する。突然、ミニバンとトラックの間の道路が隆起し、恩地が急ブレーキをかけてギリギリのところでトラックを停車させた。次の瞬間、アスファルトを突き破って、無数の非時ときじくの根が姿を現した。


「恩地さん。これって」


 直前まで長士郎と銃撃戦を繰り広げていた火野も、流石にもうそちらを気にしている余裕は無かった。


「誰かが過剰に命を食わせたな。こうなればもう……」


 いつだってどっしりと構えていた恩地が初めて動揺を露わにし、表情を歪めて歯噛みした。恐らく先走ったのは、高齢で今回が最後のチャンスだと気負っていた権俵だろう。交代で木月ふみを向かわせていたが、まさかその到着よりも早く事に及ぶとは。


 こんなことになるなら、ふみの到着を待って直接引き継ぐべきだった。一般の住民たちは当然のことながら、死にたくないから不老不死を求めている。故に何か不測の事態が起こった場合は不死者が対応することになるが、不死という圧倒的アドバンテージを持つ代わりに人数が極端に少なく、全ての問題に同時に対処することは難しい。


 今回はその結果、最悪な展開を迎えてしまった。言うなればこれは、すでに不老不死を持っている者の傲りだ。恩地は不老不死を求める人間の狂気を過小評価し過ぎていた。


「下に潜り込んだぞ!」


 火野が叫んだ瞬間、無数の根がトラックを底から突き上げ、その勢いでトラックは派手に横転。地面から出現した際の粉塵も舞い上がり、トラックの姿が土煙の中へと消えた。


「何が起きたか分からないが、あの様子だと恩地たちはもう追ってこれない。俺が運転を代わります」

「悪いが頼む。この腕じゃ運転手は厳しい」

「急いだほうがいい。あれはたぶん、見境が無い」


 警戒し後方を注視しながら長士郎が急かす。今は恩地たちに気を取られているようだが、次の瞬間には下から突き上げてこないとも限らない。


 占部は一度車を止めると、助手席の庸一と運転手を交代。庸一はすぐに車を発車させた。夜墨の出口であるトンネルまではあと少しだ。


「長士郎くん。あの触手のようなものは一体?」

「触手にも見えるが、あれは恐らく非時の根だ。木そのものは特段大きくはないが、夜墨村の地中には広く根が張り巡らされていると、塔子ちゃんから聞いたことがある。何がきっかけになったか知らないが、恩地たちまで襲われている様子を見るに完全に暴走している。捕まったら終わりだ」

「つ、捕まったらどうなるんですか?」


 隼人が恐る恐る尋ねた。


「生贄の末路と同じさ。生きたまま生命力を吸われてミイラだよ」


 隼人は絶句して苦笑いを浮かべた。不死者の追撃を振り切ったと安堵したのもつかの間、今度は食人木の襲来だ。ヴァンパイアから逃げ切った先で人食い鮫に遭遇したら、どんな映画の主人公だって困惑するだろう。


「気づかれたか。こっちは何とかするから、庸一くんは運転に集中を。不死者同様、あれも夜墨の外までは追ってはこないはずだ」

「了解」


 地面を通過した瞬間、非時の根が地面を突き破り、ミニバンを追尾し始めた。ミニバンに伸びてくる根を、長士郎がライフルで撃ち抜き、破壊していく。しかし、リロードに時間を要するので、その瞬間は隙が生まれる。


「きゃああああ!」


 二本の根が割れた後部ガラスから侵入し、季里果の座っているシートに絡んだ。このままではシートごと持って行かれてしまう。


「行かせてたまるかよ!」


 隼人が危険を顧みず、季里果が持って行かれないようにシートを押さえる。


「まず一本!」


 リロードが完了した長士郎がすぐさま発砲。ピンと張った根の中心を射貫き、一本破壊した。


「借りるぞ白木」


 占部が負傷をおして庸一の腰から拳銃を取り、シートに絡みつく最後の根に数発発砲。直後に庸一がさらにアクセルを踏み込み加速したことで、根は引く力に耐えられなくなり千切れてしまった。


「ありがとうございます。死ぬかと思いました……」


 全員の連携により、季里果は九死に一生を得た。思わぬ反撃に怯んだのか、根の攻撃はそこで一度止んだ。振り返る余裕もなく、庸一はミニバンを走らせ続け、ようやく夜墨の出口であるトンネルへと入った。


「出口だ。出口が見えてきましたよ」


 文字通りの脱出口を指差し、隼人が歓喜の声を上げ、安心したのか季里果の目には薄らと涙が光っていた。助手席の占部も腕の痛みに汗を流しながらも、やり切った表情でため息を漏らしている。ここにいる全員で一緒に脱出できると、四人が安堵した瞬間。


「庸一くん。ここで停めてくれ」

「急にどうしたんです?」


 あと少しで脱出できるが、長士郎の表情は神妙だ。何か考えあってのことだろうと、庸一は出口の手前でブレーキを踏んだ。


「名残惜しいけど、僕はここで降りる」


 唐突にそう言うと、長士郎は後部座席のドアを開けた。


「何でですか! ようやく脱出できるんですよ?」

「僕は無理なんだ。非時に実った非時実ときじくのみを食し、不死者となった者は非時と共生関係となり、不死者もまた地域に根ざす。僕たち不死者は夜墨の外に出ることはできないんだ。このトンネルはその境界線さ」


 振り返った庸一は、驚愕と動揺に目を見開く。こんな時に笑えない冗談を言うような人じゃない。だけど、二十四年振りに再会した叔父を置いていくだなんて、想像もしたくない。


「ほ、他の不死者が嘘をふきこんだのかもしれない。とにかくトンネルの外に出ましょう」

「この二十四年の間に、僕が一度も脱出を試みなかったと思うのかい? トンネル、山越え、海へ出ることも試してみたが全て駄目だった。夜墨から出ようとした瞬間に、足下に根が張ったように、そこから一歩も前に進むことが出来なくなる。出来るのは引き返すことだけだ。それが分かっているからこそ、僕が脱出を試みても、誰も無理矢理連れ戻そうとはしなかったよ」


 庸一は何も言い返すことが出来なかった。自分が同じ立場なら、いの一番に脱出を試みる。長士郎が何もしなかったはずがない。言葉の重みは理解出来ても、非情な現実はそう簡単に咀嚼できるものではなかった。


「夜墨村がその規模に対して発展しているのを見ただろう? 権俵は単なる関係作りのために、夜墨村の発展に寄与したわけじゃない。不死者となれば夜墨村から出られなくなると分かっていたから、夜墨村でで何不自由なく暮らせるように、様々な店舗や施設を充実させていったんだ。塔子ちゃんが僕や甲斐谷さんを欲したり、SNSにのめり込んだのだって、夜墨の外には決して出られないからだよ。不老不死といえば聞こえは良いが、小さな箱庭の中でしか生きられない、人間よりも不完全な存在なのさ」

「……そんなの、やっぱり呪いじゃないですか」

「だけどそんな呪いももう、立派な僕の体の一部だよ。不死者として僕は夜墨村の最後を見届けないと行けない」


 長士郎の覚悟はすでに決まっている。ライフルを担ぎ、ミニバンから降りた。


「長士郎叔父さん……また会えたのに、もうお別れなんですか?」

「最後にこうやって、立派に成長した甥っ子の姿を見ることが出来た。僕は幸せ者だよ。僕は僕の使命を全うする。庸一くんも甲斐谷さんを無事に家族の元へ帰すことで、自分の使命を全うするんだ」


 庸一が窓ガラスを開けると、長士郎は誇らしげに庸一の肩を叩いた。庸一は涙を堪えて力強く頷く。


「これを渡しておく。僕が二十四年前に使っていたPHSだ。形見として姉さんに渡してあげてくれ」

「……サービス終了しちゃいましたよ」

「そうらしいね。二十四年の月日はやはり長い」


 長士郎はズボンのポケットから、PHSを取り出し、庸一に託した。まだ普通の人間だった頃の証として、機能を失ってからも大事に持っていた。自分は帰ることが出来ないが、自分の形見が家族の元へ帰るのなら、それだけでも意義がある。それはきっと、残された家族にとってもそうであると信じている。


「母に絶対に届けます。何て説明したらいいかは分からないけど」

「ありがとう庸一くん。最後にこれも頼めるかな」


 長士郎は愛用の鞄から一冊の古いノートを取り出した。


「何のノートですか?」

「二十四年前の愁覚で犠牲になった、記者の能條久さんの遺品だ。僕の中には彼の命も流れている。せめて遺品だけでもご家族の元に返してあげてほしい。生前、プライベートな話はしなかったから、ご家族の手がかりは何もない。大変だとは思うけど、頼めるかな?」

「俺は探偵ですよ。人探しは任せておいてください」

「それを聞いて安心したよ。これで心おきなく見送れる」


 微笑むと、長士郎はバイバイと手を振った。最後は笑顔で別れたい。長士郎の意思を尊重し、庸一は不格好でも、最後は笑ってお別れをすることにした。


「さようなら、長士郎叔父さん」

「行ってらっしゃい。庸一くん」


 二十四年前の別れはあまりにも唐突だった。だけど今度はしっかりと相手の目を見て、お別れを告げることが出来た。長士郎が最後に見せた笑顔を、様子は生涯忘れることはないだろう。


 庸一はアクセルを踏みミニバンを発車。一同はトンネルを越え、夜墨からの脱出に成功した。


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