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春よ来い

 鍵のかかった引き出しの中に、春がひとつしまわれていた。

 あぁあったと口内でひとりごちた蓬霧(ほうか)は、無闇矢鱈にあちこちを探し回っている狐に声をかけた。

「あったよ狐」

「やや、ありましたか蓬霧さま。いったいどこに、あぁその机にございましたか。いやしかし、誰が仕舞ったものやら。あいや私ではございませんよ」

「分かっているよ、騒がしいね。きっと北の精霊の仕業だろう。毎年のように早く春をくれと言われているからね。それでも順番の遅い腹いせに、一番の春を隠したのだろう」

 それはそれは。狐は何とも言えない顔つきで頷いた。北の精霊らの言い分も分からないではないが、やはり順番を守らなければ蓬霧が上の神らに叱責されてしまうのだ。どうしようもないのだから、こちらはこうして溜まった鬱憤を受け止めるより他はないだろう。

「北のと仲の良い獣に間を取り持つよう掛け合ってまいりましょうか」

 そしてこれ以上の大事にならないように気を配るのもこちらの仕事である。

「いや、大丈夫だよ。ここの鍵を持ってきたのも彼らだからね。結局春一番が無ければ自分たちのところに春が来るのが遅くなるだけだと分かったようだよ」

「なら、良いのですが……」

「ついでに老樹の様子を見に来いと言われたからね。多少私の神気を分ければ気が済むだろう」

 ただ獣たちには代わりに謝っておいてくれ。穏やかな声で続けられた命令には黙って頭を下げておいた。

「悪いね」

 小さな額を大きな手で撫でた蓬霧は、手に持った春を山裾に向かってふぅと息を吹きかけた。

「さぁ狐、春の始まりだ。忙しくなるよ」

「はい、蓬霧様」

 小さな山では一陣の風が木々を揺らしながら、山裾へと吹き抜けていった。

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