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第十八話 彼者誰時の銃撃

「こんなことになってごめんね。季里果ちゃん」

「……私をどうするつもり?」

「……」


 日が傾き始めた頃、ずっと橘川家の屋敷で軟禁状態にあった甲斐谷季里果は、塔子に屋敷から連れ出され、後ろ手に縛られた状態で登山道を歩かされていた。最初の二日間は推しのアイドルについて塔子と語らい、お家にも泊めてもらって楽しい女子会を満喫していたが、大学もあるから翌日には帰る旨を伝えると塔子の様子は一変。寂しげな顔で「帰さない」と告げると、そのまま塔子を屋敷に軟禁、スマホも取り上げられてしまった。


 軟禁状態であることを除けば、衣食住に不自由しない手厚い待遇は受けていたが、目的も聞かされぬまま数日間軟禁状態にあることはあまりにも不気味だった。軟禁しておきながら、何事もなかったかのように笑顔で友人として接してくる塔子もまた普通ではなかったが、拒みきれずに自然と会話してしまうところには、天性の愛嬌を感じずにはいれなかった。だけど、今日は朝から不在で午後になって屋敷に戻ってきた塔子に笑顔はなく、間もなく夜になろうかという時間帯に山に連れて行かれている。塔子が何も話してくれないので、季里果は事情を知らなかったが、よくないことが起きようとしている予感だけはひしひしと感じていた。冬山の寒さだけでは片付けられない、何か潜在的恐怖心を呼び覚ます怖気が山には満ちている。


「……そっか、私死んじゃうのか」

「最初からそのつもりで季里果ちゃんを誘ったわけじゃない。今更何を言っても信じてもらえないと思うけど、季里果ちゃんとずっとお友達でいたかった。これは紛れもない私の本心だよ」

「……そんな泣きそうな顔しないでよ。泣きたいのはこっちの方なのに」


 塔子は本気で悲しみ、申し訳なく感じている。この数日間の歪な交流でそれが分かるようになってしまった。いっそのこと、何食わぬ顔をしてくれていたら、本気で恨むことが出来たのに、恐怖で泣き叫ぶことも出来たのに、そんな感情の行き場さえ無くしてしまう。悪意がないからこそ、橘川塔子という存在は残酷だった。


 ――お母さんもお父さんも、心配してるだろうな。


 今は一人暮らしだし、県内の夜墨に一泊するだけの予定だったから、実家の家族には事前に連絡もせずに部屋を出てきてしまった。こんなことになるなんて想像していなかったとはいえ、家族にはたくさん心配をかけてしまったと思う。きっと方々手を尽くして探してくれているに違いないが、行き先も伝えていない以上、救いの手が届くとは思えない。


 相手が塔子一人なら、力尽くでこの場から逃げ出すという選択肢もあったかもしれない。たが、塔子以外にも周りを十人程の男たちに囲まれており、うち一人は狩猟用のライフルを、一人は拳銃で武装している。逃げ出すことは難しかった。


「親不孝な娘でごめんね」


 季里果は涙を堪えて天を仰いだ。もう自分にはどうすることも出来ない。処刑台への階段を、一段ずつ上らされているような感覚を覚えた季里果の頬を涙が伝った。次の瞬間。


「襲撃だ!」


 東の方角から一発の銃声が響き、山の静寂を切り裂く。火野と松葉の負傷はすでに周知で、ライフルを握る久貝はすぐに長士郎と庸一の襲撃を悟った。しかし、不死者ではない者たちは我が身可愛さに恐怖し、銃撃に巻き込まれまいと姿勢を低くしている。全て計算通りに事は進んでいた。


「くそっ! 陽動か……」


 銃声がした東に銃口を向けた久貝の右肩を、西から飛んできた銃弾が撃ち抜いた。肩が千切れかけ、久貝は衝撃でライフルを手放してしまった。場の混乱は最大まで膨れ上がり、不死者でない者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「甲斐谷季里果さんだね。巻き込まれないように姿勢を低くしていろ」


 混乱に乗じて、東側で陽動の銃声を放った庸一が一気に駆け抜け、拳銃を握る鷹觜と距離を詰める。接近に気づいた鷹觜が二発銃弾を放ったが、庸一は咄嗟に太い幹の影に入り、銃弾をやり過ごした。直後に顔を出し、正確な射撃で鷹觜の腹部を打ち抜いた。しかし鷹觜は不死者の体を生かし、怯まずに前進し、庸一との距離を詰めてくる。頭さえ無事ならばどうとでもなるので、両腕で頭を庇っている。拳銃では腕まで打ち抜けても、頭部に強力なダメージを与えることは出来ない。


「腹くくるしかないか」


 銃弾は有限。確実に頭を打ち抜けなければ無駄弾になってしまう。庸一は覚悟を決め、鷹觜が近づいてきた瞬間に幹の陰から飛び出し、接近戦をしかけた。鷹觜は武闘派ではない。ならば格闘の心得もある庸一の方が接近戦でなら分がある。


 まさかいきなり飛び出してくるとは思わなかったのだろう。鷹觜は一瞬、引き金を引く判断が遅れる。その瞬間を見逃さずに庸一は一気に距離を詰め、拳銃のグリップで鷹觜の右手を強烈に弾き上げた。鷹觜の右手が浮き、反動で引き金が引かれたが、銃弾は明後日の方向へと消える。庸一はすかさず、至近距離から鷹觜の両膝に銃弾を撃ち込み、バランスを崩して転倒させた。


「貴様、本当にただの人間――」

「ただの人間だから、怖くて容赦できないんだよ」


 呪いを最後まで聞く義理はない。庸一は容赦なく鷹觜の頭部を打ち抜いた。これで鷹觜はしばらくは戦闘不能だ。


「この彼者誰時に当ててくるとは、ずいぶんと腕を上げたな。真方くん」


 久貝は右腕が使えなくなっても戦意を失わず、すぐに得物を、手放したライフルから腰に携帯していた拳銃へと持ち替えた。狙撃は常に警戒していたが、善人である長士郎や元警察官で正義感の強い庸一が、不死者ではない人間も見境無く攻撃するとは思えない。そのため一般の住民には詳細を知らせず、いわば肉の盾として周りに置いていたのだが、陽動の銃声の方向に気を取られた上に、住民たちが恐怖で頭を下げてしまい、射線を空けられてしまうとは。


 火野と松葉が倒されたことで、長士郎と庸一が合流した可能性は考えていたが、二人がまさか親戚関係にあるとまでは予想できるはずもない。想定以上の連携に完全に翻弄されていた。


「まだまだですよ。本当なら一撃で頭を吹き飛ばすつもりだった」


 久貝は長士郎の声がした方向に咄嗟に銃口を向けたが、引き金を引くことを躊躇ってしまった。


「君もなかなか意地が悪いな」


 長士郎の背後には季里果と塔子がいた。不死者の塔子はともかく、万が一流れ弾が季里果に当たれば、磔の候補者がいなくなってしまう。迷わず引き金を引けば、あるいは状況は久貝に有利になったかもしれない。だが夜墨村の使命に忠実な男はリスクに対してほんの一瞬、逡巡してしまった。


「使命に忠実なあなたなら、撃てないと思いましたよ」


 対する長士郎は、引き金を引くことを躊躇わなかった。してやられた悔しさよりも感心が勝ったのだろう。頭を撃たれる瞬間、久貝は口元に笑みを浮かべていた。


「私のことも撃つ?」


 塔子の問いかけに、長士郎はゆっくりと振り返る。季里果は突然始まった銃撃戦に恐怖し、すっかりへたり込んでいるが、隣に悠然と佇む塔子は、日常にいるかのように顔色一つ変えていない。


「甲斐谷さんさえ渡してくれればそれでいい。君を傷つけるのは、二度とごめんだよ」


 塔子の自刃だったとはいえ、自分が握るカッターが塔子の首を裂いたあの時の恐怖は今でも鮮明に覚えている。長士郎は銃を下ろした。


「好きにしたら。不死者である長さんが夜墨村で何をしようと、それは長さんの自由だもの」


 長士郎が庸一に目配せすると、すぐに季里果の元に駆け寄り、立てなくなっているところを引き起こした。塔子の動きを長士郎は一応警戒したが、長士郎を見つめたまま、塔子のことは気にしていない。


「探偵の白木庸一だ。君のお母さん、由利枝さんから依頼を受けて君を探しに来た」

「お母さんの雇った探偵さん?」

「混乱しているだろうが詳しい話は後だ。一旦ここを離れよう」

「わ、分かりました」


 庸一が季里果の手を引くと、遠くの木陰に身を隠していた隼人が顔を出し、手を振っていた。


「あの人も探偵ですか?」

「行きがかりで知り合った他人だが、間違いなく善人だよ」


 季里果の奪還を、ああやって自分のことのように喜んでくれている。出会った当初は訝しく思ったこともあったが、今となっては共に困難に立ち向かう大切な仲間だ。


「甲斐谷さんが無事で良かった。白木さんもお怪我もなく何よりです」

「弓削くん。君にもこれを渡しておく」


 庸一は鷹觜から拝借してきた拳銃を隼人に預けた。久貝からも一丁拝借しており、そちらは予備の銃として庸一が携帯している。


「だけど俺、銃の扱いなんて」

「撃てなくていい。弾も抜いてある。さっきのを見たら。チラつかせるだけでも、一般の住民への牽制には十分だ」

「確かに。そういうことならありがたく」


 撃たなくていいことにホッとし、隼人の表情が和らいだ。隼人には牽制に使ってもらうとして、合流後、場合によっては、元警察官で銃が扱える占部に、銃弾と一緒に渡すことも想定している。


「長士郎くんも早く!」


 庸一が声を張るが、長士郎は塔子と見つめ合ったまま、その場に留まっている。


「すぐに追いつく。先に行っていてくれ」

「……そのまま失踪したりしないでくださいよ」

「久しぶりに会えたのに、そんな薄情な真似はしないよ。さあ、早く行って」


 長士郎を信じて深く頷くと、庸一は季里果と隼人を連れて、先にその場を後にした。


「探偵さん、長さんに少し似てるね。親しげだったし、お知り合い?」

「僕の甥っ子だよ。すっかり当時の僕の年齢と身長を超えて、逞しくなった」

「二十四年か。子供を大人に変えるには十分過ぎる時間だね。成長を見守る時間を奪った私を恨んでる?」

「恨んだ時期もあったけど、僕を選んだのは非時だ。恨むならそっちにしておくよ」


 自分を巻き込んだ元凶の一人なのに、不思議と塔子に対する怒りはもう長士郎には存在していなかった。不死者となった余所者として、ずっと白い目で見られてきた。そんな状況でも塔子だけは出会った時とは変わらず、いつだって対等な存在として接してくれた。塔子のせいで巻き込まれたのだし、一種のストックホルム症候群なのかもしれないが、それまで生きてきた以上の時間を塔子と共に過ごしてきたのも紛れもない事実だ。もはや好き嫌いの二択で語れるような単純な関係性ではない。


「そろそろ行くよ。叔父として、甥っ子とその仲間たちを守ってあげないと」


 ライフルを担ぎ直し、長士郎は踵を返した。


「また私のところに帰って来るよね?」

「愚問だよ。塔子ちゃん」


 一度も振り返らずに、長士郎は塔子の前を後にした。


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