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第十九話 不老不死を求めて

「そうか。甲斐谷季里果が奪取されたか。真方くんと探偵は想像以上にかき回してくれるな。幸い、愁覚の開催まではまだ時間があるし、私もそちらに合流しよう。じきに火野と松葉も目覚めるはずだ」


 塔子からの連絡を受けた恩地は、自身も山を下りて、追跡の指揮を執ることを決めた。季里果に限らず、長士郎以外の誰か一人でも確保出来ればそれで十分だ。最終手段として一般の住民から磔を出すという手もあるが、立候補する者などおらず混乱は必至だ。大量の血が流れれば最悪の結末を迎える可能性もある。外部の人間だけで賄うのが一番丸く収まる。時間はまだあるし、今はまだ追跡を優先しても問題はない。


「大丈夫なのかね恩地くん。このような事態は初めてだろう」


 落ち着かない様子で恩地に詰め寄ったのは、御年八十七歳となった大富豪の権俵喜一郎だった。元々の上背こそあれど、背中は丸まってしまい、移動には車椅子を使用している。橘中までの山登りも、多数の部下に運んでもらう形で、どうにかここまでやってきた。声の張りも失われ、かつての迫力は見る影もない。陰りは影響力にも現れており、有力議員とのパイプや以前程の資金力もなく、権俵は二重の意味で衰えていた。しかし、不老不死を渇望するその姿勢にだけは一切衰えが見えない。むしろ年齢を重ねて死の影が近づくにつれ、その執念は一層強まっている。年齢を考えれば次回は恐らく無い。権俵は今年に懸けていた。


「直ぐに磔を確保して戻ってきますのでご安心を。他の皆様共々、その場で今しばらくお待ちください」


 そう言い残すと恩地は常夜山を下りていった。橘中に残されたのは権俵ら、不死者ではない一般の住民だけだ。


「権俵さん。本当にこのままでいいんですか?」

「前回の事もあるし、恩地さんは詰めが甘い……私たちには次は無いし、万が一愁覚が失敗に終わることがあったりしたら」


 恩地がいなくなったのを見計らい、権俵に伺いを立てたのは、ボウリング場の支配人と橙屋の店主だった。二人もすでに年齢は六十代後半で、次回の愁覚には期待を持てず、今年が最後の機会だと覚悟している。二人に触発されて、会場に集まった住民たちの間に一つの大きなうねりが生まれる。失敗なんて許されないし、そもそも大きな懸念が一つある。


「……仮に今年も一個なら、あまりにも確率が低すぎる」

「もっとたくさん非時実ときじくのみを収穫する方法はないのかしら」


 不老不死を求めて愁覚に参加する者は数百人。それに対して、実は一個か二個。前回の結果を踏まえれば一個の可能性が高い。しかも前回不老不死を得たのは偶然夜墨村を訪れていた完全な余所者の真方長士郎ただ一人。最終的に選んだのは非時だとしても、到底納得出来る結果ではなかった。おまけに結果はともかくとして、今回塔子が意図的にお気に入りの女性を夜墨に招いていたことも周知の事実。恩地が妹に甘いことも相まって、住民たちの不満と不信感は最高潮に達していた。


「以前から考えていたことがある。非時様は人間の命を栄養にして実を結ぶ。ならば理屈の上では、多くの命を捧げれば捧げる程に実の数も増えるはずだ。実際、一個しか収穫できなかった前回は、それまでと比べると生贄の数が少なかったようだしな」


 権俵の瞳に、どす黒い感情が渦巻く。前回は初参加ということもあり、ずっと愁覚を取り仕切ってきた恩地に進行を任せ、根回しなどの裏工作に徹してきたが、恩地のやり方はあまりに手ぬるい。犠牲者が多すぎては支障があると言って恩地は生贄をセーブしていたが、権俵から言わせたら二十四年に一度の貴重な機会なのだから、可能な限りの生贄をかき集め、非時実を大量に収穫すべきだと常々考えていた。国内では毎年数多くの人間が行方不明となっているのだ。後からいくらでも帳尻は合わせられる。


 今年も恩地には期待出来ない。加えてその恩地も含め、目の上のたんこぶである不死者は今、愁覚の会場には一人もいない。どうせ自分にとってこれが最後の機会なのだ。権俵は以前から温めていた計画を実行に移すことにした。


「しかし権俵さん。今からじゃとても、外部から大量の生贄を集めることは」

「大量の生贄ならまだいるだろう。村内に数百人もな!」


 権俵が突然拳銃を取り出し、ボーリング場の支配人の胸を打ち抜いた。わけもわからぬまま、支配人は自身の血だまりへと沈む。


「権俵さん何を――」


 喚く橙屋の店主を、今度は権俵の部下二人が拳銃で打ち抜いた。


「私は貴様らを出し抜いてでも不老不死を手に入れてみせる。生贄が増えれば非時様はさらに実をつけ、候補者が倒れればその分、選ばれる確率が上がるというものだ!」


 住民を生贄にすればするほど不老不死を手にする確率が高まる。実にシンプルな計算式だった。その考えを理解し、権俵以外にも他の住民を攻撃する者が現れ始めた。やがて狂気は伝播し、会場は一つの戦場と化した。財宝を前に、自分の取り分を増やすために他者を蹴落とす。普遍的な地獄絵図がそこには広がっていた。狂気の夜はある意味、この瞬間に始まったのかもしれない。


 ※※※


「戻ったよ。塔子ちゃんも追ってはこない」


 長士郎は無事に庸一たちに合流した。すぐに再会出来てホッとした一方で、庸一にはずっと気になっていることがあった。


「彼女のことだけは、そう呼ぶんですね」


 長士郎は他の不死者に対しては呼び捨てという形で線を引いているが、塔子に対してだけはちゃんづけと、明らかに対応が違う。武装していなかったとはいえ、塔子には危害を加えなかったこともそうだ。もちろん庸一だって、不死者とはいえ無抵抗の者にまで攻撃しようとは思わないが。


「……塔子ちゃんに対する感情は正直言って複雑だよ。間接的にとはいえ、多くの命を奪ってきた彼女を肯定することは出来ない。その一方で彼女に同情し、憎みきれないでいるのも事実だ」

「どうしてですか?」

「彼女だけは、望んで不老不死となったわけではないからだよ。妹のためにと願った恩地も含め、後の者たちは望んだ上で不老不死を手に入れた。だが最初に不老不死となった塔子ちゃんはその果実の力を知らず、いわば事故でそういう存在となった。だからこそ、不老不死の孤独を埋めるように、友人となれそうな僕や甲斐谷さんのような存在を求めたりもする。巻き込まれた側として怒りもあるが、塔子ちゃんの純粋な感情までは憎みきれないというのが正直なところだよ」

「望まぬ不老不死など呪いと一緒か」

「そういうことだよ。だけど、この狂気を終わらせたいという僕の意思は固いからその点は安心してくれ。塔子ちゃん相手には迷いはあるけど、幸いにも彼女が前線に出てくることはないし」

「元から、意思の強さは疑っていませんよ。むしろ本音が聞けて良かった」


 庸一が相好を崩す。一方的に巻き込まれたとはいえ、二十四年経てば情が移る相手の一人がいても、それは仕方がないことだ。むしろ本音を曝け出してなお、強固な意志を示してくれたことは、強い信頼に値する。


「この狂気の夜を絶対に生き抜きましょう」

「君たちのことは僕が死んでも守り抜く。まあ、不老不死なんだけどね」


 ブラックジョークも交えながら、二人は連携して道中の安全を確保していく。時折遭遇する一般の住民は銃で脅して退けさせながら、無事に常夜山から下山することが出来た。

 辺りはすでに暗く、地上からも登山道を照らす道標の明かりがよく見える。愁覚が行われる橘中でもすでに明かりが焚かれているようで、山の中に一際明るい空間を生み出していた。


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