第十七話 不死者
「これが、僕が二十四年前に夜墨村で体験したことの全てだよ。あの夜の出来事を僕は生涯忘れないだろう。いや、永遠に忘れることが出来ないと言った方が正確かな」
神妙な面持ちで語りながらも、長士郎は最後に肩を竦めておどけてみせた。塔子ほど長くはないが、不老不死の体になって四半世紀近い。悲観の時期は過ぎ去り、達観している部分もあった。
むしろ悲痛な面持ちなのは、叔父の身に起きた悲劇を聞かされた庸一の方だった。
「そんなの、呪いじゃないですか」
「甥っ子が同じ感覚を持ってくれていて嬉しいよ。夜墨村の人間はこれを祝福と呼ぶからね」
「不老不死を求める人間が集まった村。言葉に出すと気味が悪いですね」
そう評するぐらいには、隼人も良識的だった。さながら怪しい宗教のような響きだが、不老不死が本物であるところがまた質が悪い。
「橘川塔子の目的は何だったんだ? 長士郎くんが不老不死に選ばれることを望んでいたように見えるが」
誰が選ばれるか分からないとはいえ、夜墨村とは何の利害関係もない長士郎を祭事に招き、候補者の一人とした塔子の真意を、庸一は測りかねていた。実際、不老不死を求めて村に尽くしてきた人間たちからは不満の声が上がったようだし、長士郎は現在進行形で庸一や隼人を救い、結果的に夜墨村に損害を与えている。夜墨村側にとって不利益な存在だったことは紛れもない事実だ。
「彼女の動機は至ってシンプルだよ。ただ、対等な話し相手がほしかっただけだ」
「どういう意味ですか?」
「彼女は不死者の第一号であり、兄の恩地を除く全ての住民より年齢も上だ。そんな彼女は他の住民にとっては崇拝や、時には畏敬の対象でもある。恩地という家族はいても、対等に接してくれる友人が存在しなかった。そんな彼女にとって、偶然夜墨村を訪れ、何も知らずに対等に接してくれる僕は理想的な存在だったのだろう。実際、僕と一緒にいる時の彼女は童心に返ったように楽しそうにしていたよ」
「たったそれだけの理由で?」
「たったそれだけの理由だよ。本人からの受け売りだが、すでに彼女は人の理から外れている。倫理観を問うことに意味はないんだ。僕は不慮の事故に遭ったようなものさ。誰を不老不死にするか選択するのは非時だ。向こうもあわよくば程度に考えていただろうが、実際に僕は選ばれてしまった。彼女は運命を感じずにはいられなかっただろうね」
「理や倫理観から外れていようが、理不尽であることに変わりはないですよ」
すでに二十四年の時が流れた。起きたことはしかたがないと、あくまでも淡々と語る長士郎の代わりに理不尽を憎み、庸一は声が震えていた。
「庸一くんは優しいな。子供の頃から変わらない」
流石に子供の頃のように頭を撫でたりはしなかったが、その気持ちに感謝し、長士郎は優しく庸一の肩を叩いた。
「過去は変えられない。だけど未来は変えられる。これ以上の理不尽を生み出さないために僕は動くつもりだ。そのために村に順応したふりをしながら、水面下で準備を進めてきた」
以前から何かと衝突の多かった火野に怪しまれ、今日は追われる羽目になってしまったが、偶然出会った隼人が火野にとっての隙になったことで火野を一時的に撃退し、完全に撒くことにも成功した。長士郎にとって状況は追い風だった。
「何をするつもりですか?」
「夜墨村の根幹たる愁覚を失敗に終わらせる。二十四年前のこともあるし、そうなれば非不死者の不満が爆発し、夜墨村が内部崩壊を起こすことは必至だ。すでに数名の犠牲者が出てしまったが、時代の変化もあって、今回は昔ほど生贄を集められず、非時はかつてない程に弱体化している。覚醒を促す磔を阻止出来れば、愁覚は失敗するはずだ」
「磔って、真方さんが話してくれた、能條って記者がされたやつですよね。もしかしてあの火野とかいう男が俺を連れて行こうとしたのって……」
あり得たかもしれない未来を想像し、隼人は表情を引きつらせた。
「想像通りだよ。候補者の一人として目をつけていた君が、愁覚当日に夜墨村に現れたことで狙われた」
「改めて、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げる隼人を見て、長士郎はいたたまれなくなる。素直なのは良いことだが、頭を下げられることにはあまり慣れていない。
「弓削くんの回収に失敗し、松葉も庸一くんに返り討ちにあった。こうなれば恩地は保険として事前に確保していた女性を磔に利用するはずだ。彼女を救出出来れば愁覚を阻止することが出来る」
「女性。それはもしかして」
「弓削くんから事情は聞いてる。君の尋ね人の、甲斐谷季里果さんだよ」
「彼女は無事なんですね?」
「少なくとも愁覚が始まるまでは無事のはずだ」
状況は予断を許さないが、長士郎の口から季里果の安否が確認出来たことで、庸一はホッと安堵のため息を漏らした。生贄という物騒なワードも飛び出し始めていただけに、安否がずっと気がかりだった。
「甲斐谷季里果の身に一体何が起きたんですか? Citrus1903を名乗る人物と親しくなり、夜墨を訪れたことまでは分かっていますが」
「外界から隔絶されて久しいが、世間では今は、SNSというものを使った交流が盛んだそうだね。Citrus1903の正体は橘川塔子だよ。夜墨村にいながら大勢と繋がることが出来るSNSを、塔子ちゃんは純粋に楽しむと同時に、生贄の確保にも活用した。今回犠牲になった者の大半は、SNSを通して夜墨村に誘われた者たちだ。もっとも甲斐谷さんは、塔子ちゃんにとって特別な存在だったようだけど」
「そういえば、彼女は保険だと言ってましたね。最初から生贄にする前提の存在ではなかった?」
「甲斐谷さんには生贄として目をつけられたのではなく、塔子ちゃんがSNSを楽しむ中で知り合った友人なんだよ。共通の話題で盛り上がったようだ」
「推しのアイドルか」
庸一はSNS上での二人のやり取りや、アイドルグッズが置かれた季里果の部屋の様子を思い出していた。
「二十四年前の僕の時と似ている。塔子ちゃんは今度は、側にいてくれる同性の友達を欲したんだよ。だから甲斐谷さんを夜墨村へと呼び寄せた。あわよくば前回の僕のような展開を望んでいたか、それが叶わなくとも、軟禁して近くにおいておくぐらいのことは考えていたかもしれない」
「だけど、必ずしも周囲の理解を得られたわけではなかった」
「前回の件があるからね。万が一、二度に渡ってまったくの部外者が不老不死となるようなことがあれば、例え塔子ちゃんの願いだとしても、住民からの反発は必至だろう。兄である恩地はいつだって塔子ちゃんを大切に考えているが、同時に実質的な夜墨村の統治者でもあり、妹と村の管理との板挟みにあっている。そういった状況下での妥協案が、甲斐谷さんは磔の候補者として保険として確保するという形だったというわけだ。塔子ちゃんが執心する甲斐谷さんを磔にしなくても済むように、庸一くんや弓削くんが狙われる羽目になってしまったが、それも失敗し、残る磔候補は保険だった甲斐谷さんのみ。その彼女を救いだし、愁覚を失敗に終わらせる。巻き込んでしまって済まないが、僕の計画に協力してもらいたい」
「甲斐谷季里果を救い出すことが俺の使命だ。叔父さんの助けになりたいという思いもある。断る理由はありません」
庸一は迷うことなく即答した。そこに甲斐谷季里果がいる。彼女を救うことが、叔父に残酷な運命を強いた者達へ一矢報いることにもなる。参加しない理由なんてなかった。
「ありがとう、庸一くん」
甥っ子を巻き込むことに後ろめたさはあったが、今の庸一は自分が知る頃の幼い子供ではなく、強い信念と、それを実行に移すだけの能力を併せ持った立派な大人だ。親戚という関係を抜きに、一人の仲間として心強かった。
「……心境的には俺も二人に協力したいですけど、俺は戦ったりできないし、正直足手まといになりそうな気がして」
隼人は申し訳なさそうに、俯きがちにそう言った。スクープなんて今更どうでもいい。甲斐谷季里果を救いたいという気持ちは隼人も同じだが、自分は平凡な人間であると自覚しているし、二人のような強い信念もない。むしろ足を引っ張ってしまうのではと不安だった。
「弓削くん。気持ちだけで嬉しいよ。蛮勇に走らず、恐れを口にするのは大切なことだ」
長士郎は無理強いするつもりはなかった。元々一人で実行するつもりだった計画だし、これ以上犠牲者を出したくないという言葉にはもちろん、隼人も含まれている。
「ただ、ここもいつまでも安全とは限らないし、村中がグルである以上、単独行動は危険だ。弓削くんも行動は僕たちと一緒にしてほしい。もちろん、いざという時は僕と庸一くんで何とかする」
「分かりました。俺も一人は怖いし、腹くくります。出来る範囲でなら協力も惜しみません」
「なら弓削くんは、救出した後に甲斐谷季里果を逃がしてやってくれ。退路は俺たちが切り開く」
「分かりました」
隼人も覚悟を決め、三人で季里果の救出に向かうことが決まった。
「まずは相手のことを知らなければいけない。不死者は何人いる?」
こちらは少人数だからこそ、事前情報は何よりも重要だ。庸一を中心に作戦会議が始まった。
「僕を含めて夜墨村には、八人の不死者が存在する。不老不死になった順に、橘川塔子、夜墨村をまとめる恩地幸篤、民宿の女将の木月ふみ、警察官の松葉克士、映画館館長の久貝武満、猟師の火野大生、郷土資料館館長の鷹觜豊永。塔子ちゃんは隕石が落ちた1903年、恩地と木月が1927年、松葉と久貝が1951年、火野と鷹觜が1975年、そして僕が1999年にそれぞれ非時実を食し、不老不死となっている。以前は十分な数の生贄を確保することが出来ていて、非時実も二個実をつけていたようだが、時代の変化によって生贄の数を確保することが難しくなっていき、1999年には一個しか実をつけなかった。今年も一個か、最悪未収穫に終わるではと住人は不安がっているよ。だからこそ余裕がないし、僕らがつけいる隙も生まれるというものだ」
恩地が塔子の実の兄でありながら、外見的には親子ほど歳が離れているのは、恩地が塔子の二十四年後に不老不死となり、当時の年齢、四十八歳で時が止まったからであった。以降、実の兄妹であることは公然の秘密でありながらも、対外的には他人同士の方が何かと便利だと考え、兄の幸篤は恩地性を名乗っている。
表向きは公務員として役場に勤務しつつ、実質的なリーダーとして夜墨村を率いる恩地幸篤。村唯一の宿泊施設として、外部から来た人間が集まる木月荘を預かる木月ふみ。村唯一の警察官として、隠蔽工作や実行役までこなす松葉克士。密室性や防音性の高さから、時に凶行の現場として使用される映画館を管理する久貝武満。猟銃や刃物の扱いに長け、高い戦闘能力を持つ火野大生。夜墨村の数少ない観光施設である郷土資料館で、観光客を選別する鷹觜豊永。そして夜墨の象徴的な存在であり、それでいて誰にも疑われない可憐な少女の姿で暗躍する橘川塔子。
誰もが二十四年に一度の祭事、愁覚に必要な生贄を集めるために重要な立場につき、暗躍している。
「厄介なのはやはり、松葉と火野ですか?」
「復活後、最大の驚異となるのは間違いなくその二人だ。加えて久貝も射撃の腕が良く、侮れない」
「だとすればせめて、松葉と火野が復活する前にケリをつけたいところですが、猶予はどれぐらいですか?」
「不死者が行動不能に陥ること自体が珍しいから、確証を得るだけのデータが足りないが、僕の時は二時間ほどは完全に意識を失っていた。ただ、個人差もあるかもしれないし、不死者の中でも特にタフなあの二人ならば余計に侮れない。より短時間で復活する可能性もある」
額の位置を示しながら目を細める長士郎の表情が痛々しい。不死者は怪我を負うことに対するハードルこそ下がっているが、だからといって頭が吹き飛ぶ程のダメージを受ける機会がそうそうあるわけでもない。結局のところ、どの程度の時間稼ぎになるかは未知数だった。
「予断は禁物か。再び松葉や火野と相まみえることも覚悟しておいた方が良さそうだ」
警戒感から庸一は自然と両方の拳を握っていた。初戦は相手も、不死者のアドバンテージで慢心していたかもしれない。だが、一度返り討ちにあった以上、次は慢心せずに全力で襲いかかってくるはずだ。油断は禁物だが、願わくば全てが終わるまでの間、二人には行動不能のままであってほしい。
「行動が早いに越したことはない。愁覚の会場は人が多すぎるし、到着前、甲斐谷さんが登山道を運ばれているところを強襲し、奪還する。火野と松葉が行動不能の今、恐らくは久貝と鷹觜が護衛についているだろうが、僕と庸一くんの二人なら十分に対処可能なはずだ」
久貝は射撃が上手いが、身体能力的には常人並み。距離を詰めることが出来れば勝機はある。鷹觜も不死者である以上厄介な相手はあるが、武闘派ではないので火野や松葉ほどの驚異ではない。
「すみません。一ついいですか?」
しばらくやり取りを静観していた隼人から一つ、疑問が飛び出す。
「不死者以外の一般人――という表現が適切かは分からないけど、奴らの驚異はどうなんですか? ある意味、少数精鋭の不死者よりも厄介なのでは?」
数は力だ。不死者は確かに危険だが、不死を求める数百人にも隼人は驚異を感じていた。
「確かにリスクはあるが、こちらが銃を持っている以上、彼らはそうそう襲いかかってはこないよ」
「どういう意味ですか?」
「彼は狂信者ではなく、利己的に不老不死を求める俗物だということだ。そんな彼らが命を懸けられると思うかい?」
「なるほど。確かにそれなら、銃を見せられたら怯え上がりそうだ」
皮肉交じりの長士郎の言葉に納得し、隼人は思わず苦笑した。不老不死を求めて村に集まった者たちだ。我が身は可愛いだろう。
「この辺り、山の中でもけっこう電波が通ってるんですね」
スマホを取り出した庸一が確認すると、通信状態は比較的良好だった。
「権俵喜一郎の計らいでね。携帯電話の普及に伴い、基地局を開設し、夜墨一帯の通信状況は快適だよ。どこかに連絡かい?」
「甲斐谷季里果を連れて無事に夜墨を脱出するには足が必要だ。一人心当たりがいるので連絡してみます」
「足を用意することには賛成だけど、夜墨村を取り巻く状況は混沌としている。説明が大変そうだ」
「まあ、何とかなりますよ。そこに正義があるなら絶対に力を貸してくれる、頼れる先輩ですから」
そう言って庸一は、調査に協力してもらっている占部に電話をかけた。




