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第十四話 松葉克士

「くれぐれも無茶はするなよ」

「心得てますよ。俺だって命は惜しい」

「何かあればすぐに連絡するように」


 午前十一時過ぎ。庸一と隼人は路線バスを降り、再び夜墨の地を踏んでいた。ここから先は自由行動かつ、何が起きても自己責任だ。それでも元警察官として隼人の身は気になるので、安全には注意するように念は押しておいた。本業もあるのでそうそう無茶は犯さないだろうが、絶対的な安心など存在しない。


「甲斐谷さんも一緒に、三人で帰りのバスに乗りましょうね」


 ガッツポーズでエールを送ると、隼人は一足先にバス停を後にした。


「白木さん。今日もいらしていたんですね」


 隼人と別れた直後、後ろから声をかけられ庸一はゆっくりと振り返る。そこには巡回中なのか、自転車を押す警察官の松葉の姿があった。表面上は笑顔だが、駐在所はバス停からも近いし、タイミングを見計らった可能性は否定できない。


「連日すみません。松葉さん」

「今日も甲斐谷さんの件で?」

「仕事上情報源は明かせませんが、甲斐谷さんはやはり、夜墨にいる可能性が高いと判断しました」


 あえて踏み込んだ発言をしてみたが、松葉に動揺の色は見えない。夜墨が一枚岩だとすれば、警察官である松葉はとても重要な立場にある。相応に冷静な人物のようだ。


「それは朗報だ。本職でよろしければどこにでもご案内しますよ。警察官として夜墨村のことは知り尽くしていますから」


 これが初対面だったなら、庸一も松葉を信頼し協力してもらったかもしれない。だが疑念を抱いている今、その親切心は監視の意味合いにしか感じられなかった。


「お気持ちは嬉しいですが、まだ具体的な居場所までは判明していなくて。何かあったらその時はよろしくお願いします」

「いつでもお声がけください。甲斐谷さんが無事に発見されるよう、本職も願っています」


 庸一が元警察官であることを意識してきたのか、松葉は敬礼をし、庸一も自然とそれに返した。


「様になってますね。流石は元警察官だ」

「現職の松葉さんには適いません」

「制服あっての完成度ですよ。それでは本職は巡回へ戻ります」


 お互いに終始穏やかな表情のまま別れ、住宅地の方を目指して自転車を漕いでいく松葉の背中を庸一は見送った。


「松葉です。例の探偵がまた現れました」


 庸一から離れると、松葉は恩地に連絡を取った。


『どんな様子だった?』

「どうやら甲斐谷季里果がこの村にいると確信を持ったようです。草の根を分けても探し出す覚悟でしょうね」

『様子見というのが君の判断だったが、今はどう考える?』

「禍根を残した方がより厄介であると判断します。今年は不作ですし、処理するにはちょうどいい。白木が失踪する影響については、権俵が健在のうちに事後処理してもらいましょう」

『探偵の対応は君に一任する。生贄として橘中に連れてくるが良い』

「はい。全ては今宵の愁覚と非時様のために」


 恩地との通話を終えると、松葉は行き先を駐在所に変えた。警察官用の拳銃の使用は隠蔽が難しい。使うなら駐在所に隠してある、非合法な拳銃の方だ。


 ※※※


「はい。こちら白木」


 ほぼ同時刻。庸一は、元警察官の占部からの電話に出ていた。


『一つ分かったことがあるから情報を共有しておく。夜墨の松葉って駐在についてだ』

「タイムリーですね。今し方、松葉と顔を合わせたところです」

『警察関係者から得た情報だが、松葉の経歴には不可解な点が多い』

「まさか偽警官ですか?」

『偽警官ではないが、ある意味その方が単純な話で済んだかも知れないな。書類上確かに松葉克士という警察官は存在しているが、松葉克士は、一九五〇年から夜墨村駐在所勤務になっている』

「今から七十年以上前に松葉が? だとすればとっくの昔に定年退職しているはずだし、松葉自身、外見はどう見ても三十代といったところですよ」

『奇妙なのはそれだけじゃない。一九五〇年に赴任した松葉は一九五二年に退職扱いになっているが、すぐに新しい警察官が赴任していて、その警察官の名前も松葉克士。同様の退職と赴任がその後も数度起き、現在の松葉克士は書類上は四年前から勤務しているが、前任者の名前もやはり松葉克士だ』

「……名前がゲシュタルト崩壊しそうだ。まさか、歴代の駐在がたまたま同姓同名だったなんてことはあり得ないし」

『さながら世襲制の家号だ。仮に親族だとしても、同姓はともかく、同名にはなり得ない。かなりめちゃくちゃな状況だが、それが書類上成り立っている以上、県警本部にも関与している人間もいるかもしれないな』

「貴重な情報をありがとうございました。引き続きよろしくお願いします」

『松葉には謎が多い。警戒は常に怠るなよ。また何か分かれば連絡する』


 忠告を残し、占部は電話を切った。


「松葉克士。お前は一体何者なんだ?」


 少なくとも七十三年前から、夜墨駐在所には松葉克士という名の警察官が存在し続けている。松葉どう見ても三十代ぐらいだし、流石に同一人物ということはないだろうが、都市伝説染みた不気味さを感じずにはいられなかった。 


 ※※※


「祭事はやはり山の中か」


 観光客として振る舞いながら夜墨を回っていた隼人は、ほとんどの店が閉まっていることと、常夜山に物資を運ぶ人の流れがある事実に気づいた。常夜山に隕石が落下したのと同じ日に開催される祭事とあり、やはり会場も山の中のようだ。ネット上に転がる与太話程度にしか考えていなかったが、次々と発覚する夜墨の特異性を鑑みると、本当に生贄の儀式でも行われるではと思えてくる。だとすれば行方不明になっている甲斐谷季里果も祭事の会場にいるかもしれない。


「少しくらいなら」


 無茶はするなと庸一から釘を刺されたが、好奇心と正義感が、隼人の足を常夜山の方へと向かわせてしまった。庸一と接して情が移ってしまった。スクープ以上に、季里果の居場所が分かったら庸一に情報を提供したいという感情が勝っている。


 少し様子を見るだけなら大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、周囲にばれないように整備された登山道の入り口付近までやってきた。今後人の出入りが活発化するであろう登山道を、余所者の隼人が歩いていたら確実に目立つ、かといって馴染みのない山に、正規ルート以外から入るのはそれこそ自殺行為だ。どうすべきか、登山道の入口近くで決めあぐねていると。


「そこで何をしている?」


 突然藪の中から声をかけられ隼人はビクリと体を震わせる。振り返るとそこには、ハンティングコートを羽織り、狩猟用ライフルを担いだ火野が、隼人に鋭い眼光を向けていた。


「す、すみません。観光中に道に迷ってしまって」

「素人が迂闊に知らない山に近づくものじゃない。それよりもあんた、若い男が降りてくるのを見なかったか? フード付きのベージュのコートを着て、黒いキャップを目深に被った男だ」

「いえ。見てないですよ」


 本当に見ていないので正直にそう伝える。人捜し中に偶然声をかけられただけだと分かり、隼人は心の中でホッと息を撫で下ろした。


「くそっ! 完全に見失った。あの野郎どこに行きやがった」


 正直、関わり合いになりたくないというのが隼人の率直な感想だった。獣を追いかけているのならまだしも、ライフルを背負って特定の個人を追いかけているという状況は穏やかではない。やはり常夜山に立ち入るのは得策ではない。隼人は踵を返してその場を立ち去ろうとするが。


「それはそれとして、そこを動くなよ」


 冷淡な声に足を搦め取られ、隼人が恐る恐る振り返ると、火野は両手でしっかりとライフルを構え、隼人へと銃口を向けていた。


「ちょ、ちょっと。冗談で人にそんなもの向けるもんじゃないですよ」


 冗談であってほしいと思う一方で、本能は敏感に火野の本気を感じ取っている。隼人は自然と、降参するように両手を上げていた。


「お前、行方不明者を嗅ぎまわっている探偵の仲間だろう?」

「何の話ですか?」

「村の中に小田原でお前たちを目撃した奴がいてな。昨日の夜はファミレスで探偵とじっくり話し合ってたみたいじゃないか」


 今日到着してからのことならいくらでも言い逃れできたが、昨日のファミレスでのやり取りまで目撃されていたのなら、言い逃れは出来ない。実際には協力者とまではいかないが、相手から見たら似たようなものだろう。


「せっかく昨日は見逃してやったのに。こうして舞い戻ってくるとはな。アローマンさんよ」

「俺のことを知っていたのか?」

「村全体が巨大なネットワークだ。外からやってきた人間が何者なのかはすぐに誰かが調べ上げて、一瞬で村中に共有される。ネットで活動している人間が突然消えたら、騒ぎ出す輩もいるだろう。下手に村に注目されるのは不本意だから、あんたのことは見逃すつもりだったんだが、こうして愁覚の当日に村に現れた以上は有効活用しないとな。スクープが欲しいんだろう? 夜墨村の伝統行事を特等席で拝ませてやるから、大人しくついてきな」

「……こ、断ったら?」

「無理やり連れて行くまでだ。どうせ痛い思いをするなら、後の方がいいだろう?」


 素人目にも火野が危険な男であることは分かる。この男は引き金を引くことを躊躇わらない。これまでに何度も人に向けて引き金を引いている。そう確信出来るだけの鋭利さが眼光に宿っている。


「だ、誰か! 助けてください!」


 登山道の方に住民が入っていく姿を見かけ、隼人はその場で大声で叫んだ。突然ことに驚き、数名が同時に隼人と火野の方を見たが、見なかったことにしようとすぐに正面を向き、その背中は登山道へと消えていった。唖然とする隼人の顔を見て、火野は笑いを堪えきれなかった。


「お前だってこの村が一枚岩なことには気づいてるだろう。何を期待していた?」


 想定することと実感することには大きな違いがある。咄嗟に助けを求めるのは本能的な行動だ。それを馬鹿にされたことに、隼人は静かに怒りを覚えた。


「……おかしいのはお前たちの方だ。俺の方がよっぽど健全だよ」

「この状況で言い返すとは、なかなかいい度胸しているじゃないか。お前みたいな奴は脅すよりも、動けなくして運んだ方が早そうだ」


 火野が引き金に指をかける。選択を間違えてしまった。隼人の顔が見る見る青ざめていく。庸一に無茶はしないと言ってから一時間もしないでこれだ。本来の自分はもっと臆病者だったはずなのに、どうしてこんなことに。

 隼人が恐怖で目を閉じた瞬間、一発の銃声がその場を支配した。


「野郎! 狙ってやがった」


 一向に体に激痛は走らない。隼人が恐る恐る目を開けると、胸部を撃ち抜かれた火野が、怒りに顔を歪めて片膝をついていた。熊撃ちに使われる強力なライフルで心臓ごと風穴が空いている。普通に考えれば即死でもおかしくないはずなのに、火野はすぐさま立ち上がろうとし、威勢も失われてはいない。しかし、次の瞬間。


「くそっ――」


 即座に遠くから二射目が放たれ、今度は火野の側頭部を撃ち抜いた。強力な一撃は頭部を半壊させ、派手に血と脳漿が飛び散る。火野の体は力なくその場に倒れ込んだ。


「人が……頭……」


 凄惨な光景を目の当たりにし、急激に胃酸がこみ上げてきた。隼人はたまらずその場に座り込み、口元を抑える。自分を撃とうとしてきた相手とはいえ、人間の頭が吹き飛ぶ瞬間を平常心で直視出来るはずもなかった。ある意味ではこの生理的嫌悪感こそが、無事に窮地を脱したことの証明でもあった。


「大丈夫かい?」


 上から影が差し、隼人が青ざめた顔を上げると、黒いキャップを目深に被り、ベージュのコートを羽織った男が手を差し伸べてきた。その特徴から、どうやら火野が追っていた男のようだ。背負っているライフルからは硝煙の臭いがしている。口調は穏やかで火野のような威圧感はないし、危機を救ってくれたことだけは分かる。隼人は自然と男の手を取り、体を引き起こしてもらった。


「危ないところだったね。火野のことだ。脅しではなく間違いなく撃っていた」

「あなたは一体?」

「こちらも聞きたいことは山ほどあるが、詳しい話は後だ。直ぐにここを離れないと、また火野に追われる羽目になる」

「追われるって。たった今あなたが頭を」


 一射目で胸を撃ち抜き、二射目で頭を吹き飛ばした。オーバーキルなぐらいだが、男に促されて、倒れた火野の方を見た瞬間、隼人は銃口を向けられた時や、火野が頭を撃たれた瞬間を目撃した時以上の恐怖と衝撃を覚えた。

 撃ち抜かれて風穴が空いていた胸部が、再び心臓や血管、筋肉繊維が生えて結合していき、少しずつ傷が塞がり始めている。


「……俺は夢でも見ているのか?」

「残念ながらこれは現実だよ。彼らは不死身だ。流石に頭部の損傷の再生には時間がかかるが、確実に復活を遂げる。その前にここを離れるんだ」


 不死身の人間など、俄かには信じがたい話だったが、火野の傷が再生していく様子を実際に目撃した以上、隼人も男の言葉を信じる他なかった。あまりの衝撃に、スマホでカメラを回す余裕すらもなかった。これはもうすでに、一介の動画投稿者が追うスクープの域を遥かに超えている。


「僕の隠れ家に案内する。詳しい話はそこで」

「分かりました」


 慣れた様子で藪の中に分け入っていく男の背中を追って、隼人も常夜山へと足を踏み入れた。その間にも火野の再生は進み、すでに心臓は鼓動を取り戻しつつあった。


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