君を愛する事は無い……訳ないだろ愛し倒すわボケコラおい待て逃げんな!オイ逃げんなって!!!!
マチルダは全力で逃走していた。
予想外の事件が起きたからである。
「悪役令嬢に転生したから! 破滅フラグを残しつつ根回しして! 結婚初夜に突き放された事実から白い結婚であることを証明して離婚して即逃亡してスローライフをしようとしてたのに!!ッなんなのこれぇ!?!??」
ネグリジェの裾を持ち上げ……続けるのもかったるかったので膝上で雑に結んで全力でランナー走りをしていたのだが、嫁ぎ先の館内は侯爵家だけあって無駄に広い。
トラップのように襲いかかってくるメイドやフットマンを華麗に避けるが、そもそもスリッパにネグリジェなので走りにくいったら無い。
──初夜のベッドの上で冷酷な発言をされ、泣きながら一人で眠り、プライドや未来をズタズタにされ、元々攻撃的だった人格を徹底的に壊してしまうのが「原作の悪役令嬢・マチルダ」だ。
だからこそ、こちらは合意であると見せるために、初夜に相応しい極薄フリフリ装備で待っていた。
こちらから拒否したら離婚の正当性が取れないから。
だというのに。
花婿であり、この世界の攻略対象の一人である「アラン」は言ったのだ。
“政略結婚ですが、私は貴女を愛したいと思っています。……どうか、今夜はまず、お手に触れさせてはいただけませんか”と。
それを聞いた私は脱兎のごとく逃げ出した。
だってそれって。
「ヒロインを愛しながらも政略結婚は必要だから体面を保つってことでしょ!? でも原作ならそんなことありえない! つまりヒロインも転生者で、アランに入れ知恵してるってことじゃあぁん!!!!!」
うわーん!! と泣きながら爆走する。
原作なら、マチルダと結婚する段階でアランはヒロインを気に入っているか愛するかしている。
つまり私に好意的に接してくるはずがない。
そのはずなのに好意的に見せかけてくるということは、ヒロイン側からのキッツい工作が入っているということだ。
マジで勘弁してくれ。
正ヒロイン側の転生者相手に勝てるほど頭が良くないのだ、こっちは。
「てかなぜ逃亡防止の人員が配置されてんの……!? まさか逃亡も分かっていたってこと……!?」
天井から降ってきた家令をスライディングでかわし、狩猟ネットを投げてきたコック長をスリッパで引っぱたき、タックルしてきたメイドをバックステップで避け、迂回して前進する。
遮二無二出口を目指すが、謎は深まるばかりだ。
「こうするメリットは何!?」
ダダダダと走りながら考える。
ヒロインとくっつきたいと思いながら、悪役令嬢と結婚したい理由。
そりゃあもちろん、私の実家である辺境伯家と懇意にする事で権力利権を得たいからだろう。
ヒロインからそれを指示されたのだろう。
そのほうが「世界を攻略」しやすいから。
だがそれは、あくまでヒロイン側の利益であり、アランにとっては不本意な話のはずだ。
いくらヒロインに……リリアンに惚れているとはいえ、そのリリアンから「ハニトラしてこいや」と言われて素直に頷くようなキャラでは無いはずなのである。
だってアランは王国第一騎士団の団長。
「光の騎士団」とも呼ばれる、清廉潔白を地で行く集団の長なのだ。
ハニトラを軽蔑こそすれ、自分でやろうなんて思うわけない。
「だからこれはおかしい、相当ヒロイン側の洗脳が入っ……ッツォあアっぶない!??!?」
影からターザンロープで飛び出してきた庭師の手を間一髪避け、走り抜け視線を切り、よろけながらも物陰に入る。
流石に体力の限界が近い。
ステンドグラスの美しい廊下のコーナーで、ビロードのカーテンの影に隠れる。
開け放たれた窓から入ってくる夜風に吹かれながら、分厚いカーテンをぎゅっと握りしめた。
「ど、どうしよう……」
館を脱出する必要があるが、この調子ではその後も大変そうだ。
落ち着かないと勝ち目はない。
……ホントにどうしよう!?
「はぁ、……ふ、……ああもうっ。どうしろって」
──刹那。
ガッチリと。
筋肉質な腕に、私は包まれた。
「なぜ逃げるのですか」
「ッひ!!!????」
──アランだ。
黄金の長い髪を流れるままにして、憂い顔をして。
黒い寝巻きで、夜の闇のようにぬらりと立っている。
ほぎゃー! と素っ頓狂な絶叫をしなかった自分を褒めたい。
そう思うくらい驚いたが、私はなんとか息を整え、答えた。
「私は! ……他に愛する女性がいる殿方に抱かれたいと思うほど、酔狂ではありませんの!」
もう破れかぶれだ。きっぱりと。言ってやった。
これで動揺した隙をついて逃げてやる。
そう思ったのに。
「そうですか。では私で問題ありませんね?」
「……は?」
視界がグルンと回った。
え?
は?
あちょ、え? これって姫抱き?
「ぁっ、……やっ!!」
「暴れないでください。危ないです」
「いや危ないですじゃなくて離しっ、……や、やぁっ!離して!!」
「離しません。離したらアンタ、その格好のまま外に飛び出すでしょう」
ん、?
……?
なんか今、“アンタ”って呼ばれた?
「……?? ぇ、……でもそうしないと」
「そうしないと?」
「せ、……政略結婚で……」
「最初からそういう結婚だと知ってるでしょう。政略結婚が嫌なら成立する前にもっと主張して下さい」
「で、でも」
「まぁ言えませんよね」
眉を下げ。
唇の片端を上げるようにして。
薄く。
薄く……笑われた。
「家族の手で、屋根裏部屋に軟禁されてましたもんね。貴女の健康で自由な姿を見せると、病弱な妹が可哀想だから……って理由で」
──息を飲んだ。
だってビックリしたのだ。
言われた内容以上に。
光の騎士団の名に相応しい、黄金の長い髪を持つ貴族らしい美丈夫が。
急に、賭博場の主のような……訳知り顔な、悪い顔をしたものだから。
「…………、……どうして」
「自分が結婚する相手の家くらい調べます。我が国の騎士団は治安維持も職務のひとつですから。……なにより、四方八方から結婚しろと妙に強要されれば、どんな裏があるか気になるに決まってる」
この人は──誰だ?
見た目は、清廉潔白で非の打ち所のない黄金の美丈夫。
私の知る「アラン」だ。
でも。
──アラン・ド・ヒューロウナス騎士団長。
S級冒険者をも凌駕する凄まじい実力者を束ねる、光の第一騎士団の、団長……。
にしては、なんか、こう。
大混乱でフリーズしていると、アランがくすりと笑った。
「ああ、ビックリしていますね。これはこれは申し訳ない」
「なにを……」
「貴女には隠すつもりがないのでお伝えしますが。……まず、あのクソS級冒険者共を超える、筋金入りの曲者ぞろいの第一騎士たちを束ねるのに、バカみたいな正攻法だけで済むと思いますか?」
「は、……????」
なんかクソとかバカとかとか言い始めたぞ。
姫抱きされて移動されているのも気になるが、アランの様子が気になりすぎる。
思考が宇宙を漂い始め、ポカーンとする私に、アランが(見た目だけは)優しい木漏れ日のように微笑んだ。
「無理に決まっていますよね。死線をくぐりぬけた兵士ほど、強者ほど、人格には癖が出てくる。つまりS級にはS級、それを超える気狂いには気狂いの対応をするしかありません」
「はぇ……」
「それに比べたら、貴女のなんと“お可愛らしい”ことか」
「…………っ」
お可愛らしいというのが、バカにする響きに聞こえた。
一瞬でカッと燃え上がるように羞恥が込み上げ、言葉も出せず、堪らずじたばたする。
が、そんな抵抗など無いもののように易々と抱え続けられ、とうとう寝室付近まで戻ってきてしまった。
「おかしな話ですよね。貴女の妹は頻繁にドレスメーカーや宝石商を家に呼んでいる。一方、貴女がどこかの店に来店した記録も、外商を家に呼んだ記録も残っていない」
「……っ」
「だというのに、貴女は王城ですれ違った際に、リリアン様のドレスをバカにした。自分のドレスの方が洗練されていると誇って、周りからの失笑を買った」
長い足でスタスタと歩きながら、アランが推理を静かに話す。
「そこから推測できることは二つ。……貴女が妹のドレスや宝石を無理やり奪って自分のものとし、さらに人を侮辱する、哀れで馬鹿な姉である可能性」
にこりと微笑まれる。
「もしくは……不遇な身の上でありながら、わざとリリアン様を攻撃することで何かを計略し、印象操作しようとしている可能性」
まさしくそうなので、何も言えない。
「小賢しいですよねぇ。幽閉されていようと、体面を保つために社交界には出してもらえた。そこで自分の不遇をなんとかして訴えて保護してもらえばいい。だが貴女はそうしなかった」
「……」
「そうしない方が、貴女に利があったからだ」
「……っ」
「家族に愛されたかったから? もしくは借り物とはいえ、豪華なドレスで社交界に出られる令嬢としての現状を維持したかった? 人によっては有り得ますね。でも、私には貴女がそういうタイプには見えなかった」
……寝室に到着してしまった。
アランは半開きのドアを足で開け、後ろ足でドカッと閉めた。
「あ、足癖悪……」
「両手に宝物を抱えております故。お許しいただきたく」
「口調だけ丁寧で怖……」
「口調が丁寧? お褒めいただき光栄です」
なにもかも怖いんですけど。
もはや震え上がっている私を、ハムスターにするみたいに優しくベッドの上に下ろし、アランはことさら優しく微笑んだ。
「それでは、“悲劇のヒロイン”殿。……聞いていますか? この私を、嫁に逃げられた浮気者の卑劣漢に仕立てあげて、隣国の農村でこっそりスローライフするつもりだった悲劇のヒロイン殿?」
「……う、うぐっ」
「嗚呼ちゃんと聞いているようですね。言っておきますけど逃がしませんよ」
ひぇ。
「な、なんで……」
「なんでって。分かりませんか?」
「分かりませんけど!?」
ギシ、とベッドが鳴る。
「面白いからです。許せないし、私に借りができたから使えそうです。最後に、可愛いから」
「…………は」
意味のわからない言葉が付け足されて、目をぱちくりした。
「貴女、可愛いですよ。ちょっとドンくさい癖して一生懸命悪女ぶっててダサ……いや、可愛いです」
「今ダサいって言いましたよね!?!?」
「あーダサいってアレです可愛いことを表す最新の言い回しですよ、まさかお知りでない?」
「適当なこと言うタイプの悪い男だこの人~~~~!!!もうやだ~~~~~!!!!」
なにもかも取り繕うのをやめ、放り出してうわーん!!と両手をベッドに投げ出すと。
悪い男が目を細め、首筋にススと顔を寄せながら、小さく笑った。
「はは……かわい……♡」
その掠れた声音が、ガチっぽかったので。
私はビビりながらも、本心から気に入られていることがわかって、安心してしまい。
いや、こんな裏表100%のやば男に捕まって安心するのは間違ってるんだけど。
借りがどうのとか使えそうとかもう完全にアカンワードも言われてるんだけど。
結局、見事に捕まってしまって、その後五十年たいそう愛されて幸せになったのでした。
ちゃんちゃん。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!(*^^*)




